泣いて、泣いて、あんたは目覚める。
涙で凍えた頬を手で押さえて、窓から差し込む朝焼けの「赤」を見つめる。
そうしてこっそり寝所を後にするんだよね。
僕は、それを見つめて、また眠っている振りをする――
「浅葱ってば、寝坊!」
大きな声で起こされ、浅葱はもぞもぞと布団から起き上がる。
寝間のまま台所に向かう途中の廊下、焦げ臭い匂いに目が覚めて浅葱は顔をしかめた。
「タタラ――臭い」
更紗は肩をすくめた。
「ええっと――魚、焦がしちゃった」
浅葱は眉間に深い皴を寄せる。
「だ、だってさ、浅葱ってば朝から何品目もおかずが並んでないと機嫌悪くするじゃない!?
忙しいんだよ、色々」
「色々、ねえ――」
水を一すくい手におさめ、それをぱしゃりと浅葱は更紗にかけた。
「冷たっ、何す――」
浅葱は更紗の首に付いた水滴をぺろりと舐めた。
「御飯なんて、要らない」
「浅葱!食べないと太らないよ。あんたってばそんな細っこい手脚――」
「うるさい」
ぬるりと首筋を舐め、耳朶を噛む。
「んん――、やだ、駄目だってば」
ぐずぐずと更紗は床に座り込む。
舌が甘くからみ始めると、はあ、と更紗は吐息を漏らした。
「駄目だって!だって――」
「だって?」
「――ここは、床が冷たいもの」
「だから――良いんだよ」
「え?」
「今に、熱くなる」
ひやりと冷たい床に更紗は倒された。
朝焼けは、いつしか柔らかな朝日に取って代わった。
小麦色にやけた更紗の肌が、陽の光の下、つやつやと輝く。
指先から肩へ、ゆっくりとその肌を愛でるように浅葱は舌を這わせた。
「あっ」
意地悪をするようにちろちろと脇下を舌でくすぐると、更紗はくすぐったさと快感に身をよじった。
「ばか!そんなところに、しないでよ」
暴れる更紗の胸元から、ほろりと小さいけれど十分に柔らかな乳房がこぼれる。
「じゃあ、ここにする」
ふわりと乳房を手のひらにすっぽりと包み込むと、浅葱は頬ずりをし、頬でその頂きを刺激した。
頬に触れる蕾が途端に硬くそり立つ。
「んん、浅葱ってば。やだ」
「タタラも、触って」
更紗の手を、浅葱は熱く硬くなりはじめたところに導いた。
「ゆっくり、触ってて」
「ゆっくり?」
ふ、と浅葱は笑って更紗の額に口付けた。
「うん、ゆっくり。ゆっくり、いっぱい、しよう」
「いっぱい?」
はあっ、と甘く深い吐息を漏らす更紗を見下ろし、浅葱は瞼を下ろす。
一人は慣れてるよ。
寄生したって、一人は一人だったから。
手放したくないものや人なんて、無かった。
だから、そんな風に溜め息を吐くなよ。馬鹿が。
「――あんたに会ってから、ずいぶん不自由になった」
「んん?なに、浅――あっ!」
まだ冷たい指を、ぐっと性急に浅葱は更紗の茂みの奥に刺しいれた。
ぐぐっ、と上の方をなぞるように強く刺激すると更紗は苦悶の表情を浮かべ、嬌声を上げて
背を反らす。と、同時にくちゅ、と音がし、とろりと生暖かい液が浅葱の指を濡らした。
くちゅ、くちゅ、と音を立てながら浅葱は執拗に更紗の中を掻きまわす。
「やっ、あ。やだ!んんんっ――こんなとこで、やだ」
「なら、どこなら良い訳?それとも止める?」
更紗が憎らしげに浅葱を見上げる。
「ほっんとに、意地悪だよね、浅葱」
「下らない。あんたを優しく扱うだけの男が欲しいなら、他の奴を選べば良かったじゃない?」
乱暴なくらいに浅葱はぎゅうと更紗を抱きしめ、ますます激しく指を動かした。
「あっ」
ぴくん、と更紗の身体が震え、すすり泣きのような声を漏らす。
とっぷりと濡れた指をゆっくり抜くと、真珠のようにこりりと硬くなった
クリトリスをゆっくりとなぞる。
と、ますます更紗の声は大きくなり、浅葱、浅葱、と嫌々をするように首を振った。
「あいつ」の名前を呼べよ。
呼んでくれたら、あきらめられる――その方が楽だ。
だから、やめろよ。僕の名前を呼ぶな。「あいつ」の名前を呼べよ、叫べよ。
そうしたら、「あいつ」みたいに、思いっきり乱暴にしてやる――
ぐい、と乱暴に指を引き抜き、間髪入れずに浅葱は己の猛りを更紗に突き刺した。
そうして更紗の腰を抱え、ぐいぐいと押し付ける。
「痛っ。あ、やだ。浅葱」
構わず、浅葱は腰を打ち続ける。
ギシギシ、と木の床が音を立てる。二人分の体重で、更紗の背中は床で擦れて痛いだろう、
だが浅葱は構わずにますます深く腰の奥へと硬くなった肉槍を刺し続けた。
「やだあっ!」
歓喜と悲鳴が混ざった声を更紗が上げるのと、浅葱が生ぬるい液体を更紗の腰奥に注ぎこむ
のは同時だった。
はあはあ、と荒い息を吐く浅葱の髪をゆっくりと更紗は撫ぜた。
己の愛液で湿った床が、ぬるぬると更紗の尻を濡らし、更紗は居心地悪そうに尻を動かした。
その尻をがっちりと掴んで、ガリリ、と浅葱は更紗の耳を甘く噛む。
「んっ…ちょ、ちょっと、待って。だって――」
「タタラ、さ」
「浅葱、さ」
同時に互いに呼びかけ、気まずそうな浅葱をケラケラと笑って更紗が言う。
「やだ!同時よ、同時!何を言いたかったの?」
「うるさい」
「言ってよ、浅葱、から」
ぷんと膨れた浅葱が小さく呟く。
「……悪かったね、背中」
浅葱が更紗の背中を抱いた時、ぬるりとその手を血が濡らした。擦れて、皮がむけて、流血
しているのに浅葱はすぐに気づいた。
「悪か――うん、ごめん」
更紗は、良いんだよ、私ってば身体だけは丈夫で面の皮だけじゃなくって背中の皮も厚いんだ
から、と思いがけない浅葱の謝罪に笑う。
「で、あんたは何を言おうとしたの?」
更紗は遠くを見て、ぱたぱたと脚を揺らす。
「イライラするなぁっ!脚!止めろよ、パタパタ、パタパタ!何か言いたい事あるなら言えって!」
「――浅葱は、復讐するみたいに私を抱くんだね」
低い、声音。
まっすぐに瞳を見据えて更紗は呟いた。
時が、止まる。
「私は、浅葱を選んだ。でも、それを浅葱は呪っているみたい」
更紗は散らばる着物をするりと身に着けて立ち上がった。そうして振り返るとニコリと笑う。
「朝ごはん、食べよ?もう一回、作るよ」
陽の光を背にして、消えてしまいそうな更紗に浅葱は一瞬手を伸ばし、ぱたりと床にそれを
落とした。
もぐもぐ、と無言で浅葱は朝食を取る。
更紗も無言で、浅葱の湯飲みに茶を入れた。
「ね、浅葱……」
「何だよ」
「後悔、しないで」
思いがけない、真剣な声音に浅葱はぎろりと上目遣いで更紗を見遣る。
「あの、さ。ええと、私ね、いろんな気持ちがぐるぐるで。あはは、私、頭が悪いから。だから、
ぐるぐる、ぐるぐる」
ふうっ、と息を吐くと更紗は微笑む。
「でも、だから人一倍、考えた。だから、安心してよ。後悔しないで。私、あんたにこうやって
お茶を注いだり、料理を作ってるの、本当に幸せなんだよ――欲しかったものが、ここにある」
にっこりとした笑顔。
迷いのない、笑顔。
浅葱は思いがけなく泣きそうになって、ごくんと茶を飲み、いつになくもりもりとご飯を口に運ぶ。
「焦げた料理を黙って食べるのは僕くらいだからね」
ははっ、と更紗が笑う。
「そう、でもって、晩御飯は浅葱が作ってくれるの。美味しいんだよ、浅葱のごはん」
「あんたが下手すぎるんだよ……」
「だね」
ぺろり、と更紗は舌を出す。ふん、と笑って浅葱はぷいと横を向く。
風に翻る女達の紅い着物、燃えるような朝焼け、遊女の耳を飾る紅玉――ぴくり、と身体を
震わせ、あんたはそれをじいっと見つめる。
夕餉の前に、ぽんやりと座り、血の色のような夕焼けを見つめる。
でもさ。
でも、あんたはここに居るんだよね。
片耳に、いつかの青い石をつけて、僕に笑いかける。
会ったころの、子供みたいな瞳じゃあ無いけれど、失った何かを何かで補おうなんかしないで、
ここに居る。
「タタラ」
「ん?」
「あのさ、タタラ、って呼ぶの――もう止める。馬鹿馬鹿しい」
きょとんとして、更紗は笑った。
「浅葱」
「何だよ――」
真剣な目で更紗は浅葱を見つめた。
「呼んで。私の、名前」
「うるさいんだよ、あんたは――更紗はぁ」
きゃああ、と嬌声をあげて更紗は食卓を飛び越え浅葱に抱きついた。
「もう、一回!」
「うるさい」
「呼んでよ」
浅葱は仕方なしに口付ける。
「更紗」
「はい?」
きらきらとした瞳で浅葱を見つめる更紗。浅葱は口を歪めて――そうしてにやりと笑った。
「黙れって、更紗」
もう一回、言って――
更紗の言葉が、再び浅葱の甘い接吻にかき消される。
するりと、二人の衣が床に落ちた。
その音を聞く男(女?)が一人。
「朝も晩も、大変ですね――鰻でも、買ってきましょうか。まだまだ、浅葱さまは身体がお弱い
ですからね――精をつけねば、あっ、変な意味じゃないんです、ええ、鰻は大事です、はい」
ひっそりと一人ごちる、群竹。
冷や汗を掻き掻き、町まで鰻を買いに行く群竹を知らず、二人はまた唇をかわす。
――更紗、って呼んで。
うるさいって。
明日はきっと、紅い朝焼けじゃない、蒼い青空が広がるはず。
<了>