ついにお市さんと結婚することになった。  
でも、その前に私は初恋の人に会いに行く。  
お市さんがそうしろ、って言ってくれたから。  
 
ただ照れくさいのと一度は断ってしまったから、というだけの理由でこれまでお市さんのアタックをかわし続けてきたけど、  
ある時、お市さんはいつもとは違ってふざけた感じは一切無い優しい声で、  
「菊音、やっぱり嫁に来いよ」  
って言ってくれた。  
お市さんの言葉はすごく嬉しかった。  
私もお市さんが大好きだし、断る理由は何もない。  
もし、本当に結婚するなら、お市さん以外に考えられない。  
でも何かが引っかかっていて、私はすぐに「はい」とも「いいえ」とも答えられなかった。  
なんでこんなにもやもやした気分になるのか分からないでいると、お市さんが、  
「いやか?」  
と聞いてきた。  
私は考えるより先に強く首を横に振って、半分泣きそうになりながらまくし立ててた。  
「イヤじゃないよ。  
 でもね、でも……今のこんな気持ちのままじゃ、お市さんのところにお嫁に行ったらいけない気がしてね、  
でも、なんでこんな気持ちなのか分かんなくって……」  
 
「菊音おまえ、前に言ってた"あこがれの人"に、おまえの気持ち、伝えてないだろ」  
「へ?」  
それはそうだったけど、なんでいきなりそんな話が出てきたのか分からなくて、  
私の出てきかけていた涙はひっこんでしまった。  
「言ってないんだろ?」  
お市さんは私の目を覗き込んで、もう一回、聞いてきた。  
「う、うん」  
「言いに行けよ」  
「なんで?」  
お市さんはあくまで優しかったけど、意図してることが全然分からなくて、思わず聞き返してしまった。  
「まだそいつに気持ちが残ってるからもやもやしてるんだ。  
 言ったらすっきりするぞ」  
「え、でも、その、確かに今でもあこがれだし、嫌いになった訳でもないけど、今好きなのは、……お市……さん、だし」  
言いながら恥ずかしくなってきて、語尾を濁しながらお市さんからうっかり視線をはずすと、  
お市さんががばっと抱きしめてきた。  
「ぎゃあっ!」  
「うんうん、大丈夫だ。  
 菊音の気持ちはよーく分かってる」  
びっくりしたのと恥ずかしいので、お市さんの腕の中でもがく私をそっちのけに、お市さんは続けた。  
 
「けどな、菊音。  
 おまえはおまえの気持ちをそいつに知ってほしいと思ってるんだ」  
「そんなことないよ」  
そう言ってるくせに、私はお市さんを好きなのに、まだどこかで群竹さんを好きだって思ってる自分の気持ちが怖くて、  
お市さんの服を握りしめてた。  
「惚れたって気持ちは一人でいたんじゃ生まれてこないだろ。  
 そいつが居たから生まれた気持ちなのに、そいつが知らないのは悔しいだろ。  
 だから、言いに行ってこいよ」  
「……群竹さんはちゃんと受け止めてくれるかな?」  
 
私はずるい。  
お市さんなら、そんな私の考えを否定してくれるだろう、っていう気持ちでお市さんを見上げた。  
そんな私を見抜いているのかいないのか、お市さんはちゃんと答えてくれた。  
「おまえは、おまえの気持ちも受け止められないようなヤツにあこがれたのか?」  
その通りだ。  
群竹さんはきっと、いや、絶対にちゃんと受け止めてくれる。  
それを恋愛感情だって思うかどうかは怪しいけど、私が群竹さんを好きだと思ってたことを四君子筆頭として喜んでくれるだろう。  
「うん……うん、そうだね。  
ありがとう、お市さん」  
私はやっと笑顔をお市さんに向けることが出来た。  
「じゃあ、それが終わったら嫁に来いよ」  
「うん!」  
 
群竹さんに会いに行く道を歩きながら考える。  
私は幸せ者だ。  
初恋の人もお嫁に迎えてくれる人も私の気持ちを受け止めてくれる人を好きになれた。  
お市さんには、今まで、恥ずかしくていじわるを言ったりしてしまったけど、これからはもうそんなことはしない。  
いつでも力一杯私に気持ちを伝えてくれるお市さんを受け止めて、二人でいっぱい幸せになっていくのだ。  
 
(了)  
 
 

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