「お前の声が早く聞けるようになればいいな」
私の優しい旦那様は笑ってそういいました。
この人は心底笑うと目が無くなってしまいます。
今も全然目が見えません。とってもニコニコと笑っているものだから。
『そんなに嬉しい?』
目で問い掛ければ、おや、という顔で聞き返してきます。
「お前はそんなに嬉しくはないのか?」
いいえ、そうでは無いの。
勿論とても嬉しいのだけれど……。
『貴方は喋らなくても、私の言いたい事を解ってくれるでしょう』
目を合わせれば伝わる気持ち。
こうして寄り添っているだけで満たされる。
そう…貴方となら、言葉が無くたって大丈夫。
寧ろ、私に言葉がある頃は酷く口下手で。人に誤解ばかりされていた。
声だってそんなに綺麗じゃなかったもの。
貴方はガッカリしないかしら?
言葉が遅くてつまらないと思わないかしら?
もしかしたら私が感情にまかせて怒鳴り散らす事だってあるかも知れない。
そうしたら貴方に、嫌われてしまうかも……。
次々と嫌な考えばかりが浮かんで、私はつい俯いてしまいました。
そんな私の気持ちを察したのか、旦那様がまた笑います。
「俺はな、お前に惚れてるんだ」
え?
「会った時から今まで、ずうっとベタ惚れだ」
ええ?
「可愛くて愛しくて、頭から爪先までぺろっと食べてしまいたい位だ」
…まあ!いきなり何を言うんでしょう!
私の顔が熱く火照ります。
「だからな、お前の事で知らない事があるのは嫌なんだ」
熱い私の頬を、旦那様の温かい手が包み込みます。
「声が聞けたら、それだけで俺は嬉しいんだ。お前をもう一つ知った事になるからな」
コツリと合わせた額。
周りの皮膚と違う、顔の傷の感触が感じられます。
人よりずっと傷だらけの貴方。
なのに、どうして人より優しくあれるのか。
私こそ、貴方が好きです。大好きです。
会った時からずうっと、惚れっぱなしです。
私はもう嬉しくて嬉しくて。
旦那様の胸にぎゅうと抱き付いていました。
そんな私を見て笑った後、ふと、悪戯っ子の顔になった旦那様は小さな声で囁きました。
「それに……アノ時に声が聞けたらもっと興奮するだろう?」
〜〜〜〜もうっ!
『助平!助平!』
私はもう恥ずかしくて。ばしばしと側にあった枕であちこち叩きます。
人が見れば私の顔は煮えたタコの様に真っ赤に違いありません。
「はは、痛い痛い」
ばしばしばしばし。
「そうだ、その子が生まれて二人目の時には声が聞けると良いんだがなあ」
『…知りません!』
後で私の様子を見に来たナギ様は、とても不思議そうな顔をして私達を眺めていました。