ショックであった。
多聞が『べっぴんさんを見つけた』などというから、てっきり女であると思っていた。
が!魚であった……。
しかし!それよりなによりショックであったのは、嫁のさゆりさんの方がそれを見抜いていたことであった。
多聞が美人を見つけたことを喜ぶわしに、彼女は『甘いですわ』と言いおった。
それでもわしは多聞が女に興味を示したとばかり思い込み、喜んで日々を送っておった。
だが、その喜びは数日で儚く消えた。
しょんぼりと肩を落として歩く多聞を見かけたわしは、やつに声をかけた。
「多聞ではないか。どうした?そのように消沈して」
「おお、増長でねぇか」
「どうした。何かあったのか?」
「……こないだ、べっぴんさんを見つけたという話をしたべ?」
「おお、したした。……まさか、その美人に何かあったとでも!?」
「何があったかは分からんべ。だども、昨日から姿を見ていないのだす」
「昨日から……。一日や二日姿を現さんことは誰にでもあるだろう?」
「それはそうなのだすが……」
多聞には似合わぬ深いため息であった。
わしは励まそうとすべく、やつの肩を叩いた。
「気にするな。明日にはきっと元気な姿を見せてくれるだろう」
「わしもそう思うのだすが、他の人に釣られてしまったんでねぇかと思うと、胸が締め付けられるのだす」
”釣られる”という言葉に眉根を寄せたわしに構うことなく多聞は続けた。
「もちろん、彼女は誰のものでもねぇから、誰が釣っても構わんべ。
だども、あんなべっぴんさんはそうそう会えるもんでねぇ。
オラ……彼女を釣った人に嫉妬してるんだべか……」
「多聞……彼女と言うのは……」
魚か?と、わしは聞けなかった。
家に帰り、さゆりさんにその話をすると、さゆりさんは、
「気づかないのがおかしいですわ」
と言いおった。
何故、多聞のことをわしより、わしの嫁であるさゆりさんが見抜いているのか。
それが更にショックであった。
そんなわしにさゆりさんが言った。
「あなた、何か思い違いをされているようですが」
手をかざしていた火鉢から顔を上げて彼女を見るとさゆりさんは続けた。
「あれだけ多聞さんの話を聞かされれば、いやでも多聞さんがどういう人か分かります。
あなたは多聞さんにお嫁さんが来ることを願うばかりに簡単なことを見落としたのですわ。
冷静に考えれば分かるでしょう」
これは手厳しい。
が、的を射ているだけに反論できず、わしは、
「誰かいい嫁は来ぬかな」
とぼやいてしまった。
「多聞さんのお嫁さんになる方はお魚に嫉妬しない人でないといけませんわね」
さゆりさんはふふ、と小さく笑った。
わしも困ったものだと小さく笑って、
「まったくだ」
と返した。
「もっとも、……はじめのうちは嫉妬しても、次第にそんなものかと慣れることもありますわ」
「そんなものかね?」
わしが問うと、さゆりさんは目を細めて何か含みのある笑みを浮かべてこう言った。
「わたくしも始めは、多聞さんの話ばかりするあなたにやきもきしておりましたから」
(了)