響古と二人きりの寝室で逆滝の理性と情欲が戦っていたのと同様、氷月も
憂を「守るべき姫」としてではなく、一人の女性として見てしまう自分と
戦っていた。
ちょうど今から寝るところで、氷月と憂はベッドに座って雑談している。
しかし、氷月はあまり話しに集中出来ないでいた。
(どうして宮廷のネグリジェはこんなにセクシーなのだろう。)
白いキャミソールタイプのワンピース。
シンプルなデザインだが、だからこそ余計に体の美しさを際立たせる。
わずかに胸の谷間が覗く。
地球王は年頃の娘を、ボディガードとはいえ男と一緒に寝かせて
心配にならないのだろうか?
それとも、自分が特別いやらしい目をしてるのだろうか?
もしかして、響古様が手に入らないと分かったから、代わりに憂様に
矛先が向いているのだろうか?
このようなことを考えていたのだから、話に集中できるわけなどない。
(だとしたら…憂姫様を傷つけてしまう)
「氷月、どうしたの?」
氷月の様子がおかしいことに気付いた憂が声をかける。
首を傾げて氷月の顔を覗き込んだので、ウェーブのかかった長い
髪が憂の肩の上をすべる。
深いブルーの瞳。こんな目で覗き込まれたのだからたまらない。
「あ…いえ、なんでもありません。今日はもう遅いので寝ましょう。
おやすみなさい、姫様」
本当は特に遅いわけでもなかったが、そそくさと布団に潜ってしまった。
これ以上憂を見つめているのが辛かったから。
「おやすみ…」
憂はなんだか不満そうに布団に潜る。
「氷月」
しばらくしてから、思い出したように憂が起き上がった。
「おやすみのちゅーv」
氷月の頬にそっとキスをする。
膝と手をついて上から覆う形になったので、胸元の開いたネグリジェ
からは胸が丸見えになってしまっていた。
右肩に掛かった紐が半分ズレかけている。
氷月の体を電撃の走ったような感覚が襲った。
満足そうに微笑む憂。
「憂姫様…」
起き上がった氷月は憂を抱き寄せ、口付けをした。
(氷月…)
何度も夢に見た氷月のキスが現実のものとなって、憂の頬が紅潮する。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
憂は体は17歳の少女のそれだが、まだ自我が成長しきっておらず、
精神年齢は幼い。
そんな憂だから、軽い気持ちの子供のキスだったのは氷月も
分かっていた。
しかし、体から湧き上がる欲望を抑えきれなかった。
「ん…っ」
氷月の舌が憂の唇を割って中に入り、憂の舌に絡みつく。
憂はこんなキスがあることを知らなかった。
こそばゆいような、初めて体験する微妙な感覚。
(息が…できないよ…)
どのくらいの間そうしていたのだろうか、氷月はようやく唇を解放した。
「あっ…はぁ…」
わずかに憂の息が上がっている。
「氷月…?」
「憂姫様!」
とさっ。
氷月の意図を掴めないでいる憂にはお構いなしに、氷月は憂の腕を
つかむと、そのまま倒れこんだ。
「氷月?」
予想だにしなかった氷月の行動に、動揺する憂。
氷月は改めて憂に口付けした後、耳を舐め、首筋を吸った。
「やっ…氷月!?」
憂は抵抗しようとするが、氷月に手首を捕まれて身動きが取れない。
(何だか氷月…怖いよ…)
チュ…ピチャ。
氷月の唇はそのまま胸元へ下りていき、膨らみのふもとの部分を吸い続ける。
氷月の左手がネグリジェの上からゆっくりと憂の胸を弄る。
「あっ、やだっ、氷月!」
左手は憂の右脇から服の中へ侵入し、生で胸を揉み解す。
「んっ…氷月、やめて!何でこんなことするの!?」
氷月の右手は、いつのまにかスカートの中に入っていた。
「すぐに気持ちよくなりますから…」
憂は氷月の行為に嫌悪感を覚えつつ、奇妙な感覚を感じていた。
スカートの中の手は、太ももの外側を、次いで内側を摩る。
始めは膝の辺りだったのが、摩りながら上へと移動していく。
両手が自由になった憂は氷月を押しのけようと抵抗を試みた。
「…!姫様…僕は…!」
憂に拒絶されて、氷月はようやく我に返って自分がしようとしたことの
重大さに気付き、慌てて憂から離れた。
ボディガードが姫に手を出した。
「氷月の…バカ…!」
憂の目には涙が浮かんでいる。
「あっ…姫様!」
氷月が何とか弁解しようとする前に、憂はパタパタと走って部屋を
出て行ってしまった。
憂は部屋の扉を閉めると、背を扉につけて深呼吸をした。
(なんで…こんなにドキドキするの?私…どうしたら…)
憂はそのままゆっくりと歩き出した。
そのころ氷月は呆然となっていた。
(僕は…憂姫様に何をしようとしていたんだ…!)
一番傷つけてはいけない人を傷つけてしまった。
氷月は自責の念に駆られながらも、憂を放っておくわけにはいかないので、
憂のストールを持って追いかけた。
憂はバルコニーにいた。手すりに手をかけ、外を見つめていた。
暗闇の中、月明かりが憂をより美しく際立たせていた。
(あんな氷月、初めて見た…)
憂は戸惑っていた。
氷月は大好きだけれど、怖くて、恥ずかしくて、逃げてきてしまった。
「憂姫様…」
憂を見つけた氷月が後ろから声をかけるが、憂は振り向かない。
(やはり怒っていらっしゃるのか…)
2.3歩歩み出て、もう一度話し掛ける。
「その…さっきはすみませんでした!自分の立場もわきまえず、大変な
無礼をはたらいてしまって…」
氷月は近づいていって、憂の肩にストールをかけた。
一瞬、憂はビクッと震えた。
「こんなところにいては、お風邪を召されます…。部屋にお戻りに
ならないと…」
今は昼間はまだ暑いが、夜中は肌寒い。しかも憂は薄着である。
「もう…何もしませんから…」
氷月は、自分がこんなことを言って部屋に戻るよう勧めるのは何か
変な感じがしたが、こうするより他は思いつかなかった。
憂はやや躊躇しながらもコクッと頷くと、黙って部屋に戻った。
気まずい夜が更けるのは、いつもより長く感じられた。
次の日、氷月と憂は顔を合わせ辛かった。
いち早く異変に気付いた響古は、早速憂に事情を聞くことにした。
「えーーっ!氷月に襲われたの!?」
響古は小声で叫んだ。
響古と憂は中庭のテーブルでティータイムをしているところである。
「憂、両思いじゃない!良かったね!」
(氷月のヤツ、やるわね。)
響古はニヤケ笑いをしながらからかう。
「で…でも…怖くて…恥ずかしくて…」
憂の声が小さくなる。
「それで逃げてきちゃったわけね。まあ、いきなりじゃ無理もないか。」
「氷月のことは好きなのに…どうしよう、嫌われちゃったかな!?」
憂は本気で心配しているようだ。
婚約者もいて余裕の響古は、初々しいなあと思いつつ、話を続けた。
「心配しなくてもいいよ。大丈夫と思える日がすぐにくるから。
氷月とちゃんと話せば、憂の気持ちは伝わるからね」
「う…うん…」
頷く憂。
「そうだ!仲直りの方法教えてあげる!」
響古が憂に何か耳打ちする。
響古のおせっかいが出たようだ。
そのころ、氷月はへこんでいた。
渡り廊下の所で逆滝が話を聞く。
「兄貴、実は結構手早いんだなー。」
「やめてくれよ逆滝君…憂姫様を傷つけてしまったんだよ?響古様のことで
前科もあるし、死刑は免れないよ…」
逆滝が意外そうに質問する。
「憂姫様は兄貴が好きなんだろ?なんでさっさと憂姫様と婚約しないんだ?
まさか、まだ響古様に未練が残ってるなんてことないよな?」
逆滝にそんなことは言われたくなかった。
響古の心をさらっていったのはその逆滝なのだから。
「逆滝君!僕の気持ちを知っててそんなこと言うのか!?僕は響古様の代わりに
体を求めるような最低な奴なんだ…。」
逆滝は、あっけに取られたような顔をした。
「兄貴、とっくに憂様のこと好きになってたんじゃなかったのか?
兄貴の憂様を見る目、迷惑そうで実は凄く和んでたから…」
氷月は戸惑った。
「え…僕は、響古様を愛して…」
「何言ってんだよ、それは昔の話じゃないのか?今はどうなんだ?」
ずっと、氷月は響古を愛していた。
しかし、それは思い込んでいただけだったのか?
自分でも気付かないうちに、憂に惹かれていたのだろうか?
「僕は…」
思い出す、憂の純粋な笑顔。無邪気さ。
子供っぽいけど、その瞳は真っ直ぐに氷月を見つめている。
思い出すと、そんな憂の瞳を涙で濡らしてしまったことに対する
後悔と愛しさが込みあがってきた。
(自分の気持ちなのに、初めて気付いた。憂様を女性として
見ていたのは、憂様を愛しているから…。)
「ありがとう逆滝君。」
氷月はようやく笑顔になった。
「今夜、言うよ、憂姫様に。婚約のこと。」
「そうか、これで堂々と手が出せるな!」
「こら!逆滝君!そんなつもりじゃ…」
氷月が慌てて逆滝の言葉をかき消す。
実は、その様子を遠くから地球王は見守っていた。
かわいい娘の恋路が気になっていたのだ。
憂が氷月と婚約したいと言っても、氷月にそれを押し付けるわけには
いかなかったので少し困っていたが、両思いと知って安心した。
(いいなあ、私にもあんな若い頃があったなぁ)
夜も深まり、就寝の準備を整える憂と氷月。
二人は背を向けてベッドに座っていた。
昨日のことを思い出し、気まずい雰囲気が流れる。
「あ、あのね、氷月」
憂が思い切って声をかける。
「昨日…キスしてくれて嬉しかったよ。あの…逃げちゃったけど、
怖かったし…恥ずかしくて…で、でも、氷月のことは好きだから…」
一生懸命気持ちを伝えようとしているのが見て取れる。
「憂ひ…」
氷月が口を開こうとした時、憂が氷月の背中にくっついた。
頭を氷月の肩にもたれかけさせる。
「う、憂姫様!?」
憂の胸が背中に当たっている。
予想していなかった大胆な行動に、氷月の心拍数が増える。
実際には、憂の方がもっとドキドキしていたのだが。
「氷月…怒ってる?」
からだを密着させたまま憂が尋ねた。
響古のアドバイスとは色仕掛けだったようだ。
氷月がゆっくりと振り向き、憂を見つめる。
憂も氷月を見つめている。
そして、氷月は憂を優しく抱きしめた。
幸せな時間が流れる。
「憂姫様…婚約して下さいませんか?」
「氷月、ホントに!?」
思わず抱き合った体を離して氷月の目を凝視してしまう憂。
「ええ、本当です」
「ありがとう、氷月!」
嬉しさのあまり、氷月に抱きついた。
一度離れて向き合った二人は、そっと唇を重ねた。