「氷月、憂の事どう思う?」
いきなり僕の目の前に現れて突拍子もない事を聞いてきたのは
地球国第一王女の響古姫だ。
大きな瞳を輝かせ、期待に満ちた表情で僕の答えを待っている。
「いきなり何ですか? 憂姫様は貴方の双子の妹君、地球国にとって大切な、
僕が命をかけてお守りしなければならない方です」
…あえて淡々と答えてみせる。
「それだけ?」
響古様は僕の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
「他に何か?」
僕は笑ってはぐらかしてみる。
どういう答えをすれば響古様が喜ぶのかはわかっているが、
そんな事簡単に答えるわけにはいかない、なぜならばその答えは
自分ですらわかりかねるから。
憂姫様、姿は16歳だが、今までずっと眠っていたため、
内面はまだ幼い。
それでも今までの16年を取り戻すかのように、色々な事をかなりの速さで
吸収していく、まるで砂に水が吸い込まれていくように。
今も響古様と一緒ダンスの稽古を…。
「…響古様? ダンスの稽古はどうしたんですか? またさぼりましたね」
「あははは。ばれちゃった、でももう終る時間だし…」
響古様が苦笑いしながら言い訳をしている途中、僕の背後に人が近づいてくる気配がした。
ああ、この感じは…
「氷月」
憂姫様だ。僕の腕に自分の腕をからませてくる。
「ダンスのお稽古終わったの。でもね、
お姉さまお稽古サボったのよ。…あ、お姉さま」
話の途中で響古様の存在に気づいたようだ、今度は響古様に話しかける。
「ダンスの先生すごくがっかりしてたのよ。逆滝も怒りながら捜しに行ったし」
「うーん、私ダンスって苦手なのよぅ」響古様は憂姫様に言い訳の続きをした。
「でも私お姉さまと一緒にお稽古できるの楽しみにしてたのに…。
普通のお勉強だとお姉さまの方が進んでて一緒にできないでしょ?」
少し寂しそうに憂姫様が言うと響古様もさすがに申し訳なさそうな顔をして
「そっか…そうだよね、ごめんね。今度はちゃんとお稽古するね」と言った。
その言葉を聞いた憂姫様は嬉しそうに笑ってコクンと頷いた。
響古様も憂姫様には弱いみたいだ、なんだかんだといいつつやっと対面できた妹君が
かわいいみたいで、いつも色々と世話を焼いている。
最初はあまり喜怒哀楽もなかった憂姫様にも時とともに色んな表情を見せてくれるようになった。
たださえお人形のように愛らしいのだ、そんな風に変化していく憂姫様を見ていて
僕もお側で仕えさせて頂いて幸せだと感じる事が多くなってきた。
「ああっ 響古様! やっと見つけましたよ!」
あちらから血相をかけてやってくるのは僕の弟で響古様のボディーガード兼、婚約者の逆滝だ。
「あ 見つかちゃった、叱られてくるか」
響古様はペロリと舌を出しながら逆滝の方に向かって走っていく。
『叱られてくるか』等と言いながらもなんだか嬉しそうだ。
僕はなんだかほほえましいな、なんて思いながら響古様の後姿を見ていた。
昔、彼女を愛していた。
だけど時の流とは偉大なもので、今ではああやって逆滝と一緒に居る所を見ても
胸が痛む事はもう無くなっていた。
「氷月…」
ふいに憂姫様が声をかけてきた。
「はい、なんですか?」
「あ…なんでもないの」
何か僕に聞きたい事があるような顔をしているのに、何か言葉を飲み込んでいる、そんな感じだ。
なんだかその様子が気にはなるが、
「そうですか。何かあればなんでも言ってください」僕は笑ってそう答えた。
「氷月見なかった?」
私はさっきから宮廷内の人達に氷月の行方を聞いて回ってた。
「ああ、氷月さまならあちらに居ましたよ」
女中が指差した方を確認する。
「ありがとう、お仕事引き止めてしまってごめんなさい」
笑顔でお礼を言ってみる。
そうされると自分が嬉しいから、人に対してもそうしてみる事にしたの。
「いいえ、そんな事ないですわ」
彼女もにっこり笑って返事してくれる。
目が覚めたばかりの時やっぱり私、見えてない事が多かった。
自分の好きな食べ物も知らなかったし、世の中の事、とか、綺麗な物、…醜い物、
嬉しい事、悲しい…事。
お父様の事、お姉様の事、逆滝の事、氷月の事。
氷月、私のボディガード。私の事無条件で守ってくれる人。でもそれはお仕事だから。
時々わがままを言っても笑って聞いてくれる。
私、氷月が好き。皆大好きだけど、氷月の事はなんだか違うの、なんて言ったらいいのかわからないけど。
そう、たとえば夢で見たみたいにキスしてくれないかな、とか。
そんな事考えながら歩いてると氷月を見つける、声をかけようとしたけど、…ためらってしまう。
お姉さまとお話してる。お姉さまってばダンスのお稽古さぼってたのに
こんなとこに居たんだ、一緒にお稽古したかったのに。
女中達の噂話で聞いた事ある。
…氷月はお姉さまの事好きだったって。婚約までしてたって。
今もお姉さまの事好きなのかな? この事考えると胸がちくりとする。
氷月と居ると楽しい、私が一番最初に覚えた楽しいこと。
氷月が一番好きなのは多分お姉さま、私が一番最初に覚えた悲しいこと。
逆滝と一緒に居るお姉さまを見る氷月。
なんだか優しい目をしてる…。
それは今もお姉さまを好きだから?
それとももっと別な何かなの?
私はまだ人の考えてる事までは判断できない、だって他人と接する事が本当に少ないんだもの。
「氷月…」
つい、聞いてしまいたくて声をかける。
「はい、なんですか?」
お姉さま達から視線をこちらに移して、いつものように話し掛けてくれる。
「あ…なんでもないの」
聞けない、よ。
前は何も考えずに色々聞けたのに、最近はなんだか聞けない事があるの、怖くて聞けない。
さっきだって、そう。
本当は最初からお姉さまと一緒に居たのわかってたのに、はじめは気づかないふりをした。
それは怖かったからの。でもあの時も今も、何が怖いのか自分でもよくわからない。
「そうですか。何かあればなんでも言ってください」
氷月は優しく笑ってくれる、あ、その笑顔を見て思い出した。
「あのね、このお城の一番東にあるお庭の隅に、観賞用ではないお花畑があるんですって」
「ああ、そういえばありましたね」
頷きながら氷月は答えてくれる。
「そのお花畑が今満開ですごく綺麗だって庭師の人が教えてくれたの。
観賞用じゃないから、摘んだりして遊んでもいいんですって。
私、見てみたくて。氷月、一緒に見に行きましょうよ」
私は話しながらいつの間にか興奮してきてしまって、気付けば両手で氷月の手を握ってた。
そんな私を、しょうがないな、みたいな感じで笑いながら
「そうですね、今日の午後は憂姫様の予定も入ってないですし、
食事の後に一緒に見にいきましょうか」て答えてくれた。
私は嬉しくてきっと満面の笑顔。つられて氷月も素敵な笑顔。
綺麗なお花畑、私が見たいのはもちろんだけど、
氷月も見たらきっと喜んでくれるよね、だからさっき探してたんだ。
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「うわぁ、すごく綺麗!」
憂姫様は花畑を見て感嘆の声をあげる。
今日はすごくいい天気で、澄み渡るような青空、柔らかな日差し、
そして目の前に広がる色とりどりの花達。
「色んな花がたくさん咲いてるのね、でも色んな色が混ざってるのが
素敵だわ、こうゆうのってどう表現したらいいのかしら?」
こんな花畑を見るのは憂姫様にとっては初めての事で、
驚きと喜びと感動が入り混じった表情で、僕に振り返って尋ねてきた。
「宝石箱をひっくり返したような…とよくいいますね」
僕がそう答えると
「本当ね! 誰が考えたのかしら、ぴったりだわ。だって目の前がなんだかきらきらしてるもの」
そう言って憂姫様は笑う。
僕にとっては、こんな風に素直に僕の言葉を受け取ってくれる憂姫様の方が輝いて見える。
憂姫様は花畑の中へ足を踏み入れる、憂姫様が歩く度に花びらがロングドレスの足元に舞ってる。
心地良い風に憂姫様の長い髪が揺れて、花畑の中に居る憂姫様はいつもより綺麗だ。
「今日習ったダンスはワルツなの。氷月、ここで一緒に踊らない?」
憂姫様はいつものように無邪気な笑顔でそう言った。
「いいですよ」
僕も笑ってそう答えると、花畑の中に入っていった。