悪魔なんていないのよ。聡い彼女はいつか私にそう言って笑った。  
神様に祈っても無駄なのよ。美しい彼女はいつか私にそう囁いた。  
「だからね、願いは自分の手で掴むものなの」  
私の愛する彼女は、天使みたいに綺麗な笑みをたたえて、そう言った。  
 
「あれ、まろん少し痩せた?」  
夏休みのある日。都はまろんの家に泊まりにきていた。  
お風呂上りに脱衣所で着替えている時に覗くまろんの手足の細さや  
腰のくびれに、都が目を丸くする。  
「あぁ、最近暑いからね」  
さして興味なさそうにまろんが答えた。湿ったままの長い髪を  
邪魔にならないようにしばるその姿に、都はなんだかドギマギしてしまう。  
なんだろう。最近のまろんは。妙に色っぽい、というか大人びたというか。  
「都、早く着替えたら?ご飯にしよう」  
まろんは柔らかい微笑を浮かべて、こっちをみた。  
鼓動がひどく高鳴る。なんだろう、この感じは。  
 
ダイニングのテーブルに向き合って座る。まろんは用意してあったらしい  
夕食を出してくれて、それを一緒に食べた。  
「おいしいかった?」  
「まぁまぁね。ま、まろんにしては上出来じゃないの?」  
都のいつもの憎まれ口に、まろんが苦笑する。おかしい。普段なら怒るくせに。  
「これ、隣に持ってかないの?」  
隣、と都は稚空の家の方向を指差した。なぜだか今夜はその名前を口にするのが  
ひどく嫌になる。  
「いいよ、別に。私がそこまでする必要ないもの」  
まろんはどうでもよさそうに言って、空になった食器を運び、洗う。  
水音が響く中、都はなるだけ興味ないふりを装ってまろんに訊ねる。  
「……喧嘩したの?」  
「別に。どうしてそう思うの?」  
「いや、なんとなく。そしたらさ、ここに呼んでもいいわね?」  
水音がやんだ。まろんが目を見開いてこっちを見ている。  
「……いいわね?」  
「今日は二人で居よう?ね、久しぶりの事なんだから!」  
まろんが無理やり笑った。その表情の痛々しさに、都が頷いた。  
「わかった。でも……話、聞かせて?」  
 
 
寝室のベッドでまろんの隣り座って、都は彼女の話を聞いた。  
まろんは稚空と喧嘩した。理由は束縛が激しすぎる、との事から。  
まぁ、稚空の気持ちも分からないでもない。誰だって好きな人を  
奪われるのは嫌だ。それを防ぐために縛るのも、仕方がない。  
「しんようして……っぃく……ほしいの…にっ…」  
まろんは話しているうちに泣き出してしまった。最近、彼女はよく泣く。  
以前ならそんな事なかったのに。これが変わったということだろうか。  
誰のせいで?彼のせいで?まろん、そんな人だったっけ?  
「泣かないでよ!あーもう、じれったいなぁ」  
都はまろんの肩を抱いてやった。その体の細さ、暖かさに胸が高鳴る。  
まただ。都は記憶の底を掬う様に思い出す。初恋っていつだっけ。  
最後に好きになったのは誰だっけ。  
「みやこ……」  
まろんが都の目を覗き込むように見つめた。なんでだろう。胸が痛い。  
歯止めが利かない。衝動が大きすぎる。  
「……っ!!」  
気が付くと都はまろんの肩を掴んで押し倒し、唇をあわせていた。  
驚きに目を瞠るまろんと目があった。視線が緩む。  
まろんが本気で抵抗したから、唇を離した。息を吸い、大きく宣言する。  
「だったら別れなさい!ねぇ、稚空と別れてずっと一緒にいよう!?」  
 
「都……?」  
「私だってあんたがずっと好きだった!…本当は、稚空にとられるの嫌だった。  
だからお願い、稚空と別れて……」  
都の言葉に、まろんが泣きそうに顔を歪めた。なんでそんな顔するのよ、バカ。  
「え、と…都は、親友でしょ?だから……」  
「だから何?何だって言うの?」  
まろんは明らかに混乱している。それにつけこんで、都は甘く囁く。  
それこそ、魂の契約を交わす悪魔みたいに。  
「私はあんたの事よく知ってる。淋しい思いもさせないし、束縛もしない。  
まろんはもう囚われる必要ないよ。だからずっと一緒にいようよ。ね?」  
いやいやとまろんが首を振る。その弱々しい仕草に腹が立つ。  
「……だったら、離れられなくしてあげる……」  
都は脇のチェストからリボンを抜き取り、まろんの両手をそれで束ねた。  
 
まろんがとうとう泣き出した。か細い声を上げて、しゃくりあげる。  
彼女が着ていた薄いキャミソールをはぐり、ブラを押し上げて外す。  
肌の白さに、むせ返るような色気に、都は大きなため息をついた。  
「……キレイ」  
都は処女だし、もちろん女の子を押し倒して襲った経験もない。  
となれば、何を参考にこれから行動すればいいだろう。  
衝動で襲った割には、あまり後先を考えてなかった。  
「都、ねぇやめようよ。こんな事やめよう?」  
まろんが懇願する。あぁそうか。これが人を凶暴にさせる表情か。  
「大丈夫よ。力抜いて」  
自分の声の艶やかさに、内心うっとりしながら都はそっと  
彼女の肌に触れた。やわらかい。  
「いいなぁ、まろんは。どこもかしこも綺麗で。いいなぁ」  
「やだ!さわらないで!都…やっ…めっ!」  
「ねぇ、稚空にも全部見せたの?全部触らせたの?ねぇねぇ」  
指先で彼女の胸のラインをなぞる。白い肢体がぴくんと跳ねた。  
 
別に最後までやっちゃおうなんて気はないし。これ位、別にいいか。  
随分と軽い気持ちで都はまろんの胸元にキスマークをつけた。  
これでせいぜい稚空と大喧嘩して別れればいい。そう思うと頬が緩む。  
「やっ!…み…や……めってってば!」  
まろんがしきりに首を振って抵抗している。長い髪が頬に当たる。痛い。  
「暴れないで。これ以上抵抗すると、下に入れちゃうよ?」  
ぴたっとまろんの動きが止まった。へぇ、操を立てるつもりなのね。  
彼女の外気に晒されてつんと尖った先端部をそっと口に含む。  
「ひぁ……」  
感触は正しく肉っぽい。あんまり口当たりのいいものではないなと思う。  
けれどもまろんが気持ち良さそうに目を細めるから、まぁ良しとしよう。  
「気持ちいい??」  
「よくなっ……あっ!!」  
口で含んだそれを、舌先でちょいとつついてみると、まろんが声を上げた。  
「気持ちいいんじゃん。なにいってるんだか」  
中学生のとき、ちょっとエッチなマンガをクラスの誰かかもって来てた。  
そのなかで、たしか男の人はこうやって女を攻め立てていた。  
あの時、都は顔を真っ赤にしながらそれ眺めてた。まろんは?  
あぁ、薄く微笑んでいただけだ。  
あの日、マンガを囲んでいた仲間のうちの何人が、今まろんがこうして  
嬌声を上げていると思っただろう。もう男を知っていると想像できただろう。  
「ねぇ……稚空のとどっちが気持ちいい?」  
 
都の言葉に、まろんが顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。  
果たしてそれは恥じらいなのか、罪悪感なのか。つかめない。  
「どっち?」  
「やめてよ!ほんともぉねがいだからっっ!」  
「い・や・よ」  
「〜〜〜〜っっ!!」  
まろんが足をばたつかせた。腰に当たると、普通に痛い。  
「どうする?写真とって稚空に送りつけたげてもいいのよ?」  
腹立ち紛れに一言。ひ、とまろんが息を呑む音が聞こえた。  
「都!いい加減にやめないと、ホント怒るよ?!」  
都が深く口付けた。唇を舌で割って開き、まろんの舌に絡ませる。  
ぬめぬめととした感触と温度。好きな人のものでなきゃ、触れたくもないな。  
ぼんやりと都が考え込んでいる間に、まろんが腕を戒めていたリボンを  
ちぎり、都の肩を押して体を離してから、都をひっぱたいた。  
「なにするのよ!都のばか!大ッ嫌い!!」  
まろんはわんわん泣いている。都は嫌い、と言われたにもかかわらず、  
妙に凪いだな気持ちで彼女を見ていた。  
 
「……願い事の叶え方、知ってる?」  
都が静かに目を伏せて訊ねた。まろんが身構える。  
「神様に祈っても無駄だって、言ったのはまろんだよね?  
神様のできることは願いをかなえることじゃない、って」  
まろんは不思議そうな顔で都を見つめている。都は穏やかに微笑んだ。  
「願いは自分の力でつかむ、って。まろん言ったよね?  
だからこうしたの。私はまろんを傷つけてまでも手に入れたかった」  
まろんの頬のラインを指でなぞる。こんな時にも、彼女は美しい。  
「それが……願い事だったの?」  
まろんの問いに、都が静かに首を振った。じゃあ、とまろんが言うのを制し、  
彼女の瞳をまっすぐに見つめて、泣きだす寸前のような顔して笑った。  
「今の願いはちがうの」  
都はまろんの手の甲にそっと唇を寄せた。忠誠と、親愛の証に。  
「お願いなんてただ一つ。あなたから許しを得ること。  
愛してるわ。きっと、ずっと」  
体を起こし、ベッドから降りた。ドアのところまで歩き、振り返る。  
「今日の事は忘れて。許さなくてもいいから」  
都、とまろんが声を掛けてきたけど、無視して部屋をでた。  
明日になれば、全部変わってく。壊したのは都。責任もこっちにある。  
「願い事……必ずかなえばいいのにね」  
誰にでもなく呟いた。声にしたら泣けてきた。  
こんなことしなきゃ良かった?そうとは思わない。  
むしろこれでよかったんだ。  
まろんの家の廊下は暗くて、まだ微かに彼女の匂いがした。  
 
 

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