放課後の教室、そこでは数人の女生徒が
机を囲みお菓子をつまみながらお喋りに花を咲かせている。
話の内容は昨日のドラマの事だったり、化粧品の事、
恋人とののろけ話だったりと様々である。
「最近なんか彼氏が冷たくなった気がするんだよねー」
「えー?そんな事ないと思うよ?」
「うちの彼氏なんかHの事ばーっか」
「あはは、でも男ってそういうもんだしね(笑)」
「ねぇ、まろん達はどうなの?」
え、といままで微笑みながら話を聞いていた少女が
突然名前を呼ばれ、声をあげた。
普段なら授業が終れば、
恋人である名古屋稚空と帰路に着くのだが
今日は彼の委員会の関係で遅くなるとの事なので、
同じく恋人待ちのクラスメイト達と話をしていた。
「どう、って?」
「だーかーら!そっち系の事、どうなってるのよ」
やんわりと笑い、話を流そうとしたが
皆気になるようで、なかなか食い付いて離れない。
「でも名古屋君て優しくしてくれそうだよね」
「うんうん、まろんってば幸せ者だよねー」
話の流れをなんとか変えようとしようとした時
教室のドアが開いた。
「まろん?ごめんな、今終わったから。帰るか?」
そう言って入ってきたのは、話題の中心人物であった。
「あ…うんっ、じゃあね、皆」
これ幸いとそそくさと鞄を持ち、稚空の方へ駆け寄る。
クラスメイト達のバイバイ、という声に
笑顔を向け教室から出ていく。
「何の話をしてたんだ?」
「えっと、ドラマの話とか…」
まさか自分達の情事関係について聞かれていたとも言えず
当たり障りのない内容を答える。
「そっか」
正直なところ、クラスメイトの予想に反して、二人はまだ一線を越えていなかった。
稚空に迫られる事もない事もないが、
大抵照れ笑いしながらごまかしてしまう。
きっとそういう関係になれば、もっと稚空を好きになれると思う。
でも、今の自分はキスだけで幸せな気持ちになるし、
抱きしめられる事で満足する。
なので急ぐ必要はないと感じている。
――まあ、それはあくまでまろんの意見なのだが。
二人がマンションに着いた時、すでに日は暮れていた。
いつからだろうか、食事を二人で済ませ、
同じベッドで眠るようになったのは。
もちろん稚空の「なんにもしないから」という条件の下での行為だが。
「まろん、そろそろ寝ないか?」
時計の日付も変わる頃、雑誌を読んでいた稚空が口を開いた。
うん、と頷き二人で寝室へと向かい、
布団に入りキスを交す。
触れるだけの優しくて甘いキス。
「おやすみなさい…」
キスに酔ったのか、まろんがうっとりと稚空の胸に顔を埋めてくる。
突然の行動に、伝わってくる体温に、鼻先を擽る風呂上がりの香りに
衝撃を押さえられなかった。
まろんの耳元に息を吹きかけ、緩く噛んでみる。
ゃ、と小さく声を上げ、子供のように見上げてきた。
その仕草が愛しくて、更に欲求が込み上げてくる。
今すぐにでも挿入したい衝動にかかるが、なんとかとどまり強く抱き締める事で欲求を制御する。
(ゃば…今襲ったら信頼が……)
そう思っている稚空とは裏原にまろんは少しでも稚空の温もりを味わおうと身体を擦り付け絡まってくる。
「ぁっ、目覚ましかけとかなきゃ」
思い出したように起き上がり稚空の上をまたいで目覚ましをかけだす。
「いつも通りの時間でいいよね?」
「ぇ…ぁっああ」
自分をまたいで操作している、まろんの胸が丁度自分の顔の上にあるため時間の事など考えられず目がそこから離れない。
そんな稚空の気も知らず、まろんは呑気に時計をいじっている。
「これで…、よし!っと。電気は枕元のだけで良いよね」
時計をセットし終えたまろんが稚空の顔を覗きこむ。
ああ、となるべく目を合わさないように素っ気無く答える。と、次の瞬間。
おやすみなさい、とまろんの唇が稚空の頬に触れる。
思いがけない行動に、稚空の中で何かが押さえられなくなった。
まろんを引き寄せ、今度は唇同士を重ね合わせる。
稚空はそのまま、まろんの顎に指を添えて開き、舌を侵入させていく。
柔らかい唇を貪り、まろんの舌を絡め取る。
いつもと違う艶かしいキスにまろんは驚き、反射的に唇を離そうとする。
「っ、んーっ、ん…はぁっ…!」
なんとか逃れた時に見えた恋人の表情は、自分が知っているものではなかった。
獲物を狙うような鋭い視線。
稚空はまろんの両手を押さえつけ、再び唇を重ねていく。
(や…、こんな稚空知らない…、…怖いよ…)
稚空の甘くて優しいだけのキスしか知らなかったまろんには
口内を侵されるそれは、嫌悪感さえ抱かせた。
男の力で押さえつけられている事も、恋人に対する不安を大きくしていった。
「なぁ、まろん…今日の帰り皆と本当はどんな話してたんだ?俺達の事話してた気がしたんだけど…」
真っ直な瞳で、聞こえてたの?とでも言いたげなまろんを見ながらニッと笑いながら問う。
「俺はまろんが大切だから今までずっと我慢してきたんだ…なのにまろんはいつも俺を挑発するような事してくるよな、今だって…」
耳許で囁きながらまろんの胸をゆっくり味わうように揉み始める。
「んっ…そんな事してなぃ……」
真っ赤になりながら稚空の手を掴み首を振って否定する。
「…してるから言ってるんだ、まろんは俺とこういう仲になりたいって思った事ないのか?」
そういうと軽くパジャマをはだけさせ肌に吸いついていく。
「!!ぁっ、ゃっ何っ」
驚きと拒絶の声を交えたまろんの声など気にせずキスマ−クをあらゆる所につけ稚空は胸元を舐め始めた。
「ゃっだ、ちあきっっ」
まだ初級の行為だが、こういった行為が初めてのまろんにとっては恥ずかしさで頭が混雑し拒絶の声しかでなかった。
自分が自分ではないような気分だった。
守ると約束しておいて、結果傷つけているのは俺じゃないか。
挑発しているなんて、ただの言い訳だ。
まろんが悪い訳じゃない。
まろんが望むようになるまで、我慢しようと決めたのも自分だったはずだ。
そう思っていても、抱いてしまいたかった。
まろんの全てを独占したかった。
「いや…稚空、ふざけないで…」
そう言うまろんの声は弱々しい。
いつものように、冗談であって欲しいと願っているのだろう。
その態度が更に男を駆り立てるとも気付かずに。
「ふざけてなんかない。俺は、いつだってこうしたいって思ってた」
耳にキスを落とすと、まろんが身体を強張らせる。
「…ぁ…や…」
耳に感じる稚空の吐息。
拒もうにも、混乱して声が出ない。稚空との関係が全部壊れてしまう気もした。
【まろんは俺とこういう仲になりたいと思ったことないのか?】
彼の言葉が思い出される。
思った事がない訳じゃない。でも、一線を越えるには心の準備も不充分で不安も大きい。
だから、まだ焦らなくても良いと思っていた。
稚空の手が、はだけた胸元からパジャマの中へと侵入してくる。
その瞬間、不安よりも恐怖が先に立った。
「っ…嫌!いや、やだぁ…!や…」
やめて。怖い。こんなの稚空じゃない。
いつも見ているはずの恋人の顔が、知らない男の人に見えた。
押さえつけられている腕が痛い。
「今すぐやめてくれないと、嫌いに、なっちゃうからね……?」
まろんが震える声で抵抗した。戸惑ったように視線を下げる様や
赤く染まる頬の初々しさに稚空はますます昂ぶっていく。
「絶対に、酷い事はしないから。約束する」
耳元にそっと囁かれた彼の声は艶かしく、男のくせに色気に満ちていてドキドキした。
思わず頷きそうになるが、何とか押しとどめる。
「……だめ…怖いよ、まだ」
「大丈夫だから、信じて」
そう言うと稚空は強引にまろんの唇を奪い、体をきつく抱きしめる。
全ての自由を奪われ、まろんは彼のなすがままに肢体を弄ばれる。
「…も、やぁだ……ちぁき、やめ…てぇ」
重なっていた唇が離れたとき、まろんの頬には水の軌跡がきちんとついていた。
弱々しく首を振ったり、懇願したりするも、稚空はまろんの肌をまさぐる手を
止めようとはしない。
いつもなら、抱きしめられると安心できて、
幸せな気分になれるが今日は触れられるのも怖かった。
「…やだ、触らないで…」
そう口にするのが精一杯だった。
今のまろんはそう言う事でしか抵抗する術を知らなかった。
しかしそれも無駄に終わり、鎖骨に唇を落とされ、
パジャマの残りのボタンを外されてしまう。
外したボタンの隙間から覗く、むせかえるような色気をかもしだす白い身体に
稚空は思わず息を呑んだ。
今すぐ本能のままに抱いてしまいたい焦りを押さえ、
下着の上からゆっくりと胸の膨らみを揉み始める。
掌に力を込める度に、ふにふにと形を変える胸の感触を楽しむ。
白い首筋に残る、自分で付けたキスマークが妙にいやらしかった。
ぼんやりと、この場所だと制服から見えるかな、と考えていた。
まろんが俺の物だという印。
片時も無くなる事のなかった苦しいまでの独占欲から、
まろんを抱けば開放されるのだろうか。
「…まろん、俺の事どう思ってる…?」
耳元で囁いて、まろんの答えを待つ。
「…嫌い…こんな事する人、嫌いだよ…」
今までうつむいていたまろんが顔を上げ、うるむ瞳で稚空を覗きこんだ。
嫌い、と言われても何故か心は動じなかった。
背中に手をまわし、ホックを外す。
あらわになった胸を揉みあげながら、時折突起を指でいじる。
「ゃ…あ!おねがい、やめて…嫌…!」
少し自由になった手で必死にパジャマを閉じようとしても
すぐに稚空にそれを阻止される。
恥ずかしさと、どうすれば止めてもらえるのかわからない焦りが
まろんを追い詰めて行く。
「ぃ、やっっっ!!こんなの…ノインがした事と同じじゃなぃ…」
涙をこぼし震えながら稚空から離れ身体をうつ伏せにし震える小さな声でまろんは呟き、その声に稚空の動きが止まる。
「助けて稚空…ぁの時助けに来てくれた稚空たすけてょ……」
震える手でシ−ツを握りまろんは嘆き、その白いシ−ツには点々と涙の後がついていく。
「……まろん」
少しして口を開いたのは稚空だった。
「ごめん…」
そういうとまろんから離れ部屋を出ていく。
ザ―――…‥
浴室からシャワ−の音がする。中では、衣服を着たままの青年が冷たい水のシャワ−を頭から浴びている。
―…前にもこんな事あったな…まろんを傷付けて後悔してる自分。こんなにも愛してるのに傷つかせてしまう自分が嫌で消えてしまいたくなるような絶望…
冷たい水のせいで一気に体温を奪われた稚空は溜め息をつきながら蛇口を締め浴室の戸を開けるとそこには今さっき涙を流し傷付いた恋人が腕を組み頬をふくらましてこちらを見ている。
「何やってるのっ!!こんなに濡れて…病気になったらどうするのっ!?」
頬を膨らました彼女はバスタオルをバサッと稚空にかけ、そして抱き締めた。
「…冷たぃ……」
「まろ…」
まろん、と言いかけた稚空の唇にまろんの指が触れ、そして彼女の唇が触れる。
「…今は、ぁの時助けてくれた稚空だ……」
微笑み再び触れるだけのキスをされ抱き締められる。
「ね、服脱いで?」
しばらくの間抱き合っていたが、不意にまろんが稚空の耳元で囁いた。
「……は?」
「だって、風邪引いちゃうでしょ?」
まろんは稚空の髪の水気をタオルを当てて抜きながらさも当たり前いった顔で
微笑んだ。
戸惑って視線を下げていると、まろんは眉根を寄せながら稚空の体に
張り付いている衣服を剥いでいく。
「待って。それくらい自分で出来るから」
まろんの手が腰に伸びてきたので、慌てて引き離すと、
彼女はできるの?と上目遣いに訊ねてきた。
「あのなぁ、子供じゃないんだからさ、拭くのも自分で出来るって」
全身を密着させるように体を拭いてくるまろんをみてると、邪な気持ちが
むくむくと湧いてくる。それを押さえるようにつっけんどんにふるまってみるも、
彼女はそれを決してやめない。
「まーろーん。そういうのが挑発してるっていうんじゃないのか?」
諭すように言ってみても彼女は離れず、それどころかぎゅっと抱きついてきた。
「まろん」
「……いいよ?もう。抱いてくれても」
「はっ?」
「いいよもう。怖くないから。ごめんね、いつも我慢させてて。でもね、
私、稚空とならそうなってもいいから、だから……いいよ?」
「あのなぁ、別にまろんがしたくないなら強制するつもりはないんだ。
第一、もっと時間かけてそういう関係になるべきなnだろ?急ぐ必要は少しもないんだ」
稚空が呆れたように首を振りながら言った。はなっから信じてもらえないのは
腹が立つ。だからついムキになって反論してしまう。
「違うもん!私が……私が、したいって思ったから言ってるの!」
「嘘。俺がこんな馬鹿なことしたから責任感じてるんだろ?そんなこと
まろんは考えないでいいんだ。もうまろんは寝てろ」
稚空が子供にするように頭を撫でて脱衣所を追い出される。
「違うってば!なんで信じてくれないの?」
瞬間、視界がひっくり返った。背中に鈍い痛みが走る。驚いて目を見開いていると
稚空が被さってきた。体がすくむ。
「……っ!」
「ほら。やっぱり怖いだろ?」
「怖く、ない」
なんだか子ども扱いされているようで腹が立ったから、稚空の首を
引き寄せて口付けた。無理やり唇を割り、舌を絡める。
驚いている稚空に無理して余裕の笑みをみせ、宣言する。
「ね?私本気よ。分かるでしょ?」
「……本当に、いいんだな?」
稚空が困ったように呟いた。本当は怖かったけれど、弱味を見せるのは
癪に障るので大きく頷いておいた。
「………どこでしたい?」
「……ベッドがいい。ちゃんと」
「歩けるか?運んでやろうか」
まろんは軽く俯き、首を振った。稚空はまろんの髪にキスしてやると
立ち上がり、手を引いて歩き出した。
寝室までの道のりが、まろんには死刑の執行台までの道のりにも
感じられ、胸苦しかった。
まろんの手を引き、寝室に連れて入る。
正直、まろんを抱くつもりはなかった。
望んでいないまろんを抱いたってそんなこと何の意味も持たないから。
ただ、今のまろんは何を言っても聞かないだろうから
まろんから怖がっているのを認めるまで待とうと思った。
薄暗い寝室でベッドサイドの灯りを頼りに、まろんをベッドに座らせる。
「…暗い方がいいだろ?」
濡れたシャツを脱ぎながらまろんに問う。
頷くのを確認してから唇を重ねていく。
柔らかい唇を味わってから、舌を挿しこむ。
何度も角度を変えて舌を絡める。
時折漏れるまろんの吐息が心地よい。
そのまま稚空は彼女の肩を掴み、身体を倒して覆い被さっていった。
ゆっくりとベッドが軋む。
稚空の重みと、少し冷たい身体の感じが伝わってくる。
自分の心臓の音が聞こえそうで心配だった。
さっきは意地を張って平気と言ったものの、実際は後悔している部分もあった。
でも、子供扱いされるのは嫌だったし、稚空ならいいと思ったのも本当だった。
唇が離れると息着く暇もなくボタンを外され、耳に口付けられる。
その時。ひ、と思わず息を呑んでしまい身体が固まる。
その反応に稚空が優しく口を開いた。
「まろん、やっぱり止めよう。まだ怖いんだろ?
セックスって意地でするものじゃないだろ。な?」
セックス、という直接的な言葉に一瞬震える。
稚空は外されたパジャマのボタンを閉じてやり、そっと身体を離した。
「服、変えてくるから。先に寝ててもいいぞ」
そう言ってベッドから立ち上がろうとした稚空の手をまろんが掴んだ。
「…どうすれば、信じてくれるの?」
呟き、自らパジャマのボタンを外して脱ぎだした。
「…ね…、しよう?」
驚く稚空を尻目に上半身下着になったまろんは
小さな声で言った。
「…まろんが、そう望むのか?」
まろんは頷き、それを見た稚空は躊躇いながらも、
再び覆い被さっていく。
「…これが最後だ。大丈夫、なんだな?」
その質問にまろんは彼に抱きつくことで応える。
細い身体を抱きしめ返し、下着を外す。
胸に触れるとまろんが擽ったそうに身体をよじる。
まだ胸に触れられる事に快感を見い出せるほど
まろんは女ではないが、それでも先端の突起に指が触れると
小さく震えているのがわかる。
「…っ、はぁ……」
稚空に先ほどから胸の突起を口に含まれ舌でつつかれ歯に軽く挟まれと、初めて体験するまろんには刺激が強く声を押さえるだけでやっとだった。そんなまろんを尻目に衣服を脱がしながら激しい愛撫を稚空は繰り返す。
「ぁっ、やっっ!!」
ショ−ツを脱がしにかかろうとした時、その手を掴み拒絶の声をあげたのはまろんだった。
「…ゃっぱり恐いか?」
掴まれた手でまろんの頬を撫で諭すように囁く。それを聞きまろんは困った様な複雑そうな顔で小さく「恥ずかしぃ…」と頬を染め、きゅっ、抱きついてきた。
その行動は今までなんとか保っていた理性を壊すのにもってこいの行為だった。
「…恥ずかしいなら脱がなきゃいぃ……」
「ぇ…?」
そう言おうとまろんが口を開けると同時に稚空がまろんの太ももを掴み開脚させショ−ツに軽く噛みついた。
「!!きゃっ、ちょっ、ゃぁっちあきぃっ!!」
ショ−ツ越しにも舌で秘部を刺激され、まろんはいきなりの事に両手で顔を覆い首を振る事しかできなかった。「だ、めぇ…ぁっぁっ……」
どれくらいこの行為をしているのだろぅ。ショ−ツは稚空の唾液とまろんの愛液で濡れ透けている。
そして、まろんは先ほどとはうってかわり稚空の頭に手をおき自分からねだるように腰を動かし甘美な声を出している。
初めての感覚だった。くすぐったさの中に気持ちよさが見え隠れする。
口がどうしても開いてしまい、しまりのない相好と甘ったれた声が
恥ずかしさをかきたてる。やだな、やだなと頭の中では考えていても
稚空の舌で愛撫されるたびに腰が浮き立ってしまう。
「ぁ……い…」
頭の中に霞がかかる。楽しいわけではないけど口の端に笑みが浮かぶ。
稚空の手が腰に触れ、張り付いていた下着が剥がれて落ちた。
恥ずかしかったけれど、やめて欲しいという感情はない。
もっと気持ちよくしてもらえるなら構わないとまで思えた。
稚空の舌が直に体に触れた。全身の筋肉が緊張する。体中に電撃が走ったようだった。
先程よりもきつい快楽が体を蝕む。内腿がびくびく震え、意識を保とうと
夢中で稚空の髪を撫でる。
それが来たのはすぐだった。体の芯を焦がすような感覚。気持ちいいと言うよりも、
痛い、というほうがしっくりくる。
「だめっ!…ちょ、やぁっ!!おねがっ……だめ、やめて!ち、あっぁっ!」
まろんが目を見開いて狂ったように体を捩じらす。稚空はまろんの表情の変化を
素早く読み取ると、触れずにおいた突起を重点的に舌で刺激する。
「ち、まっ…だめぇっ!!や、ちぁ、あ!あ、あっ……ああ!」
張り詰めていた力が抜けて、痛みに似た快楽が全身を貫いた。
そのおかしな脱力感が、妙に気持ちがいいと思った。
「…イった?」
はぁはぁと荒く呼吸するまろんに稚空が尋ねる。
この感覚がそう呼ばれるのか分からなかったし、
何より恥ずかしかったのでまろんは口を開かなかった。
稚空はそんなまろんと顔を合わせるよう体勢を立て直す。
稚空の左手がまろんの細い身体を這い、先程の行為で濡れているそこに辿り着いた。
「少し冷たい、かも」
そう呟くと稚空は指をゆっくりとまろんの中へ埋め込んでいく。
初めて体験する異物感にまろんが身体をこわばらせる。
しかしまろんの態度とは反対によく濡れているそこはすんなりと指を受け入れた。
「…ぅ、あっ…」
痛みはない。
あるのは稚空の冷えた指の存在感だけ。
奇妙な感覚にまろんが戸惑ったような表情をする。
稚空は一番奥まで指を入れるとゆっくりと引き抜く。
「ん…、ぁ、はっ…」
その行為はだんだんと速さを増し、まろんの口からも艶やかな声が出る。
今まで見たことのないような色っぽいまろんの表情が更に稚空を高ぶらせた。
まろんもだったが、実際稚空もひどく緊張していた。
まろんに合わせ、ゆっくりと行為を進ませるが
今にも切れそうな理性の糸を繋ぎ止めるのは容易ではなかった。
その欲求をかろうじて留めていたのは、指一本でも、稚空は正直きつく感じていたから
これからする行為はまろんにとって苦痛にしかならないんじゃないかという不安だった。
困惑している稚空の態度を読み取ったのか、まろんが稚空の瞳を覗き込む。
「…稚空、私、大丈夫だから…続けて…?」
自分の入り口に硬い物が押し当てられ、これから始まる事に身を竦める。
「力、抜いた方が楽だから」
「…ん、大丈夫」
小さく震える彼女の身体が、その言葉は強がりだという事を示していた。
柔らかく髪を撫でられ、稚空が腰を突きだした。
不思議な感覚と、少しの痛み。
このくらいなら平気、とそう思った次の瞬間。
「―――っ!」
突然の激痛。あまりの事に声が出ない。
無理矢理こじ開けるような侵入に、まろんが無意識のうちに
シーツを掴み、腰を引いて稚空から逃げようとする。
「嫌ぁ…!痛い、いた…ぁ…!」
必死に体を捩っても稚空が腰を支えているから無駄に終わる。
あまりに酷い痛みに、まろんは無我夢中で身を捩じらす。
しかしその度に稚空に体を引き寄せられ、結果的には腰を動かしている事に
変わりなく、余計に痛む。
愛し合っているなら痛みにも耐えられるとか、そういう次元じゃない。
ただ悪戯に激痛が体を突き刺してきて、呼吸すらまともに出来ない。
「いたっ……!!!っも、やだ、っ……」
知らず知らずのうちに涙が滲んできた。視界がぼやけて、覆い被さっている
稚空の髪が幾重にも見える。
泣きながら稚空の肩をつかんで引き離そうとしても、逆にきつく抱きすくめられる。
「離してぇっ!痛いよぉぃたっ…ぅん!」
泣き喚くまろんの唇が稚空のそれでふさがれる。割り開かれた唇から
舌が差し込まれ、口内を丹念に愛撫される。息が出来ない。
全身に上手く酸素がまわらず、くらくらする。苦しいのと痛いのが混ざり合って
だんだん頭の中が白んでいく。
すると、嘘みたいな唐突さで唇が離れた。空気がどっと入り込んできて肺が痛い。
ぜぇぜぇと荒く呼吸を繰り返していると、稚空の舌が耳や胸元を這い、左手が
胸のラインをなぞるように揉みしだく。
「っや…ぁ…ん…」
体の芯がきゅんと熱くなるような感覚に思わず切なげな声が漏れる。
慣れてきたのか、痛みは先程よりは気にならない程度に収まっている。
「まだ、痛むか?」
「……ん……ごめ、まだ動かさないで……」
稚空に耳元で囁かれ、申し訳なさそうにまろんが視線を下げた。
稚空が軽く微笑み、まろんの頬に口付ける。胸を撫でていた左手が
下腹に伸び、挑発的に尖っている突起を指で転がす。
「あっ!そこっ……っぃや!」
「ここがいいんだ?」
意地悪く訊ねてくる稚空に、まろんは弱々しく首をふった。
しかし稚空は面白そうに目を眇めると、耳元に吐息を落としながら
指の動きをいっそう激しくする。
「ゃあ!!きゃ、ちょ、やだぁっ……ん!」
まろんが目を見開き、快感に体を震わす。
「やぁ!…っ、ぁんっ……」
執拗なまでの愛撫から与えられる快感に
まろんは不安になるが、抵抗すら出来ず
ただただ行為に従うしかなかった。
自分の身体が快感の波に乗る度に、稚空が一瞬眉をひそめる。
「ち、あき…も、動かしても…大丈夫だから…」
漏れる喘ぎの中で何とかそう呟く事が出来た。
「…本当か?無理、するなよ」
心配そうに覗きこんでくる稚空の目を見て、うん、と頷く。
稚空はまろんの額にそっと口付けるとまろんの体を気遣いながら
ゆっくりと腰を動かしていった。
慣らすような深く、ゆっくりとした抽送。
自分の中で面積が増えるような圧迫感の中、
少しずつ痛みがきえ、体が馴染んでいくのがわかる。
まろんに合わせ、稚空の動きも熱を帯び
今は腰を支えながら激しく突く。
「ゃっ、あ、ぁっ…だめ…っ!」
痛みのかわりにまろんの小さな身体全体を快感が蝕んでいく。
部屋の中は二人の身体のぶつかり合う音と、ベッドの軋む音だけが響いている。
与えられる快感を身体いっぱいに受け止め、溺れていたまろんが
その音でふと我に返り恥ずかしげにうつ向き、慌てて声を抑えている。
その様子を見た稚空は意地悪く笑い、腰を動かしたまま敏感な突起に手を伸ばす。
「!…やぁ、はっ…ん…!」
少し強く摘まれると全身が硬直し、まろんは限界を迎えた。
立てていた膝から力が抜け、ぐったりとベッドに沈む。
その膝を抱え上げ、稚空は再び抽送を開始する。
じくじくと繋がっている部分が痛んだ。いや、快感が強すぎて痛んでいるように
思えただけだった。事実、もう喪失の痛みなんかはとっくに飛び去った。
「ん、ふっ、ぁっ…あ!も、ちょ、やぁんっ……」
自分の体の奥をかき回される度にたまらなくなって、つい腰をくねらせてしまう。
そしてその様子を見るたびに稚空の目が妖しく光る。
そうするとまた彼の動きが激しくなる。その度に気持ちよさや息苦しさから
甘ったるい嬌声が漏れ、腰が動く。それを見ると稚空は更に興奮する。
悪循環だ、とまろんはぼんやり思った。酷くされればそれだけ気持ちよくて、また
彼を煽る結果となる。そうすれば与えられる快楽からの痛みはもっと酷くなるのに、
それを期待して震える自分が確かにここにいる。
「……もっと……」
自分のなすがままにされていたまろんの口から、確かに要求の言葉が聞こえた。
それは自分に抱かれる事に慣れ、確実に感じていると言う事だと思うと、単純に
嬉しかった。
「あっ、あっ!……ゃ、んふっ……ぁ!」
腕の中のまろんの顔を覗き込むと、真っ赤になりながら淫らに相好を崩している。
初めてなのに、ここまで感じているのも珍しいな、と思いつつも
稚空は彼女の白い頬に唇を寄せた。
頬に触れる唇からさえも刺激が伝わる。
恐る恐る稚空の首に手を回し、きゅっとすがりつくと
稚空はそんなまろんを抱きしめ返し、小さく速い動きでまろんを攻めていく。
「あっ、あ、あ、…っ、は」
次第に稚空は抽送に集中し始め、部屋には艶めいた喘ぎ声だけが聞こえる。
その喘ぎを掻き消すかのように稚空は恋人の唇を求め、彼女もまた戸惑いがちに彼を求める。
二人の限界も近い。
頭がぼんやりとして、この行為が夢の中の出来事であるかのようで。
まろんは少しでも気を抜けば、フワフワと浮いてどこかへ行ってしまいそうな
自身を必死に繋ぎとめていた。
「…イきそう?」
稚空がそっと唇を耳許へもっていき、甘噛みながら囁く。
その言葉を聞き、まろんはびくりと震える。
「…もう、ダメ…」
しかしもう一度突かれると、とろんとした表情になり、甘えた声で呟いた。
それを聞いた稚空はさらに熱を帯びて、
まろんの中を掻きまわすように突く。
もうまろん自身、快感と痛みの判別なんてつけられない。
ただ今は繋がっているところから生まれる痺れの波に飲まれそうで。
「ぁ、ぁ、あ、……っ」
まろんの喘ぎが小刻みなものへと変わり、その身体も急速に襲いくる絶頂感に震える。
「…まろんっ…!」
「はぁ、ぁ、んっ、んん、だめぇぇぇぇ…!!」
稚空がまろんの身体をきつく抱きしめ、二人は限界を向かえた。
崩れ落ちた稚空の身体がまろんへとのしかかる。
それから数時間、窓から入って来る光に稚空は重い瞼を持ち上げる。
今何時だろうか、そう思って時計を探すため辺りを見まわそうとしたが
ふとシーツの隅の方の転々と散る血の痕に驚く。
「!?」
一瞬動揺するが、すぐに昨夜の出来事を思い出して息をつく。
昨夜は、……まろんを犯そうとして、それでまろんに泣かれて…とにかく、そのまま眠ってしまったらしい。
ここまで考えた所で隣のまろんが、んー…と寝言を言いながら寝がえりをうつ。
真っ白な背中が覗くと、急にその肌に触れたくなってまろんを背中越しに抱きしめる。
わずかな身体の振動にまろんが薄目を開ける。
「まろん、おはよ。」
自分の後ろの方で優しい声が聞こえる。
その声に安心して再び目を閉じるが、ふいに自分を抱きしめている彼の腕と自分のからだの間には
なにも無く、肌と肌との温かさが伝わっている事に気付いた。
そこで急に目がパッチリと覚め、昨夜の出来事がありありと蘇ってくる。
全身を恥ずかしさが襲い、頭からシーツをすっぽりと被る。
「?…まろん?」
不思議そうにシーツを退かそうとする稚空にまろんが首を振る。
「や、やだ、稚空、だめっ」
少し強引にシーツを剥ぎ取ると、その下のまろんは両手で顔を覆っていた。
「…なんか、顔合わせらんないかも…恥ずかしいよ…」
耳まで真っ赤に染めてそう呟くまろんに稚空は愛おしさを覚え
先程よりも強く抱きしめる。
直接肌が触れる感触は温かで心地よい。
シャワーを浴びたかったが、この状態が気持ち良いのでもう少しこうしていよう。
「誰よりも、愛してるから」
耳許でそう囁くとまろんの顔がさらに赤く染まっていった。
まろんと初めて交わってから数日、ここ最近まろんは自分と目を合わせようともしない。
確かにあの日、強引ではあったけどお互いの気持ちが通じ合った、と
思っていたのは俺だけなんだろうか。
一度まろんの肌の柔らかさを、温もりを知ってしまって、
このまま、目も合わさず、話もせずという状態が続くようなら
ちょっと耐えられないかもしれない。
まろんはこの前の事を、どう思っているんだろう。
そう思ったら、まろんの気持ちを確かめたくなって足が独りでに彼女の家へと向かう。
インターホンを鳴らすと、しばらくしてドアの鍵を開ける音が聞こえた。
「はーい…」
カチャリ、とドアが開き、隙間からまろんが来客を覗く。
自分を訪問してきたのが俺だとわかると、動揺しているのか、一瞬固まる。
「まろん、俺だけど。なんか急に会いたくなって」
会いたくなって、というのは本当の目的ではないが、そう間違っている訳でもない。
「…上がる?」
戸惑いがちにそう尋ねてくるまろんの様子はいつもと違う。
ああ、と頷いてまろんの家に入るとリビングに通され、ソファーに腰掛ける。
まろんが紅茶を用意し、自分もソファーの向かい側に座るが、何だか落ち着きがない。
「何か、こうして顔合わせるの久しぶりな気がするな」
「…うん」
「今日は何してたんだ?」
「別に…なにも」
必死にまろんの心を探ろうと話し掛けるが、短い答えしか返ってこず、イマイチわからない。
「…身体とか、大丈夫か?ほら、この前のから」
そういった瞬間、ピクリとまろんが反応した。
原因はここか。
手を伸ばしてまろんに触れる。―――いや、触れようとした。だが。
「…ごめん、私の部屋の窓開けっぱなしだったかも」
と、まろんが突然立ちあがり足早に寝室へと向かっていく。
まろん、と呼びとめかけたが、同じ家の中、すぐ帰ってくるだろうと思い待つ事にした。
寝室にまろんの姿が消えていく。
「…わかんねー…」
前髪を掻きあげながら、呟く。
ため息とともに、つい自分の思いが口に出てしまった。
一体、どうしたというんだろう。この前のが原因なのは確かなはずだ。
何か気になる事あったっけ。
キスだけで結構まろん恥ずかしがってて。
真っ赤になったまろんの顔が可愛かったよな。
ふつふつと考えていると、考えはどんどんそれて行ってしまい、叫びたくなってくる。
俺はこんな性格だっただろうか。
ふと、まろんが寝室から出てこない事に気付いた。
窓を閉めるだけなのに、もう5分以上経っている。
不思議に思い、そっと寝室の様子を覗く。
まろんはベッドの上に正座し、枕を抱きしめている。
「…?」
何をしているんだろう。顔はこちらを向いているが、自分には気づいて居ないようだった。
声を掛けようとした時、微かに漏れるため息とともに、彼女の声が聞こえた。
「…やっぱり、するってことなんだよね…」
「何を?」
その呟きの意図がわからず、つい声を掛けてしまった。
誰も居ないと思っていたのか、まろんは自分の方を驚いて見つめ、一呼吸遅れて顔が赤くなった。
「ち、稚空!?」
動揺しているのか、久しぶりに目が合ったのに、またすぐに逸らされる。
ちょっとこれには、腹が立った。
なんなんだよ、一体。
まろんの方へずんずん歩いて行って肩を掴む。
「や、なに、離してっ…」
突然の事に驚いて、まろんがベットの上で後ずさる。
「なんで怒ってるんだ?この前からずっと。考えてるけど、言ってくれなきゃわからないだろ!」
そういうつもりはなかったけど、ちょっと語尾が強くなってしまった。
きっと、分かってやれない自分への苛立ちもあったんだろう。
それをまろんにぶつけるのは間違っていたけど。
「…別に、怒ってないもん」
俯いて、小さく答えるまろんの顎を掴んで無理矢理に目を合わさせる。
「じゃあなんで最近そういう態度なんだ?なにか理由あるんだろ?」
問われたまろんの目には困惑の色が浮かぶ。
「…稚空、今日どうして家に来たの?」
「どうしてって…だから、まろんに会いにだよ」
それ意外に何かあっただろうか、と考える稚空にまろんがもう、と小さく呟いた。
「……怒ってたんじゃなくて、この前みたいに…す、するなら、どうしようって思ってたの」
その言葉で稚空はようやく事態が飲みこめてきた。
「それで俺を避けてた?…もしかして、嫌だった?」
まろんが顔を赤くし、唇をきゅっと噛む。
それは肯定?それとも否定?
でも、ここ最近避けてたって事は、…………肯定、なんだろう。
ああ、まずい。結構ショック、かも。
その言葉を聞いておずおずとまろんが口を開く。
「嫌、っていう訳じゃなくって、あの、えっと…」
なんだか考えがまとまらなくって、しどろもどろになってしまう。
ふと顔をあげると稚空は俯いている。どうしたの?
「…ねぇ、聞いてる?稚空?」
稚空の様子を変に思うが、彼が反応しないうちにまろんは話し出す。
「あの、私ね、この前…き、気持ち良かったけど……やっぱりちょっと痛くって泣いちゃったでしょ?
でもね、あの時幸せで、きっと稚空と二人になったら…したくなるから、だから、痛くても頑張れるように心の準備しようって思って…」
一生懸命、自分の気持ちを伝えるまろんの言葉に稚空が顔を上げる。
「だから、つまり……嫌とかじゃないよ?」
嫌、だった訳じゃなくて。
健気なまろんが愛しくて堪らなくなる。
「ごめんな、痛かったよな。」
髪を優しく撫で、申し訳なさそうにそう謝る稚空にまろんがううん、と首を振る。
「今日も、幸せにしてくれるんでしょう?」
照れくさそうに微笑んでそう言うまろんの頬を包んで、そっと口付ける。
はじめは触れるだけで、すぐ離した。
されるがままになっているまろんを身体ごと引き寄せて強く抱きしめる。
口付けは、舌を絡める深く激しいものへと変化していた。
時間の感覚のなくなるほど、夢中で彼女の柔らかい唇を求めて。
唇を離したり重ねたりしている時に漏れる水音がやけに耳につく。
ああ、頭がヘンになりそうだ。
ぼんやりした頭でそう思った。それはまろんも同じ事で。
ようやく唇が離れた時、お互いの唇から銀の糸が引いていた。
そのままどちらともなくベッドへ倒れこむ。
彼女は彼を、彼は彼女をきつく、きつく抱きしめながら。