そのとき、リビングの扉が乱暴に開かれた。  
「!まろん…!!」  
そこにはまろんがずっと助けを求めていた少年が立っていた。  
彼の目に映ったのは漆黒の衣服に身を包んだ悪魔騎士と、彼に抱きかかえられる  
愛しい少女の真っ白な身体。  
「お前っ…!まろんに何したっ…?!」  
怒りに身体がわなわなと震え、ノインに掴みかかる。  
だが黒いマントが宙に舞っただけでノインをとらえることはできなかった。  
「何をした…と申されましたね…見てわかるでしょう?  
彼女を神の呪縛から開放してさしあげたのですよ」  
平然と語りかけてくる男に、どうしようもない殺意が芽生える。  
「貴様ぁっ!!」  
殴りかかってくる稚空をふわりとかわし、まろんをソファーに横たえる。  
「仕方がないですね…今日のところはこれで退散しましょう」  
そう告げるとノインはマントを翻し窓の外の闇に溶けこむように消えていった。  
「待てっ…!!」  
稚空の叫び虚しく、彼の姿は見えなくなった。  
後に残されたのは、ぐったりとソファーに横たわるまろんの姿。  
その瞳にはもう光はなく、稚空の存在に気付いているのかどうかさえもわからなかった。  
腕に残る、赤い火傷のような痕と、彼女の秘部から滴る白い精液と彼女自身の血が  
ここで起った事を生々しく表していた。  
守れなかった。  
隣の家に、こんなに近くにいたのに、彼女の身に起こってしまった事を防げなかった。  
最悪の状況に、稚空はただ唇を噛み締める。  
近くにあった毛布を手に取り、まろんの体に掛けてやろうと  
稚空の手がまろんの体に触れた途端、遠くを見つめていたまろんの瞳が  
急に焦点を合わせ、そのからだがビクンと震えた。  
 
「いや、いやぁああ!触らないで、誰か助けてぇ!」  
まろんが叫び声を上げ、我を忘れて必死に抵抗する。  
「っまろん!違う、俺だ!あいつじゃない、稚空だ!」  
稚空が暴れるまろんの両腕をつかみ、今はもう大丈夫だという事を伝えようとするが  
体の自由を奪われるのは、今のまろんにとって恐怖でしかなかった。  
「離してっ!怖い、怖いよぉっ」  
思わず稚空が手を離すと、まろんは自分で自分を守るように抱きしめ、  
体を小さくしてがたがたと震えた。  
「まろん…、俺だよ…わかるか?」  
まろんをここまで追い詰めた、あの男への怒りを胸の内に抑え込みながら  
今度はまろんに触れずに、出来る限り優しく話しかける。  
その問いにまろんは答えず、しゃくりあげながら俯いている。  
「………まろん」  
毛布を広げ、まろんの身体に自分の手が触れないように、注意深く包んでやる。  
「……なぃで…」  
小さな声が耳に届く。  
「…?」  
「ゎ…たし…を…ぃで……」  
途切れ途切れに聞こえた。  
―――私を見ないで―――  
どんな思いでそう言ったんだろう。  
その言葉になんて返したら良い?  
「……っ」  
「……だ、ぃじょうぶ、だから……一人にして…」  
何も返せないでいる稚空にまろんが告げる。  
こんなまろんを一人になんて出来るはずない。  
一応混乱状態は治まったようだったが、とても冷静な判断が出来るとは思えなかった。  
 
「……駄目だ。一人になんて出来ない」  
きっぱりとそう言うとまろんが震えた。  
「ひ…とりで…考えたいの…おねがぃ…」  
どうしたら良いのかわからなくて、まろんの望みどおりにする事にした。  
他に俺に何が出来たんだろうか。  
「…何かあったら、すぐに電話しろよ」  
無言で頷くまろんを見て、胸が痛む。  
どうしてこういう時に支えになってやれないんだ。  
「…ごめんな」  
小さく呟くと、稚空はまろんの家を出た。  
 
翌朝、稚空はまだ日の昇りきらないうちから起きあがる。  
まろんのことが気がかりで睡眠など摂れなかった。  
まだ泣いていないだろうか。  
少しでも眠れたんだろうか。  
一人にして良かったんだろうか。  
……自分で自分を傷つけていないだろうか。  
ゆっくりとまろんの家の扉を開けてリビングへ入る。  
まろんは居なかった。  
改めて見るソファーに残された最悪の出来事の跡は  
稚空に言葉を失わせ、吐き気さえも感じさせた。  
「ちあき……?」  
声に振り向くと、パジャマを着たまろんが力なさげに立っていた。  
 

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