「泣いてない!泣いてなんか……」  
「泣か……な、い…で」  
言葉とは裏腹に、まろんの瞳からまた涙が零れ始めた。雫が稚空の頬を伝い、  
こぼれおちていく。  
「まろん……」  
「嫌なの…っく……稚空、が…悲し……いの、は」  
まろんが彼をきつく抱き締めながら、一人泣いていた。  
彼を慰めているつもりで、本当は自分で自分を慰めているのかもしれない。  
泣かないで。そう言って欲しいのは自分のほうなのかもしれない。  
不安が止まらなかった。  
怖かった。  
たった17で決して祝福されない結婚をして、先の長くない、それでいて  
自分よりも他のひとを選ぶ伴侶に寄りそうことは。  
罪の意識は慈愛の心を生み出す。けれども、それは自分の総てをノインに  
捧げるには、力が足りなさすぎた。  
だから、薬を盛られた時、稚空にこうして犯されそうになった時も実は少しだけ  
ほっとした。そうなってくれて嬉しいとも思った。  
稚空といっそ、逃げてしまいたかった。  
世の中のしがらみも、過去も、何もかも捨ててしまいたかった。  
 
「まろん」  
稚空が彼女をそっと抱きしめ返し、涙を拭ってやった。その瞳は悲しみに翳り、  
顔色も悪かったがまろんに比べればずっとしっかりしていた。  
「……薬なんて嘘だよ。騙すような真似してごめん」  
「………え?」  
「入ってたのは……入ってたのはただのアルコール。多分何の害もない筈だから…。  
だから………もう行け」  
「嘘、だったの?」  
稚空の言葉にまろんが傷ついたような顔をした。罪悪感に稚空は顔を伏せ、  
身体を起こして、彼女を自由にしてやった。  
「ごめん……こんなことして。でも、あいつと、幸せになってほしいって  
ずっと願ってるから」  
「稚空……」  
じわり、とまたまろんの瞳に涙がにじんだ。  
あぁ、なんて自分は浅はかだったんだろう。  
自分をここまで愛してくれる人を振り切って新しい恋に生きようとして、  
不安になれば彼に甘えて逃げこんで。  
無理やりでも、その目に孤独を見つけた瞬間に身体を許そうとした  
自分のあさましさを恥じた。  
彼はそれすらも越えて自分の幸せを願ってくれてるのに。  
「愛してるよ、まろん。愛してるからこそ、どうか幸せになって欲しい」  
稚空の言葉に耐え切れず、まろんはシーツに顔を埋めて肩を震わせた。  
 
そのまましばらくの間、まろんは一人で泣き続け、稚空はそれを慰めるでもなく  
ただ見守っていた。  
小さくなって震えている彼女を、抱き締めてやりたかった。  
でも、このままそうしてしまえば、また手放せなくなってしまう。  
彼女の選んだ道なら、それがどんな事でも祝福してやりたかった。  
それこそが自分に出来る最大の愛の証だと信じていた。信じたかった。  
「まろん、もう泣くな」  
かさかさに乾いた声で稚空が囁いた。こんな形でしか愛を確認し合えない自分達が  
惨めで、哀れで仕方がなかった。  
彼は彼女の悲しみに心を引き裂かれ、彼女は彼の優しさに胸を抉られる。  
「頼むから、もう、泣くな」  
稚空が辛そうに目を閉じ、彼女に哀願するように呟いた。  
まろんが顔を上げ上体を起こし、彼と向き合う。  
長い間二人は見つめあっていた。まろんがそっと手を伸ばし、彼の頬に触れる。  
どちらからともなく唇を寄せ合った。触れるだけのキスは次第に熱を帯び、  
稚空がまろんを抱き寄せ唇を割ると、互いの舌を絡めあった。  
「今夜だけ……今夜だけは、元にもどろう?……今夜一晩だけでも、稚空の恋人の  
ままでいたいの……」  
永遠にも等しい程長い口付けの後、まろんがそう言った。  
 
まろんの言葉を聞くと、稚空は彼女をゆっくりと押し倒した。  
それから彼女の足に引っかかっていた下着を取り去ると、自らも服を脱ぐ。  
それがどんな事なのか、二人とも痛いほどわかっていた。  
自分自身をごまかし、辛いことから目を背けてるに過ぎない。  
裏切りを裏切りでつくろうことにしかならない。  
それでも――――――  
思い出が欲しかった。甘くて物悲しい愛の終りが欲しかった。  
この愛の結末を、深く深く心に刻んでおきたかった。  
 
稚空が一度まろんに口付けると、掌で胸を包み愛撫しだした。  
まろんはくすぐったそうに身をよじり、時々彼に頬を摺りよせる。  
「いつも、そうするよな」  
変わらない彼女の癖に稚空が苦笑した。まろんが戸惑いがちに微笑み、首を傾ぐ。  
「気持ちいいと、何にも言わないで頬をそうやって擦りつけてさ」  
「癖だったのかな……嫌だった?」  
「……気に入ってた。可愛いと思ってた」  
まろんが薄く笑った。稚空がきゅ、とその先端を摘んでやると、彼女が腰を浮かせた。  
「ふぅっ……ん」  
「すごく感じ易くて、そういう時の声が甘かったのも、気に入ってた」  
蜜の様な声だった。自分を包み、狂わす声だった。囁きは砂糖菓子のように  
甘くて、柔らかだった。  
きゅ、きゅ、と摘んだり転がしたりしていると、まろんが恥ずかしそうに目を伏せた。  
けれども快楽には勝てないのか腿を稚空の足に密着させてくる。  
「……そういう風にされるの、好きだったんだよ」  
まろんの囁きに稚空が微笑む。一度頬に口付けると囁き返した。  
「知ってたよ。……なぁ、気持ちいいか?」  
 
まろんの顔が真っ赤に染まった。瞬間俯くが、稚空に顎をつかまれて目を合わされる。  
「……いうの、恥ずかしいんだよ?いつも聞いてきたけど…」  
「気持ちいいって言ってくれると嬉しかったからな……気持ちよく、なって欲し  
かったから」  
ふふ、とまろんが笑みをこぼした。花の様な笑顔だったが、瞳は暗く沈んでいた。  
こんな事言い合っても、夜が明ければ離れなきゃいけないのに。  
過去を懐かしみながら、いえなかった気持ちを今更確認しながら抱き合う自分達が  
滑稽で、馬鹿みたいで、哀れで、でも愛しかった。  
「いつでも気持ちよかったし、幸せだったわ」  
「そう言ってもらえて、安心した」  
稚空は一度笑うと、まろんの下腹に顔を埋め、既に蜜を溢れさせている秘部にそっと  
舌を伸ばした。まろんの押し殺したような喘ぎが部屋に響く。  
「んっ…あっ、ぅ……ふ…っ」  
ぴちゃ、ぴちゃと小さな水音がした。まろんが固く目を瞑り、その快楽に耐える。  
そっと舌を彼女の中に差し込むと、その細い四肢がびくりと痙攣した。  
浅い喘ぎを漏らしながら、まろんが彼の髪を撫でた。  
そのまま彼女はうっとりと愛撫に溺れていたが、何かを思い立ったのか膝を立て  
身体を起こし、稚空の口を離させた。  
「まろん?」  
まろんはふふ、と笑うと稚空を押し倒し、自分の顔の前に彼の熱くたぎったものが  
来るような位置に被さった。そのままちろ、と舌でそれを刺激してやる。  
「私だけじゃずるいじゃない?」  
まろんの声はおかしな位明るく、楽しげだった。  
 
そして、彼女は何の躊躇もなくそれを口に含んだ。口をすぼめ、懸命に  
顔を上下させる。  
「……っあ!なっ…」  
稚空が小さくうめいた。まろんはそれを聞くと、更に力をこめて愛撫を続ける。  
どくどくと脈打つそれは独特の味がしていて、いつ口に含んでも好きになれなかった。  
でも、今はそれすらも覚えておきたかった。  
「……続けて?」  
まろんの熱っぽい囁きに稚空ははっとし、彼女の秘所を舌で弄ぶのを再開した。  
二人とも、互いの愛撫に恍惚としながらも刺激しあう事を止めない。  
しばらくはその状態を楽しんでいたが、先に限界を示したのはまろんのほうだった。  
小刻みに身体を震わせ、彼のモノから口を離してただ一心に喘いでいる。  
稚空は小さく息を吐くと、うごめいている彼女の入り口に舌を差し入れた。  
「はぁっ―――っっ!」  
短い叫びをあげると、まろんの全身から力が抜けた。  
稚空はそれを腕で支えてやると体勢を変え、顔を向き合わせた。  
「稚空……」  
「ん?」  
まろんが稚空の首に縋りつき、口付けた。舌をからめた後、唇を話すと耳元で  
甘く囁いた。  
「もうだめ………稚空の、ほしいの……」  
「なにが?」  
稚空の問いにまろんが唇をかんだ。しかし耳朶を甘噛みされるとたまらない、と  
いうように腰を振り、消え入りそうに小さな声で答えた。  
「………稚空の、おっきいのを……中に、なかに入れて欲しいの……」  
 
「俺が欲しいんだ?」  
まろんがこくこくと首を縦に振った。羞恥に頬を染め、彼に固く抱きついて  
それを隠そうとする。  
「……かわいい」  
「〜〜〜〜〜っ、ばかぁっ」  
稚空の首に顔を押し当て、彼女がいやいやした。その仕草があんまりにも  
可愛らしかったから、一度口付け、そして挿入のために体勢を整えた。  
「稚空……」  
「じゃ、入れるから」  
そう言うと稚空が腰を突き出し、まろんの腰と密着させる。  
「んっ…あっ………ふ…ぅ」  
ぐぐ、と稚空が体重をかけ、まろんの蕩けきった入り口に自身を  
ゆっくりと押し進めていく。  
「あ、あ、あ……」  
ずっ、と稚空自身がまろんの中に入った。まろんが腰を浮かす。  
「ゃ、あ、んっふ……ぁあっ!」  
稚空がたまらず腰を動かし始めると、まろんが嬌声を上げて首を振った。  
 
「あっ!んっ……やぁっ……あ…」  
まろんが頼りない嬌声を上げ、稚空に縋りついた。不安げに眉根を寄せ、  
彼の首に腕を巻きつける。  
「まろん?」  
稚空が彼女の反応に戸惑い、遠慮がちに声をかけた。まろんが泣きそうな顔で呟く。  
「続けて……いいから」  
気持ちよかった。頭の中がくらくらする。意識が白くなっていく。  
でも、快楽に溺れるたびに、これをたった一夜の夢にしなければいけないという  
事実に泣きそうになる。辛くなる。  
「いいから……」  
彼女が泣きながら彼の唇を求めた。舌を絡め合う度に、水音が頭の中に響く。  
ぎしぎしとベットが軋む音が聞こえた。部屋に響くのはそれと彼女の声。  
「んん、ふっぁ……だめっっ!」  
稚空が胸の突起を舌で転がしながら、もう一方の突起にも手を伸ばした.  
まろんが腰を苦しそうにくねらせ、声が上がる度に彼女の中もきゅうきゅうと  
稚空自身を締め上げる。  
「まろん……」  
愛してるよ、と囁こうとした稚空の唇をまろんが奪った。言葉を舌で絡めとり、  
そんなは言葉聞きたくない、と首を振る。  
「もっと……もっ…と…」  
喘ぎに言葉を奪われ、途切れ途切れになりながらもまろんがそう言った。  
稚空は押し黙ったまま腰を動かした。  
「ゃん、っ……や…だぁ………あぁあっ!ふっぁ!」  
稚空の動きが小さく速いものになっていく。まろんが襲い来る終末の影に少し  
微笑み、彼に全てを委ねた。  
「あ、あ、あ、あ………」  
 
痛いくらいにまろんが締め付けてくる。もう長くは持たない。  
「稚空……も、ダメぇ……」  
「イきそう?」  
まろんがこくこくと首を振ると、稚空が笑い髪に口付けた。  
きゅ、と彼女を一度抱き締めてやると、まろんも腕を廻してきた。  
少しの間見つめあうと、柔らかなまろんの中を壊れるほどにかき乱す。  
「っ!ちぁ、も、や………やぁぁっっ!」  
「っく……」  
最後に一際艶やかな声をあげ、まろんが限界を迎えた。  
その締め付けに耐えられず、稚空は彼女の中で果てた。  
暖かな彼女自身が白く汚れる。  
そのまま、稚空の身体からゆっくりと力が抜けていった。  
 
 
しばらくの間は二人ともぐったりとしていたが、時間が経つにつれて  
呼吸が落ち着いてくる。まだ少し苦しげだったが、まろんが稚空に囁く。  
「逃げよう……?」  
戸惑っている稚空に、まろんがすがり付いてきた。細い腕をきつく絡め、  
彼の胸に顔を埋める。  
「二人で、遠くに逃げよう?ノインがこれないくらい遠くに、ね、逃げよう?」  
「まろん……」  
「お願い………」  
まろんが泣きながら懇願した。思わず頷いてしまいそうになる自分を何とか押さえ、  
稚空が首を振る。  
「……だめだ」  
「お願い……」  
まろんがしゃくりあげながら稚空になおも迫る。しかし、稚空は決して首を  
縦に振らなかった。  
 
「今夜一晩だけの、約束だから」  
稚空も言葉とは裏腹に、まろんを抱き締める腕に力をこめる。  
離れたくない。  
そう思っているのは同じだった。  
「今夜一晩だけ、って言ったのはまろんだろ?」  
そう言って稚空がまろんの髪に鼻先を埋めた。慣れ親しんだ、まろんの匂い。  
それを手離してしまうのが、身体を切られるくらいに痛かった。  
「………うん」  
まろんがぐずぐずになった顔で頷いた。いじらしさに心が乱れる。  
「でも、朝まではこのままでいさせて……?」  
「うん」  
「朝までは、稚空の傍にいたい」  
稚空は答えず、まろんの髪を撫でた。まろんが顔を上げ、稚空と見つめあう。  
「稚空……愛してるわ」  
呪いの言葉は、まろんが吐いた。  
稚空は目を見開き、何か言いたげだったが口をつぐみ、彼女にそっとキスした。  
そのまま二人は眠り込んでしまった。  
 
目が覚めると、光の中一人きりだということに気付いた。  
残されたのは、いまだ状況の理解できない自分と右を向いて眠る癖、  
それから枕についた一筋の長い髪。  
「なんだよ……嘘つき」  
やっとの思いで呟くと、少し苦笑して、それから静かに涙を流した。  
 
その週のうちにまろんの退学届は受理され、クラス中の話題になった。  
けれど遠慮してか、誰一人稚空に訳を尋ねなかった。  
それからの間はまろんを失った痛みを紛らわそうと、友達とつるむ事や  
受験に向けての勉強に没頭した。  
新しい恋人を作る気には、どうしてもなれなかった。  
 
別れの春が過ぎ、夏が来て秋も冬も通り過ぎ、二度目の春が過ぎ、その冬の終り。  
二年近い猛勉強のおかげか、志望していた医大にも難なく合格した。  
春からは大学の近くに借りたアパートに移ろうと、稚空は荷物の整理をしていた。  
まろんの傍にいるために引っ越してきたような家だったから、彼女のいない今、  
ここに残る意味はない。  
出てきたゴミを捨てようと外に出、その帰りにポストに派手な色が覗いているのに  
気付く。引き出すとまろんからのエアメールだった。  
驚いたがなんとか心を落ち着かせ、部屋に戻ってから開けてみる。  
長い、長い彼女からの手紙だった。二年間音沙汰のなかった、彼女からの手紙。  
懐かしい小さな文字が、青いインクで並んでいた。  
 
『稚空へ。  
 お元気でしょうか。あの日、別れも言わずに出て行ったこと、まだ怒って  
 いるかな。まだ怒りが収まらないなら、謝ります。ごめんなさい。  
 でも、あの朝目が覚めるまで傍にいたら、本当に離れられなかった。  
 逃げよう、と稚空が頷くまでせがんだ事でしょう。  
 だけどそれだけはしたくなかった。だから逃げました。ごめんなさい。  
 言わなきゃいけないことがいくつかあります。  
 まず、子供が生まれました、女の子です。名前は魚月。  
 フィンの生まれ変わり……のような気が私はしています。なんとなく。   
 そして、初雪の前の日、ノインが逝ってしまいました。  
 最後の何ヶ月かは私のことも魚月のこともわからない様子で、  
 ひたすらジャンヌを求めていました。その痛々しさが辛く、逝ってしまった  
 時、なんとなくホッとしました。ひどい妻ですね。  
 でも、これ以上傍にいるのが難しいと思っていた時期だったから、彼も  
 ジャンヌの傍にいけて本望だったと思うことにしました。  
 そうじゃないと、私も魚月も可愛そう過ぎるもの。  
 そして、もう二度と日本に戻る事はありません。  
 このままフランスに、といえればいいのですが心許なさ過ぎるので、  
 両親のいるニューヨークに行きます。そこで仕事を手伝いながら  
 母娘二人、つよく生きていくつもりです。  
 稚空にはもう寄り添ってくれる人ができたのかな。  
 それは少しだけさみしい事ですが、いい事だと思います。  
 淋しい夜に髪を撫でてくれる人が出来るのは、いい事だと思うから。  
 悲しさも、嬉しさも分け合えるのはいい事だから。    
 遠い空の下から、お祈りしています。  
 
 
 追伸・私が稚空のそういう存在になれなかったことを、残念に思います。  
 ご多幸を                   まろん      』   
 
そこには一枚の写真が同封されていた。まろんが本当に小さい女の子を  
抱いて、微笑んでいる。  
その写真を見て稚空は狼狽した。それはまろんが母親になっていた事ではなく、  
その子供の面差しが本当に、本当に自分に似ていたからだった。  
今すぐ傍に行ってやりたかった。けど、彼女はそれを望んでいない。  
その事実だけで充分だった。  
「なんだよ、今更……」  
ご多幸を、と彼女は言った。ならば自分を同じ事を彼女とその子供に祈ろう。  
「どうか……どうか幸せに」  
呟くと、稚空が泣き笑いの表情で手紙を千切った。破片をベランダから  
空へ飛ばした。  
部屋に戻り、窓を閉めると、もう二度と外を見ることもなかった。  
 
 

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