ムカムカする。  
 
   
 
理由なんてわかりきってる。  
いっつも目の前を通り過ぎてくあいつ。  
 
 オレがいつもどんな気持ちで、お前の姿を追ってるかも知らないで。  
 オレがいつもどんな気持ちで、お前を見てるかも知らないクセに。  
 
 抑えきるのももう限界  
 
 耐え切れるのも、もう今日まで。  
 
「悪ィな、まろん…――――――」  
 
   
 
   
 
 手加減は、ヌキだ。  
 
なあまろん、今夜あいてるか?」  
「え?何いきなり」  
 きょとんとした顔で、まろんはオレに聞き返す。  
 
 赤く染まった夕暮れ時。  
近所のファミレスで夕飯のときにちょうど2人っきりになったオレとまろんは、2人してスパゲティーを啜りながら言葉を交わした。  
 …今だって、そのソースを舐め取る仕草だって。  
 つるりと滑る、唇だって。  
 
 …タ マ ラ ナ イ  
 
「うん、空いてるよ」  
まろんの言葉で我に返って、オレはハッと意識を戻す。  
それからあくまで『いつも通り』をよそおって、にこりとまろんに笑いかけた。  
 
「じゃあ、スゲーもんが手に入ったんだ。見せたいから、今夜オレの部屋に来てくれないか?」  
 本当に見せたいのは、この気持ちなんだけれど。  
 
   
 
   
 
 夜、PM12時。  
 
コンコン、と歯切れの良いノック音が響いた。  
 
「…はい。まろんか?」  
「うんvお邪魔しまーす」  
期待していた声が聞こえて、オレは上機嫌に錠をはずした。  
中に入ったまろんを確認して、  
「あ、そうそう」  
と話を切り出す。  
 
クス、と小さく微笑んで、オレはぱっとまろんにあらかじめ用意しておいたコップを渡した。  
「? ナニコレ」  
 きょとんとした顔をするまろんに、オレはにこっと笑った。  
心の中で、少しの期待と罪悪感をかんじながら。  
「それが、言ってた『スゲーもん』だよ。飲んでみろって。美味いから」  
オレはそう言って、コップのなかのいかにも身体に悪そうな半透明なピンクの液体を指差した。  
まだ腑に落ちない様子のまろんだったが、こくりと頷いてコップにゆっくり口をつけた。  
「……っにが…っ」  
 コップを放して開口一番、まろんがつぶやいた感想はそれだった。  
 
 嫌そうに眉をひそめる姿すら、狂おしいほど愛しい。  
 
「…どーだ?美味かったか?」  
「この態度でオイシソーに見えますか?アナタは?」  
「ああ。美味そうだな」  
「っはぁ??何言ってっ……」  
 そこでまろんの言葉が不自然に途切れたのは、オレが唇を押し付けたからだ。  
 
やや乱暴気味に押し付けた唇をそのままに、オレはゆっくり舌でまろんの唇を舐め上げる。  
舐めあげた途端、まろんが目を見開くと同時に甘い声が漏れた。  
「っふぅ…んっ……」  
 つ、と間に光に反射した、どちらともない唾液がつたう。  
 
 ……なーんか、何となくヤラしー光景。  
 
…っ、ち、稚空、何するの…っ!?」  
「いや、あんまり美味そうだから、口移しでもって思ってな?」  
「はぁ!? 何考えてるのっ!?」  
顔を真っ赤にして、心底正気を疑うようなまろんの態度に、オレはニッと微笑んでやる。  
「…ずっと、こうしたかったんだ」  
 まろんの顔が、驚愕と羞恥と恐怖に歪んだのが見えた。  
頬に血をのぼらせて俯くまろんに、オレはさらにクスクスと笑いかけてやった。  
 …心底、楽しそうに。  
 
「体、動かなくなってきただろ」  
「―――――――!?」  
 心なし、羞恥ではなく顔が赤いまろんに笑いかけると、まろんは今度こそ真っ赤になった。  
よろよろとした足取りでにじり下がるまろんに、オレはさらに獣のような目を光らせる。  
「…きいて、きたかな」  
 そして笑った。  
 
ごめんなあ、まろん?オレ、さっきのコップに、しびれ薬いれたんだ」  
「…っ、し、痺れ薬…っ?」  
「そう。痺れ薬」  
 言ってから、オレはグッと強い力でまろんをベッドに押さえつけた。  
「!?」  
ダン、と鈍い音がして、強く背中を打ち付けられる。  
まろんは瞬時にみじろいで逃げようとしたが、肩をおさえられて上手く動けてないみたいだ。  
「な…っなに…」  
「こーゆーことだよ」  
 スルリとまろんの柔らかい肌に手を滑らせて、胸の蕾をきゅっとついばむ。  
「っやっ…やめ…!」  
即座にまろんに『何しとんじゃい!!!!』と大声で叫んで蹴っ飛ばされそうになったが、体に上手く力がはいらず、ただ手は宙を漂うばかりのようだ。  
そんな様子にもオレはうすく微笑をうかべる。  
「ちっ…稚…空ぃ…っ」  
「…なんだまろん。まだ抵抗するのか?諦め悪いぞ」  
 それから下着越しに秘所にそっと触れ、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。  
 
「……やめて欲しく、ないんだろ…。」  
 言った途端、まろんは背中に電流が走ったように、ビクリと腰を浮かせた。  
 
クスリのせいだろうか。  
感覚の波にうっすら涙さえ浮かべながら、塗れた唇でこちらを見遣るまろん。  
 
 クスリのせいでもいい。  
 
 すべて、クスリのせいになってしまえば…良い。  
 
 こうなる事を、確かに望んでいたオレが居る。  
 
「…っ、な、なんで、こんなこと…?」  
信じられないような、それでいて快感の波に押し流されているまろんの言葉に、オレは思わずピクリと眉を吊り上げた。  
 なんで、なんて。そんな。  
 
 オレの気持ちも知らないで。  
 
「……ッバァカ…。…お前のことが、好きだからに決まってるだろ・・・!」  
 
 好きすぎて好きすぎて気が狂いそうなくらい、お前をこうして掻き抱きたかった。  
 毎晩熱に浮かされたまろんの夢を見るのに、本人はそんなのお構いなしで。  
 
 …みんなと一緒だと、全てが同じように笑うから。  
 
 だから。  
 
…ごめんな。もう、止まれない………」  
 そっとまろんにそう呟いて、オレは泣きそうな顔で微笑んだ。  
 
まろんはこっちを信じられないように見つめていたが、やがてまたオレの愛撫でビクリと肢体を痙攣させる。  
「まろん、好きだぜ…誰よりも」  
言いながら秘所にゆっくりと指を這わせていく。  
クチュ、と小さな水音がして、まろんの羞恥をあおったのがわかった。  
 さらに真っ赤になって身をよじるまろんを見て、オレは自嘲じみた笑みをもらす。  
 
 全部全部、まろんとそのクスリのせいだ。  
 オレが、押さえが効かなくなったのも。  
 
「なあ、まろん、オレが…嫌いなのか?」  
 
 
 いつもは笑うオレの顔が、少し、歪んだ気配が、した。  
 
 
「…っ、はあ、あ、稚空ぃ……――――っ!」  
「……っく、…まろん……――――!」  
 ひときわ大きな声をあげて、まろんとオレは同時に達した。  
はぁはぁと荒い息を繰り返しながら、オレはふうと息を吐き出す。  
 
 あれから、どれ位時間がたっただろう。  
あのあと結局クスリで抵抗らしい抵抗もできなかったまろんは、こうしてオレと一緒に寝ているという結末を迎えてる。  
 もう気絶しちまったんだろう、まろんは、今は穏やかな吐息を立てて、幼い寝顔を晒していた。  
涙の痕と、愛撫の花弁とが痛々しく残る。  
 
「……あんなの、忘れたほうが良いんだよな……。」  
 
 やるせなさにクシャリと鬱陶しい前髪をかきあげて、オレは泣き笑いのような顔をうかべた。  
 
 いっそ、泣きたい。  
 
 昨日のあのまろんの乱れようは、全てクスリのせいにできるように。  
 一晩だけでも、オレに身をゆだねて欲しかったから。  
 
 …あの、一晩、だけでも。  
 
   
 
「…――――――。」  
 そこまで思って、オレはそういえば、と思い直す。  
最初らへんで言った、『オレのこと、まろんは嫌いなのか?』の問いに、まだまろんからの答えが帰ってきてなかったっけ。  
 それというのもオレがあの後、答えも聞かずに理性が切れちまったからなんだけど。  
「…………とりあえず、答えは聞いときたかったよな…」  
 今更なことを呟いて、オレはふっと俯いた。  
 
 
 と、そのとき。  
 
「んん……大好き…だよ…ぉ、…稚………空………―――――。」  
 
 
 ふと、まろんの唇から、柔らかい寝言が吐きだされた。  
 
「………………!」  
オレは思わず目を見開いた。  
 
 じゃあ。 じゃあ。  
 
 まろんは。ずっと。  
 
   
 
 オレの、ことが…………?  
 
 
   
「〜〜〜〜〜〜っ、マジかよ…」  
 思わずオレは、信じられない気持ちで呟いた。  
 
 じゃあ。 じゃあ。  
 
 昨日の。まろんは。  
 
   
 
 アレは、オレのせいだって自惚れてイイわけか…………?  
 
   
 
「〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!!」  
自分が望んだ答えとはいえ、いざ本人が(寝てるとはいえ)真っ裸で横に居る状況で言われたくなかった。  
 恨めしそうにまろんを睨んでも、本人はどこ吹く風で熟睡中。  
 
 肝心なときは、いっつもコレだ。  
 
 知らずにオレを誘惑して、本人はきょとんとしてばっかりで。  
 
 
オレがいっつもどんな気持ちで、お前の姿を追ってるかも知らないで。  
 オレがいっつもどんな気持ちで、お前を見てるかも知らねえクセに。  
 
   
 
   
 
「…ったく、恐ろしいヤツだよな……」  
 オレは心底恨めしい気持ちで呟く。  
 天然だろーがなんだろーが、こういうタイミング悪いのが一番タチ悪ィんだよ。  
 
   
 
   
 
   
 
   
 
   
 
「…っとに、こいつは気づいてんのか…?」  
 
 
 
 好きで、好きで、大好きで、  
 
 溢れるくらいのこの気持ちに。  
 
   
 
   
 
   
 
   
 
   
 
   
 
   
 
〜Fin.〜  

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