結局、都は次の日も学校を休んだ。
「都ちゃん、まろんちゃんから授業のノートのコピー、預かってるわよ。
週明けには登校できるから、って言っておいたからね。
この週末はしっかり体を休めるのよ」
「うん・・・」
額・・・というよりは、目元にタオルを当て、ベッドの中の都は少し気だるそうに
返事をする。
あの後自室で泣きながら眠ってしまい、また熱が出てしまったのだ。
タオルを当てているのは、どちらかと言うと、泣きはらした目を冷やすためである。
「泣きすぎると目が溶ける、って小さい頃教わったけど、なんとなく解るなぁ・・・」
目がしょぼしょぼして、熱を持っている感じがする。
「泣きはらしたらすっきりすると思ってたのに、上手くいかないわ・・・」
すっきりしていない理由は、稚空に未練がないとは言いきれない事ともう一つ。
目元のタオルを少しずらして、右手に持っている物を見る。持っているものは
水無月のくれたお見舞いのカードだった。
「何でこれ見て泣いちゃったんだろう・・・?」
稚空の家を出た時は別に堪えていた訳じゃないのに、カードを見た途端に、
自然と涙があふれて来た。
(ただ悲しかったから?・・・なんとなく違う気がする・・・
何だろう・・・)
そんな気持ちのまま、週末を過ごし、月曜日。
制服のリボンを結んで、両手でパン、と軽く頬を叩いてから、都は家を出た。
マンションのエントランスには、見慣れた複数の人影。まろんと稚空、そして水無月。
いつの間にか一緒に行動することが増えた4人。
「おはよう」
都の声に、栗色の髪の少女が振り返りざま駆け寄ってくる。
「都!もう元気になったの?どこも辛くない??」
「大丈夫よ!全く、まろんは心配性なんだから」そう言って少し考えた後、
「ほら!稚空が待ってるわよ。さっさと行きましょ!」まろんの背中を軽く押してやった。
「え・・・?みや・・・?」
「いいから、隣に行ってあげなさいよ」
「う・・うん・・・」
振り返りながら稚空に走り寄るまろんから目を移すと、稚空とふいに目が合った。
「・・・おはよう」
「おはよう、稚空」にっこりと笑いかける都。
いつもと同じ朝。だけど、1つだけ違うことがあった。
いつもとどこかが違う都と稚空の雰囲気に、
「東大寺さん・・・?」気づいた水無月が声をかける。2、3歩先を稚空と歩くまろんも、
何度も後ろの都を振り返っている。
「何も言わないで」一言で、何か聞きたげな水無月を制して、都も歩き出した。
(いつもと同じ朝。でも、私は今までの私じゃないから、今まで通りには振舞えない。
気持ちに線を引いたんだから、これで当然だよね・・・)
今までの都は、『おはよう!稚空』で必ず稚空に駆け寄り、時には腕を組んだりして
隣を歩こうとした。途中で水無月の隣に移動することもあったが、最初からまろんに
隣を譲ることは一度もなかったのである。
そんな都の行動に、都と稚空の間に何があったか、まろんたちも察しがついたのであろう。
表面上はいつもと同じ。だが、心の内では各自が、各自の考えを巡らせていた・・・。
それから表面上は何事もなかったかのように、2ヶ月ほど過ぎた。
季節も初冬を迎え、朝晩は吐く息が白くなり始めた。
「おはよう、まろん。だんだん寒くなってきたねぇ」
「ホント、もう冬になるんだね」
「風邪引かないようにしないとな」
「期末も近くなってきたのに、今風邪引いたら最悪だもんね」
いつもと変わらない朝の会話。まろんの隣には稚空がいて、
「東大寺さん、おはようございます」
「あら、今日は遅かったわね」
都の隣には水無月がいる。
都は稚空には殆ど触れようとしない。接し方も、常に薄いベールを隔てているような感じで、
以前の二人を知っている人からすれば「??」となってしまうだろう。
「東大寺さん、今度の新体操用の曲、いくつか入れたんで聞いてみてください」
「ありがとう!」教室でテープを渡された都は、にっこりと水無月を見る。
クラスメイトが談笑する休み時間。最近は二人でいる事が多く、級友に冷やかされることもしばしばある。
その度に二人そろって『そんな関係じゃない』と訂正するのだが、慌てて首を振る水無月の表情が
少し辛そうなのを、都は知っている。
「今度こそまろんよりいい点取りたいからね、曲選びから気を抜けないわ」
「大会、来年早々ですよね。見に行きますからね。楽しみにしてますよ」
「うん。絶対見に来てね」
知っていて、都は気づかないフリをしつづけている。
稚空に告白してからは、水無月と一緒にいる時間が増えた。
最初は『告白してからも今までどおりの関係を』と思っていた都だが、告白する前の用に接することができない。
まろんは何度か「何かあったの?」と聞いてくれるのだが、大抵稚空も一緒にいるので、当たり障りのない
会話しかできず、結果として、水無月に甘えてしまっている。
にこやかに話をし、何かに気づいているはずなのに何も聞かず傍にいてくれる水無月。
それが、心苦しかった。
家に帰ってからも、都の心は晴れなかった。
理由ははっきりしている。
"水無月を利用している自分"に気づいているからだ。
(委員長は、優しい。多分、私が稚空に振られたことに気づいてるのに、何も聞かずに、
傍にいてくれる・・・)
ベッドに横たわり思うのは、水無月の優しい笑顔だった。
(他の人の優しさに甘えて、失恋の傷を癒そうとするなんて、最低だって思ってた。まさか自分が、
そうなるなんて、皮肉だね・・・。)
"一緒にいる時は失恋したことを少しだけ忘れられる。彼はいつも優しく、心の傷を癒してくれる。
それが心地よくて、手放せない自分がいる・・・"
枕に顔をうずめたまま、毎日のように都は自問自答を繰り返す。
「優しさを利用しているだけなんだから、恋なんかじゃない。委員長のことは、好きでもなんでもないんだから。
大体、私はまだ稚空が・・・好き・・・だから。諦めがつくまでは好きになっちゃいけないの・・・。
一緒にいると、安らぐけれど、安らぎと恋は別物なのよ」
口に出すと何故か苦い感じがして、都はぎゅっと目を閉じた。
「もう一回ちゃんと断りの返事をしないといけない・・・。けど、ごめん・・・。もう少しだけ、甘えさせて・・・」
閉じた目から、透明な涙の粒が頬を滑り落ちる。
いつからこんなに泣き虫になったんだろう。
罪悪感に胸が痛むが、せめて一緒にいる時は水無月の為にも元気で笑おう、と思ったその翌日。
水無月は登校時に集合する、いつものマンション下には来なかった。