「私ね…ずっと稚空が好きだったんだょ」
――まろん
「今そばにいれてすごい幸せ」
――そばにいるって約束しただろ?
「稚空っ」
――俺から離れてどこいくんだ…
「っ…まろんっ」
穏やかな休日。一人暮らしには広すぎる寝室に一人の青年の声が響きわたりベランダに停まっていた小鳥達がいっせいに羽ばたき飛び出す。
息が荒く寝汗のせいかシーツが身体にはりつき軽い目眩もする。
「ん…どうしたの…?」
大きな瞳をこすりブラウンの巻髪にしなやかな裸体をすりつけてくる。しかし、夢の中の彼女とは違い安らぎも輝きもない。
「ねっ、もっかいしよ。名古屋君かっこいいしエッチもうまいし最高なんだもん」
身体をくねらせ稚空の人のものよりは一際大きい性器に舌を落とす。
「…今日は帰ってくれ」
「え〜…」
いいから帰れ、と促すように女に服を投げやり自分も服をまとい、肩を抱き帰るのを嫌がる彼女をエレベーターまで送り中に入れる。
「またエッチしようねっ」
じゃぁな、と営業スマイルだけ送りエレベーターを閉め部屋に戻る為振り返り歩きだす。
――こんな生活をどれくらい続けているだろう。あの日から彼女の代わりに彼女に似た女をとっかえひっかえ抱いては捨て抱いては捨てをくり返しその度にあの夢を何度みたことか……
「……ぁ」
「稚空……」
今から出かけるのかよそ行きの服で部屋からいつみても変わらない輝きを持った彼女が出てくる…いや、俺がいるからか少し輝きが曇ってるな。
「ぁ…今の彼女さん?お泊まり…だったんだ…」
大きな瞳を左右させ先ほど俺がしたような営業スマイルをこちらに向けてくる。
「あんなの…まろんの代わりだよ」
言いながら少しずつ近寄り栗色の巻髪を指に絡める。まろんは少し震えながら俯いて表情は見えないがきっと困惑してるのだろう。少しの間そうしていると俺の手を払いのけ、今から出かけるから…、と一言呟き小走りで俺の前から去っていった。
残ったのは指に残る柔らかい髪の感触と先ほどまでいたまろんの心地良い微かな香りだけ。俺には大好きな女に今は触れる事さえできず、できるのは少し触れる事のできた手のひらを握り近くの壁を殴る事…その行動がいっそう俺自身をむなしくさせた。
時はさかのぼり4週間程前。その時は予測もできないほどいきなり訪れた。
「なんでだよっ、俺に何か原因があるなら言えよっ」
「原因なんてない…ただ…私が悪いの…」
やるせない気持ちと訳の分からない感情が混じり俺は頭を抱え、一方のまろんは俯き、ただただ謝り続けていた。
それから謝るだけで理由を述べないまろんを置き、納得いかないまま部屋に戻ったがやはり納得できず、明日、再度話そうと朝高校へ行く前にまろんを呼び、話そうとした時俺は落胆した。
プレゼントし毎日着けていてくれたネックレスは外され、優しさで溢れていた瞳は嫌悪の瞳になり極めつけは「嫌い」の一言。俺たちはもう終わったんだと思い知らされた瞬間だった。今までの思い出が一瞬にして横切りまろんと共に去っていった。
それからの俺は荒れて女にはしり今に至る。なんともかっこ悪い話だ。
「ち〜あき、稚空の一番はぁアタシでしょ?」
この前とは違う女が後ろから抱きついて絡まってくる。あぁ、と軽く返事しパソコンを打ち続ける。
「うれし〜、さっき隣に住んでるっぽい女がここの扉の前でつったってたから元カノかなんかかと思っちゃったあ」
化粧の濃い女が首もとにキスを落としながら嬉しそうに囁く。
――隣の女…都じゃないだろ…って事は……
「出かけてくるから勝手に帰ってろ」
「ぇ゛…ちょっ、何それぇ」
いいな、と念を押し隣の部屋へ向かう。もしかしたら違うかもしれない、しかし万が一まろんで俺に何か用があるなら、よりを戻すなんて贅沢は言わない、触れるだけ、いや…少しでも長く話したい。
その一心で稚空はまろんの部屋のインターホンを押した。
「はぃ…ぁ…稚空…」
大きな瞳をよりいっそう大きくしこちらを見てくる。
「…ちゃんと誰か確認してから開けろっていっただろ?」
沈黙の間を打ち破ったのは自分だった。
まろんは、そうねと軽く笑い少し上がっていけばと促し俺はリビングに腰を落とした。長く入っていなかったこの部屋少し変わった気もするが落ち着いた香りは変わっていなかった。
「はい…紅茶しかないけど」
礼を言い軽くコップに口づけ、ここに確認しにきた事をまろんに問う。
「さっき俺の家の前に誰かきてたみたいなんだ知らないか?」
「さぁ…稚空がくるまで外に出てなかったし」
「……そうか」
もし、まろんだったらという浅はかな自分の考えがおかしくてたまらない。いや、未練たらしい男の考えが泣けてくる。
邪魔したなと立ち上がったその時、待ってと軽くまろんが俺の服をつかんでくる。
「稚空が本気で好きならいいけど…女遊び…やめたほうがいいよ」
複雑そうな顔で俺を見てくる。なんとなくそういわれカチンときて掴んできた腕を振り払う。
「まろんに関係ないだろ、遊んでなんかいない」
「っ…遊んでるじゃないっ、さっきだって前とは違う子が入って行くのみたんだよ」
――さっき…今日来たのはあいつだけのはず……―
そう思った時、自然にまろんの肩に手が伸び引き寄せ抱きしめていた。
「あいつを見てたって事はさっきいたのまろんだろ!?」
「ち、ちがっ…ゃっ、離してっっ」
「いやだ、まろんが本当の事言うまで離さないっ」
そういうと腕の中のまろんはおとなしくなり少しして俯いたままだった顔をあげて喋りだした。
「何してるのかなって思って…行ったけど、なかなかチャイム押せなくて少しの間立ってたの…」
それだけよ、といい自分の腕の中から離れようとするまろんを再び抱き寄せる。
「ゃっ、もぅ喋ったから離し…稚空……?」
複雑そうな顔で軽く唇を噛んでいる稚空を不思議に思い、離れようとして突っ張っていた腕の力を緩める。
「……俺の事気にしててくれたんだ…」
自分が愛している人が少しでも自分の事を考えていてくれた、気にかけていてくれた。たったそれだけ、わずかの事なのに涙が溢れる様に目頭が熱くなってくる。
少しの間どちらともなんとも言えない表情で見つめ合い、稚空の視線から逃れるようにまろんは眉を八の字に潜め首を横に振った。
「っ…違っ、別に心配してたとかじゃなくて、ただ…」
「まろんが俺の事どんな事でもいいから少しでも考えてくれた事が嬉しいんだ…」
ぁ…、と吐息まじりの声を漏らし困惑の表情で俺の顔を凝視していたが少しして俯き軽く俺の胸にもたれかかり俯いたまま語り出す。
「…稚空はなんでそんなに優しいの?私、稚空の事振ったひどい女なんだょ…?」
「好きだから…まろんがどれだけ俺を嫌いになっても、俺がまろんを嫌う事は永遠に無いよ…」
その言葉を聞くと、きゅっとまろんは俺の両手首を軽く握り、両手感覚に開くと同時に突然勢い良く俺の手で自分自身の頬を板挟みにしバチンという音と共に両頬を叩いた。
「……ぁ゛?ま、まろんっ!?」
いきなりの事で呆気にとられ、叩いたままでまろんの頬を包んでいた両手で、慌てて叩いた場所を撫でてやる。まろんはというと自分でやっておいて瞳に涙を溜めて今にも泣きそうだ。
「ったく、何してんだょ…」
はぁ…、とため息をつきながら軽く抱きしめ髪を撫でてやる。
「…なんで…?稚空なんで私の事怒らてないの…」
―は…?怒る??――
「…私ひどい事したのに…っ…普通怒って殴ったり…ふぇ…」
―あぁ…だから自分で殴った…ってか叩いたんだな。殴るとかドラマの観すぎだろ――
「っふ…ぇっく……」
―はぁ…世話がやけるな――
その時、俺は目の前で支離滅裂な理由で涙を流す彼女が愛しくて愛しくて…訳も分からず強く抱き締め唇を塞いでいた。
最初は驚き抵抗していたまろんだが諦めたのかゆっくり俺の背中に腕をまわす。何日ぶりだろぅ…夢でしか話してくれなかった愛しい彼女が今俺の腕の中にいる。そして唇を重ねている。もうそれだけで理性なんて俺の身体に存在しなかった。
はぁ…、と唇を離すと熱い吐息が漏れる。どれくらいの間こうして互いの唇を求め合い舌を絡めていただろう。長い間こうしていた気もするし一瞬の様な気もして再び唇を重ねる。
「ん…ふ……ふやけちゃぅょ…ゃっ」
白い肌を桜色に染め俺の唇を指で押さえながら戸惑った瞳で見つめてくる。そんな瞳で見つめられるとどんどん欲求が大きくなっていく。
「っ、ゃ…私は…もぅ稚空の彼女じゃなぃ…ん…」
半ば強引に唇を塞ぎ言葉を止める。今はそんな事聞きたくない、聞きたいのはまろんの甘く漏れる吐息とまろんの身体が奏でる卑屈だが神秘的な和音。
「っ…ゃっ、離してっ、ぃゃあっっ」
手首を捕まれ、いきおいよく壁に追いやられ背中を打つ。どれだけ抵抗しても稚空の手はびくともせず震えるまろんの首もとに舌を這わす。
こんなのただの自己満足に過ぎないと頭では分かっていても身体が言うことを聞かない。まるで自分の身体ではないように…。
「んんっ、ぁ…ゃんん…」
ゆっくり首筋を舐めると甘い声が面白いように漏れる。その声が漏れる度恥ずかしそうに唇を噛み俯く。唇を切るから噛むのを止めろとよく注意したな、と頭の後ろで思い出がよぎる。