生まれた時から16年の記憶は、私にはない。
あるのは16年間お姉ちゃんが私の中にいて、ずっと眠っていたと言う経験だけ。
一応はお姉ちゃんの記憶を刷り込まれてはいたけれどでも私は。
私は何も経験していなかった。
赤ん坊だった筈の私は、気付けば16歳の人間になっていた。
最初は少しずつの事しか出来なかった。
笑うことも、泣くことも、何かを訴えることも出来なかった。
私が経験できなかった16年分の時間はお姉ちゃんが持っている。
それだけじゃなくて、私の好きな人の気持ちも―――お姉ちゃんが持っている。
「憂姫様?」
声に顔を上げて、さっきまでの思考を停止する。
また、また―――変な事を考えていた。
気付かれないよう笑顔を作ってなに?と返事をする。
お姉ちゃんが私のお母さんの身体を使ってここに居続けることに
何とも言えない感情を持つようになったのはいつだろう。
私が経験できなかった16年間を『奪われた』と思うようになったのも、
一体いつからだろう。
氷月に好きと言っても彼は答えをはぐらかしてばかりで、
結局返事らしい返事はしてもらえないまま今に至っていた。
「お顔が優れないようですが?」
笑って彼が私の顔を覗き込む。
なんで、私にはそうなんだろう?
色々な事がわかるようになってから気付き始めたことがあった。
彼が…氷月が私に壁を作って接しているんじゃないかって。
「そんなことは有りません」
出来るだけの笑顔を作るのが上手になったのも、いつから?
少しずつ心の中に黒いものが溜まっていくのが自分でも分かった。
「氷月―――少し、手伝って欲しい事が有るのだけれど、いい?」
彼の顔を見ると何をするつもりかわかったのか。
少しだけ眉をぴくりと動かした。
「服を脱いで」
氷月の身体に手を伸ばし、そっと服のボタンを緩める。
彼は抵抗しなかった―――出来るはずも、無かった。
「憂ひ…」
「二人の時は、名前を呼び捨てにしてと言っているのに。
…いつになればそうして下さるんですか?」
彼の服を緩め、脱がせていく。
「憂様…あの時の事は本当に申し訳ないと思っています。
貴女が望めば裁きにかけて僕を死刑にして下さっても構いません。
ですから―――ですから、どうかこんなことはもう…!」
「氷月があの晩私を抱いたのにどうしてそんなことを言うんです?」
私の言葉に彼はびくりと身体を震わせて首を振った。
「あの晩僕は―――僕は、どうかしていたんです。だからどうか…」
「それに私は氷月のことが好き…その気持ちを、知ってますよね?」
彼の服の中に手を滑らせ、胸板をそっと撫でる。
直に触れる皮膚から彼の体温が伝わってきた。
「私は、氷月がこんなに好きなのに」
呟いて指の先でそっと氷月の胸の突起を撫でた。
「憂さ…ま…」
氷月が困ったような顔で私を見ていた。
顔を赤くして、眉根を寄せて―――でも止めようとはしない。
「氷月にとってあのことが過ちでも私は嬉しかった」
彼の胸の突起を指の腹で撫でると氷月の唇は震えて小さな吐息が漏れた。
「許して欲しいとは言いません、ですがこのような行為は自分を貶めていくだけです」
苦しそうな顔をして氷月が私を止めようと懸命に声を掛ける。
けれどそれは何の抑止力にもならなかった。
あの日、私を抱いた氷月はお酒のにおいがした。
痛くて、痛くて辛かったけど―――でも、氷月が私を求めてくれたことが嬉しかった。
だから頑張って我慢したのに。
私の中に出しながら彼が囁いたのは、お姉ちゃんの名前だった。
あの日から私の中で何かが少しずつおかしくなっていったんだと、思う。
氷月をもっと苦しめたい。
そうして私だけを見るようになっていけばいい―――そう思う中でやっぱり振り向いて欲しいと。
お姉ちゃんの代わりじゃなくてただの「憂」として求めて欲しいと思うようにもなっていた。
許す、許さないじゃなくて、裁くとか、そう言う事でもなくて。
ただ私は氷月に触れて、私を見て欲しかった。
お姉ちゃんに接するように私にも壁を作らないで、普通に話して。
ただそうして欲しいだけなのに私は上手く言葉も浮かばないし、
行動も出来ずに―――結局こうして求めるしか出来なかった。
突起を弄くりながら彼の手を私の胸に導く。
「同じように触れて下さい」
薄いドレスの生地越しでも氷月の掌が汗ばんでいるのが分かった。
少しずつ彼の息も私の息も早くなっていく。
氷月は頷くと無言のまま私の胸を揉み始めた。
「ひ…づき…」
名前を呼んで彼の身体を下へ下へと手を滑らせていく。
下腹部に触れると既に服越しにもはっきりと彼がどうなっているか分かった。
「凄いですね」
小さく笑って彼のそれを手で包む。
「窮屈でしょう?出してあげますね」
氷月は何か言いたそうに唇を開きかけて、すぐに閉じた。
何か言いたいなら言ってもいいのに―――そう思いながら彼のそれを取り出した。
何度触れてもなれないし、ドキドキするのに氷月は小さく息を漏らすだけで何も言わない。
ただ彼のそれだけが私の手の中でビクン、と反応する。
「憂様…そろそろ夕食の時間ですからどうかもう、本当に…お止めください」
「見られるのがこわいの?大丈夫です、私の婚約者になってしまえば良いではありませんか」
笑って彼のそれを手で扱く。く、と小さな声が氷月の唇から漏れた。
「私はいつだって…いつだって…」
そうした気持ちでいるのに。
そう言いそうになって俯いた。氷月のが私の手の中で意思とは関係ないように震えている。
「憂様…僕は…」
それ以上の言葉を聞きたくなくて、私はしゃがむとそっとそれを舐める。
ん、と苦しそうな氷月の声と同時にノックする音が聞えた。
ドアの向うから声に氷月はびくりと反応して私を見た。
「憂様、見つかってしまいます、どうかお止め下さい」
本当に困った顔をして氷月は私を止めようと必死で小声で囁く。
でも私は垂れてきた髪をかき上げて彼のを根元まで咥えた。
「っ…く、ぅ…」
ぶる、と氷月が震えて私の頭を押さえた。
「姫様?」
外から心配そうな声が掛けられた。
氷月は私とドアを何度も視線で往復すると困ったように眉根を寄せて少しだけ上ずった声で、
「今憂様は眠ってます。もう少ししたら僕が起こしますのでっ…!」
言い訳をしようとした氷月のを強く吸った瞬間語尾が震えた。
「氷月様?」
心配そうな声に氷月は声を作ってすぐに何でも有りません、と答えた。
「必ず連れて行きますので」
その声に扉の向うから了解の声が聞え、足音が遠ざかるのを氷月が緊張した顔で見ている。
私はと言うとそんな彼の態度を楽しみながら舌で何度も根元から先端を往復していた。
犬のようにただ舐めて、時折吸って、軽く歯でこすって。
その度に氷月は苦しそうな、何とも言えない顔で声を漏らさないように唇を噛んで堪えていた。
口の中で氷月のが固さを増していた。
そろそろ彼も―――多分、我慢が限界なんだと思う。
氷月のを口から出すと私の唾液が彼のを濡らしていた。
「……入れて」
ドレスの裾を捲って下着を脱ぐ。
「何を言ってるんですか憂様」
氷月が悲しそうな顔で私を見た。
「ご飯前にそのような事をしてしまえば匂いで勘付く者も出るでしょう。
それに僕は―――」
彼の言葉を無視して、もう熱くなってるそこを指で開いくとくちゅっと音がした。
氷月に良く見えるように指で広げ、彼を見る。
「―――入れなさい」
拒否権は無いと言うのを示すように『命令』すると氷月は諦めたように溜息を一つ吐いた。
「分かりました」
氷月の顔から表情が消えて、彼は私を抱き上げた。
無言のままベッドにそっと横たえて邪魔になったドレスの裾を汚れないように捲る。
いつも命令をする時はこうして氷月はベッドへと私を運んでいた。
どんな時も、床に押し倒すと言う事は無くて
―――乱暴にされたりしないのは彼の中で私は大事な存在なんだろうか。
それとも、私が姫だから―――お姉ちゃんの妹だから、そうやってするんだろうか?
身体だけは火照ってどうしようもないのに、一度も私は氷月を本当に感じた事が無い。
氷月の本当に好きな相手は私じゃない。それは分かっているのに。
無言のまま氷月の指が私のあそこをなぞる。事務的に、何を考えてるのか分からない顔で。
彼の指が敏感な所を探る。
「んあぁっ…!」
それに声が自然と漏れて、指が触れる部分からくちゅりと音がした。
氷月の指が中を少しの間出し入れを繰り返して、すぐに抜かれた。
「―――入れますよ」
そう囁いて氷月が中に入ってくる。
私の上に彼が重なって、ゆっくりと彼自身が中を占めていくのを感じた。
「あっ…あああっ!」
何度入れられてもする何とも言えない異物感。
氷月の顔を見ると少しだけ赤い顔で私を見ていた。
彼が動くたびに声を漏らす私と、ただ黙ってそれを見ている氷月。
身体は重なっているのに心は重なる事はない。
いつもそうだから早く慣れてしまいたいと思っていた。
身体だけでも彼と一つになれるのなら、私はそれで幸せだから。
そう思いたくて私はシーツを強く握り締めた。
視界が滲むのも、彼が中で動くのが気持ちいいからなんだ。
胸が痛いような気がするのも全部気のせいなんだ。
「っ…」
―――氷月。
名前を呼びそうになって抑えた。呼んでも多分彼は応えてくれない。
氷月に伸ばしたいと思う手で必死にシーツを掴んで、この行為がずっと続けばいいと思っていた。
愛情が無くても、彼と触れ合えるなら。
涙が頬を伝うのを感じながらただ氷月を見つめていた。
どうしてこんなことになったのかと思う。
彼女の中にから引き抜くと微かに音がして口を開いた秘所から僕が出した精液がどろりと溢れてきた。
静かに呼吸する憂様の胸が上下するのを見ながら僕は自分のしていることに対してただ嫌悪を募らせるばかりだった。
「大丈夫ですか?」
僕の呼びかけに小さく頷いて憂様は笑った。
「氷月の赤ちゃん―――できればいいのに」
ぼそりとだが確かに呟く声に僕は何も返せなかった。
彼女のことは嫌いじゃない。いや、多分好きなんだと思う。
ただ分からないだけで、どうすれば僕がした事を償えるのかが分からなくて。
最初は命令されるままに憂様を抱くだけだった。自分のした事の責任はとらなければならない。
だから彼女が望む事はなんでもしてあげようと―――そう思っていた。
抱く事で僕が与えた傷が少しでも楽になるのなら、と。
けれど抱く内に憂様を愛しいと思う自分に気付くようになっていた。
僕の腕の中で泣く彼女を守りたいと思うようになっていた。
だが気付くのが遅すぎた。
僕は彼女を強姦した上に違う女性の名前を呼んでしまった。
そんな僕が今更憂様に「好きだ、愛してる」なんて言って優しくして良いはずが無い。
もしあんな事をせずに自分の気持ちにもっと早く気付いていれば優しくしたに違いない。
愛の言葉を囁いて、髪を撫でて、普通に接して。
そんな風に逆滝くんが響古様にするように優しく接してあげられただろうなと思う。
「…余り遅いと怪しまれますよ」
精液を拭いながら囁く。
「そうですね」
事務的に行為のあとを処理しながら僕は静かに自分の心が沈んでいくのを感じていた。
こうして身体だけを重ね、彼女を僕が汚していく。
本来なら僕が守らなければいけない存在なのに―――僕が傷つけ、少しずつこの人を壊していく。
どうすればいいんだ。
誰にも言えない言葉を心の中だけで呟き、服を整える憂様を見つめた。