―――好きな人に好きって言うのはどうして難しいんだろう。
そう思いながら魚月は隣の心時を見上げた。
生まれた時から一緒でいつもいるのが当たり前の存在だった。
「ん、なに人のこと見てんだ?惚れたか?」
「惚れるわけないでしょ」
即答し、魚月は溜息ひとつ。
自分よりも頭ひとつ分身長の高い心時と魚月は世間で言う幼馴染で、お隣さんだった。
互いの親が幼馴染と言う事もあり、良く家族ぐるみでどこか出かけると言う事は多かった。
いつも一緒。どこへ行くにしても、家に居てもどちらかがどちらかの家へ上がり込み、
自然と会話するような関係に居た。
心時の両親と魚月の両親が一緒に旅行に行く計画を立てたのは一ヶ月も前の事だった。
本当なら二人も一緒に行くはずだったのだが、直前で魚月が風邪をひいてダウンした。
心時は自分が残るから、と両親たちを行かせ、魚月の看病を続けていた。
今日で看病3日目。その甲斐もあり、魚月の症状は大分軽くなっている。
「……ごめんね、本当なら一緒に行く筈だったのに」
「いいって」
魚月が倒れてから何度目かの会話に二人で顔を見合わせ小さく笑う。
「楽になってきたか?」
魚月の額にのせた温くなったタオルを水で冷やし、またのせる。
ひんやりとしたタオルの感触に息を吐くと魚月は心時を見た。
「うん、有難う」
まだ顔が火照っているのは熱のせいだろうと思う。
だが薄いタオル越しに心時が触れる度に魚月の胸は高鳴っていた。
「着替えたいんだけど、いい?」
「あ、悪ぃ」
魚月は微かに汗臭くなっている服を摘むと困ったように笑った。
「流石にもう心時に着替えさせてもらうような年齢じゃないしね」
「……そ、そうだな」
視線を宙に彷徨わせ、心時も頷く。
目の前の魚月の顔色は初日より大分良くなっていた。
考えれば彼女はあれからずっと着替えていない。
相当気持ち悪いだろうと気付くと心時は部屋から出ていくべく魚月に背を向けた。
「あ、出なくていいよ。こっち見なければいいから」
「ばっ……!」
馬鹿、何言ってるんだ!
そう叫びそうになり、心時は口を押さえた。
「一応俺、男なんだけど」
「知ってるよ」
こっちを向こうとせず、出る様子も無い心時を確認すると魚月はパジャマを脱ぎ始める。
「でもどうせモテたりしてないんでしょ?」
からかうように言いながら自分でも何をしているんだろう、と魚月は考えていた。
こんなはしたない真似しちゃいけない。
そう理性は訴えるものの、熱のせいかやけにぼうっとした頭では思考能力が上手く働かない。
「見たいなら見てもいいけど」
普段言わないようなことを言いながら魚月はゆっくりとパジャマのボタンをひとつずつ丁寧に外していく。
背を向けているのは自分が小さい頃から見て来た人だった。
心時を好きだと気付いたのはいつの時だったろう。
確か自分が高校に上がってすぐに彼が他の女子に告白されているのを見た時、
魚月は不快感に襲われたのだけは覚えている。
自分以外の女が彼の傍に寄って欲しくないと、そうはっきりと自覚した。
心時はその時断った理由が好きな人間が居る、と言うもので―――魚月はその人間が自分だったらいいのにと思った。
小さい頃からいつもどんな時も一緒で、居るのが当たり前の存在で。
時々冗談交じりに心時が自分を好きと言ってくれるのがすごく嬉しかった。
だがその反面思う。もしそれが冗談で、他に好きな人間がいたとすればこの気持ちはどうすればいいのだろう、と。
だから自分の気持ちを言うのも、気付かれるのも怖かった。
心時がくれる『好き』が本当に自分に向けられたものなのか、それを知るのが怖かったから。
「俺、男と思ってないだろ?」
少しだけ心時の声が上ずる。
自分の背中越しに聞えるのは好きな女性が着替えている音で―――。
それを思うだけで危うく反応を始めてしまいそうになる身体を必死に宥めていた。
これは魚月の遊びなんだと、そう自分に言い聞かせて心時は他のことを考えて冷静になろうとしていた。
誘っているだなんて思っちゃいけない。
魚月は、自分のことを好きになってくれるはずがない。
前世の記憶がある心時と違い、魚月は何も覚えていなかった。
彼女の前世と自分の前世を結ぶのはただひとつのピアスで―――たったそれだけが、
心時と魚月の前世が恋人同士だったことを示していた。
記憶がなくても、もし自分を好きになってくれたらと心時は思う。
小さい頃から見てきた。他の誰が魚月を守るのも嫌で、自分が彼女をずっと守っていきたいと思っていた。
フィンを守れなかった分、今度は魚月を守り、悲しい結末ではない恋をしたいと願っていた。
だけど時々思う。
それはフィンの身代わりとして魚月を必要としていると言う事なのだろうかと。
果たせなかった前世での恋を今世で果たしたいと我儘を言ってるだけなんだろうかと。
「一応男だと思ってるよ」
返し、魚月は汗で湿ったパジャマを脱いだ。
下着も何も付けていなかったせいでそのまま素肌が久し振りに外気に触れ、ひんやりとしていた。
控えめな自分の乳房を見ると魚月は手でゆっくりと包んでみた。
「……男の人って胸が大きい方がいいのかな」
小さな小さなその声に心時は何を言ってるんだと思った。
「別に胸だけで良い悪いが決まるわけじゃないだろ」
素っ気無く返し、心時は赤くなった顔を手で覆った。
必死に人が我慢しようとしているのに、何を言ってくるんだと叫びそうになる。
相手は病人、相手は幼馴染、相手はまだ、自分よりも子供で恋愛に疎い。
―――だから誘ってるわけじゃなくてこれは天然でしてることなんだ―――
自分に必死に言い聞かせながら心時は我慢しようと拳を握り締める。
「じゃあどんなのがいいのかな」
「どんなって、そりゃ……こう、揉み心地が……」
手でジェスチャーを始めた瞬間心時は我に返った。
(何してるんだ俺)
冷静にツッコミを入れるとコホン、とわざとらしく咳払いをし、
「そんなの言えるか」
熱くなった頬をごまかすように何度も手で扇ぐ。
「私って魅力ないかな……胸、小さいし」
「……魅力、あるだろ」
いつになく弱気な魚月の言葉につい反射的に返してから心時は苦笑した。
(何言ってるんだろうなー、俺)
恥ずかしくてますます顔の熱が上がっていく。
「本当?」
「あ、あのな、結構恥ずかしいんだぞ言ってる方は!」
何とかこの話題を切り上げようと心時はいい話題は無いか探し始める。
このままでは心時の理性が悲鳴を上げ、耐え切れなくなるのが安易に想像できた。
「だって、男の人って大きい方がいいんでしょ?」
友達との会話を思い出しながら魚月は続ける。
「大きいと色んな事出来るって言うし」
「……どこからそんな知識を仕入れるんだ!」
思わず叫び、心時は泣きそうになっていた。
お互いもう子供ではない。それを理解しているんだろうかと思う。
こんな会話くらいで誘っていると勘違いするほど心時も子供ではないし、
逆に魚月は男を誘う、と言う事の意味も知らないだろう。
彼女の方を見ないように注意しながら心時は何とかこの場を切り抜けられないかと考えていた。
(ヤバイヤバイ、これはヤバイ)
服の上からもわかるほどになったそれを恨めしく思いながら心時は話題を必死になって探す。
だが再び思考が纏まる前に魚月から声を掛けられた。
「心時は、どんな子がすきなの?」
「ど、どんなてそりゃ……」
かぁっと顔が熱くなってくる。
魚月は立ち上がると覚束ない足取りで立ったまま微動だにしない心時へと近寄る。
「私じゃ、だめかな」
小さく呟くと後から彼に抱きついた。
「な、魚月?」
思わず心時の声がひっくり返る。
自分の背中に当たる二つの柔らかい感触に気付くとますます頭が沸騰しそうなほど混乱してきた。
何がどうなってこんな事になっているのか。
それを考えようとするものの、全く頭は働かない。
こんな普段言わないことを言うのも全て熱のせいなんだ。
そう自分に言い聞かせ、魚月は心時の身体にまわした手に力を込める。
「胸、小さいから…駄目かな…」
「な……つき?」
声が震える。
心時は自分の身に起きている事が理解出来ないでいた。
―――魚月が俺のこと抱き締めてる?
普段の魚月ではしない行動。
いつもは軽くふざけあうような態度ばかりで、
好きだと言ってもロリコンの一言ではぐらかされるばかりだった。
それが今までの自分たちだった。
好きか嫌いかも分からず、幼馴染に甘えるような微妙な関係を続けてばかりで踏み出す勇気も強くもてずにいた。
なのに今魚月は心時に抱きついて自分では駄目かと聞いてくる。
「……」
魚月は黙ったまま次の言葉を繋げられないでいた。
後から抱き締める心時の身体は昔とは違って男になっている。
生まれた時からずっと一緒の、隣の家の男の子。
このまま熱のせいで冗談といつもと同じにはぐらかして終わりにするか。
それともやはり熱のせいにして本当の気持ちを打ち明けるか。
どちらも選ばずに心時の言葉を待つか。
魚月は何も纏わない身体が冷えるのを感じながら心時の背中に頬をすり寄せた。
好きだった。
それを言えばどんな風に関係が変わるのかと思う。
素直に口に出せずに居た気持ちを言って、心時は嫌わないだろうか。
好きな人がいると言っていた心時。
魚月を好きだと冗談混じりに言うのが本気なら、この気持ちを受け入れてくれるのだろうか。
「……」
いつもはしないことをするのは、熱のせい。
もう一度自分に言い聞かせると魚月は固まったまま微動だにしない心時の身体を強く抱き締めた。
「……好き、だった」
ずっと前から心時のことを。
素直に言えばそれまでの関係が壊れるんじゃないかと不安だった。
「本気で…か?」
反射的に聞き返しながら心時は心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。
魚月が冗談でこんなことをしたりする人間じゃないのは心時が一番良く知っている。
小さな頃から見つめ続けてきたからこそ、魚月が本気なのは分かっている。
だがそれでも確かめずには居られなかった。
「次そんなこと聞いたら殴るよ…?」
恥ずかしそうに呟いて魚月は心時の背中に顔を埋める。
くすぐったいような、もどかしいような感触に心時はゾクッとしながら自分の身体にまわされた魚月の手にそっと触れてみた。
微かな魚月の震えが触れた指先に伝わってくる。
風邪のせいだけではない震えに彼女の気持ちまで心時の中に入ってくるようだった。
「俺、も……」
魚月の手を自分の手で包みながら心時は上ずった声で返す。
「俺も魚月が好きだ」
彼女だけに恥ずかしい思いはさせない。
そう気持ちを込めて素直に想いを吐露する。
「……本当に?」
次に聞き返すのは魚月の番だった。
「次同じこと言ったら…キスするぞ」
照れ隠しに少しだけ冗談めかして言うと心時は魚月の手を握った。
小さい頃から見続け、守りたいと思ってきた。
彼女の気持ちが自分に向いていた―――突然の言葉に驚きはしたものの、嬉しくないはずがない。
心時は喜びを隠すことが出来ないと言った表情で自分の手の中の魚月の手を確かめる。
確かに温かくて、自分よりも少しだけ小さくて、柔らかくて―――女の子の手をしていると思う。
「いいよ、しても」
自分の手を何度も確かめるように触れる心時になら、と思った。
キスもまだの魚月だが心時になら許せるし、してみたい。
「ばっ……!お、おまっ、本気で言ってるのか?」
自分で言い出しておきながら心時は動揺した。
魚月の言葉一つに簡単に心動かされる自分が居る。
前世でのフィンとアクセスの時も気まぐれなフィンの言葉にいつも振り回されてばかりだった。
(なんか俺、何一つ変わってないよな……)
そんな自分に落ち込みつつ、心時は魚月の言葉がどこまで本気かわからないでいた。
「……ちょっと寒いね」
キスの返事をはぐらかすように言うと魚月は心時から離れた。
自分の背中から魚月のふくらみの感触が消えるのに一抹の寂しさを感じながら心時は彼女の方に向き直る。
「当たり前だ。こんなことしてると風邪ぶり返す……ぞ」
心時はてっきり魚月が服を着ていると思いこんでいた。
しかし目の前に映った魚月は裸で―――彼女の身体を隠すのは下半身に着けた小さな布地だけだ。
「な、なんっ…なんつー!!」
顔を真っ赤にし、視線をそらそうとした心時の頬に手を伸ばすと魚月は動けないように顔を固定した。
「……これくらいの胸でもいい?」
「っ……!」
(勘弁してくれ!!)
心時は泣きそうになりながら吸い込まれるように魚月の裸体に視線を這わせる。
小さい頃一緒に風呂に入った時とは明らかに違う身体。
既に少女から女性へと変化しつつある、丸みを帯びてきた柔らかそうな魚月の肢体が嫌でも目に入る。
視線をそらすことも、目を閉じることも出来ずに心時は自分の身体が相応の反応を示すのを感じていた。
(頼むから気付くな、気付かないでくれ)
祈るような気持ちで心時は必死に願った。
今の魚月は普通の状態じゃない。
もし気付かれたら下手をすれば最後までいってしまう。
それはそれでいいとも思うのだがやはり初めては大事にしたい。
正直いつまで理性が持つのか、心時は既に気力だけで耐えている状況だった。
大切じゃない人間ならこのまま一気に最後までしてもいいのかも知れない。
だが相手は小さな時からずっと想ってきた相手。
当然魚月もまだ経験は無いだろうし、
このままの勢いでしてしまえば余裕が無く彼女に辛い思いだけをさせるのは容易に想像出来た。
「やっぱ、ダメかな」
心時の反応をどう捉えたのか、魚月は落ち込んだ顔になった。
(違う違う、ダメじゃない、ダメじゃないから困るんだ)
泣きそうになりながら心時はどうしたものかと思った。
目の前にはほぼ全裸の魚月。既に臨戦体勢に入っている下半身。
好きだと言ったばかりで押し倒すのも気が引けるし出来ればしたくない。
(ど、どうすればいいんだ)
涙を目に浮かべながら心時は熱が上がってきたのか息が荒くなった魚月を見る。
その顔は真剣そのもので―――冗談とかそう言ったものは欠片も見当たらない。
魚月は本気で自分に対してこんな身体ではダメかと思っている。
せめてその誤解だけでも解かなくては。
深く息を吐くと心時は心を決めた。
「全然ダメじゃない」
出来るだけ声が震えないように口を開くと心時は顔を固定する魚月の手を自分の股間に導いた。
「……?」
突然手に触れた硬い感触に魚月は怪訝そうな表情で視線を下に落とす。
次の瞬間。
「ひっ……!」
小さな悲鳴を上げ魚月は固まった。
心時はこれが手っ取り早いんだと自分に言い聞かせると魚月の様子に受けたショックを出来るだけ頭から追い払う。
経験が無い人間に、しかも疎そうな人間にこんな事をしていいものか少し悩みつつ。
魚月の手に服の上からもはっきりと分かるそれを撫でさせる。
「魚月じゃなきゃ、こんなにならない」
言うと心時は恥ずかしいけどな、と付け足した。
「正直さっきから結構我慢してるんだ」
このまま曖昧な態度で流そうとしても今の魚月では勝手に誤解し事態がこじれるだけかも知れない。
ならばはっきり態度で示し、どう思ってるか口に出す方がすんなりこの状況から脱出できるかも。
―――そんな淡い期待を抱いて心時は魚月に自分のそれを触れさせる。
この年頃なら男がどういった状況でこうなるかはある程度理解はしてくれるはずだ。
だからもうこれ以上のことはしないで欲しい、と祈るような思いで心時は魚月の手を自身から離そうとした。
「こうなったら辛いんだよね?」
上目遣いに自分を見上げる魚月に性欲の高まりを感じながら心時は大きく頷く。
「ああ、だからもぅっ…!」
だからもう服を着てくれ。
そう言うつもりが魚月の手によって掠れた声を上げさせられた。
魚月の手が服の上から心時のそれを扱き始める。
「ちょ、何してるんだ魚月っ…!」
「友達が言ってたけどきちんとしないと収まらないんだよね?」
恥ずかしそうに照れながら言うと魚月はしゃがみこんだ。
友人からどうすればいいとかその手の話はある程度聞いているし雑誌からも知識は得ている。
こんな時、男性がどう辛いかも。
「いや、いい、自分で処理するからもうお前服着ろって!!」
涙声で叫ぶ心時を無視すると魚月は何とか脱がそうとズボンのベルトに手を伸ばす。
「た、頼むって魚月」
「でもきちんとしないと…心時の痛そうになってるし……辛いんだよね?」
何でこんな事態になっているのか、心時にはさっぱり理解できなかった。
熱を出すと人間どこか思考が吹っ飛んだものしか出来なくなるのだろうか。
平熱だからか心時には魚月の思考が理解できなかった。
「聞いてるのか魚月っ!」
言う間にも魚月は心時のベルトを緩め、ズボンを下ろそうとしている。
下ろされない為にも必死に手で押さえながら心時はどうすればいいかを考えようとした。
だが思考が纏まる前に魚月は下着の中に手を入れてきた。
「っ……!」
直に魚月の指が自分に触れたのだと理解した瞬間、不覚にも出しそうになった。
「も、本当ヤバイから止めろって!」
悲鳴にしかならない心時の言葉も熱に浮かされた魚月には聞えてないようだった。
「……すごい……本で読んだのと違う」
(何の本だ!)
心の中で突っ込みを入れつつ心時は下着の中窮屈そうにする自身を恨みそうだった。
目の前の魚月はぼうっとした顔をして心時のを熱心に眺め、遠慮がちに触れてくる。
魚月の指先が真綿をくるむように心時自身を掴み、雑誌で読んだのか上下に扱きはじめる。
「うっ…ぁっ」
下手と言った方がいい動きだがそのもどかしい感じが逆に身体を昂ぶらせる。
「き、気持ちいい?」
「……」
なんと言えば良いかわからず、心時は自分のを扱く魚月を見るしかない。
上目遣いに興奮したように息を早め、ほぼ裸の格好で心時のに触れてくる。
異常な事態と気付きつつも心時は自分も興奮してくるのを抑えられない。
(魚月が…俺の…扱いてる)
自然と息が早くなり、顔が熱を持っていく。
多分どこか思考が吹っ飛んでいてもこうしているのは自分の為を思ってのこと。
そう考えてしまうと止めるように強く言い出せないでいた。
「辛いんだよね…良くお母さんもお父さんとこうやってるし…」
「……辛いけど、魚月何かが違っ…」
ぅ、と小さく唸ると再び襲ってきた射精感を我慢する。
魚月の手を押さえると心時は自身を下着から出した。
「魚月、もっと早く扱いて」
こうなってしまえば彼女を襲う前に早く終わらせるしかない。
覚悟を決めると心時は魚月の手にしっかりと自身を握らせ、
手の動きを早めると先端から滲んだ汁が魚月の指に触れ、卑猥な音を立てた。
「……」
魚月の息を呑む音がやけにリアルに耳に響いた。
心時は恥ずかしさで死にたいと思いながら我慢できなくなった性欲の昂ぶりを収める為に魚月の手を使う。
「魚月……」
掠れた声で魚月の声を呼ぶと心時は彼女の髪に触れた。
「気持ちいい……?」
遠慮がちに自分を見上げ、聞く魚月を愛しいと思う。
「嫌いになるなよ―――出そうだ」
魚月に触れ、彼女の手で扱かれていると思うだけで腰にくる。
意識が下半身に集中し始めるのを感じながら心時は真っ直ぐに魚月の目を見る。
「これが普通なんだよね?」
「……ああ」
―――この状況自体普通じゃないけどな。
心の中で色々と言いたいことを吐きつつ心時は魚月の手を早く動かす。
普段自分でしている行為を他人の手を通している現実。
しかも、好きな女性からされたような状況だ。
「嫌いにならない。心時こそこんなことする人間だったんだって…私のこと思わないでね」
熱のせいかやけに弱気な魚月を愛しいと思いながら心時は頷いた。
「出す…からっ…」
「う、うん」
こんな経験が無い魚月はどうすればいいか分からない、と言った様子で心時を見上げる。
「な…つきっ……!」
魚月の手の中で心時のが強く震えたと思った瞬間、勢い良く先端から白濁とした液体が吐き出された。
それは魚月の胸や手に飛んでたらりと白い軌跡を残す。
「あっ…つい…」
思った以上に熱い精液の感触に魚月は興奮したように息を吐いた。
自分の手の中で心時のは震え、勢いは無くなったが精液はまだ滲むように出ている。
心時はそれを情けないような気分で見ながら深く息を吐いた。
心時は魚月の身体についた自分の精液を拭いながら何とも言えない情けない気分になっていた。
一方の魚月はまた熱が上がったのか元気が無い様子で心時の行動を眺めているだけだ。
「……すごかったね」
魚月の一言に何がどうすごいのか聞き返す気力すら沸かずに心時は曖昧に笑った。
「普通キスの前にこんな事したりしねーけどな」
苦笑する心時に魚月は恥ずかしそうに俯き、着替えを続けた。
まだ皮膚には心時が出した精液の感触が残ってるようで―――身体は火照ったままだ。
「心時……」
もっとHなことをしたいって言ったら軽蔑する?
そう言いかけて魚月は黙った。
このままするとしても自分は風邪をひいている。
万が一があるかも知れないのでこの先は治ってからにしよう、
と一人結論付けると怪訝そうな顔の心時になんでもない、と返した。
後日帰ってきた心時の両親と魚月の両親が見事に風邪で寝込んだ心時を冷やかしたが、
二人の仲がそれから進展したかはまた別のお話。