「あれ、閉雅様。どうなさったんですか?」
「……生徒会室に忘れ物、だ。」
「あ、はい了解しましたっ」
昼下がりの午後、空中庭園には灰音と閉雅の二人のみだった。
学園には部活動生徒しかおらず、灰音は下働きに精を出していた。
閉雅はベンチに座り、本を読みながら春の陽気を感じていた。
「なぁ」閉雅が声をかけた。
「はい?なんでしょう?」
「生徒会と下働きの両立、大変じゃないか?」閉雅はいつも思っていた疑問を投げかけた。
「えっ…」閉雅からの意外な質問に、灰音は少し戸惑った。話し掛けられるなんて、と思っていた。
灰音は、名も無い下働きの銅生徒だったころを思い出した。掃除をするのに入る事を許された庭園。
そこに閉雅はいた。今閉雅が座っているベンチに同じく腰をかけ、暖かい日差しに包まれて目を閉じていた。
灰音にはそんな閉雅に声をかけることは許されなかった。そんな頃と比べれば、今はとても幸せだ。
「大変…ですけど、今が一番充実してます」
「充実?」
「だって、仕事も恋も、一番頑張れてるから。だから、それだけで十分なんです。」
「…そうか、偉いな」閉雅はやさしい顔で微笑んだ。
眩しいほどのその笑顔に、灰音はまたときめいた。閉雅への恋愛感情を、また自覚した。
「そうだ、いい場所があるんだ」
閉雅は灰音を誘った。広い空中庭園のほんの端に、ボロボロの小屋があった。
「ここ、なんですか?」
「歴代の皇帝が使ってきた秘密の階段だ」
ギィ…とふるい扉をひらくと、白い螺旋階段があった。たくさんの樹に囲まれて、そうそう見つからない。
階段の先には小さなバルコニーがあった。しばらく使われていないようだったが、少し箒ではくときれいになった。
庭園を一望する、バルコニー。灰音はその景色に感動していた。
「すごい…きれいですね」
「俺も初めてきたな、ここ。」
ベンチにすわる二人。まるで本当の恋人同士のよう。
「皇帝とプラチナはここでよく会っていたみたいだな。ここは人目につかないし。」
「皇帝とプラチナが…素敵。」
灰音がベンチに手を置くと、閉雅は灰音の手を握った。灰音はすこし驚いたが、また手を握り返した。
「閉雅様…すきです」小声で呟いた。
二人の間に沈黙が流れる。目と目が合うと、それはもう恋人同士だった。
閉雅が灰音の顔に手を触れる。灰音は少しうつむいたが、顔をあげたとき閉雅は唇を奪った。
「し…ずまささまぁ…」
静かに時が流れる。ガラス張りの天窓からは春の日差しが舞い込み、バルコニーは暖かかった。
かつての皇帝がおそらくここでそうしたように、灰音と閉雅は口付け合って、そのまま倒れこんだ。