どうしてこうも、憂鬱なんだろう。  
名古屋魚月は曇り空を見上げて思った。  
先月、ずっとあこがれていた彼方木先輩と付きあいだしてからというもの  
なんだか気分がすぐれない。  
そうそれもぜんぶ・・・  
「おっはようーーー!魚月ぃーーーーーー!!!」  
こいつのせい!!  
「おはようじゃないわよ、ばかぁ!!」  
ドガッ!!  
魚月は全速力で走り寄ってきて抱きつこうとした心時を殴り飛ばした。  
水無月心時、同じマンションに住む幼なじみで  
物心ついたときから、ずーっと魚月は彼に言い寄られてきた。  
隙あらば抱きつこうとし、結婚を迫り、キスをしようとする。  
ファーストキスもまだなのに!  
(お母さんがいうには、赤ちゃんの時に心時に奪われたらしいけど  
 そんなのぜーったい認めない!)  
「いってぇ、今日もいいパンチだな・・・、魚月」  
「もうっ、毎日毎日、このエロガッパ!」  
「エロガ・・・っ!?」  
 
「どうせ本気じゃないくせに抱きつかないで。  
 それにわたし、彼氏いるもん」  
ぷいっと顔をそらしてみせてみる。  
子どもの頃のようにケンカにでもなると思ったから。でも・・・。  
心時は何も言ってこなかった。  
不安になって思わず目をあけて心時の方を見る。  
そこにいたのは、いつもの明るいお調子者の彼じゃなかった。  
「彼氏、いるのか・・・?」  
「う、うん」  
彼はじっと魚月の方を見つめていた。目をそらせない。  
「俺は本気だ」  
男の人の目、濃い紫色のきれいな瞳・・・。  
すいこまれそう・・・。  
なんでだろう、すごくドキドキする、なんだかエッチな気分になる・・・。  
魚月は快感が走るような気がして、思わずセーラー服の胸元を握りしめた。  
「え、えっと・・・・・・、あ・・・  
 雨・・・・・−−−」  
いつの間にか、曇っていた空から小雨が降り出していた。  
「な、魚月、傘忘れちゃった。家に戻るね!」  
同じ階にある、マンションの部屋に戻るため駆け出すと、後ろから声が追いかけてきた。  
「今日、桃栗学園でバスケの練習試合なんだ。  
 待ってるから、必ず見に来てくれよな」  
「きょ、今日は学校で委員会の打ち合わせだから、行けるか分かんないよ」  
「待ってるから」  
バタン  
ドアを閉めて、そっと隠していた荒い息を吐く。  
顔が赤かったの、・・・バレてないよね?  
「あ、魚月!ちょうどよかったvいま追いかけようと思ったの」  
顔をあげると、母、名古屋まろんが傘を持って、嬉しそうな顔で立っていた。  
「お母さん!」  
 
「はい、傘v・・・あれ?どうしたの?顔が赤いよ?」  
そういって、まろんは魚月の額に手を当て、顔を近づける。  
母に見つめられるとほっとする。  
なのに、さっきはどうしてあんなに・・・。  
「ん、だいじょうぶ。なんでもない。いってきます」  
「あ、ねえ、魚月。今日の結婚記念日の食事会、どうしても来れない?」  
「両方のおじいちゃんとおばあちゃんも来るんだよね?  
 すっごく行きたいけど、でも委員会があるし・・・」  
そういいながらドアを開けると、いきなり、目の前に白いゆりの大輪が広がった。  
「おはようございます、魚月」  
「ノインさん!」  
「まろんに『結婚記念日おめでとう。でも、わたしはいつまでもあなたを愛しています』  
 と、伝えてください」  
「後ろにいるもんっ」  
どうにも魚月は子どもの頃からこの人が苦手。  
そういって後ろを向くと、今度は別の手が伸びてきた。  
「ありがとうノイン!でもまろんにはバラが似合うと思うよ」  
と言って、まろんが受け取ろうとした花束を引ったくる。  
「稚空!」「お父さん」  
嬉しそうなまろんと、困ったような魚月。  
「おや、稚空くん。なぜここに?」  
「ここは俺の家だ」  
いつものように父とノインのいがみ合いが始まったのを横目に見つつ  
魚月は学校に行くためにフェードアウトして歩き出す。  
「いってらっしゃいv」  
母の声が追いかけてきた。  
手を振ってから前を向くと、今度は珍しいひとたちがこっちに歩いてきた。  
「おはよ、魚月ちゃん。今日も心時、ここに来た?」  
心時の父、水無月大和と、母、都。  
「う、うん」  
 
「もう、まったく!あいかわらずねぇ、今度よく言っておくわ。  
 日曜日なのに学校行くの?いってらっしゃい」  
そういって、横切っていった。  
「いってきま〜す」  
エレベーター付近で、もう一度振り返る、魚月たちの家の方に向かって歩いている。  
なんだろう?都おばさんはよく来るけど、おじさんもくるなんて珍しい。  
「あいかわらずね」  
声をかけられ、玄関で稚空とノインを見守っていたまろんが、2人に気づく。  
「都!それに水無月くんも」  
「おはよ、まろんv」  
−−−マンションの玄関口。  
「ふぅ・・・」  
一つため息をついて、傘を広げ、歩き出す。  
大和おじさんと都おばさんの顔を見たら、一瞬忘れていたはずの彼の顔が浮かんできた。  
『待ってるから』  
『なによもう、本気じゃないに決まってるもん』  
なんでだったっけ?高校は両親や心時の通った桃栗学園じゃなく、公立の学校を選んだ。  
先月、委員会で知り合って好きだった彼方木先輩に告白されて  
でも、すぐには返事できなくて・・・。  
だけどあの日、高校のすぐ側にある彼の大学の校門で  
『・・・あ、心時!』  
駆け出そうとした足はすぐ止まった。  
部活の帰りだろうか、女の子に囲まれていた彼を、その、笑顔を見て・・・。  
・・・ひるがえして駆けだした足は止まらなかった。  
『・・・待って、待てよ、フィン!』  
フィン?フィンって誰?  
子どもの頃から感じてた、彼が恋しているのは魚月じゃない。  
きっと、そのひと以外は、誰でもいいんだ・・・。  
子どもの頃から、魚月も夢見ていたひとがいた。  
生まれたとき握りしめていたカフスのもう片方を持った、運命のひと。  
 
でも、いくら待っても王子様は現れなかった。  
・・・その日のうちに、彼方木先輩に返事をした。  
−−−夕方になっても雨はやまなかった。  
『待ってる・・・、はずないよね。だってもう試合は終わってるもん』  
「お先にー」  
そういって、何人かの生徒が帰って行く。  
「名古屋さん」  
振り返ると教室には彼方木先輩と二人きりだった。  
側に近づいてきた先輩の顔が近づいてくる。  
・・・ファーストキス。目を閉じようとした・・・その時。  
『待ってるから』  
あのときの彼の真剣なまなざしが脳裏に浮かんだ。  
「・・・やっ」  
思わず下を向く。  
「名古屋さん?」  
「ご、ごめんなさい。用事思い出しちゃって!  
 先に帰りますね」  
そういってカバンを引ったくるように持って走り出す。  
待ってるわけない。だけど・・・。  
−−−雨はいっそう強さを増していた。  
濡れることも構わず走っていく。雨で前がよく見えない。  
桃栗学園の校門付近で、人影が見えた。近づくと・・・。  
ドサッ  
「心時ッ!!」  
彼は倒れた。雨の中、ずっと待っていた。  
あわてて傘をなげだし、額に手を当てる。すごい熱!  
−−−マンションの一室、水無月家。  
魚月は心時を支えて連れて帰ってきた。  
ドサ  
心時の部屋にあるベッドに彼を横たえる。  
 
「はぁ、はぁっ」  
女の子の細腕で、雨の中、男をひとり支え歩くのは、ものすごく体力を消耗した。  
「はぁっ・・・、おばさんは?」  
「・・・親父と旅行に行ってる」  
「えっ」  
じゃあ、今朝はそれを伝えに・・・。  
思わず冷静になる。  
そういえば、心時の部屋に入ったのは子どもの頃以来だ。  
「あ・・・、えっと、じゃあ東大寺のおじいちゃんとおばあちゃんは?確かここのマンションに・・・」  
「じいさんたちも一緒に」  
外で雷が鳴る、思わず窓の方を見て気づく。  
子どもの頃とは違う彼の部屋。・・・心臓の音が聞こえてきた。  
雨の音で、やけに静かだ・・・。  
「・・・そ・・・、そうだ、お母さんに・・・・・、あっ」  
そういえば両親さえ、いまは食事に出かけていていない。  
顔をあげて、思わず彼の方を見る。  
いつの間にか知らないうちに、彼は子どもじゃなくて大人の体になっていた。  
きれいな顔・・・、濡れた服のまとわりつく身体・・・、手。  
あの手にふれて欲しいという考えが体中を支配して、思わず顔をそらす。  
明かりの付いていない暗がりの部屋に彼のすべてがやけに栄える気がした。  
彼の苦しそうな息づかいが聞こえてくる。  
「で・・・電気つけるね」  
そういって、せめて明かりのあるリビングの側にある電気のスイッチに向かおうとすると  
腕を捕まれた。濡れた冷たい腕に、心時の手が熱い。  
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。  
うわごとのように彼はつぶやく。  
「ごめん・・・、ずっと魚月の中に・・・フィンを探してた。  
 でも、魚月は魚月だ・・・、フィンじゃない・・・」  
「フィン?フィンって、誰?」  
「なんだ・・・、まろんから聞いてないのか・・・。  
 フィンは俺の、前世で亡くした恋人だ」  
 
前世・・・?子どもの頃からあこがれていた、運命の人・・・。  
制服のポケットから、大切にしまっていたカフスを取り出し手にとってみる。  
すると、彼の耳に違和感を感じた。  
ベッドのふちに座り、彼の濡れた髪をかきあげる。すると・・・。  
カフスをしていた。  
「心時・・・っ、これって」  
「・・・魚月の王子様が俺だって分かったら、きっと魚月が悲しむと思って。  
 できるだけ身につけないようにしてたんだ。  
 でも、大事な試合とか、そういうときだけ付けてた・・・」  
捕まれていた腕を引かれ、思わず彼の上に重なる。抱きしめられる。  
「好きだ魚月、子どもの頃から、ずっと」  
熱を帯びた熱い体、ドキドキする。  
でも、どうしてだろう?ほっとする、無性に求めたくなる。  
彼のすべてを奪いたい。  
熱を帯びた顔をあげると彼と目が合った。  
彼の顔が近づいてきた、目をつぶる。  
そうしてキスをした。  
 
夜が更けていく・・・。  
 
−−−朝、いつものように家を出て歩いていると  
「おっはようーーー!魚月ぃーーーーーー!!!」  
「きゃあっ!」  
思わず抱きしめられる。  
「風邪は治ったの?」  
「ばっちり。魚月に『看病』してもらったし」  
ドガッ!!  
鉄拳が飛んで、心時が吹っ飛ぶ。  
「いってぇ、今日もいいパンチだな・・・、魚月」  
「もうっ、このエロガッパ!・・・心時、心時?」  
しゃがんだまま、心時が立ち上がらない。  
「だいじょうぶ!?」  
顔を近づけると思わずキスされた。  
「・・・〜〜〜ッ!!」  
「あ、そうだ。これ、ありがとな」  
両耳に輝くカフス。  
 
END  
 

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