【キャラクター補足】 
ヒガミ…多々里のクラスメイト。多々里イジメのリーダー的存在。 
後留古(ゴルゴ)先生…体育教師。外見は某殺し屋にそっくりだが、中身は熱血。 
 
 
 
 
正午を過ぎたころ。天国中学校は、昼休みの真っ最中だ。 
その教室やグラウンドは、退屈な授業からしばし解放された生徒達の歓声で沸き返っていた。 
「見舞いになんか行く必要ないわよ、多々里!」 
そんな賑わいが遠くに聞こえる、比較的静かな校舎内の廊下に、三つ編みおさげの少女、 
よし子の強い調子の声が響き渡った。 
隣を歩く友人の多々里を、しきりに諌めているようだ。 
「で、でも、あたしのせいでケガしちゃったんだし、様子くらい見に行ったほうが……」 
よし子の強気な口調にたじたじとなりながらも、多々里は向かう先への歩みを止めようとはしない。 
「何言ってんのよ。自業自得じゃない。あのバカがあんたに嫌がらせしようとして、 
勝手に階段から落ちたんだから。日頃の行いが悪いからバチが当たったのよ。ホントいい気味だわ。 
あんたが責任を感じる必要なんて、少しもないわよ」 
「そ、それはそうだけど、大ケガなんかしてたら、大変だし……」 
心配そうな多々里の言葉を、よし子は鼻で笑った。 
「そしたら少しは懲りるでしょ。あいつ、いっぺん死にかけでもしないと、 
あの曲がった性格直りやしないわよ。いいからほっときなさいよ」 
「そういうわけにもいかないよぉ……」 
多々里はどうしても見舞いに行かなければ気がすまないようだ。 
(お人好しにも程があるわよ……) 
よし子は半ばあきれ顔でため息をついた。 
 
先程からよし子に『あいつ』、『あのバカ』呼ばわりされているのは、もちろん乃呂井のことだ。 
今日の昼、いつものように多々里に嫌がらせをした乃呂井は、いつものように多々里の怒りを買い、 
いつものようにたたりの制裁にあった。 
そして今回は、たたりを受けてひるんだ乃呂井が、 
階段から足を踏み外して転げ落ちてしまうというおまけつきだ。 
かくして、いつも以上に痛い目を見るはめになった乃呂井は、保健室に運び込まれて行ったのである。 
 
結局多々里を説得することはかなわず、目的の場所は近づいてきた。 
よし子は少し心配そうな顔で、多々里に向き直った。 
「多々里、あたし、これから他の子と約束があるから、中まで付き合えないけど……。 
いい?ちょっと様子見たらすぐに帰るのよ。あいつ、自分が悪いだけのくせに、 
あんたに変なイチャモンつけてくるに決まってるんだから」 
そう頼りない親友に言い含めると、よし子は自分の教室へと戻って行った。 
「うん。ついて来てくれてありがと……。またね」 
多々里はその後ろ姿を、名残惜しげに見送った。 
貴重な昼休みの時間、クラスの遠いたった一人の親友と、もっと長く過ごしていたかったけれど、 
わがままは言えない。 
よし子にはクラスにも仲のいい友達がいるから、多々里だけにかまっていられるわけではないのだ。 
それに、よし子は乃呂井のことを毛嫌いしているから、中までついて来てもらったら、 
きっとよけいに話がこじれてしまうに違いない。 
気を取り直して、多々里は保健室のドアをノックした。 
返事はない。 
多々里はおずおずと、そのドアを開けてみた。 
 
「失礼します……」 
中を覗くと、入り口から一番手前の簡素なベッドの上に、乃呂井はいた。 
上体を起こしてベッドの背にもたれかかっていたが、たった今入ってきた多々里の方を見向きもしない。 
額に絆創膏を貼ったその顔は仏頂面で、ただでさえ陰気な容貌が、ますます暗く見える。 
清潔で明るい保健室の雰囲気には、あまりそぐわない男だ。 
多々里が遠慮がちにベッド脇の椅子に腰掛けても、乃呂井はむすっとしたまま黙り込んでいた。 
「あ、あの……さっきの、聞こえてた?」 
沈黙にいたたまれず、多々里はおそるおそる聞いてみた。 
すると乃呂井は、じろりと多々里を睨みつけてがなりたてた。 
「聞こえたに決まってるだろ!でかい声で人の悪口言いやがって」 
「あ、あはは……」 
元気そうな様子に、多々里は少し安心した。ただ、思った以上に機嫌が悪い様子だ。 
「えっと……ごめんね、今日は。まさか階段から落ちるとは思わなくって……、その、具合はどう?」 
「額の裂傷、足首のねんざ、体中の打ち身。おまけに……」 
乃呂井は憎々しげに枕元に目をやった。 
「リコーダーも壊れた」 
そこにはひび割れて真っぷたつになったリコーダーが横たわっていた。 
乃呂井が長年愛用していた呪術道具の成れの果てだ。不機嫌なのも無理はない。 
「あ、で、でも、骨折とか、大ケガはしなかったみたいだから、良かったね」 
「何がいいんだよ!呪具が壊れたんじゃ、商売上がったりなんだぞ!」 
「えっ!?……あの、まさか、呪いでお金儲けまでしてるの?」 
多々里の驚いた様子に、乃呂井は何やら得意げになった。 
「ふふん、そうさ。最近じゃ俺様の名も裏で知れ渡って、色々と依頼が来るようになったんだぜ」 
どうやら近頃は、自分の趣味にとどめるだけでは飽き足らず、代行して人を呪ったり、 
呪術グッズを売ったりして、小遣い稼ぎをしているらしい。 
(なんだか、どんどん悪い人になっていくなぁ……) 
多々里はちょっとあきれた。 
「とにかくお前のせいでこうなったんだからな。損した分、弁償しろよ。もちろん治療代もな」 
治療代がかかるほどのケガなのかは怪しいところだが、それはともかく、 
やはり乃呂井は今回のことも全て、多々里のせいにしているようだ。 
この少年の逆恨みの激しさは今に始まったことではない。 
乃呂井はその後も、くどくどと多々里に難癖をつけていた。 
(ヨッちゃんの言う通りだったなぁ……) 
げんなりとそれを聞き流していた多々里は、ふと、本来ならここにいるはずの保健医の姿が、 
どこにも見当たらないことに気付いた。 
「あ、ねえ、あの、先生はいないの……?」 
「用事があるってさっき出て行ったよ。こんなケガ人ほっといて、しばらく戻らないんだとよ」 
乃呂井はいらついた調子で答えた。 
しかしそっけないその返事に、多々里は一瞬どきりとした。 
ということは、今、この部屋は自分と乃呂井の二人っきりだということだ。 
ふと乃呂井と目が合う。慌てて目をそらした。 
あれから、もう何ヶ月たっただろう。 
元々多々里は、乃呂井のことをそれ程嫌いではなかった。 
色々と困ったところはあるけれど、根はそんなに悪い人間ではないと思っていたからだ。 
けれど、だからと言って、異性として、ましてやあんなことをする相手としてなんて、 
考えたこともなかった。 
それなのにあの日、たとえ最初は強引な形だったとはいえ、 
最終的には受け入れてしまったという事実への、後ろめたさが多々里にはあった。 
しかし一方、乃呂井はと言うと、相変わらず冷たくて、意地悪で、まるで何事もなかったみたいだ。 
そんな乃呂井の態度もあいまって、初めはどうしていいか分からなかったけれど、 
結局、多々里もそのことについては、触れないように、思い出さないようにすることにした。 
あの日、自分の身に起こったことは、確かに現実なのだけど、 
それはまだ中学生である自分が、していいことでは、決してなかったのだから。 
 
「じゃ、じゃああたし、教室に帰るね。お大事に……」 
二人でいるのが気まずくなって、多々里は席を立った。 
「おい待てよ!人にこれだけケガさせといて、もう出て行く気かよ!」 
乃呂井はそそくさと出て行こうとした多々里を、しつこく引き止めた。 
執念深さも今に始まったことではない。 
(そんなに言うほどのケガかなぁ……) 
だが、それを言ったところで火に油を注ぐだけだということは、乃呂井の性格からすれば明らかだ。 
多々里は別の言い訳を探した。 
「でも、早く帰るようにって……、ヨッちゃんからも言われてるし……」 
多々里としては、何の気なしによし子の名前を出したつもりだった。 
しかしその名を聞いた途端、乃呂井の顔つきが、目に見えてずっと険しくなった。 
よし子が乃呂井を毛嫌いしているのと同様に、乃呂井もよし子の存在が、かなり気に食わないのだ。 
「……いちいちあの女の名前出しやがって。今まであいつにも相当イジメられてきたくせに、 
よくあんなベタベタ出来るよな」 
さっきよりもずっと冷たい乃呂井の言い方に、多々里は少し戸惑った。 
「向こうもいい神経してるぜ。今までイジメてきた奴に、平然と友達面できるんだからな」 
乃呂井は、表情をしだいにこわばらせていく多々里に構わず、吐き捨てるように続けた。 
「そんな調子のいい女、お前を裏切るのも時間の問題だな」 
「ヨ……ッ、ヨッちゃんの悪口言わないで!」 
思わずカッとなって、多々里は乃呂井に言い返した。 
自分のことをどんなに悪く言われても我慢できるけれど、大事な友達の悪口を言われるのは許せなかった。 
しかしそれがかえって、乃呂井の神経を逆撫でしたようだ。 
「あんな奴、俺様がちょっと呪いで脅してやれば、すぐにお前の友達なんかやめるだろうぜ」 
多々里は今までにないほど厳しい目付きで、きっと乃呂井を睨みつけた。 
「ヨッちゃんにまで呪いをかけたりしたら、あたし、許さないから……」 
「……ふん、たたりでも使う気か?そこまでしてかばう相手かよ。お前が今まで何度、 
人から裏切られてきたか、よーく考えてみな。友達だと思ってるのは、お前だけかもしれないぜ」 
その言葉が、多々里の胸に突き刺さった。 
今まで気付かないふりをしてきた不安感を、無理やり引きずり出されたような感じがした。 
よし子には、多々里以外にも仲のいい友達がクラスにいる。 
だけど、多々里にはよし子が、たった一人の友達だ。クラスでは相変わらずイジメられて、一人きりだ。 
寂しくないと言えば嘘になる。でも、それだけならまだいい。 
自分と友達でいて、よし子までイジメられてしまうかもしれない。何よりもそれが怖かった。 
本当はそんな自分より、他の子達と一緒にいた方が、よし子もずっと楽しいのかもしれない。 
初めてできた大切な友達に、いつか嫌われてしまって、また一人ぼっちになるかもしれない。 
心の奥に積み重なっていた、そんな不安や寂しさが、徐々にこみ上げてくる。 
それと同時に、目からじわりと涙が溢れてくるのが、多々里には分かった。 
けれど、泣くわけにはいかない。 
泣いたって、バカにされて、よけいに面白がられるだけなのだから。 
今までずっと、そうだったのだから。 
そう自分に言い聞かせたけれど、視界はみるみるうちにぼやけていく。 
そしてひとしずく、涙が頬を伝った。 
 
「なっ、なに泣いてんだよ!!?」 
驚いたのは乃呂井だ。 
言いたい放題に言って、てっきりたたりを受けると思って身構えていたのに、予想外の事態だ。 
下を向いて、ひと筋、またひと筋と涙を流し始めた多々里に、 
乃呂井のさっきまでの苛立ちは一瞬で吹き飛んだ。 
慌ててベッドから降りて多々里に近寄ってみたが、やはり見間違いではない。 
今までどんなに悪態をついても、いくら嫌な目に遭わせても、涙ひとつ見せたことはなかったのに。 
人を傷つけることなど厭わない、冷酷非情な悪党を自称しているはずの乃呂井だったが、 
肩を小さく震わせ、泣き声を必死で押し殺している多々里を前に、言いようのない罪悪感が、 
じわじわと胸を突き上げてくる。 
とにかく、この状況を何とかしたい。けれどどうすればいいのか、全く見当がつかない。 
女の子の慰め方なんて、今まで読んだどの呪術書にも載っていなかったからだ。 
何かないかと、学ランのポケットの中を探ってみたけれど、中にはロウソクだの、薬草だの、お札だのと、 
やはり呪術用の小物ばかりだ。 
しかしあちこち探っていると、ようやくズボンのポケットの奥の方に、 
皺くちゃに押しつぶされたハンカチを発見した。 
いつから入れっぱなしなのか不明の、あまり清潔とは言えない代物だが、ないよりましだ。 
ものは試しに、乃呂井はそのハンカチでおそるおそる、多々里の頬を伝う涙をぬぐい、 
そして、言葉をかけた。 
「泣くなよ……」 
濡れた瞳が、少し驚いた面持ちとともに乃呂井に向けられた。 
一瞬涙が止まったように、乃呂井には見えた。 
だが、ほっとしたのも束の間、またその目から、みるみる涙が溢れ出てきた。 
かと思うと、堰を切ったようにこぼれ落ちる。さっきまでは押し殺していた声が、嗚咽に変わった。 
「おっ……おい……」 
前よりもずっとひどくなった泣き方を前に、乃呂井は途方に暮れた。 
泣きついてくるまでイジメてやろうと、以前、心に決めたことがあった。 
けれど、実際に泣かれることが、こんなに辛いとは思いもしなかった。 
「泣くなって……」 
これ以上泣き顔を見ていられなくなって、乃呂井はそっと、多々里の小さく震える肩を抱き寄せた。 
制服越しからでも分かる、細身のくせに柔らかい、頼りなげな女の子の体。 
もう随分前に一度だけ、感じたことがある。 
忘れるつもりだった。 
でないと、とてもライバルとして、本気で多々里に向き合えそうもなかったからだ。 
多々里は乃呂井の胸にすがりついて、いまだに啜り泣いている。 
乃呂井は何も言わず、ただただ、頭を撫で続けた。 
こんなに泣くほどまで、あの友達が大事なのか。 
妬ましさを覚え、抱きしめた腕に、少し力が入った。 
 
多々里は乃呂井の腕の中で、しだいに落ち着きを取り戻していた。 
バカにされると思い込んでいた矢先の、乃呂井のぎこちない慰めが、思いがけなくて、でも嬉しくて、 
これまでに幾度となく経験してきた、そしてその度に耐えてきた、辛さ、悲しさまでが、 
全て涙になって溢れてきた気がする。 
そして、たった一人の友人に対する不安も、それとともに洗い流されてしまったみたいだ。 
よし子は、たとえ他に友達ができることがあっても、自分を一番の友達だと言ってくれた。 
そしてそのためにイジメられても、平気だと言ってくれた。 
(信じなきゃ、ダメだよね……) 
もう、涙は出て来ない。 
それでも乃呂井は抱きしめたまま、頭を撫でてくれている。 
さっきまで意地悪なことを言って、自分を泣かせた張本人のはずなのだけれど。 
つくづく、何を考えているのかよく分からない。 
でも、久しぶりの腕の中は、やっぱりあたたかくて、心地いい。 
(あの時も、こんな風に、優しかったな……) 
ふと、かつての出来事を思い出しかけていることに気付いて、多々里は自分を戒めた。 
恋人でもない彼を、受け入れてしまった罪悪感がある。 
そしてそれに流され、心を奪われてしまった背徳感もある。 
けれど何よりも忘れたかったのは、あの時の、嘘みたいな乃呂井の優しさだ。 
真意の見えない彼の優しさに期待して、すがってしまって、傷つくのが、何よりも怖い。 
だから、あの日のことは、忘れなければならないのだ。 
名残惜しさを覚えつつ、多々里は乃呂井から体を離した。 
 
「ごめんね。なんだか、気が緩んじゃって……。あたし、戻るね」 
泣きはらした、少し寂しげな瞳が乃呂井に向けられる。 
(なんでお前が謝るんだよ……) 
ドアに向かうその後ろ姿に、胸が痛む。 
たった今まで、頼りなげに泣いていたくせに。 
お前の居場所なんか、あの教室に、ありはしないのに。 
乃呂井は離れていく多々里の手を、思わず掴んだ。 
その手を引き寄せて、そのまま後ろから抱きすくめる。多々里が、息を呑んだのが分かった。 
離したくなかった。 
心の奥に押し込めていた想いが、再びこみ上げてきていた。 
初めて抱いた、あの時と同じように。 
そしてこの想いは、よし子の多々里に対する友情なんて気持ちよりもずっと、強いはずなのだ。 
 
「あ、あたし……次の時間体育だから……、あたしトロくて、準備に時間がかかっちゃうから……、 
もう、戻らなきゃ……」 
多々里は胸の高鳴りを感じながらも、乃呂井から離れようとした。 
けれど乃呂井は、全く意に介さない。 
「……女子はソフトだったな。足手まといになって、イジメのネタが増えるだけだろ。やるだけ無駄だな」 
そして多々里の体を捕らえた手に、ぎゅっと力が込められる。 
大きくて力強い、男の子の手。 
この手があの日、自分の体を、すみずみまで愛してくれたのだ。 
いつも人から乱暴に扱われ、痛めつけられることしかなかった体を。 
多々里の動悸が、痛いほど激しくなってくる。 
「でも……でも、あたし、皆の分のボールとかグローブとかも、用意しなくちゃいけなくて……、 
だから行かなきゃ……」 
「どうせ他の奴が、お前に仕事を押し付けてるだけだろ?」 
図星を指され、言葉に詰まった多々里の耳元に、乃呂井は口を寄せて、言った。 
「お前が行く必要は、ない」 
そして、そのまま多々里の耳の付け根に、スッと舌を這わせた。 
「……ッ!!」 
生温かい濡れた感触が、多々里の身を大きくビクリと震わせる。 
あまりにも素直な反応を示す、自分の体が恨めしかった。 
その間にも、腰に回っていた乃呂井の右手が、上の方へとじわじわ這っていく。 
制服越しのわずかなふくらみが捕らえられ、押し付けられながら、ゆっくりと、 
手の平で撫でまわされていった。 
「や、やだ……、やめ……っ」 
「……イヤじゃなかったって、言ってたよな」 
「…………っ!」 
そう。あの時も、そして今も、本当はイヤじゃない。そんな自分が嫌だった。 
胸をまさぐられるのに加えて、もう一方の手が、太腿を伝う。 
真っ赤になっているはずの耳元に、後ろから息を吹きかけられる。 
体が熱くて、力が入らない。 
このままだと、また自分を失ってしまいそうで、怖くなる。 
いい子でいたいのに。一時の欲に身を任せてしまうような、悪い子にだけは、なりたくないのに。 
「ね、ねえ……っ、先生が、帰ってきちゃうよぉ……っ。ほ、他の人だって……」 
多々里の必死の言葉に、乃呂井は手を止めた。そしてしばらくしたのち、多々里から体を離す。 
多々里はほっと胸をなでおろした。しかし、それも束の間、乃呂井は学ランのポケットの中から、 
何やら紋様が施されている一枚の紙切れを取り出した。 
「結界を張る呪符だよ」 
そう言ってドアに貼り付ける。 
呪術の実験を、なにかと器具や薬品の揃った学校の中でこっそりしたい時がある。 
そんな時、誰にも邪魔されないために、乃呂井がいつも使う手だった。 
この呪符を貼ることによって、その場所は誰にも存在すら気付かれなくなるのだ。 
乃呂井は多々里の方に向き直ると、意地悪そうに聞いた。 
「……誰も入ってこなけりゃ、いいんだよな?」 
「そっ、そういうことじゃな……っ」 
言い終わらないうちに、強引にあごを掴み上げられ、唇を押し付けられた。 
驚きと、戸惑いと、それでもなぜか恐怖感も嫌悪感もなかった、かつての感覚が、 
ありありと呼び起こされる。あの日の乃呂井の息遣いや、指遣い、肌の感触さえも。 
生まれて初めてと言っていいほど満たされて、幸せになれた気持ちも。 
千々に乱された心の奥に、迷いが生まれてきた。 
「どうして……」 
しばらくして唇が離れると、多々里はすがるように問いかけた。 
「どうして、こんなことするの?」 
その答えしだいでは、このまま身を任せてしまっても、いいかもしれない。そう思った。 
乃呂井は一度、何かを言いかけたようだった。 
しかし躊躇して、少しの間押し黙る。 
そして、ようやく口を開いた。 
「そんなの、自分で考えろよ……」 
押しつぶされそうな気持ちで待った挙句の、その答えになっていない答え。 
(ずるいよ……) 
分からないから、聞いているのに。 
そう問い詰めたかったけれど、また口をふさがれ、黙らされた。 
「…………ん……っ」 
柔らかな舌が、しだいに口の中へ入り込み、多々里の舌を絡め取っていく。 
迷いを打ち消せる答えを何一つ得られないまま、それを受け入れている自分に気付いた。 
たとえ乃呂井が、片手で頭を、離れないように押さえつけていなくても、もう一方の手で腰を、 
痛いほど抱きとめていなくても、この深い口付けから逃げようとは、多分思わない。 
「は……っ」 
互いの唾液が十分に混じり合ったころ、乃呂井の唇がゆっくりと離れた。 
呼吸が整わないまま頭をかき抱かれ、多々里は乃呂井の肩に顔をうずめた。 
髪の毛をくしゃりと撫ぜられる。 
 
恋人同士なんかじゃ、決してないけれど。 
乃呂井が自分のことをどう思っているのか、自分が乃呂井のことをどう思っているのかさえ、 
よく分からないけれど。 
ただ、いけないことをしている。それだけは分かっている。 
それでも、再び得たこのぬくもりを、拒めるほどの強さは、多々里にはなかった。 
ためらいながらも、乃呂井の背中にそろそろと手をまわし、抱擁に応えていく。 
それが意外なものだったのか、乃呂井の多々里を抱く腕の力が、一瞬緩んだ。 
しかしその後すぐに、さっきよりもずっと強く、きつく、抱きしめ返される。 
あたたかさと、少しの息苦しさが、かえって心地いい。 
「いいんだな……?」 
乃呂井の問いに、多々里は何も答えなかった。ただ、うつむいたまま小さく、こくりとうなずいた。 
悪意や敵意に強くなった分だけ、優しさには、どうしようもなく弱い自分を、思い知りながら。 
午後の授業の開始を知らせるチャイムが、保健室に響き渡る。 
その音は、二人分の重さできしむベッドの音をかき消していった。 
 
柔らかいベッドの上に組み伏せられ、上から見つめられる。 
かつてと同じように、その眼差しは多々里の動悸を高まらせ、甘く胸をしめつけてくる。 
不意に乃呂井の唇が頬に触れ、そのまま濡れた舌がゆっくりと、目元まで這っていった。 
先程の涙の跡に伝わせているのだと、何度目かの往復の後に気付いた。 
そしてその舌が、今度は唇を潤していく。 
多々里は少しだけ口を開けて、乃呂井を迎え入れた。 
優しさに応えたくて、そっと割り入ってくる舌に、こわごわと自分の舌先を差し出した。 
「ん……っ、んっ、……んっ」 
激しい水音だけが、耳に響く。 
そのキスは今までにないほど、深く荒々しいものだった。 
 
「はぁ……っ」 
存分に口内を犯したのち、乃呂井は自分の舌をゆっくりと抜き取った。 
思ったよりもずっと激しい口付けだったのか、多々里は荒く息をつきながら、 
少し困惑した目を乃呂井に向ける。 
それにかまいもせず、乃呂井は多々里の制服に手を掛けた。 
ブレザーを脱がせ、ベッド脇の椅子の上にぱさりと投げ置く。 
次に赤いリボンタイを解き、真っ白なブラウスのボタンをはずしていった。 
そしてブラウスをはだけると、下着に守られた、色白の胸元があらわになる。 
相変わらず子供っぽさは残っているけれど、それでもなだらかな起伏を描いている体は、 
十分に女らしさを感じさせる。 
乃呂井はその胸元を、指先で軽く、するりと撫でやった。 
「……っ」 
すると多々里はびくりと、その身をすくめた。けれど、けして前のように逃げようとはしない。 
そのままブラウスを取り去り、下着を残したまま、わずかに震える肩に頬を寄せた。 
急に外気に晒されたからか、少し冷たい素肌。そのなめらかで柔らかい感触は、 
忘れたつもりで、けれど忘れられなかったあの時のものと、少しも変わっていない。 
首筋から鎖骨へと、ゆっくり唇を伝わせる。細身の体が、わずかに身じろいだ。 
もう一度、今度は下から上へ、舌を首筋に伝わせていく。 
途中、軽く吸いついてみた。 
「あっ」 
びくりと肩をすくませ、今までかたくなに閉じていた口から、声が漏れた。 
そのまま同じ場所をより強く吸い、舌先で重点的に舐め上げる。 
加えて両手で、下着の上から優しく、小ぶりな胸を揉みしだいてやった。 
「やっ、……っ」 
熱を帯びていく体が、少しずつ高まっている彼女の興奮を伝えている。 
それを指先だけでなく、やはり自分の体で、直に感じたくなる。 
乃呂井は動きを止め、体を離した。 
「あ……」 
急にぬくもりを失って、多々里は心細げな眼差しを乃呂井に向けた。 
しかし乃呂井が自分の服を脱ぎにかかっているのを見ると、安堵した表情を浮かべた。 
 
「今のうちにこれでも飲んでな」 
乃呂井は脱いだ学ランのポケットから小瓶を取り出すと、 
その中に半分ほど入っている錠剤のようなものを一つ、多々里に差し出した。 
多々里は身を起こしてそれを受け取ると、不思議そうに聞いた。 
「これ……なに?」 
「子供なんか出来ないようにする、呪薬だよ。……後で面倒に巻き込まれるのは、御免だからな」 
「あ……、そ、そうなんだ……」 
乃呂井の言葉に、多々里は顔を赤らめた。 
これから乃呂井とどういうことをするのかを、今更ながら認識したからだ。 
心臓がドキドキと高鳴ってくる。 
黙り込んで、手の平の上の小さな薬を見つめた。 
(そっか……これから、乃呂井と……) 
しかしその沈黙を、乃呂井は別の方向に解釈したようだ。 
「おい、言っとくけどな、この薬はいつもはただの売り物だからな。欲しいって奴が結構いて、 
いい金になるんだ。俺様が自分で、どこかその辺の女相手に使ってるわけじゃないからな。 
準備がいいからって、変な勘違いはするなよ!」 
乃呂井のあせった様子に、多々里はわけが分からずぽかんとしていた。 
根っから初心な多々里に、そこまで考えが回るわけがないのだ。 
いらない心配だったと気付いた乃呂井は、まるでお前に操を立てているとでも言いたげな、 
さっきの台詞が無性に恥ずかしくなった。 
「いいからさっさと飲めよ!」 
乃呂井の怒鳴り声に、多々里は慌てて薬を飲み込んだ。なんとも言えない、奇妙な味がした。 
 
上に着ていたものを脱ぎ去った乃呂井は、ベッドの上に座り込んでいた多々里に手を伸ばし、 
あらためて抱きしめた。 
ホイッスルの甲高い音が、遠くから聞こえる。 
窓の向こうのグラウンドからだろう。体育教師の叱咤激励らしき声もかすかに耳に入る。 
午後の授業中。本来なら多々里も今、あの遠い場所にいるはずなのだ。 
けれど現実にはここにいて、その肌のあたたかさを、直に感じている。 
乃呂井は多々里の下着の留め具をはずすと、そっと抜き取り、 
そして手の平を、座ったまま抱き合った体の間に忍び込ませた。 
遮るもののなくなった幼いふくらみが、柔らかく包み込まれていく。 
乃呂井はそれを、淡く撫でさすった。 
「はっ……」 
直に触れてやると、こうも反応が違うものなのか。多々里は腕の中で身をよじらせ、荒く息を吐いた。 
そのまま指先に力を込め、ゆっくりと、張りつめた小ぶりな胸をときほぐしていく。 
「ん……っ、ぁ……っ」 
心の奥底で恋い焦がれていた、手の中でとろけるような、その触感。 
再び手に入れることができた、その繊細な柔らかさにふけりつつ、 
乃呂井は多々里の耳に、熱い息を吹きかけた。 
「や……っ!」 
不意打ちに身をすくめ、多々里は自分を抱く乃呂井の腕に取りすがった。 
あどけなさが残る体も、不規則な吐息も、ますます熱を帯びてきている。 
その素直な反応が、乃呂井の劣情をより募らせた。 
耳たぶを舐り、時にその舌を耳の中へと滑り込ませる。 
大きくのけ反るその体をしっかりと抱きとめ、胸を責め立てる手の動きを、更に激しくしていく。 
「あっ、あ……っ」 
なめらかな肌が、しだいに汗ばんでくる。乃呂井の腕にすがりついた手に、より力が込められる。 
羞恥と興奮から、真っ赤に上気していく柔らかな頬が、乃呂井の肩に擦り付けられた。 
たとえまだ経験の浅い、ぎこちなさの残る愛撫であっても、 
虐げられることに慣らされたその体にとっては、十分すぎるほど甘美なものなのかもしれない。 
それほどまでに多々里の体は、与えられるひとつひとつの刺激に、敏感な反応を見せていた。 
 
衝動にまかせて、乃呂井はそのまま多々里を押し倒した。 
身に付けたままだったスカートを剥ぎ取り、熱くなった多々里の体を荒っぽく撫で上げていく。 
そして、乱れる呼吸で上下している胸まで到達すると、その先端を、指先でつまんだ。 
「……っ!あっ!」 
突然の刺激に、多々里の体はビクンと震えた。 
乃呂井は先端をいじる指の動きを止めず、もう一方の手を太腿に這わせた。 
汗ばんだ柔肌を軽く揉むようにしながら、少しずつ足の付け根へと手の平を移動させていく。 
さらに細い首筋に口を寄せ、喰らいつくように舐った。 
「あぁっ、ん……っ!」 
しだいに荒くなっていく、切なげな吐息が扇情的で、 
力弱くも精一杯、自分にしがみついてくる細い腕がいじらしくて、乃呂井の気持ちをますます逸らせる。 
内股を這っていた左手がついに、中心部に達した。 
下着の上からそこを、押し付けるようになぞり上げる。 
「やっ、やだ……ぁっ!」 
熱い体が、乃呂井の胸の中で跳ね上がった。 
薄い下着が、確かに湿り気を帯びていることを、乃呂井は指先で覚知した。 
自分の首に絡みついた多々里の腕をほどき、その下着を抜き取る。 
そして、すでに十分に潤んだ奥へ、ゆっくりと、人差し指をうずめていった。 
 
「んん……っ!」 
その中は熱く、きつく、乃呂井の指を締めつけた。 
そんな内部に逆らうように、指先を蠢かせながら抜き取り、そしてまた、挿し入れていく。 
「……っ、ん……っ、ふ……っ」 
多々里は眉根を寄せ、漏れ出ようとする声を懸命に押し殺しているようだった。 
二度目とはいえ、そこで感じていると知られるのは、 
やはり彼女にとって恥ずかしいことなのかもしれない。 
けれど今まで以上の快感に襲われているということは、しだいに恍惚とした色を見せていく瞳から、 
確かに見て取れる。 
乃呂井は中への刺激を繰り返しつつ、わずかに震える胸の先端に、そっと口付けた。 
「ん……っ!」 
びくりと背中が反り返る。 
そのまま固くなったそれを口の中に含み、舌先で転がす。時に唇で扱き、軽く甘噛みする。 
加えて指の動きに、より激しさを加えていった。 
「ふっ、く……っ、んん……っ」 
肌を仄赤く染め上げつつ、汗に滲む体をよじらせながら、それでも多々里はあくまで歯をくいしばって、 
増幅していく快感に耐えようとしていた。 
その恥じらう姿を健気にすら感じるが、乃呂井の中ではそれ以上に、乱れさせたいという嗜虐心が勝る。 
熱くうずもれた小さなつぼみを親指で探り当て、そして、力を入れながら擦り付けてやった。 
「っ!ひぁっ!!」 
予想もしなかった事態に、ついに多々里は荒い喘ぎを漏らした。 
さらに乃呂井は、人差し指だけでも十分に狭い多々里の内側に、もう一本、中指をねじ込んだ。 
「やっ、いやぁっ!」 
間断なく加えられる責めに、多々里はその目にかすかな怯えすら浮かべた。 
しかし乃呂井はそのまま、より窮屈になった多々里の内部を、二本の指で入念に掻き乱していった。 
「やだ……っ、やぁ……っ、んん……っ!」 
多々里は頭を振って、体をよじって嫌がって見せる。 
けれど、指の奥からますますあふれてくる熱い蜜が、本当はそれを求めていることを教えてくれていた。 
だから、けしてやめない。指先が、より執拗さを増していく。 
「はぁ……っ、あ……っ、あぁっ!」 
柔らかな胸を舌で、濡れそぼった秘部を指で犯す音が、周りに響く。 
艶めきを増していく多々里の喘ぎが、乃呂井の情欲を突き上げていく。 
頃合いを見計らって、胸にうずめていた顔を上げ、多々里の顔を見やった。 
休むことなく、思うがままにその鋭敏な体をなぶられて、頬は紅潮しきり、瞳はうつろで、 
かすかに潤んでいた。 
それでも乃呂井は、ますます熱くなっていく内部の、より奥へと指を進め、激しい抜き差しを繰り返した。 
「あっ、あ……っ!!」 
もはや抑えることもできず、感じるままに、甘く切ない声を上げる。 
自分を見失うまいとしながら、堪えられない快楽に心を奪われ、溺れてゆく姿態を存分に堪能したのち、 
乃呂井はようやく、指を抜き取った。 
「……っ、はぁっ、はぁ……っ」 
甘い責め苦からようやく解放され、多々里はただ荒く息をついていた。 
散々に自分の体を弄んだ乃呂井に、恨めしげな瞳を向ける。 
しかし乃呂井は、そんな多々里に見せ付けるかのように、したたるほどにぬらついた指を、 
入念に舐め上げていった。 
赤みが引こうとしていた多々里の顔が、再びカアッと真っ赤になる。 
先程の激しく、強引な愛撫にさえ、悦んでいた確かな証拠。 
今更どんなに責める素振りを見せても、向こうにはお見通しなのだ。 
「い……、いじわる……」 
咎めるようなその言葉に、乃呂井はくすりと笑った。 
「なんだよ……知らなかったのか?」 
そう言って、少し乱れた多々里の髪の毛を撫で付けると、包み込むように力強く、 
その体を抱きしめた。 
 
「……あたし……、分かんないよ……」 
あたたかさに包まれ、多々里は泣きたくなるような想いでつぶやいた。 
どうして、こんなに気持ちいいのか。 
乃呂井は、本当に意地が悪いのか、それともすごく、優しいのか。 
自分にとって、乃呂井は何なのか。 
何も分からない。 
ただ、このぬくもりをもっと近くに感じていたくて、抱きしめてくれる熱い体に腕を回し、 
ぎゅっと力を込めた。 
 
「分からなくて、いい……」 
そう答えながら、乃呂井は多々里に、何度目かの口付けを交わした。 
互いの舌が、深く絡まり合っていく。 
今、この口付けに応えてくれているのは、いくら嫌な目に合わせても、けして自分に従おうとしない女で、 
どんなに頑張っても、未だに全く敵わないでいる女で。 
本当に憎んでも憎みきれない女のはずなのに、そのくせ、バカみたいに素直で、純粋で、お人好しで。 
――――――――本当は、好きで好きで仕方がない、たった一人の、大切な女の子。 
だからよけいに憎らしくて、かまいたいけれど他に方法を知らなくて、いつもイジメてしまうのだ。 
だけど、言葉がいらない今だけは、ただ素直に愛したい。 
今だけでいいから、自分のものにしたかった。 
乃呂井は唇を離し、抱擁を解いた。 
穿いたままだった制服のズボンに手を掛ける。 
できることなら、もっと長く、深く、愛でていたいけれど、もうこれ以上我慢は続かない。 
全てを脱ぎ去ると、多々里の足の間に膝を割り込ませていった。 
服を脱ぐ、たったそれだけの時間、離れていても寂しかったのか、 
抱擁を求めるように、多々里の手がおずおずと、自分の腕に絡みついてくる。 
たまらなく愛おしくなって、思い切り抱きしめてやった。 
そのまま多々里に自身をあてがい、そして、一気に貫いた。 
 
「……っ!!」 
その瞬間、多々里は息苦しくて、それでいてどこか甘い感覚に突き上げられた。 
乃呂井の背中に回していた腕に、ぎゅっと力が入る。 
少し痛みを感じる。数ヶ月前にたった一度抱かれただけの、大人に満たない体は、 
まだ完全に性行為に慣らされたわけではなかったのだ。 
けれど体中にじわじわと広がっていく、あたたかいうずきが、しだいに痛みを覆い消していった。 
一方で、多々里の体を気遣ってか、それとも中の感覚を味わっているのか、乃呂井はじっと、 
多々里に腰を沈めたままだ。 
けれど、多々里の肩を掴んでいる指に力がこもり、荒い息を吐いていることで、 
彼の体も昂ぶっていることが分かる。 
互いを感じ合えていることが、何よりも嬉しかった。 
「ん、あっ」 
ふいに、交わった部分が擦れ合った。 
乃呂井が多々里の肩から手を離し、ベッドに手をついたのだ。 
(動くんだ……これから) 
期待と同時に、これから自分を襲うだろう快感に、少しだけ怖くなる。 
乃呂井の背中に回していた右手を、そろそろと腕に伝わせた。 
それに気付いた乃呂井は、その手を取って、指を絡め、優しく握り締めた。 
そう、こんな風に、手を握っていて欲しかった。 
本当に、どうして今は、こんなに優しいんだろう。 
いつもイジメられている自分には、もったいないくらいに。 
分からないけれど、乃呂井が言ったように、分からなくてもいいのかもしれない。 
今だけでも、この優しさに、ただひたってさえいられれば。 
乃呂井の腰が、ゆっくりと動き始めた。 
 
「ぁ……っ、んっ」 
腰を引いて、また貫く。 
熱く潤んだ彼女の中に迎えられ、呑み込まれるように締めつけられる。 
その何物にも代えがたい快感が、乃呂井の理性をしだいに失わせていく。 
欲望に衝かれるままに、自身を何度も突き立てた。 
「あ、あっ、あ……っ!」 
その度に、律動的な多々里の喘ぎは、甘く上ずっていき、そしてその中はますます熱く、 
淫らに自身を包み込んでくれた。 
昂ぶっていく体と感情が、暴発を突き上げるけれど、それを必死で抑え込む。 
出来るだけ長く、この体を貪っていたかった。 
それでも、確実に限界は近づいてきている。 
握り合った指に、固く力を込めた。そして余った手で、多々里の張りつめた乳房を揉みしだく。 
加えて時々繋がった体を揺らしてやり、別の刺激を自分に、多々里に与えてやった。 
「やっ、やだっ、もっ、もう……っ」 
胸への新たな愛撫に、自らの中に起こる断続的な鋭い快感に、多々里は泣き出しそうに、 
苦悶の表情をより濃くした。 
もう少しで、導いてやれる。 
そう確信して、全身の力を込め、今までにないほど深く、貫くように腰を突き上げた。 
「あ、あっ!…………っ!!」 
射抜かれるような官能に、体中が襲われたのだろう。 
何度目かの深い突き上げののちに、多々里はぐっと首を反らせ、ついに高みへ昇りつめた。 
同時に、乃呂井を今までにないほど、きつく締め上げる。 
「……っ!!」 
気が狂うほどの快感に息がつまり、乃呂井もついに、多々里の中に、自らを放出させた。 
全てが出尽くし、受け止められた。 
脱力感に襲われ、乃呂井は多々里の横に倒れ込んだ。薄い布団を、互いの体に肩まで被せる。 
愛し尽くした満足感に浸りながら、残った力で、まだ息を弾ませている多々里の体を抱き寄せた。 
 
 
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。 
体の熱が引き、呼吸も整ってきた二人に、忘れていた時間の感覚が戻ってくる。 
「あ……えっと……、もう、行かなきゃ……」 
ここが昼間の学校であるという現実を、今になって思い出したのか、多々里は布団から出ると、 
あせって服を着始めた。 
しかしまだ頭がぼんやりしているのか、多少動きがもたついている。 
少し後ろめたそうにしているその姿を、乃呂井はなんとなく眺めていた。 
受け入れられたからといって、好かれているとは思わない。 
いつも人から疎まれている分、求められることに弱いのだろう。 
たとえ相手が誰であっても、それが一時のものであっても。 
それでも別にかまいはしない。 
その間だけでも、自分のものになってくれたのだから。 
ベッドから出た多々里は、すでにスカートを穿き終わり、ブラウスを身に付け始めている。 
乃呂井は今頃になって、こっちはまだ裸のままだということに気付いた。 
急いで体を起こすと、布団の中に埋もれているはずの、自分の服を手で探った。 
 
「あ、あのね……」 
ブレザーまで着終わった多々里が、何か言いたげに振り向いた時、乃呂井はベッドの上に立って、 
まさにトランクスを穿きかけていた状態だった。 
間抜けな姿を見られ、ばつが悪くて多々里を睨みつける。 
「なんだよ、見るなよ」 
「あ、ご、ごめん」 
多々里は顔を赤らめ、慌てて視線を戻した。乃呂井が急いでズボンを穿き、シャツに袖を通している間、 
ベッド脇に立ったまま、じっと何かを考え込んでいる様子だ。 
そして乃呂井がシャツのボタンをとめ始めた頃、ためらいがちにもう一度、口を開いた。 
「あのね……」 
乃呂井はベッドの上に座り込み、平然とボタンをとめているふりをしつつ、内心少し緊張して、 
多々里の次の言葉を待っていた。 
彼女にとっては二度目の過ちだ。 
責められるのか、また泣かれるのか、それとも……。 
最後のボタンが、上手くとまらない。 
「呪いを使って、色んなことするの、もう、やめたほうがいいよ」 
乃呂井は少し拍子抜けした。 
ほっとしたような、がっかりしたような、妙な気分だ。 
何のつもりだか知らないが、そういう話なら答えは決まっている。 
「いやだね」 
そっけない返事の乃呂井に向き合い、多々里は語気を強めた。 
「で、でも、悪いことしてたら、いつか自分に返ってきちゃうよ」 
他でもない多々里が言うと、いかにも説得力のある台詞だ。 
しかし乃呂井は、あくまで聞く耳を持たない様子で言いやった。 
「お前がたたらなきゃいい話だろ……。そもそも今日、俺様がケガをしたのは誰のせいだよ」 
「そ、それはそうかもしれないけど……、でも、それだけじゃなくて、呪いは失敗したら、 
呪い返しって言って、もっとひどくなって自分に返ってきちゃうんだよ。……下手したら、 
死んじゃうことだって……」 
多々里は視線を床に落とし、小さな声で続けた。 
「あたし……、乃呂井が死んじゃったら…………いやだよ」 
その言葉に、乃呂井の脈拍が、どくんと波打った。 
多々里は、最近ますます呪術に嵌っていく自分のことを、心配して言っているのだ。 
ただ、それでも、呪術をやめる気は、乃呂井にはない。 
確かに今まで、呪い返しも含め、何度も危険な目には遭ってきた。 
それでも、誰からも認められず、鬱々としていた自分に自信を持たせてくれたのは、他でもない呪術だ。 
そして何より、多々里の力に対抗できる、唯一のものでもある。 
今のところ負け続きではあるけれど、だからこそ、こんな中途半端なままでやめるわけにはいかない。 
ライバルでもある多々里に心配されているようでは、それで気持ちが揺れているようでは駄目なのだ。 
「だから、呪いなんて……」 
「いやだって言ってるだろ」 
訴えかけるような多々里の言葉を、乃呂井は突き放すように遮った。 
「お前の方こそ、そろそろ俺様に手を貸す気になったらどうなんだよ。どうせ今のままイイ子ぶってたって、 
お前にこれ以上、友達なんか出来やしないぞ」 
乃呂井はいまだに、学校を支配するという野望を捨ててはいないらしい。 
その言葉に、多々里は悲しげな顔を見せた。いくら諭しても、無駄だと悟ったのかもしれない。 
そして静かに、しかしきっぱりと言った。 
「……もうこれ以上、友達ができなくても、イジメられっ子のままでも、……あたしは、 
悪いことにたたりを利用する気なんか、ないよ」 
その返事は、乃呂井にはなんとなく予想できていた。 
しかし、こちらにも譲れないものがある。悪の道を生きると、呪いに目覚めた日から決めたのだ。 
「……ああそうかよ。だったらやっぱり、俺様とお前は敵同士だな」 
「…………」 
多々里はうつむいて、何も言わなかった。 
これでいい。 
優しさも憐れみも、呪術者にとっては、邪魔になるだけなのだ。 
呪いに必要なのは闇の力、負の心。恨みや憎しみこそが原動力なのだから。 
胸がどこか痛むのは、多分、気のせいだ。 
 
「ねえ……、ひとつだけ、聞いてもいい?」 
そんな時、多々里がぽつりと、乃呂井に言葉をかけた。 
「……なんだよ」 
全て着衣を済ませた乃呂井は、あくまで面倒臭そうに装って、多々里の次の言葉を促した。 
「あたしの事、…………嫌いなの?」 
それは、今の乃呂井にとって、最も返事に窮する問いだ。 
本当の気持ちを、言うわけにはいかない。それは負けを認めたのと同じことだ。 
しかし一方で、そんな今更な質問をしてくる多々里の鈍感さに、苛立たしく、切なくもなった。 
本当に嫌いになれたなら、こんなジレンマを抱えなくてもすんだはずなのに。 
「…………嫌いだったら、さっきみたいな事、するかよ」 
乃呂井には、その答えで精一杯だった。 
「そっか……」 
それでも多々里は、先程まで寂しげだった顔を、嬉しそうに綻ばせた。 
人から嫌われてばかりいる彼女にとっては、その言葉だけでも十分だったのかもしれない。 
その顔をまともに見ることが出来なくなって、乃呂井は多々里から目をそらした。 
もう抱かないし、触れない。 
これ以上想いが深まってしまったら、いつまでたっても多々里には勝てない。 
それは乃呂井の、呪術者としてと言うより、男としてのプライドが許さなかった。 
これからは、今まで以上に呪術に身を入れよう。 
誰もが恐れる呪術者になって、多々里を見返してやるのだ。 
イジメられっ子である多々里の逃げ道は、自分の所にしかないのだと、気付かせてやる。 
その時まで、多々里はただのライバル、正義の味方を気取っている、ただの敵だ。 
乃呂井は固く、心に誓った。 
 
そんな矢先だった。 
一瞬だけ、なにか柔らかなものが、乃呂井の頬に、軽く触れた。 
少し時間をおいて、ようやく、自分の頬に触れたのが、多々里の唇だったと気付いた。 
「なっ……」 
乃呂井は思わず自分の頬に手を当て、多々里の方を見やった。 
多々里から何かをしてきたのは、初めてだ。 
「あたしはね……」 
多々里は、呆気に取られたままの乃呂井に、はにかみながら語りかけた。 
「もし、乃呂井が、呪術をやめてくれたら、悪いことするの、もうやめてくれたら、 
……きっと乃呂井のこと、…………大好きに、なると思うな」 
「………………は?」 
しばらくの間、乃呂井は呆けた顔で固まっていた。 
その言葉の意味を、すぐには飲み込めなかった。 
しかし理解できた、その途端、全身をめぐっていた血液が、一気に沸騰したような感覚を覚えた。 
「な……っ、なっ、なに言って……」 
頭が混乱して、二の句が継げない。 
火が出るかと思うほど、顔が熱く、真っ赤になっていくのが、自分でも分かる。 
それにつられてか、多々里の方も、しだいに頬が赤らんできている。 
「あ、へ、変なこと言ってごめんね。じゃあ、あたし、これで……」 
あたふたとドアに向かう多々里に、乃呂井ははっと我に返った。 
このまま言い逃げされるわけにはいかない。 
「いっ、言っとくけどな!俺様は絶対に呪術はやめないからな!!お前なんか足元にも及ばないような、 
偉大な呪術者になってやるんだからな!!覚えとけよ!!」 
乃呂井はとにかくがむしゃらになって、その後ろ姿に怒鳴りつけた。 
しかしその台詞は、本当のところ、自分自身に言い聞かせたものなのかもしれない。 
多々里は追われるように保健室から出て行き、ぴしゃりとドアが閉められた。 
「くそっ!!」 
乃呂井は乱れる気持ちを静めようと、布団をがばりと頭から被った。 
ついさっき、呪術はやめないと誓ったばかりなのだ。 
なのに、唇の触れた頬が、まだ熱い。 
『大好き』という言葉が、頭の中でこだまする。 
心臓は鳴り止む気配もないし、体の熱もしばらく引きそうにない。 
別にあの言葉が嬉しかったわけでは、決してない。そんなはずはない。絶対にない。 
生き甲斐である呪術をやめろといわれたのに、死ぬほど嬉しいなんて、そんな気持ち、 
これっぽっちも起こるわけないじゃないか。 
そうだ、腹を立てるべきなのだ。 
ちっとも言うことを聞かず、それどころかつまらない言動で自分を惑わせようとする、あいつに。 
そうでもしないと、今までの呪術者としての努力が、野望が、台無しになってしまいそうだ。 
(明日からはまた、徹底的にイジメてやるからな……!!) 
そうだ、邪悪な呪術者らしく、徹底的に卑怯に、狡猾に。 
……ただし、泣かせない程度に。 
憎むべきライバルに惚れてしまったことが、偉大な呪術者を目指す乃呂井の、 
最大の過ちだったのかもしれない。 
 
保健室のドアを閉め、廊下に出た多々里は、ほっとため息をついた。 
くすりと笑みがこぼれる。 
急に慌て出した乃呂井に、少し可笑しくなったからだ。 
あの様子だと、多分明日からはまた、いつもの関係に戻ってしまうのだろう。 
乃呂井の考えていることも、やっぱりよく分からない。そして罪悪感も、なくなったわけじゃない。 
だけど、あの時、そしてついさっき、優しくしてくれたことを、もう忘れようとは思わない。 
ちょっとずつだけれど、気持ちの距離は縮まってきている。そんな気がしていた。 
「ああっ、多々里!こんなとこにいたのね!」 
突然、聞き覚えのあるヒステリックな声が、多々里の耳をつんざいた。 
おそるおそる振り返ると、悪い予感は当たった。 
多々里イジメの第一人者、クラスメイトのヒガミが、鬼のような形相でこちらに迫って来ている。 
「一体何してたのよ!あんたがさっきの時間さぼってたせいで、 
今日はあたしが準備も後片付けもするはめになったんだからね!」 
体育委員のヒガミは、自分の仕事を毎回、多々里に押し付けていたのだ。 
「あ、ご、ごめんなさい。そ、その、用事があって……」 
多々里はあせって言い訳を考えたが、元からヒガミは多々里の弁解など聞く気はないらしい。 
「言い訳するんじゃないわよ。あんたはサボリだって、先生に言っといてやったわ。 
きっと次は、たっぷりしごいてもらえるわよ」 
多々里を脅かしながら、ヒガミは意地の悪い笑みを浮かべた。 
「ふふん。もちろん、あたし達にもね。覚悟しときなさいよ」 
不吉な捨て台詞を残して、ヒガミは愉快そうに去っていった。 
この後、いつも以上にいびられるのは確実だが、何よりも今は、深く追及されずに解放されたことで、 
多々里はほっと安堵した。 
それも束の間、また後ろから、今度は野太い怒鳴り声が聞こえてきた。 
「見つけたぞ神野ぉ!いくらソフトが嫌だからって、ズル休みをするなんて言語道断だ!」 
「せっ、先生……!」 
誰であろう、体育教師の後留古先生が、ずんずんと大きな体躯を揺らして多々里に近づいてきていた。 
叱り飛ばされると思い、とっさに身を縮めた多々里だったが、先生は意外にも、同情的な言葉をかけた。 
「まぁ、逃げ出したくなるお前の気持ちも、分からんではないぞ。 
確かにお前は、本当にどうしようもなく下手くそだ。……しかしだな、真面目に頑張れば、 
誰だってある程度は上手くなれるんだ。さぼるなんて、もってのほかだぞ」 
「あ……、は……はい……。すみません……」 
先生は、あまりにも運動音痴な多々里が、それを悲観して体育に出なかったと思い込んでいるようだ。 
今の多々里には、むしろその方が都合が良かった。 
……はずだった。 
「そうだ、よし!神野、今日から毎日、放課後居残って特訓だ!!」 
「え……、ええっ!!?」 
先生の、思いもよらない無茶な提案に、多々里は度肝を抜かれた。 
「お前が自信をつけるまで、俺がみっちり鍛えてやるからな!!」 
すでにやる気満々の先生に、多々里が断るすべはなかった。 
多々里は半ば呆然としながら、後留古先生のはりきった後ろ姿を見送った。 
後留古先生は、いつも生徒の限界を考えず、必要以上に厳しい指導をするので、皆から恐れられている。 
そんな先生に、これから毎日つきっきりの個人指導を受けるはめになったのだ。 
「はあ……」 
自分の教室へと足を運びつつ、今から気が滅入って、多々里は重いため息をついた。 
毎回日が暮れるまで猛特訓を受け、疲れきってへとへとになっている自分の姿が、ありありと目に浮かぶ。 
(放課後に毎日練習があるんじゃ、ヨッちゃんと一緒に、帰れなくなっちゃうなぁ……) 
そういえば、見舞いを早く切り上げるようにと、よし子は言っていた。 
その言いつけを思い切り破った代償は、思った以上に高くついてしまったみたいだ。 
多々里は親友に対して、申し訳ない気持ちになった。 
 
ただ、それでも、今まで乃呂井と過ごしていたことを、後悔する気持ちは、何故か起こらない。 
よし子は確かに、大事な友達だ。おそらく今の自分にとって、一番大切な存在だろう。 
一方の乃呂井は、どこをどう取っても友達とは言えない。 
なのに何故か、乃呂井のことも少しずつ、大事な存在になっていくような予感がする。 
よし子に対する『大好き』とは、少し違うけれど、 
乃呂井のこともいつか、『大好き』になれる予感がするのだ。 
その違いが何なのかは、まだ、よく分からない。 
でも、このほのかな気持ちのあたたかさを感じているだけで、ついさっきまで重かった心が、 
しだいに前向きになっていく。これからどんな目に遭っても、頑張れそうな気がする。 
今はそれだけで、十分だ。 
幸薄い日常に戻りながらも、多々里の足取りは軽くなっていた。 
一方の乃呂井はベッドの中、いまだ落ち着かない頭で、必死に新たな嫌がらせの計画を練っていた。 
純朴で鈍感な少女と、不器用でひねくれた少年の、互いの気持ちが通じ合う日がいつになるのかは、 
まだ誰にも分からない。 
 

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