《作品データ》 
【タイトル】不思議のたたりちゃん【作者】犬木加奈子 
【出版社】講談社【掲載誌】月刊少女フレンド他(91〜98年) 
【コミックス】KCサスペンス&ホラー全7巻 
【内容】 
いつも皆から容赦なくイジメられる主人公・多々里ちゃんが、たたりを使ってイジメっ 
子たちをこらしめる、ちょっとギャグ風味な一話完結方式のホラー漫画。 
【キャラクター】 
神野多々里(カミノタタリ)…主人公。心優しきイジメられっ子。ひどいイジメっ子には 
毎回たたりでお仕置きする。日記を書くのが日課。 
乃呂井翔(ノロイカケル)…多々里のライバル。呪術が使える。多々里を目の敵にして何 
かと嫌がらせをするが、本当は多々里が好き。(ちなみにまと 
もに登場するのは5巻のみ) 
【備考】中学三年生になったと想定して書いています。(原作は中二までの話) 
 
 
 
 
 
「くっそ〜、多々里の奴……今に俺様の力を思い知らせてやるからな……!」 
深夜。ここはとある民家の一室。 
一人の少年が何事かぶつぶつと呟きながら分厚い本を熱心に読みふけっている。 
彼の後ろの書棚には、呪術や魔術などに関する不気味な本ばかりが所狭しと並べられている。 
部屋の所々にはちらちらと炎を揺らすロウソクが灯され、少年の暗い後姿を照らしていた。 
およそ一般家庭の中三男子のものとは思えない、異様な雰囲気の部屋の主の名は、乃呂井翔。 
その名の通り、呪いを操ることができる少々変わった少年である。 
彼には目下、最大のライバルがいた。 
その名は神野多々里。乃呂井とは同じ中学校の同級生である。 
乃呂井の呪いに対して、彼女はたたりという、神がかりの力を使うことができた。 
その力を利用して、一緒に学校の支配者になろうという申し出をすげなく断られて以来、 
乃呂井は何とかして自分の力を認めさせようと、 
何度も多々里に挑戦しているのだが、今のところ連敗中だ。 
それなのに多々里自身は、クラスメイトから一致団結してイジメられるような、 
幸薄いイジメられっ子であったりするのが皮肉である。 
そもそもライバル視しているのは乃呂井の側だけで、 
多々里にとっては、乃呂井の呪いは他のイジメっ子達の嫌がらせと同レベルでしかない。 
それが悔しくて、乃呂井は今夜も、呪いの研究に励んでいるのである。 
 
(――――――『相手の能力を奪い取る方法』……?) 
ある呪術の紹介が乃呂井の目に留まった。 
この呪いをかけると、その者のどんな能力でも自分のものにできるというのである。 
「そうか……そもそもあいつの力を奪ってしまえば、俺様があいつに負けるという事もなくなるな……。 
その上俺様の力もより強くなる……。こいつは使えそうだ」 
読み進めると、断り書きがある。この呪いは異性にしか効かないらしい。多々里は女だから問題はない。 
そして肝心の呪いのかけ方はというと――――まず、日光の入らない小部屋を用意する。 
そして部屋中にこの呪術のための特別な呪符を張りめぐらせ、部屋全体に呪いをかけた状態にする。 
あとはその部屋の中で――――呪う相手と、体を交える。 
「っ………なっ…な、何ぃ!?」 
乃呂井は椅子から転げ落ちそうになった。 
どうやらこの呪いは、精を媒介にすることが必要となるらしい。 
「俺様が……たっ、多々里と……!?」 
普段は血色の悪い顔がしだいに赤らんでくる。 
呪術という変わった趣味を持っているとはいえ、乃呂井も思春期の健康な男子である。 
性に対してもそれなりの興味をもってはいたが、 
ろくに恋愛経験もないのにいきなり女と交われと言われては、戸惑うのも無理はない。 
しかも相手は、いろいろと因縁深い、あの多々里である。 
しかし、しばらく逡巡した挙句に、乃呂井は決心した。 
「ふ、ふん、そうだ、これ位でうろたえていてどうする……。俺様は将来最凶の呪術者になるんだ。 
この程度の事をこなすくらい、どうって事ないはずだぜ……」 
顔は引きつっているが、ともかくも実行することにしたようだ。 
呪術以前にそれは犯罪である。そんな事には思い至らないのか、乃呂井はもう勝った気になっていた。 
「ふっふっふ……待ってろよ多々里……お前の力を奪って、 
お前をただのイジメられっ子にしてやるからな〜〜〜!!」 
深夜の住宅街に、乃呂井の高笑いが響いた……。 
近所迷惑な男である。 
 
 
数日後、乃呂井は放課後の音楽準備室で多々里を待ち伏せていた。 
もちろん呪いの準備は完璧だ。 
多々里は近頃初めてできた唯一の友人、よし子のいる教室に出向くため、いつもここの前を通るのだ。 
「ここなら人も滅多に通らないし、声も響かないからな……おあつらえ向きだぜ」 
この日のために、乃呂井は男女の営みを日夜研究していた。 
未経験だからといって、いざという時にあせってみっともない所を見せるのは御免だったからだ。 
乃呂井の部屋は今、おびただしい数のエロ本が呪術書とともに散乱するという、 
前にも増して異様な状態になっていたが、おかげで今や知識だけは一人前である。 
もっとも、一方的に襲われる多々里にしてみれば、相手が何を知っていようが関係のない事なのであるが。 
「来たな……」 
顔半分が前髪で隠れた、少々暗い顔立ちの少女が、廊下の向こうからこちらにやって来ている。 
クラスが離れてしまった親友にようやく会えるからか、少し浮かれているようだ。 
乃呂井は昨晩調合しておいた薬を一気に飲み干した。 
それは本来ならば生命を形作るものである人間の体液を、逆に奪う力を持つものへと変質させる呪薬で、 
今回の呪いにはなくてはならないものだ。加えて事後の心配がない点でも都合がいい。 
痺れるような苦味に顔をしかめつつ、今度はリコーダーを取り出す。 
別にこれから一人で演奏会を始める訳ではない。リコーダーは乃呂井の闇の力を引き出す道具なのだ。 
その腕前はひどいものだが、呪いの良し悪しには全く関係ないようだ。 
こちらに近づいてくる多々里の足音が聞こえる。 
乃呂井はゆっくりと、リコーダーを奏で始めた。 
 
「うわあっ!?」 
音楽準備室を通り過ぎようとした矢先、多々里は何かが自分の体を引っ張るのを感じた。 
見えない力が、多々里を音楽準備室の中に引き込んでいく。 
その力があまりに強すぎて、多々里は中に入った拍子に勢いよく転倒してしまった。 
「あいたたた……」 
痛みをこらえつつ顔を上げると、見覚えのある少年が一人、自分を見下ろしている。 
「あれっ、乃呂井!?」 
「ふん、相変わらずトロくさい奴だな」 
こんな奴に敵わないでいるのだから、余計に腹立たしい。 
だが、それも今日で終わりだ。 
しかしそんな乃呂井の思惑をよそに、多々里はむしろホッとしたようだった。 
「なんだぁ、またヤナ夫達かと思ったよ……」 
ヤナ夫達とは以前から多々里をイジメている男子グループである。 
まるで前にもここに連れ込まれたかのような多々里の口ぶりが、乃呂井には引っかかった。 
「おい多々里、なんでヤナ夫達がお前をこんな所に連れてくるんだ!?」 
「その……ここなら人も来ないし、声も聞こえないから安心だ、って……こないだ強引に……」 
男というものは得てして考えることが同じなのだろうか。乃呂井は嫌な予感がした。 
「それで奴ら、お前に何をしたんだ!?」 
「え?えっと、あの……体を触られたり……スカートの中に手を入れられそうになったり……」 
言いにくいのか、多々里の声はだんだん小さくなっていった。 
しかし乃呂井には充分聞き取れたようである。 
「なっ、何ぃ!!あいつらお前にそんな事をしたのか!?」 
乃呂井は一瞬血の気が引き、その後すぐに頭に血が上っていくのを感じた。 
「う、うん……。あっ、で、でも、その、ヘンな事される前にたたりを使って追い払ったから平気だったよ」 
「それでもお前が奴らにあちこち触られたのは事実だろうが!!」 
(くそっ、あいつら呪い殺してやる……!!) 
言いようのない怒りが乃呂井の中に湧き起こった。 
「なんて恥知らずな奴らだ!普通学校でそんなことするか!?」 
自分が今ここでやろうとしていたことは何なのか、忘れてしまったらしい。 
「多々里、お前もお前だ!たたりという力を使えながら、いっつも生ぬるい仕返ししかしないから、 
あいつらも懲りずにお前にそんな真似するんだよ!! 
少しはあいつらを支配しようとかいう考えはないのか!?」 
「そ、そんなぁ、支配なんて……」 
乃呂井のやけに激しい剣幕に、多々里は面食らった。 
呪術を利用した性質の悪いものから、靴箱へのイタズラといった幼稚なものまで、 
懲りずに自分へのイジメを繰り返しているのは、乃呂井も同じなのだが。 
いやむしろ、乃呂井が一番しつこい気がする。 
そんな彼がなぜこんなに怒る必要があるのか、多々里にはさっぱり理解できない。 
「あたしはただ、みんなと友達になりたいだけだよ……」 
またこの返事だ。乃呂井はイライラした。 
普段から石をぶつけられたり、土に埋められたりといった悲惨なイジメに遭っても、 
次の日には平然と学校に来ている女である。 
その上、いつかそんなイジメっ子達とも友達になれると信じている。 
こいつはつくづく、お人好しというよりただのバカだ。 
こんな調子では、今度狙われた時は、触られるなんてものだけではすまないかもしれない。 
「バカッ!!だからお前はイジメられっ子なんだよ!友達なんかいなくてもどうにでもなるだろうが! 
あいつらは一度こてんぱんに叩きのめしてやらないと、また同じ事するぞ!」 
「う…………」 
多々里は一瞬迷っているように見えた。 
大抵のイジメには慣れている多々里でも、さすがにあの日のことはショックだったのだ。 
しかし、やはり首を縦には振らない。 
「……乃呂井が心配してくれるのは嬉しいんだけど……やっぱり、あたしは……」 
「し……っ、心配なんかするか!!」 
怒りで紅潮していた乃呂井の顔が、ますます赤くなる。 
「たたりでさんざんこの俺様をひどい目にあわせたお前が、 
その辺の奴らにいいようにイジメられていたんじゃ、俺様の立場がないだろうが!」 
「あっ、そうかぁ……。だから、さっきからあんなに怒ってたんだね」 
(相変わらず勝手だなぁ……) 
多々里は呆れつつも、ようやく納得したようだ。 
「……ふん、分かればいいんだよ……」 
乃呂井は少々複雑な気持ちになった。 
確かに今の言葉も本音ではある。 
しかし、それだけの理由でこんなに腹を立てている訳ではないという事は、 
自分自身にもよく分かっていた。 
多々里が他の男に触れられたことが、欲望の捌け口にされようとしていたことが、 
何よりも乃呂井には我慢できなかったのだ。 
手酷い目に遭ってきた恨みと、同じような力を操る者としてのライバル意識。 
――――そして、それ以上に深い、多々里への想いを、こんな時はいやでも思い知らされてしまう。 
 
「えっと……それで、乃呂井はあたしに何の用なの?」 
そんな乃呂井の複雑な心境など、知る由もない多々里の呑気な声に、乃呂井はふと我に返った。 
そうだ、自分の目的は、多々里の力を奪い取ること。 
そうすれば、イジメられてもたたりを使えず、追い詰められた多々里は、 
自分を頼らざるを得なくなるだろう。 
自分のそばに置いておける。 
――――他の奴らに触れさせることもなくなる。 
遠回しで屈折したものだが、こういう形でしか、乃呂井は自分の気持ちを表すことができなかった。 
「……俺様がお前を呼んだのはな……」 
意を決して、じりじりと多々里に近づいていく。 
そのただならぬ雰囲気に気圧され、多々里は思わず後ずさりしたが、 
いつの間にか壁に追い詰められてしまっていた。 
(や、やだなあ……。何するつもりなんだろ) 
不安顔の多々里に、乃呂井は言葉を繋げた。 
「……お前を使って、俺様の力を、より強いものにするためだよ、多々里!」 
「えっ?――――んっっ!!〜〜〜っ!!?」 
多々里が何か聞き返そうとするより早く、乃呂井は多々里を引き寄せ、強引に唇を押し付けた。 
 
(なっ、なんで……っ!?) 
身をよじって乃呂井から逃れようとするが、力強い腕が多々里の体を抱きすくめ、身動きが取れない。 
初めてのキス。初めての抱擁。羞恥とあせりで、多々里の顔はまたたくまに真っ赤になった。 
しばらくして唇を離した乃呂井は、防音用に床に敷かれたカーペットの上に多々里の体を押し倒した。 
自分の体重をかけ、多々里の体を押さえ込む。もはや後戻りはできない。 
「のっ、乃呂井……!?」 
「ヤナ夫達の時みたいに、たたりを使おうったって無駄だぜ。 
この部屋には俺様の呪いがかけられているからな……。せいぜい大人しくしているんだな」 
気持ちとは裏腹の強気な言葉を吐いてみせて、乃呂井は再び多々里の唇をふさいだ。 
今度は舌が多々里の唇を這い、強引に中に侵入してくる。 
「ん、んん……っ!」 
乃呂井の舌が、逃げようとする多々里の舌を絡めとる。 
くぐもった音が口の端から漏れ、それが多々里の羞恥心をますます刺激した。 
 
たたりさえ使えなければ、今自分が組み伏せているのは、ただの非力な女の子だ。 
どんなに必死になってこの腕から逃れようとしても、それは悲しいほど無力である。 
それがより、乃呂井の征服欲を煽った。 
乃呂井は口付けを続けたまま、制服越しに多々里の体を撫で回し始めた。 
胸から腰へ、腰から太腿へ、ゆっくりと手の平を移動させていく。 
その手つきは先程からの傲慢な口調とは裏腹に、 
不器用ながらもまるで壊れ物を触るかのように優しく、丹念なものだった。 
「んんっ……ん……っ……」 
そんな乃呂井の愛撫に抵抗を見せつつ、 
多々里はしだいに妙な気持ちになってきている自分に気付き始めていた。 
(……なんで……だろ……ヘンな感じ……) 
強引にされているはずなのに、不思議と嫌悪感も不快感もわいてこない。 
深い口付けと、自分の体を這っていく乃呂井の手に対して多々里が感じているのは、 
激しい羞恥心と、その奥でわずかながらも確実に敏感になっていく、甘やかな感覚だけだった。 
ヤナ夫達の時は、ひたすら不快なだけだったのに。その事実は多々里を戸惑わせた。 
(……あたし……あたし、おかしいよ……) 
煩悶している多々里の唇を、ようやく乃呂井は離した。 
「の……乃呂井……、もうやめてよぉ……」 
やっと自由になった口で、精一杯懇願する。これ以上変な気持ちになりたくなかった。 
「……怖いか?」 
多々里を組み敷いたまま、乃呂井が静かに聞いた。 
長く口付けていたせいだろう。少し息が荒い。頬もわずかに紅潮している。 
そして彼の、意地悪く自分を見据えているはずのその眼差しに、多々里は惹きつけられた。 
その眼差しには、絶対的な力の前になされるがままになっている自分への蔑みも、嘲りも含まれていない。 
むしろなぜか、深い愛おしみさえ込められているように感じられた。 
クラスメイト達に馬鹿にされ、見下した視線を向けられることにもはや慣れきている多々里にとって、 
それは俄かには信じがたいことだ。 
思いがけない状況に陥って、自分の感覚がおかしくなっているだけなのかもしれない。 
乃呂井だって、いつも自分をイジメていて、今だってきっと、そのつもりのはずなのだから。 
ただ、その目で見つめられているだけで、動悸が高まり、 
胸が甘くしめつけられてくるのは、紛れもない事実だ。 
こんな風に誰かから見つめられた事は、今まで一度としてない。 
妙に気恥ずかしくなって、多々里は乃呂井から顔をそむけた。 
顔をそむけたことで、多々里の細い首筋があらわになる。 
乃呂井はその首筋を伝うように、下から上へ舌を這わせると、耳朶を軽く咬み、息を吹きかけた。 
「ひ……っ、ひゃぁっ」 
体に電流が走ったような、生まれて初めての感覚に、思わず声を出してしまう。 
「……まだこれからだぜ」 
耳元で囁かれる声にも敏感になってしまっている。 
その声がわずかに上ずっている事に気付かない。 
乃呂井が精一杯強がった上での言葉であることなど知る由もない。 
ただ、おかしな感覚に飲み込まれないようにするのに一生懸命だった。 
抗う力も、自然と弱くなっていく。 
 
乃呂井は多々里のリボンタイを解き、制服を脱がしにかかった。 
緊張でわずかに震える右手で、一つ一つボタンをはずしていく。 
ブラウスをはだけると、彼女らしく飾り気のない、真っ白な下着が目を引いた。 
その戒めを解こうと、背中に手を廻す。 
「や、やだ……」 
さすがに抵抗があるのか、多々里は自由になった左手で、乃呂井を制そうとする。 
乃呂井はその手を捕らえ、再び押さえ込もうとした。 
ふと、多々里の人差し指の切り傷が目に留まった。 
そこまで深いものではないが、まだ真新しく、白い指の腹に赤い裂け目が痛々しく目に映る。 
「……この傷はどうしたんだ?」 
「あ……そっ、それは……今日机の中にカミソリが入ってて……」 
気がまぎれるのか、多々里は乃呂井の問いかけに素直に答えた。 
おそらくクラスの連中の嫌がらせだろう。もはや日常である。 
体の方に目を移すと、今度は脇腹のあたりに青アザがあることにも気付いた。 
「このアザは?」 
「昨日……男子にカバンをぶつけられて……」 
「……じゃあその擦り傷は?」 
「こないだ突き飛ばされた時に転んじゃって……」 
「………ならここの傷跡は?」 
「えっと……先週石をぶつけられた時のやつかな?……あ、蹴られた時の傷だったかも……」 
「………………」 
満身創痍である。 
よく見れば治りかけのものから比較的新しいものまで、様々な傷跡がか細い体のあちこちにある。 
毎日毎日こんなろくでもない仕打ちばかり受けながら、 
よくも相手を怨まずに仲良くしようなんて思えるものだ。 
学校を支配するため、イジメっ子を倒すため、素直に自分の言う事に従って、 
もっとたたりの力をうまく利用すれば、こんな目に遭うこともないのに。 
なぜ他人を憎もうとしないのか。 
なぜ他人をどこまでも信じようとするのか。 
――――そうまでして、友達なんてものが大切なのか。 
つくづく、人を苛立たせる奴だと乃呂井は思った。 
だが一方で、そんないじらしさに、そんな優しさにこそ、おそらく自分は惹かれてしまっているのだ。 
「乃呂井……?」 
「……もう黙ってろ」 
そう言って、乃呂井は掴んだ多々里の左手を口元に寄せると、 
指先の傷跡を舌でそっとなぞり、口に含めた。 
「あ……」 
優しく吸われ、ねぶられる刺激によって、傷口がズキリと痛む。 
しかしその痛みは甘く、指先から全身を浸していくような心地がした。 
――――なんで、こんなに優しいことをするんだろう。 
乃呂井はいつも自分を困らせて喜んでいる、自分勝手で、わがままで、意地悪な男の子のはずなのに。 
それなのに、乃呂井の自分へのひとつひとつの所作に、しだいに心を奪われていく。 
 
多々里が熱に浮かされたようにぼうっとなっているうちに、いつの間にか下着の留め具ははずされていた。 
(あ……何やってんだろ……あたし……) 
気付いた時にはすでに遅く、唯一多々里の肌を守っていたそれはたくし上げられた。 
中学三年生にしては未発達ながら、女の子らしいふくらみが乃呂井の目の前に露わになる。 
初めて見る女の子の体は、男のそれとは全く違って、華奢で、しなやかで、ひどく頼りなげに思えた。 
そっと包みこむように乳房に手を押しあてると、そのいたいけな体はびくりと震える。 
すべらかな肌がしだいに熱を帯びてくるのが、指先から伝わってくる。 
そんな素直な反応を、羞じらう素振りを、愛しく思った。 
張りつめていて、それでいて柔らかなその感触を、乃呂井はしばらくの間味わっていた。 
 
(抵抗しなくちゃ……しなきゃいけないのに……) 
心のどこかで受け入れている。 
今まで人から容赦のない悪意しかぶつけられてこなかった自分にとって、 
こんな風に優しく、誰かに扱ってもらうのは、生まれて初めてだったから。 
不安と戸惑いと、それ以上に先を望む気持ちが、確かにある。 
(……なんであたしは、こんな事されて、イヤがってないんだろう……。 
乃呂井だって、あたしのことをいつもイジメてるはずなのに……) 
なされるがままになっている自分が、乃呂井以上に恨めしい。 
多々里が思い悩んでいる間に、乃呂井は自分の制服を脱ぎ、大人になりかけたその上半身を晒した。 
そして多々里の背中に腕を回し、密着するようにきつく抱きしめる。 
自分よりずっと広い肩幅や胸板を直に肌で感じ、多々里の鼓動はより速まった。 
肌を通して伝わってくる乃呂井の心音も、自分と同様に、速く高鳴っている。 
(ホントに……何考えてるんだろう……。乃呂井も、あたしも……) 
「あっ……!!」 
急に体がビクンと反応した。多々里の胸の先端に、乃呂井が口付けたのだ。 
右手はもう一方の胸を、優しく揉みしだいている。 
「や……、ん……っ」 
胸にうずめられた頭を両手で必死に押しのけようとしたが、びくともしない。 
敏感な部分をなぞり、はじく乃呂井の舌。小ぶりな胸を優しく包み、刺激する乃呂井の指。 
服の上から触れられるものとは比べ物にならないほどの快感が、多々里の体をじわじわと襲っていく。 
乃呂井の頭を押しのけようとしていた腕にも、だんだん力が入らなくなっていく。 
胸への愛撫はそのままに、乃呂井は左手で多々里の太腿をゆっくりと撫で上げながら、 
スカートの中の下着に手を掛けた。 
「あ……っ!ダ、ダメだよそんなとこ……っ!」 
甘い快楽に溺れそうになりながらも、多々里は必死に足を閉じて侵入を阻もうとした。 
が、乃呂井の指は強引に下着の中へ入り込んでいく。 
「やだやだ……っ、やめてよぉ……っ!」 
哀願もむなしく、指はじわじわと奥へ進められ、ついに多々里の秘部へと行き着いた。 
そこは確かに潤みを帯び、その体の昂ぶりを物語っていた。 
元々初心な上、一人っ子で友達もいなかった多々里に、 
男女の情交に関する下世話な知識など得る機会はない。 
それでも、自分の体で理解できる。 
これが、乃呂井にされていることを本当は嫌がっていない、確かな証だということを。 
否定しようのない気持ちよさを感じるたびに、そこはうずいていたのだから。 
乃呂井にそれを気付かれたかと思うと、カアッと体が熱くなってくる。 
恥ずかしくて消えてしまいたい。それなのに、乃呂井の巧みな指に、唇に抗えない。 
「ひぁ……っ!」 
不意に、乃呂井の人差し指が多々里の中に入ってきた。 
差し入れられた指は、内部で円を描くようにうごめき、抜き取られる。 
それが幾度も繰り返された。官能を直接刺激されるような感覚が、多々里をかき乱す。 
悦びの証が奥からますます溢れ出し、乃呂井の指をよりなめらかに、より深くすべらせた。 
「や……っ、ぁ……っ!」 
行き場のない快感を逃がすように、自然と口から上ずった声が漏れる。 
それは乃呂井の情欲をさらに掻き立てるのに十分だった。 
多々里の反応を楽しむように、指の動きはより執拗さを増していく。 
これだけでもおかしくなりそうなのに、乃呂井は、親指で多々里の小さな性感の源までも攻めたててきた。 
「いっ、いやぁ……っ!……あっ、あぁ……っ!」 
全身を貫かれるような甘い痺れ。抗いようのない快感が、多々里の体を支配していった。 
自分の体が自分のものではないみたいで、自分がどうにかなってしまいそうで、怖くなる。 
ある意味それは、今まで受けてきたどんなイジメよりも苦しくて、 
それでいて今まで味わったことのないほど甘美なものだった。 
「のっ、のろいぃ……っ、おねが……っ、も、もうやめ……てぇ……っ!」 
頭が真っ白になっていく中での必死の哀願が通じたのか、 
乃呂井は、多々里への愛撫を続けるのをようやくやめた。 
多々里から手を離すと、その指にまとわりついたものを、舌先できれいに舐めとっていく。 
快感の波からようやく解放されて、荒く息をつくことしかできない多々里は、 
ぼやけた意識の中で、自分の下着がゆっくりと抜き取られていくのを感じていた。 
これから乃呂井が何をするのか、なんとなく分かる。 
――――そして自分が、それを待っているということも。 
 
乃呂井が再び覆いかぶさってきた。 
落ち着いてきていた脈拍が、また速くなっていく。 
「力……抜いてろよ」 
耳元で囁かれる少しかすれた低い声。 
多々里は素直に、小さくこくりとうなずいた。 
乃呂井はゆっくりと、多々里の中に入っていった。 
「っ……!」 
鈍い痛みが体を走ったが、声には出さないで耐える。 
そんな多々里を察したのか、乃呂井は一回り小さな多々里の手を、包み込むように握りしめた。 
自分より大きく、力の強い『男』というものに対して、これまで多々里は恐れしか感じたことはなかった。 
でも今は、その大きさ、力強さが、初めての痛みに怯える自分を安心させる。 
乃呂井の腰が、最後まで沈められた。 
「っ……、はあ……っ、はあっ……」 
互いに詰めていた息が吐き出され、緊張が解ける。 
乃呂井は多々里を、あらためて強く抱きしめた。 
一方で多々里は、痛みの中で、指によるものとはまた違う、甘いうずきを確かに感じていた。 
「……多々里……」 
頭を優しく撫でながら、乃呂井が自分の名を耳元で囁く。 
唇を重ね、軽く舌を絡めてくる。 
多々里はそれを受け止めながら、なんとなく分かってきた。 
(乃呂井は……違うんだ……) 
普段は自分をしつこくイジメていても、同じように自分をイジメている他のクラスメイト達とは、 
多分、きっと、違う。 
何が違うのかまでは、よく分からないけど……。 
 
「……動かすぞ」 
だいぶ痛みも落ち着いてきた。多々里は小さくうなずく。 
乃呂井はゆっくりと腰を動かし始めた。 
「……っ……、ん……っ、んん……っ」 
繰り返し貫かれる度に、言葉にならないほどの甘い感覚が体の中で増幅していく。 
そんな体の変化に合わせるように、乃呂井の動きも少しずつ速く、激しくなっていった。 
「は……っ、あ……っ!ああ……っ!!」 
何も考えられなくなってくる。 
イジメられてばかりのつらい日々も、たった一人の親友と離ればなれになった寂しさも、 
何もかもが、どうでもよくなっていった。 
快感だけが体を、心までも支配していく。 
気の遠くなっていく自分を恐れて、多々里は必死で乃呂井の体にすがりついた。 
「……多々里……っ!」 
乃呂井の方も限界に近づいてきていた。多々里の体を捕らえている腕に、痛いほど力が入ってくる。 
「っあ………!!ああっっ…………っ!!」 
多々里が高みに達したのと、乃呂井が果てたのは、ほとんど同時だった。 
安堵と気だるさが二人を包む。 
脱力感に襲われた乃呂井は、ゆるゆると多々里に体を預けていった。 
その温かい体の重みが、多々里には心地よかった。 
しばらくは何も考えられず、互いの息遣いの音だけを、二人は聞いていた。 
 
 
時間がたって、気持ちが落ち着いてくると、 
先程の行為がかなり大それたものであることに気付き始めて、二人はどちらからともなく体を離した。 
互いに背を向けて服を着直し始める。気まずい空気が流れた。 
乃呂井はちらりと多々里のほうを振り返った。多々里は黙々と制服のブレザーのボタンを留めている。 
強引にあんなことをされて、傷ついただろうか。 
乃呂井は今になって不安になった。 
計画的にやっておいて何を今さらである。しかし、男心は複雑なのだ。 
乃呂井としては、できるだけ優しくしたつもりだった。 
無理やりに抱いておいて勝手な言い分だが、 
それでも他の男達とは違うということだけは分かって欲しかった。 
でもそれはやはり、勝手な言い分でしかない。 
沈黙に耐えきれなくなったのは、乃呂井の方だった。 
「……何か言えよ……多々里」 
「えっ……?」 
多々里が恐る恐るこちらを振り返る。 
「……ああいう事、されたんだから、何か言いたいことあるだろ……?」 
「…………」 
多々里はすぐにまた目をそらした。しばらく沈黙が続く。 
乃呂井がいたたまれなくなった頃に、ようやく口が開かれた。 
「そ……そりゃあ、すごく恥ずかしかったけど……」 
乃呂井と目を合わせないまま、ためらいがちながらも続ける。 
「でも……乃呂井にされたこと、……イヤじゃなかったよ」 
そう言って、少し顔を赤らめた。 
(こんなこと、さすがに日記には書けないよね……) 
思ってもみなかった多々里の言葉に、乃呂井は驚いたと同時に少し安堵した。 
「…………変な奴だな、お前って」 
制服の上着をマント代わりに羽織り、 
所かまわず下手くそなリコーダーを吹いている男にだけは言われたくない台詞だ。 
と多々里が思ったかどうかは定かではない。 
「あ、あは……」 
妙な決まりの悪さと気恥ずかしさが、二人を包んだ。 
今なら、素直になれるかもしれない。 
「た……多々里……、おっ……俺様は……」 
乃呂井が勇気を振り絞って何かを言おうとしたその時、ガラリと音楽準備室のドアが開き、 
おさげ髪の少女が顔をのぞかせた。 
「やだ、多々里、こんな所にいたの?あんたがあんまり遅いから、あたし探してたのよ」 
「ヨッちゃん!!」 
それは多々里の唯一の友人、よし子だった。 
多々里のそばに歩み寄ろうとしたよし子は、 
その後ろに苦々しい顔をして自分を睨み付けている男がいることに気付いた。 
いつも親友に妙なちょっかいばかり出す、いけ好かない小悪党である。 
「何よ、乃呂井じゃない。なんであんたまでこんな所にいるのよ。 
……ははーん、もしかして、ようやく多々里に愛の告白でもするつもりになった?」 
「バッ、バカなこと言うんじゃない!!」 
顔を赤くして必死に否定する乃呂井を尻目に、よし子は準備室の中を見回した。 
光が遮られた薄暗い部屋の中に、奇妙なおふだや怪しげな小物があちこちで目に付く。 
いかにも胡散臭い。 
「ちょっとこの部屋、随分と妙なことになってるじゃないの。 
……乃呂井、あんたまた何か変な事たくらんでたわね!今度は多々里に何するつもりだったのよ!」 
実はもう、『変な事』はされてしまった後なのである。 
それをよし子が知ったら、どんな修羅場になるか知れたものではない。 
これ以上追及されるとまずいと感じた多々里は、すぐさまよし子のもとへ走り寄った。 
「ご、ごめんね、ヨッちゃん。探させちゃって。さっ、帰ろ!」 
そしてまだ何か言いたそうな顔をしているよし子を連れて、多々里はさっさと外に出て行き、 
乃呂井は一人、音楽準備室に残されたのだった。 
 
「ふん……あっさり出て行きやがって……。そんなに友達が大事かよ……」 
少し忌々しく思いながら、乃呂井は部屋の隅々にある呪具や呪符を片付け始めた。 
しだいにいつもの調子が戻ってくる。 
そうだ、そもそも自分は今回、呪いで多々里の力を奪うつもりだったのだ。 
手順は最後まで上手くいった。大成功ではないか。 
「ふふん。まあ、今のうちにせいぜい仲良くしておけばいいさ。 
今回の呪いでより強くなった俺様の力で、お前の友達なんかすぐに引き裂いてやるからな……」 
と、いつもの腹黒い笑みを浮かべながら機嫌よく部屋を見渡す。 
ふと、一枚の呪符がドアの近くの床の上に落ちている事に気付いた。 
……おかしい。呪符は全て壁に貼り付けておいたはずだ。 
そういえば、たたりの力を手に入れたにしては、自分が特に変わった感じは受けない。 
嫌な予感がする。 
「まさか……」 
乃呂井は思い出した。 
多々里がこの部屋に入る際、勢いあまって転んだことを。 
その拍子に貼ってあった呪符が剥がれたのだとしたら……。 
一枚でも抜けていると呪いの効力はないのだ。 
乃呂井はがっくりと力が抜け、激しい落胆と失望に襲われた。 
「くっ……そぉ〜〜!!多々里の奴め!どこまで俺様の邪魔をすれば気が済むんだー!!」 
性質の悪い逆恨み以外の何物でもないが、そこが乃呂井の乃呂井たるゆえんである。 
いつもいつも、多々里に関わる事は自分の思い通りに行かない。 
可愛さあまって憎さ百倍とはこの事だ。 
結局、乃呂井の多々里への恨みはますます深くなっていくのだった。 
 
次の日からは、またいつもの日常と変わらず、乃呂井は事あるごとに多々里に嫌がらせをして、 
その度にたたりのお仕置きに遭うのだった。 
 
(やっぱりあたしには、乃呂井が何考えてるのか、全然分かんないや……) 
 
乃呂井が多々里に勝てる日も、素直になれる日も、まだまだ先のことになりそうである。 
 
 

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