ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて前を行く乃呂井に、見えない力でぐいぐいと引っ  
張られて歩かされながら、多々里は、途方にくれていた。  
 乃呂井の学生鞄を銜えさせられている顎が、いい加減だるくなって、ぶるぶる震えてい  
る。それでも、その鞄を口から外すことは出来なかった。  
 多々里の首に巻き付いているリボンタイに――――昼間、机に入っているのを見つけ、  
「たたりへ」というメモ書きに、てっきりプレゼントかと思って自ら付けてしまった、忌  
まわしいリボンタイに――――込められた呪いが、乃呂井の命令に逆らうことを許さない  
のだ。  
「ほら、タリー、もうすぐ着くからな」  
 乃呂井が勝手に付けた妙なあだ名で多々里に呼びかけ、首のリボンタイに繋がる見えな  
い綱をぐいっと引っ張る。首を仰け反らせ、少しよろけながら、多々里は彼について行く  
他ない。  
 着くって、どこへ? 尋ねたかったが、いかんせん、口は鞄の持ち手で塞がれている。  
 今はもう、人通りの少ない夕方の住宅街を歩いていたのだが、さっきまでは、人通りの  
多い道をわざと遠回りされ、大勢の人の前にこの無様な姿を晒さなければならなかった。  
 その屈辱を思い出し、多々里の胸に悔しさが込み上げてくる。  
「ほれっ、着いたぞ」  
 行って乃呂井が立ち止まったのは、周りに立ち並ぶ瀟洒な家々の中でも一際立派な、屋  
敷とも呼べそうな建物の前だった。  
 黒いアーチ型の門の横の塀に、『乃呂井』という表札がかかっている。どうやら、ここ  
は彼の自宅らしかった。  
「今日からここがお前の家だぜ」  
(えっ?)  
 聞き捨てならない乃呂井の台詞だったが、多々里は聞き返す余裕もないまま呪いの力に  
引っ張られ、家の中まで連れて行かれる。  
 玄関ホールを抜け、階段を上り、二階のある一室のドアの前まで、多々里は連れられて  
いった。  
 『カケル』と書かれた木の札がかけられていることから、そこは乃呂井の自室だとわか  
った。その下に、『勝手に入るな!!』と、血文字のような不気味な赤い字で書かれてい  
る紙が貼ってある辺りが、彼らしいと言えば彼らしい。  
 乃呂井は何も言わずドアを開けると、多々里を中に引っ張り込む。  
「わっ!」  
 よろけながら乃呂井の部屋に入った多々里は、中の様子を見て、驚きに思わず声を上げ  
る。  
 そこは、およそ普通の中学生男子の部屋とは思えないような、異様な有様だった。  
 黒いカーテンが閉め切られいて薄暗く、大きな本棚には呪術書らしき怪しい装丁とタイ  
トルの本がぎっしり詰まっていて、床にまで呪術関係の本が広がっている。その他にも、  
薬草だの、蝋燭だの、不気味な形の人形だの、呪いに使う道具らしきものが部屋のそこか  
しこに置かれ、まるで絵本に出てくる魔女の家のようだった。  
「はあ〜…………」  
 乃呂井らしいといえばあまりにも乃呂井らしい部屋に、多々里は思わず絶句する。こん  
な状態じゃ、部屋に人を(恐らく両親でさえ)入れたがらない様子なのも頷けた。  
 
「なにそこに突っ立ってんだ。座れよ」  
 乃呂井が尊大な口調で言いながら、後ろ手で部屋のドアを閉める。  
 座れと言われてもどこに、と少し戸惑った多々里だが、ベッドの上が比較的きれいなの  
に気付き、その縁に腰掛ける。  
「おいおい、飼い主のベッドに勝手に座るのか? ずいぶん図々しいペットだな。床に座  
るんだよ、ほら、『お座り』!」  
 ニヤニヤ笑いと共に放たれた乃呂井の命令に、多々里の体が意に反して勝手に動く。  
 ベッドから降りた多々里は、正に犬が『お座り』するように、膝を立て、足を広げて床  
にしゃがみ込んだ。スカートの裾が捲れ上がり、中の下着が丸見えになる。  
「きゃん!」  
 当然、隠そうとするが、体が思うように動かない。羞恥のあまり上げた悲鳴も、子犬の  
鳴き声のようにしかならない。  
「くくっ、いい子だ、タリー」  
 乃呂井は、そんな多々里の無様な姿を、くつくつと喉を鳴らして嘲笑う。  
 そして、無造作に多々里に歩み寄ると、自らも片膝をついて身を低くし、緊張と不安に  
身を強張らせる彼女に向かって、ゆっくりと手を伸ばす。  
 そのまま、多々里の体の前で床に付けられていた手を掴み、彼女の恥ずかしい部分を隠  
す最後の砦だったその腕を、無理やり後ろへ退けてしまう。  
「あっ…………」  
 支えを失った多々里は、後ろに傾いて床に尻餅をつく。するとますますスカートの中は  
乃呂井から丸見えの状態になり、どうしようもない羞恥に、多々里は身を震わせるしかな  
かった。  
「いい格好だぜ、多々里…………」  
 嘲るような、しかし、どこか恍惚とした声で、囁くようにそう言いながら、乃呂井は、  
露わになった多々里の白い内股に、つっ…………と指を這わせた。  
「ひっ…………」  
 くすぐったいような、奇妙なその感覚に、多々里は身を固くする。  
「随分ガキっぽい下着だな。おれがその内、もっといいのを選んでやろうか?」  
 からかうように言いながら、乃呂井は、多々里の秘所を包む下着の縁を、ゆっくりと指  
でなぞる。耐え難い羞恥と、徐々に込み上げてくる奇妙な疼きに、多々里は身体を震わせ  
た。  
 その内に、下着の線を辿っていた指がふっと離れ、多々里は安堵に力を抜いた。しかし  
次の瞬間、多々里の秘所を覆う下着の中心に――――つまりは、その下の柔肉の上に――  
――乃呂井の中指が、強く突き立てられる。  
「きゃっ…………ぅんっ…………」  
 子犬のようなか細い声が、喉奥から飛び出す。乃呂井の指が押し当てられている箇所か  
ら、微弱な電流のような痺れが、背筋を通って一瞬で駆け上っていく。  
(なに…………これ…………)  
 知らず知らずの内に呼吸が乱れ、身体の中心が熱くなっていた。たった今走り抜けてい  
った鋭い感覚の正体がわからず、ぼうっとした頭で多々里は考える。  
 
「きゅっ…………くぅっ、ん…………」  
 突き立てられた乃呂井の指が、そのまま下着越しに多々里の秘所を引っ掻く。その下の  
割れ目をなぞるように、何度も、何度も…………。  
「くぅんっ…………ふ、くぅっ…………んっ、んっ」  
 乃呂井の指が下着の上を往復する度に、断続的に軽い電流が身体の中心を駆け上ってき  
て、多々里は幾度か腰を跳ねさせ、首を仰け反らせた。  
「感じてるのか? くくっ、口ではいつもいいコぶってる割に、随分と淫乱な奴だな。ほ  
ら、だんだん、湿ってくるぜ…………」  
 恥辱を煽るような言葉を囁きながら、乃呂井は、反らされた多々里の白い喉に口づけ、  
舌を這わせる。熱く、柔らかく、濡れたその感触に、ぞくぞくと寒気にも似た――――し  
かし決して不快感などではない――――感覚が、多々里の身体を支配する。  
 そして、乃呂井の言葉通り、多々里の秘所は熱を帯びてとろけ始め、それを包む下着は  
内奥から染み出た蜜を吸い、湿り気を帯びつつあった。  
(い…………いやだ…………いやだよぉ…………)  
 多々里は、熱い吐息を吐きながら、ぎゅっと目を瞑る。  
 自分の身体を支配しているのが紛れもなく快感であることは、もはや多々里自身にも疑  
いようのないことだった。だからこそ多々里は、こんな屈辱的な仕打ちを自分の身体が悦  
んでしまっている事実が、到底受け入れがたかった。  
 固く閉じた目蓋の間から、涙が染み出てこぼれ落ちる。  
 喉に這わされていた乃呂井の舌が、顎を伝い、次に、その涙の跡をなぞり、耳の付け根  
をくすぐった。  
 秘所に這わされていた指も、往復を繰り返しながら徐々に上へ上へと移動していく。そ  
して、薄布の下でその存在を主張し始めていた、少女の一番敏感な部分に差し掛かると、  
その指は引っ掻くような動きをやめた。代わりに、親指と人差し指も加えて、三本の指で  
その肉粒を強く抓む。  
「んあぁぁっ…………!」  
 そこを捕らえられた瞬間、一際強い電流が、多々里の全身を駆け巡った。紛れもない人  
間としての嬌声が、多々里の喉を大きく震わせた。  
「くくくっ…………一瞬でシミが広がったぜ。そんなにここを嬲られるのが好きだったか」  
 乃呂井が、敏感すぎる多々里の反応を責め立てるように耳許で囁く。それすらも、今の  
多々里には被虐的な快感を与えてしまう。  
「あっ…………ふ、あぁっ…………」  
 今度はそれほど激しく指を動かされない、ただ抓まれたままでいるだけなのに、断続的  
な甘い痺れが、腰全体に何度も広がる。  
 それだけでは飽きたらず、身体は更なる刺激を求めて自ら動こうとしてしまう。  
 しかし。  
「おっと。この辺で止めておこうか」  
 唐突に、乃呂井が多々里の身体から身を引き、何の刺激も与えなくなった。  
「えっ…………」  
 中途半端に高められて放置され、耐え難いほどの疼きを感じた多々里は、思わずそう声  
を上げる。しかし、見下ろしてくる乃呂井に唇の片端を歪められて、はっとし、自分の上  
げた声の中に不平の響きが混じっていたことを、激しく恥じた。  
「ま、お預けってとこだな」  
 からかう口調でそう言いながら、乃呂井が立ち上がる。  
「……………………」  
 多々里は、乃呂井の行動の真意がわからないながらも、何も言わず、いつの間にか自由  
になっていた身体で、捲れ上がっていたスカートの裾を直し、きちんと座り直した。  
 
 
なんだか、わけがわからなかった。陵辱が中断されたことに安堵はしつつも、なぜ唐突  
にやめたのかは疑問に感じる。良心が咎めた、という風にはとても見えない。  
 しかし、乃呂井に直接尋ねるようなこともしなかった。聞いてもはぐらかされるか、せ  
いぜいからかいの種にされるとしか思えなかったからだ。  
 ベッドの向かいには、どこの中学生でも持っていそうな木製の学習机があり、異様な雰  
囲気を持つ乃呂井の部屋の中で、それだけが妙に浮いていた。乃呂井は多々里に背を向け  
る形で、その机に向かって腰掛けると、急に押し黙ってしまった。  
 ますます、乃呂井の行動の意味がわからなかった。部屋の中に気まずい沈黙が流れ、多  
々里は居心地の悪さを感じながらじっとしていた。しかし、ふと、乃呂井が自分に背を向  
けたまま動く様子がないことに気付き、もしかしたらこの隙に逃げることができるかもし  
れない、と考える。  
 ドアに鍵はついていない。ノブを回せば、すぐに開けて出られるということだ。呪いで  
引っ張る力がどのくらいの距離まで効くのかわからないが、効かないところまで離れるこ  
とができたら、少なくともこの場から立ち去ることだけは出来るかもしれない。  
 この呪いが解けるまでは、とりあえず乃呂井の近くで様子を見ようと多々里は思ってい  
た。しかし、さっきのことで、このままここにいたら色々と危険だということがわかり、  
一刻も早くここから逃げなければ、と考えを改めていた。  
 音が立たないように、じりじりと、静かにドアの方へ近付く。乃呂井が気付く様子はな  
かった。とうとう、ドアノブに手が届く。多々里は、そっとノブを回した。  
 ノブは、全部回った。しかし、ドア自体はびくともしなかった。  
(え? どうして?)  
 頭がパニックになり、思わずガチャガチャとノブを左右に回してしまう。  
「お前は本当にバカだな」  
 背後から、含み笑いの交じった、可笑しくてたまらないというような乃呂井の声が聞こ  
えてくる。  
 振り返ると、ニヤニヤと悪魔のような笑みを浮かべた乃呂井がこちらを見ていた。  
「逃げようったって無駄だ。この部屋全体に呪いがかかってるからな。俺以外の人間には、  
勝手にドアを開けたり外に出たりできないようになってるのさ」  
「そ、そんなぁ…………」  
 絶望的な気分で、多々里は弱々しい声を上げる。  
「言ったろ、今日からこの家がお前の家だって。ま、正確に言えば、この部屋がお前の家  
だがな。一日中、この部屋で過ごすんだ。食事もトイレもここでしてもらうぜ」  
「い、嫌だそんなの! 絶対嫌だよ!」  
 乃呂井のとんでもない言葉に、多々里は思わず悲鳴を上げる。  
 食事はともかく、トイレまでここでしろなどという命令は、思春期の少女である多々里  
には、到底受け入れがたかった。  
 それに対する乃呂井の答えは――――  
「そうか。嫌ならいいぜ、帰してやっても」  
「へ?」  
 やけにあっさり聞き入れた風の乃呂井の言葉に、多々里は拍子抜けする。  
 乃呂井は、意地の悪い笑みを浮かべて、言葉を続ける。  
「ただし、お前の持ってる祟りの力を利用して、俺と一緒に学校を支配すると、今この場  
で約束すればな。そうすれば、少なくとも家には帰してやるぜ。俺のために忠実に働いて  
くれれば、その内リボンの呪いも解いてやるよ。そのときは俺様のペットから、右腕に格  
上げってとこだな」  
「……………………」  
 そうか、最初からこうやって脅すつもりだったんだ…………。多々里は心の中で呟く。  
 先程受けた辱めも、「逆らわない方が身のためだ」と思わせるための、一種の脅しだっ  
たのかもしれない。中途半端なところで止めたことも、そう考えれば合点がいく。  
 
「さあ、どうするんだ?」  
 乃呂井が、急かすようにそう尋ねてくる。  
「どうするって…………そんなこと…………」  
 多々里は口籠もる。そんなことには協力できない。かつて同じ誘いを受けたときと、答  
えは一緒のはずだった。  
 しかし、ここで断れば、待っているのは乃呂井の部屋での監禁と、どこまで酷いことを  
されるかわからない辱めだ。流石の多々里も即答はできなかった。  
「なんだ? 何を迷ってる?」  
 押し黙ってしまった多々里に向かって、更に畳みかける乃呂井。  
「また前みたいに、それじゃますます友達ができなくなるから、とか言うんじゃないだろ  
うな? バカな奴だ、現実をよく見てみろ」  
 鼻で笑いながら、乃呂井は残酷な言葉を次々と投げかけてくる。  
「いいか、お前は生まれついてのいじめられっ子。学校の支配者になろうがなるまいが同  
じだ。友達なんか、一生できっこないね。もともとお前には、二つの道しかないのさ。こ  
の俺様に縋りつくか、周りの人間にいじめられ続けるか。そのどっちかだ」  
 矢のように突き刺さってくる乃呂井の言葉を、多々里は否定することができなかった。  
 多々里は今まで、学校でどんな辛い目に遭っても、いつか友達ができる、いつかクラス  
のみんなとも仲良くなれると、懸命に希望を持ち続け、毎日学校に通い続けてきた。  
 しかし、クラスメイト達の態度のあまりの冷たさ、残酷さに、自分には友達を作ること  
など無理なのではないか、自分はずっと独りなのではないか、という不安に、本当はいつ  
も駆られていたのだ。  
 乃呂井の言葉は、そんな自分の内なる声と、ぴったり重なって聞こえた。  
「あたしは…………」  
 多々里は迷った。悪いことに誘われて、生まれて初めて迷った。  
 ここで首を縦に振れば、自分は楽になれるかもしれない。少なくとも、ここから自由に  
なれることは確かなのだ。それに、持っていてもしょうがない希望なんて、捨ててしまっ  
た方がいいのかもしれない。  
 しかし――――本当にそれでいいのだろうか。  
 呪いや祟りの力でみんなを無理やり従わせて、今以上にみんなに憎まれて、疎まれて、  
怯えられて――――。  
 そんな日々が、本当に、今より幸せだと言えるだろうか。  
「前に…………言ったとおりだよ」  
 震える声で、しかしはっきりと多々里は言った。  
「あたしは、絶対にそんなことに協力する気はないからね」  
 
 

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