「はぁ、はぁ、はぁ、」
がばっ
「夢か…最近、いつ見てもいやな夢だ…。」
雅孝はいつもの事のだと思いつつ布団から身体を乗り出す、どういう訳か彼は「夢」それも悪夢を見るらしい、人によって夢の良し悪しは異なるが、雅孝にとっては悪夢と認識される、その証拠に…。
「またか…。」
健康な男児の証拠である刻印が彼の寝巻き代わりにしているジャージに刻まれていた、雅孝は風呂場の前の脱衣場に向い洗濯機に自分の着ていた寝巻きをぶち込む。
ピッ
グイ−ン
ボタンを押し、洗濯機が作動したのを確認したあと雅孝は時計に目を張る、
「六時前か…学校へ行くにしては早いな」
生憎所属している柔剣部の朝練は今日は無い、雅孝はそんな事を寝ぼけた頭で考えていた。
「はっくしゅん」
自分が全裸だった事に気づき、それと同時に雅孝は下半身を見ていた。
「…風呂に入るか」
少しの沈黙の後、雅孝は風呂のドアを開ける。
ガラガラ
「えっ!?」
誰も居ないはずの風呂場から声が漏れる、先客がいた、それも女性、自分よりも年下であろうその人が…。
園家現当主 園円 だった。
チュン チュン チュン
午前五時三十分、夜が明けるこの時間、鳥の囀りと共に園円は起床した。
(ちょっと早かったかな?)
枕もとの時計に手を取り、自分が目覚ましよりも早く起きてしまったことに対してそんなことを思う円だった。
カチっと目覚ましを止め布団から剥いでると、円はふと横を見る、
「寝顔はこんなに可愛いのにね。」
円の横でスヤスヤと寝ている男、高柳雅孝を見て呟く、
「よいしょっと。」
布団をたたみ、勝手知ったる我が家のように押入れに布団を入れ終えると、円は六畳一間の端にあるたんすに向かう
手を合わせ、箪笥の上にある写真に礼をする、写ってる人物は円の両親…遺影
「お父さん、お母さん、円は今日も一日見守ってください。」
一日の始まりを亡き両親に報告する、円の日課の一つだ、
報告を終えると円は着ている、パジャマも上からエプロンを付けながら台所に向かう
「〜♪」
鼻歌を歌いながらガスに火をつけ朝食の支度をする、男所帯の高柳家にはとても頼もしい戦力だ
グツ グツ グツ タン タン タン
鍋の煮える音と包丁が食材を刻む音が同時に木霊する、時間にして僅か10分弱、自分と雅孝二人分の朝食を作り終える、どうやら、この家(築25年のアパート)の主である雅孝の父は会社で残業で帰ってこなかったらしい
「六時前、まだ、時間があまってる…」
円は壁に掛けてある時計に目を通す、普通ならこの時刻、柔剣部に所属している雅孝は朝練の筈なのだが、
今日は無いと昨日の内に聞かされていた円だった。
(ぐっすりと寝ているね)
そんな事を思いつつ、円はエプロンを仕舞い台所の横の部屋でパジャマを脱ぎ裸になる、もう一つの日課「湯浴み」である
「〜♪〜♪」
鼻歌交じりに風呂場の扉を開く、どうやらご機嫌のようである、
水道の蛇口をキュッと捻りシャワーから水がチョロチョロと出だす、適温と感じたところで円は蛇口をクイッと捻る、ザーザーと湯の音が出る中円は肢体を万遍無く濡らす、
髪を 首を 胸を 腹を 腰を 足を 最後に両腕を濡らし蛇口をキュッと止める、
円の全身、これから成長していくであろう身体からは、湯の雫がツルッと落ちていく
髪から肩に 肩から腕に 口から喉に 胸か股に 腰から足に
ポタポタと風呂場の床に雫が落ちる、瑞々しく湯で濡らされた艶かしい姿態、最後にブルブルッと首を左右に動かす
シャンプーのボトルを取り、蓋を開け、液を手にとる、程よく泡立て髪に付ける、ゴシ ゴシ ゴシ と満遍なく髪を洗う
円は髪を洗うときに考えごとをするこれはクセだった。
(石鹸が目に入るのやだなぁ)
(新しい学校馴染めるかなぁ)
(…あの人…私のこと、どう思ってるんだろう?)
そんなことを考えながら蛇口を捻り湯を出す、シャワーから湯がザァザァと流れる、円の髪から泡が流れる
円は、ぼーっと考えていた、その人の事を、その答えを…そんなとき、
ガラガラ
「えっ!?」
不意を喰らった様に扉は開き、声を漏らす、その人は現れた、円の思い人…。
高柳雅孝が
誰もいない筈の風呂場に先客がいた事で雅孝は状況を理解するのに苦労していた、
「えっ!?」
それは風呂の先客の円も同じ事で、不意を打たれたかの様に言葉を漏らす、
円はただ黙って立っていた、彼女の身体から石鹸の泡が流れ、
湯煙でところどころ見え辛くなるが、おしげもなく裸体を露わにしている
少しの沈黙が辺りを支配し、シャワーの音が異様に大きく聞こえる
(きれいだ、円ちゃんの裸…。)
(いや、何で?円ちゃんが裸なんだ?)
(いや、風呂場だから好いんだよな?)
(て、言うか僕は何考えてんだ…!)
円の裸を前にしてもマユ一つ動かさない(動かせない)雅孝だが、彼の中では壮絶な戦いが繰り広げられる、どうやら、寝惚けは一気に覚めはしたものの、今おかれている立場を理解しようとするのに苦労しているらしい
(そういえば、円ちゃんはーっ!!)
思考を一時停止し、円を見ると・・・、
「……。」
円はただ黙って凝視していた、雅孝を…。
(円ちゃんは何を見ているんだ…?)
円の視線を辿って行くと…。
「…はっ!!」
今まで一言も発していなかった雅孝だが、彼は思い出した、自分も裸なのを…、
そして、朝の自然現象と「彼の中の壮絶な戦い」も合間って、勇々とそびえ、いきり立つ自分のナニの存在を…。
(この状況はかなりやばいんじゃないか…、いや…、話せば解るさ)
自問自答する雅孝、そして視線を円に戻すと…。
「あっ…。」
「あっ…。」
円と視線が合い、雅孝と円がハモる、
「………………。」
先ほど自問自答していた時よりも長い沈黙が流れる、蛇に睨まれた蛙のような感覚が雅孝と円を支配する。
(ヤバイ…こう言うときは何か、何か喋らないと…。)
雅孝は内心焦り、解決策を練っていたが…。
(えっ……円ちゃん、ちょっと!!)
円の表情がどんどんと強張り出し、ついには泣き出しそうな表情になる、そして…。
「&###&$##¥$%##!!!!!!!!!」
とても言葉では表せないような、円の叫び声が辺り一面に響いた。
「ちょ、ちょっと、円ちゃん……。」
泣き叫ぶ円を静止しようと、雅孝は一歩踏み出て手を差し伸べるが
「いやぁぁぁ!!!」
円はそんな声も聞こえてはいないらしく、足元に措いてあったシャンプーボトルを雅孝にぶつける。
ヒュッ!! ガン!!
シャンプーボトルが空を切り、雅孝の頭にヒットし、床にポテッと落ちる、
「嫌だやだやだやだやだぁぁぁぁぁ!!!」
赤面し、錯乱し、絶叫し、周りにある物を次から次に雅孝に投げ付ける円、リンスボトル、風呂桶、牛乳石鹸、育毛剤、アヒル隊長…。
ドテ ドテ ドテ!!
「痛て、いて、いて、止め、止めて、円ちゃ…」
円の投げつけたものに、ことごとくぶつかる雅孝、もう一歩前に出たその時…
ツルッ
雅孝の踏み出た足の下に、先ほど円の投げ付けた牛乳石鹸が挟まる、雅孝はバランスを崩しそのまま円にむかって倒れこむ形をとる
「えっ……やば、円ちゃん、ど、どいて。」
これは円にとっても予想外だったらしく、呆気に取られた声をだす
「へっ……雅・孝君!?」
円に向かって倒れこむ雅孝、雅孝の唇が円の唇に近ずき…。
ちゅっ
ドシーン!!!!
高柳家の風呂場に、二度目の騒音が走ったのは、六時五分のことだった、一度目は円、二度目は雅孝だった
「…痛っ!?」
騒音を走らせたあとに発した言葉はそれだった、苦痛に顔を歪めながら…。雅孝は不慮の事故とはいえ円を下敷きにしてしまっていた
何故彼が苦痛に顔を歪めてるかと言うと、
倒れる瞬間に円の頭を両腕で守り、両膝を円の身体より外に出し中腰に倒れていた
全体重を円に掛けまいとしての雅孝の咄嗟の配慮だった…。
「円ちゃん…大丈夫?」
雅孝は言葉を掛けながら円の顔を近づけて両目を視る、円の眼は開いてはいるがおぼろげだ…。
(大丈夫だよな…円ちゃん…。)
(……俺が悪いよな。)
(・……濡れた髪の毛が綺麗だ。)
ザーッとシャワーの流れる音が浴槽を包む、先ほどから流しっぱなしだ…、雅孝の身体と円の身体にシャワーの粒が当たる
「円ちゃ・・・っ」
円に声を掛けようとした雅孝だが、その声は遮られてしまう、円が雅孝の首に手を回し
雅孝が円の顔を近づけた以上に顔を近づける、円の目はまだおぼろげだ、円の唇と雅孝の唇が触れ合う…。
雅孝人生二度目のキスだった…。