それまでの雨がちな日々が嘘のように、すっきりと晴れた毎日が続いた。  
太陽がギラギラと光を浴びせ、アスファルトがひどく熱い。額に汗が浮いてくる。  
「…………ふう」  
それを手の甲でぬぐって、僕は道路の反対側を見上げた。  
まるで責めたてるかのように、四方八方からの蝉の声。  
 そこは、円ちゃんを見かけたあの道路だった。とりたてて何の変哲も無い、ただの道だ。  
それを挟んだ反対側も、「そちら側」というほど隔絶されたものではない。  
車は相変わらず活発に行き交い、あちらの歩道では、犬を連れた若い女性が、背筋を伸ば  
して歩いていった。  
――――当たり前だよな。何を真剣に考えてんだ、俺は。  
苦笑して、再び歩き始める。  
それも、毎回ここで立ち止まって、同じように繰り返される思考だった。  
 
 
 様々なものが入り混じって、僕の心に絡みつく。  
「――――――はっ!」  
ズダンッ、と打撃音が耳に快い。  
続けざまに蹴りを叩き込む。サンドバッグを宙につなぐ鎖が、カチャカチャと音をたてた。  
 罪悪感、嫌悪感。嫉妬、羨望、裏返しの憎悪。  
僕は、僕自身に灼かれていく。じわじわと侵食されるのがわかる。  
それでも、僕は戦う。――――何のために?  
 ビリビリビリッと、踏み込みで空気が痺れる。僕はここのところ、ずっとサンドバッグ  
に向かっていた。対峙するのは己自身だ。  
 ダンッ! 衝撃で床が揺れる。  
この心がなくなってしまえば、どれだけ楽なことか。それでも、もがき苦しんでこそ僕と  
いう人間なのか。  
「ふうっ…………!」  
僕は砂の袋を叩き続ける。  
幾日も、幾日も。  
 
 
何の前兆もなく。  
それらはもつれ合い、絡まりあって一つのしがらみとなり  
どこか見えないところに転がり去っていった。  
 
 それは不思議な目覚めだった。  
「……………………?」  
天井の、蛍光灯から垂れ下がったスイッチの紐の先が、小さく円を描くように揺れている。  
 恐る恐る、身体を起こしてみる。  
 いつもの、僕の家の六畳の部屋だった。何か――まるで、就寝した記憶の無い朝のよう  
な、――なんだろう?  
 窓から、薄明るい光が射し込んでくる。敷布団の脇に置いた時計を取り上げると、まだ  
五時を少し回ったところだった。  
 何のことは無い、普通の朝だ。  
 二度寝する気にもならないので、とりあえず布団から出て、まずは洗面台に向かった。  
 
 
 昼過ぎから、ぽつぽつと空から水滴が落ち始めた。  
 久しぶりのそれは、心を潤すほどのものでもなく、ただ降り続ける。  
 
 
「……なんか……つまんない…………」  
「うん、まあ………………ヒマだね」  
雨音が、がらんとした道場に響く。  
その隅っこで僕と円ちゃんは、2mぐらいの微妙な間隔をとって座っていた。  
 部長も先輩たちも、みんなもう帰ってしまった。少し離れたところで、亜夜ちゃんも帰  
り支度をしている。  
 雨は、止まない。  
 
「お先に失礼しますね、先輩」  
靴を履き終えた亜夜ちゃんが、僕に声をかけた。  
「うん、お疲れさま」  
僕の返事を聞いて踵を返そうとした彼女の動きが、しかしその途中で奇妙に止まった。  
そして表情が少し揺れて、亜夜ちゃんはもう一度こちらを振り返る。  
 少し言いにくそうに、彼女は口を開いた。  
「あの、先輩………………何か、ありました?」  
「え? ううん、別になにも。どうかしたの?」  
そうですか、いえ、それならいいんですけど……そう言って亜夜ちゃんは少し笑う。  
「何でもないです。じゃあ先輩、また明日」  
「……? うん、また明日ね」  
亜夜ちゃんは軽く頭を下げて、傘を広げると雨の中に出て行った。  
その姿はやがて雨にかき消されて見えなくなっていく。  
 
「いいの? ――亜夜ちゃん、傘二つ持ってたのに」  
円ちゃんが、膝を抱えた腕に口元をうずめたまま、呟くように言った。  
 雨を避けて帰る手段を持たない僕たちは、実を言うと、降りしきる雨を前にして途方に  
暮れていたのだ。  
「それなら円ちゃんだって、借りようと思えばできたと思うけど」  
それに……僕は知っていた。亜夜ちゃんの鞄の中の折り畳み傘は、誰のためのものなのか。  
 
 入り口から見える外界は、早くも影の色を濃くし始めている。  
 雨足は、衰えるところを見せない。  
「んんん、そうだけどー、…………」  
円ちゃんの言葉は、その先に続かない。  
「ねえ、円ちゃん」  
何か言葉を捜していた様子の彼女は、ひょいとこちらに顔を上げる。  
「どうせまだまだ雨だろうし、話でもしようよ」  
僕は、円ちゃんについて知らないことがまだまだ多い。  
 雨は、しばらく止みそうになかった。  
 
 
 
「――――”あの人”って?」  
「……えっと、赤羽筆頭の、……ちょっと待って。あのね、」  
「なに? 似顔絵描くの? はい、紙いる?」  
「あ、ありがとう! えーと、いつも白いスーツで、目が細くて」  
「ふんふん」  
「右手はいつもポケット、髪型が無重力なの。こんなかんじ」  
「――――――え? これ? ……人?」  
 
 
「なんか、”あの人”のところにいる間、ずっと洗脳みたいにされてたみたいで」  
「ああ、部長も何かの術をかけられてたんだろうって言ってたけど」  
「うん、だから、その間の記憶は、本物じゃないのもあると思う」  
「…………」  
「その間の時間は、何だったのかな? 騙されて、利用されて、なんかバカみたい」  
 
 
「そのとき”あの人”のこと好きだなんて思ったのは、絶対、その――術? のせいだと  
 思うんだけど、」  
「うん?」  
「でも、”あの人”はアイツの方にばっかり構っている気がしたから、  
 だから円……アイツのこと嫌いだった」  
「”アイツ”? ――――――ああ」  
 
「アイツか」  
 
 
 布団の上に乱れた円ちゃんの髪を見下ろしてから、首筋を舌でたどって、さらに下へと  
伝い降りて、鎖骨をなぞっていく。  
 下着姿の彼女に、丁寧に、僕のしるしを一つ一つ刻んでいく。  
「ひ…………んっ………………」  
円ちゃんの肩が小さく震えた。僅かな吐息も、夜の雨の音に消されそうになる。  
今日は、父さんは帰ってこない――だから、時間を気にする必要はない。  
 彼女の肩口に舌を這わせながら、ブラのホックを外す。自分の呼吸が耳の裏に響いて、  
視界が一層熱を帯びてくる。  
 
 ブラが取り除かれて外気に晒された乳白色のふくらみに右手を伸ばす。  
すべすべとした肌触りを楽しみながら、左手を太股の間に移動させた。  
右手で胸の先端をつまみ上げて、コリコリと刺激する。  
「や、ん……んんっ……!」  
左手の指で何度もショーツの上からスリットをなぞっていると、徐々に湿り気を帯びて  
くるのがわかる。  
 右手を胸から離して、そこで震える小さな突起を口に含んだ。  
「んぁぁっ…………!!」  
円ちゃんが軽くのけぞる。それに気をよくして、唇と歯、舌を使ってそのしこりを弄び、  
さらに舌の表面のざらざらでこすり上げる。  
 それに円ちゃんが反応したのを認めて、僕は少し動きを止めた。  
 
「……円ちゃん?」  
「え? な、に…………?」  
「ううん、呼んでみただけ」  
「ええ? 何それっ、――――……んっ」  
もう一度蕾を咥えて甘く噛むのと同時に、左手をショーツの中に滑り込ませる。  
秘裂の間に指を押し当てると、入り口までずぶりと容易に沈みこんだ。  
中指を立てて、さらに奥へと進ませる。  
「ひぅっ………………!」  
指を折り曲げると、彼女の中がそれを締め付けてきた。  
 
一度引き抜いて、今度は人差し指と二本一緒に入れてみる。少しきつい。  
「や、んんッ!!」  
指を曲げたまま、中を少しずつかき混ぜ始める。  
奥から愛液が溢れてきて、指に絡みついてきた。  
荒い息で、窓の外の雨音がだんだん遠くなっていく。  
 
 
 
「切り捨てて、その断面が見えると、体の奥がぞくぞくするの……」  
「”あの人”がね、すごくきれいな傷跡だ、ってほめてくれたから」  
「斬ることが、すごく好きだった。今でも、」  
「イヤだって思っても、すぱっと切れた痕を見ると、すごくどきどきする」  
「それに、他にもいろいろ……例えば」  
「この人を斬ったらどんな断面が見えるんだろう、って」  
 
そう話す円ちゃんは目を伏せて、重たげな表情をしていたのに。  
剣を振るうたび、”断面”が現れるたびに、彼女の目は熱い輝きを増していく。  
 
 
 
「んんんんっ…………!!」  
びくっ、びくっと彼女の身体が痙攣する。  
その表情はうるみきって、まだあどけない顔つきとのギャップに胸を衝かれる。  
あふれ出す愛液で、ショーツの中はどろどろになっている。  
「あ、ァ――――――――…………」  
左手で、もっと彼女の中をかき乱す。  
中の二本の指が強く締め付けられる、その間が短くなってきた。  
 
このまま、イッちゃうかな。  
そう思って、一旦動きを止めてみる。  
そして身体を少し離し、ショーツの中から左手を引き抜いた。  
「………………ぁ…………?」  
円ちゃんは呆然としたように声をあげた。  
 
「……してほしい?」  
「え? な、に…………」  
「言ってよ、円ちゃん」  
それはほんの悪戯心だったのだけれど。  
円ちゃんの濡れた目が、縋るように僕を見上げた。  
口が何か発しようとするかのように動き、続きをねだっていることは十分に伝わってくる。  
「や、あぁぁッ……! ねえッ――――――」  
耐えられなくなったのか、彼女は泣き出しそうな表情になってきた。  
眉がひそめられて少し寄り、細められた目に涙がだんだんとにじんでくる。  
 
目に不思議な光を湛えたまま、彼女の全身は刺激を求めてぶるぶると震えはじめた。  
「なん、でぇっ――――――……?」  
なんだか、かわいそうになってきた。  
「ごめんね、円ちゃん。ちょっと言ってみただけ」  
でも何故かほっぺたが緩み、甘い笑いが浮かんでしまう。  
髪をそっと撫でると、それだけで彼女はビクッと反応した。  
「んっ…………」  
ちゃんとイカせてあげるから。それは口に出さず、再び左手をショーツに伸ばす。  
中はぐしょぐしょだった。その指で入り口を、輪を描くように刺激する。  
「ひんっ、…………はや、くっ――――――」  
それを合図に、二本の指を挿入した。  
 
「んんぁッ――――――――――!!」  
円ちゃんの細い肢体が硬直した。  
その首筋に口付け、挿入した指を動かす。  
陰核を親指でぐりぐりと押し潰しながら、思い切り突き入れて、中をかき回す。  
「ひ、あ、んんっ、ィィィッ……!」  
彼女の中が、脈打ちながら指を締め付けてきた。  
そこからはぐちゅぐちゅと、濡れた音がする。  
腰が、ガクガクと上下し始めた。  
「もお、ダメェ…………!」  
僕は彼女の首をめいっぱいしゃぶり尽くす。  
収縮の間隔が狭まってきた。とどめとばかりに、陰核を弾き上げ、指を奥で暴れさせる。  
細い腕が、ぎゅ、と僕の首にしがみついてきた。  
「あッ、イ、っ――――――――――!!!」  
 
 
 
話が尽きても、まだ雨は降り止まず  
僕らは結局、強行突破の道を選んだ。  
外に出て道場の扉を閉めながら、あーあ、何で傘持ってこなかったんだろう、と悔やんで  
みる。もちろん、いまさら無駄なんだけど。  
 円ちゃんは不安そうに雨降りの空を見上げている。  
濡れるのはイヤだけど、いつまでも道場の屋根の下、って訳にもいかないしなあ。  
 
「円ちゃん、……いい?」  
「うん!」  
 
僕たちは、雨の中を一気に駆け出す。  
薄明るく薄暗い空の下、水たまりを跳ね上げて、時折目を見合わせて笑う。  
急いでいるようないないような、とにかく僕らは笑いながら地面を蹴って、  
遠くの明かりのほうへ、駆けていく。  
 
 
 
「――――ちょ! まっ、待って待って円ちゃん!!」  
「なんで? いやなの??」  
僕のトランクスをずり下ろしかけたまま、円ちゃんは微妙な表情で見上げてくる。  
さっきまでとは形勢は逆転して……元気になってる一部分が布に引っ掛かって変な気持ち。  
「いやっていうんじゃないけど、でも」  
やっぱり、その、まだ中学生の女の子に、その。いまさらだけど。  
 
「だって円、いつも…………」  
円ちゃんは少し目を泳がせて何か言おうとしたけれど、途中でやめたらしい。  
「ううん! いいもん」  
「え? 円ちゃん?」  
きゅっ、と真っすぐな目が僕を捕えてきた。  
「……いやなの? ホントはやなの、私のこと」  
「えッ!!? そ、そんなことっていうかむしろ、いやでもほらやっぱ  
 
 わっ!??」  
 
隙をつかれて、僕のトランクスは一気に下ろされてしまった。  
「…………ゎー」  
いや、あの円ちゃん、そんなに見られると恥ずかしい……  
恥ずかしいけど、視線を感じてそこに血が集まっていくのがわかる。  
 
まじまじとソレを注視していた円ちゃんが、おもむろに顔を近付けてきて、  
「え、ッ!! 待っ、――――――ああッ」  
なんか温かいものが当たって、先っぽをつついてくる…………!  
柔らかい舌が鈴口を動き回って、根元の方にも降りてきた。  
「ま、どか、ちゃ…………ッ」  
ううう。ぞくぞくとした何かが背筋を這い上がる。  
ぬめぬめする、温かい、こんな…………目を開けていられない。  
円ちゃんの髪が太股の内側に当たる、添えられた指の感触、  
「う、あっ………………」  
腰が、勝手に動きだしてしまう。  
円ちゃんの、口で、僕がっ……!  
や……やばい、やばいやばいっ!!  
「…………ス、ストップ!! 円ちゃん、止めっ……!」  
 
「……………………?」  
僕の言葉で、円ちゃんは素直に口を離した。  
波が去るまで、少しの間、僕は目を閉じてぐっと耐えた。  
ひとまず治まって、ため息をつく。あっぶない、暴発しちゃうところだった。  
 
円ちゃんはよく分かってない顔で僕を見ていた。  
「――――……円ちゃん」  
手を伸ばして、その細い体をぎゅっと抱き締めた。  
そのままゆっくりと、もう一度布団の上に押し倒す。  
「……いい?」  
「うん」  
足の間に割って入って、先端を入り口に押し当てると、先ほど絶頂を迎えたばかりのそこ  
は、既に十分過ぎるほど潤っていた。  
ゆっくりと腰を進めていく。下手するとすぐにでも出てしまいそうだ。  
「ひんっ…………」  
円ちゃんの体がびくっ、と反応した。それが僕にもダイレクトに伝わってきて、腰のあた  
りがひどく痺れる。  
「ふ、ううっ……!」  
息を吐きながら、やっと奥まで挿入した。  
つながったまま、再び体を重ねて彼女を抱き締めた。  
温かくて、円ちゃんの温かさがしみてきて、何だか胸の奥が痛い。  
円ちゃんは何やら落ちつかなさそうな様子だったけれど、それでも少しすると、おずおず  
と僕の背中に腕を回してきた。  
――――ねぇ。もうここは”あの人”のところじゃないんだ、だから、  
こっち見ててよ。大丈夫――大丈夫だから。  
 
「…………動くよ」  
「う、ん……」  
ゆっくり、本当に緩やかに動き始めた。  
「――――――……んっ…………」  
できるだけ、彼女の中を味わいたい。そう思って必死にブレーキをかけようとしているの  
に、すぐにも抑えがきかなくなりそうだ。  
ぴったりと吸い付くように、僕のソレを包みこんでくる。  
「う、あっ…………!」  
ああ、もう駄目だ。  
理性を無視して、下半身が勝手に暴れ始めた。  
止めたくても、気持ち良くて止められない……!  
「は…………あっ!!」  
円ちゃんの指が背中にくいこむ。  
その痛覚さえも甘い痺れとなって脳髄をとろかしていく。  
腰が、砕けッ――――く、るっ!!  
「ま、ど…………あ、あうっ!!!」  
 
 
 
意識が白濁する。  
いっぱいに満たされたような、満たすべき器を失ったような、そんな。  
 
 
 
雨の中、走り疲れた僕らは、濡れて歩いた。  
夜空が奇妙に明るく白けて、まるで朝方のような景色だった。  
細かく霧状になった雨が、ゆっくりと衣服にしみ込んでいく。走っていく車は一台もなく、  
人の影も見当たらない。舗装された歩道の上を、僕と円ちゃんはたった二人で歩いていく。  
 
「円ちゃん、大丈夫? もうじき着くけど」  
「うん、大丈夫!」  
まぁ、こういう細かい雨だからマシかな……そう思ったとき、ふと気付いた。  
 ああ、ここはあの道だ。あの時はあっち側から見てたんだった。  
今は車も通らない――――向こう側に、円ちゃんを連れ戻さないと、って思ったのに、  
結局僕がこっちに渡って来ちゃったのか。  
 
いつの間にか円ちゃんは僕の一歩前に出ていた。  
その細い背中を見ながら思う。彼女はまだ断面にうなされているのか?  
その目には、僕の切り刻まれた姿も見えているのだろうか?  
 
「円ちゃん」  
「ん?」  
くるり、と円ちゃんが振り返る。  
僕は彼女の肩に手を置いて、少しかがんで顔を寄せ、  
 
僕たちは初めてキスをした。  
 
 
        終  
 
 

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