夏の終わり、夕暮れの雨。  
しとしとと雨戸をたたく水の音に囲われて、壁際にもたれ掛かるようにして一組の男女が寄り添い、座っている。  
少女は青年の首にしっかりと自らの腕をからめ、青年はそれに応じるかのように彼女を抱き寄せ、唇を重ねる。  
「ん…」  
少女を気遣うように、遠慮がちに口付ける青年。  
唇が触れるか触れないかという程度の、優しく静かな口付けに、少女の体はぴくりと反応する。  
「!………」  
次第に口付けが深くなっていくことを期待した少女はきゅっと目を瞑って構えたが、  
「………。」  
青年はそれ以上少女を攻めることなく、そっと唇を離して、少女をぎゅっと抱きしめた。  
深緑色の着物越しに、彼の体温が暖かい。  
 
 
そのまま無言で動かずにいる想い人に、  
「………小十郎。」  
「はい。」  
「……終わり、ですか?」  
青年の胸の中に顔をうずめながら、遠慮がちに尋ねる姫。胸から聞こえる彼の鼓動は大きく脈うち、先ほどと比べて明らかに早くなっている事は分かる。しかし、しっかりと抱きすくめられているため、その表情を見ることができない。  
 
「…はい。終わりです。」  
姫の質問に、青年は少し間を置いて、ゆっくりと答えた。  
 
もぞもぞと青年の胸から脱出すると、姫は顔をあげ、青年を見上げる。  
線の細い、綺麗な顔。まるで女の人のような顔。長い前髪から覗く左目は、優しく申し訳なさそうに微笑んでいた。  
姫は少し不満そうに頬を膨らませると、  
「…いっつも、ここまで。」  
そう言って、青年を怨めしそうに睨んだ。  
そんな姫の様子に、困ったという表情を浮かべて青年は再び姫を抱き寄せる。  
姫の長くて黒い髪を撫でながら、  
「我慢してくださいませ。某も、男でございます。これ以上の行為は、某の理性が崩壊してしまいそうですが故…。」  
そう言って、宥めるように姫をあやす。  
「私は…あなたの理性が崩壊したって…あの、…その…構わないのですが??」  
少しまごつきながらも続きをねだる姫に、青年は首を振って答えた。  
「いけません、そんなに自分を安く差し出されては。…姫様は、婚姻して契りを結ぶまで、ご自分の操を守ってくださいまし。」  
「…………。」  
 
主君の政宗と比べて、恋愛に対して珍しいほどに古風な考えを持っているこの男は、厳格や風習を守り、一度決めたら頑固なほどにその意思を曲げない。  
姫と恋仲になってからもその性格は変わらず、行うことといえば軽い口付けのみで、一向にその先に踏み込んで来ないのだった。  
 
「だって、こんなに好きなのに。」  
頬を膨らませる姫に、  
「某とて、気持ちは同じでございます。…しかし、姫様はまだ若い。今はご自分を、大切にしてくださいませ。」  
そう言ってよしよし、と、彼女の背中をさする小十郎。  
 
「………。」  
口を尖らせて小十郎を見つめていた姫だったが、ふと、何か思いつめたような表情になったかと思うと、  
「私は、子供ではありません!!」  
「!?」  
突然、小十郎の頬を両手で抱え込むと、彼の顔を引き寄せて、思い切り強く、唇を重ねた。  
 
 
「っ!!」  
驚いてバランスを崩した小十郎は、壁伝いに畳に倒れこむ。  
ドサッ  
姫はひるまず小十郎の上に覆いかぶさると、重ねた彼の唇に歯を立て、強く吸った。  
「!!」  
頬を紅く染めて、姫の肩をつかむ小十郎。  
しかし、姫は間髪いれずに、小十郎の唇に自分の舌を滑り込ませる。そして、そのまま無理やりに舌を動かし始めた。  
 
ちゅっ…ちゅっ…くち…  
その作法は滅茶苦茶だった。奥州に身を寄せて彼と恋仲になるまで、一度も色めいた経験なく育ってきた姫だ。侍女や側近から人づてに聞いた話だけを頼りに、めちゃくちゃに口付ける。  
 
ちゅっ…  
「っ…」  
姫の思いもよらない突然の行動に驚いた小十郎は、彼女に抵抗できずに成すがままに受け止めていた。  
 
姫は必死で、自分の気持ちを伝えようと小十郎に口付けを浴びせる。  
 
 
しかし、  
「っ…」  
突然、でたらめに舌を動かす姫の唇に、ぞくっとした甘い快感が走った。  
「!?」  
次の瞬間、姫の視界はぐらりと揺らいだかと思うと、  
 
「!」  
ぐるりと回転して床に押し付けられ、小十郎が上になっていた。  
 
そして、再び、唇に甘い痺れが走る。  
「んんっ…」  
舌が器用に絡めとられる。  
 
今まで受身だった小十郎が、急に積極的に姫を責めだしたのだった。  
 
ちゅっ…  
「んんっ…」  
息継ぎをする間も与えてくれない。  
姫の両手首を畳に押さえつけ、小十郎は強引に唇を動かし続ける。  
くちゅっちゅっ…  
重ねて、噛んで、吸って…優しい小十郎からは見当もつかないような、激しく意地悪な口付けに応えるように、姫の頬も紅潮していく。  
 
 
「んっ…はぁっ…」  
ようやく離れた唇に、息継ぎが出来ずにいた姫は苦しそうに肩で息をした。  
 
唇が熱い。  
はぁはぁと息をしながら、姫は小十郎を見上げる。  
小十郎は冷静な、冷たい目をしていた。  
「こ…じゅうろ…?」  
「…ほら、怖いでしょう??」  
静かに見下ろしながら、小十郎は続ける。  
「男が本気を出せば、こんなものでございます。そんな軽い気持ちで…誘うのは止めてくださいまし。ご自分を安くされてはいけません。」  
ゆっくりと、自分自身を諭すように、姫にささやく。  
 
 

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