槍の稽古を終えて部屋に戻る途中、姫が庭の備え付けの椅子に座っているのが目に入った。
夕暮れの陽が、考え込んでいるような姫の白い顔を赤く染めているのをみて、幸村はドキリとした。
「ひ、姫様……。どうかされたのですか?」
「……」
「姫様……?」
「あっ、すみません。少し考えごとをしていたもので。何かありましたか?」
「いえ。姫様をお見かけしましたので、声を掛けた次第です」
「ああ、そうでしたか……」
「何かあったんですか?何か思いつめたお顔をされていましたが……」
「いえ、何でもありません。心配してくれて有難う」
姫はにこりと笑って言った。
(そんな貼り付けたような、笑顔……)
「あの、もし良ければ、拙者に話してみませんか?」
「え、あの、でも……」
「話せばすっきりすることってありますよ」
幸村は笑って言った。
「そうですね。それでは……話します。その、私、気になっている人がいて……」
「……!!」
「その人のことを考えると、夜も眠れなくて……」
「……」
「このようなことは、幸村も困ってしまいますね」
姫は申し訳なさそうに言った。
「……」
「幸村……?」
「……あ、そうです……ね。でも、姫様は美しいから勝算はあります。絶対に」
「そうだったら、よいのだけど……」
姫は少し、顔をほころばせて言った。
姫と別れ、一歩ずつ歩いていくごとに、幸村の表情は曇っていく。
喜ぶ姫の手前、貼り付けたような笑顔を見せはしていただろうが、心の中はどろどろしたもので一杯になっていた。
(姫様……誰のことが好きなんだろう……?お館様……?それとも佐助なのか……?お館様なら、仕方ないが……)
幸村は少しぞんざいに稽古道具をしまってから、用事を済ませて、部屋に戻った。
夜、幸村が蝋燭の灯りのもと、和歌の本を読んでいると、障子越しに声がした。
「幸村様。少し一緒に呑みませんか?」
「佐助か……。拙者は」
酒は呑まないと言いかけたところで、止めた。
「少しだけなら付き合ってやる」
幸村はそう言うと、障子を開けて、外に出た。
「そう来なくっちゃ」
「調子に乗るな」
「はいはい」佐助はそう言うと、杯に酒を並々と注いだ。
それをぐいっと一気に幸村は飲み干した。
「へ……?どうかしたんですか?」
「何でもない……早く注いでくれ」
「あっ、ああ。はい……」
そのやりとりを七回から八回繰り返したところで、幸村は杯を落とした。
「姫様……」
「姫様?ああ、傾国の美姫様ね……最近、なんか妙にあの姫さん、俺のことを見てんだよなあ」
「そうか……お前か……お前のことが」
幸村はそう言いながら、ふらつく脚でよろよろと立ち上がる。
「だっ、大丈夫ですか?」
「……ほっといてくれ……」
「……幸村様……」
幸村はご馳走と言うと、ふらふら歩き出した。
(姫様……)
やはり、脚はどこへともなく、姫の部屋に向かっていた。
酔いの中に、どこか醒めた自分がいるのを感じながら、幸村は姫の部屋の障子を見つめ続ける。
ふと気付くと、障子に灯りの色が浮かび上がっている。
(姫様……。まだ起きておられるのか。やはり眠れないのか……佐助のことを想って……)
幸村は微かに笑いながら、そう思った。
「……誰か、そこにいるのですか?」
「せ、拙者です……幸村です」
「幸村?」
どうかしたのですか?と云いながら、障子を開ける姫を幸村は見つめ続けた。
夜の薄明るい月に照らされて、なお美しい姫の顔を……。
幸村は体が熱くなるのを感じて、胸を抑えた。
「幸村!?」
反射的に駆け寄った姫は幸村の体を支える。
「お酒の匂い。沢山、呑んだのですね」
歩けますか?とぼんやりと遠くで話しているような姫の声を感じながら、頷く。
「少し、布団に横になっていれば楽になります。お水を飲んだ方がよいですね」
水差しから水を汲み、渡してくれる、姫の手首を幸村は握った。
「ゆ、幸村……?」
もう、止められない。止められるわけがない。そのまま、強く引き寄せて、逃さないように両手で姫の両手首を握る。
「い、痛いです……!幸村っ……」
「……姫様は、佐助の事が好きなんですよね……?」
「え……?」
「やっぱり、そうなんですか」
幸村は姫に顔を近づけて、耳元で囁く。
「俺が、どれだけ姫様のことが好きか分かります、か……?」
「ゆ、幸村、や、やめて」
「止めません、よ」
そう言って、深く口付ける。
「っ、ん……」
一旦、口を離して、握っていた両手首から手を離して、帯を解いていく。
「簡単だ」
解いた帯で、姫の両手首を幸村は縛りあげながら言い放った。
「っ……!」
「早く、こうすれば良かった」
「ほ、解いてっ」
「駄目です」
幸村は獲物を捕らえた喜びなのか、えもいわれぬ笑みを浮かべながら、上目使いに姫を見上げた。
「さあ、どうしましょうか?」
そろそろと、姫の袂を開きながら、胸を露わにさせていく。
「あ、ああ……や、やめて……幸村……」
「綺麗だ……。蝋燭の灯りに照らされて……なんて綺麗なんだ。姫……」
幸村は均整の取れた胸を、両手で覆って口に含んだ。
「は、あっ……」
「気持ちいい感触ですね」