初めての彼との行為は、去年の夏の終わりだった。
行為中、泣きじゃくる自分を静めるために、甘い囁きを口にしていたのに。終わって、嫌悪感や下半身
の裂かれるような痛さ故に嘔吐し、とうに吐くものもなく、胃液を口の端からこぼしていた自分へ向けて
いた視線は、ひどく無機質なものだった。
あれは、無理やりの行為だった。愛とか恋とかそんな感情を口にしたのは、抗う自分をおとなしくさせる
為、都合の良い性欲の捌け口にする為だ。――そう九条は結奈を犯したのだった。
季節は初夏へと移り、桜色に染まっていた木々は見事にその色を新緑に変えていた。
昨日に続き、今日も雨が降っている。少し早いがもう梅雨に入るのかもしれない、と書類から窓の外へ
と目線を移し、紫上結奈は思う。
窓の外からは、雨と、紫の花――藤が見える。執行部室を覆うかのように配されている藤棚の樹には、
紫の花びらをつけた蔓が幾重にも巻きついていた。藤の花が無数に棚に下げられている様子は、美し
くはあるが、見ていて何処か息苦しい。どうしてだろう、と結奈は思考に沈もうとするが、ふと背後に
知った気配を感じてそれを止め、振り返った。
「…結」
ここに居たのか、と気配の主が言った。それに笑むことで返答して、結奈は再び藤の花に目をやる。
主――九条綾人はそっけない結奈の態度に少し目を見張ったが、窓の外にある花に心を移している
のだと気づき、口元を緩めて結奈の隣に歩を進めた。
「見事な藤だな」
「ええ。…でも、」
止まった結奈の言葉の続きを促すように、九条は顔を少し傾けてみせる。結奈はそれに微笑みかけ、
形良い口を開いた。
「でも、少し息苦しい感じがするんです。こんなに綺麗なのに、どうしてこう思うのか分からなくて」
結奈の言葉に、九条は再び藤棚に目をやって、どこか納得したようにああと頷いた。
「それは、藤の特性の所為を感じたからかもしれないな。
藤は、他の樹に絡み付いて上へ登っていき、花を咲かせるんだ。これがとてもやっかいでね。生命力が
強くて、放っておくと樹全体を覆って日の光を遮るだけでなく、太くなった藤の蔓が次第に樹の幹を締め
付けて、ついには木を絞め殺してしまうんだ」
儚げで優しい花を咲かせているのに、と九条は続ける。息苦しさを感じたのはその所為だったのか、と
結奈は目を細めた。話を聞いた後、己の目に映る花が今度は薄気味悪く感じるのかと思ったが、そんな
ことは無かった。先程感じた息苦しさも、今は感じない。何故――
「結、」
突然やんわりと抱きしめられ、思考が中断させられる。耳元にかかる吐息が熱い。頭をあげて目の前
の顔をみつめると、九条は端正な顔に笑みを浮かべる。しかし、既に紐解かれた欲望の為、笑みは
ひきつり、瞳は熱くうるんでいた。
―――ああこれから交わるのだ。
九条の顔が近づいてくる。唇を塞がれ、その隙間から舌を差し入れられたと同時に、結奈は瞼を閉じた。
机の上に組み敷かれ、制服の前をはだけられる。真白い肌が見え、九条の瞳が更に欲望の色で染ま
るが、以前のように無理やり貪る様なことはしなかった。下着に包まれた膨らみにそっと手をあて、緩や
かに撫でさする。微かな刺激に、思わず大きく呼吸してしまい、胸の位置が高くあがった。
「…ちゃんと、触ってほしい?」
胸に布越しに刺激を与えながら、九条は結奈の耳元で囁いた。分かっているくせに、と思う。でも口には
しない、彼はそんな事を望んでいないのだから。結奈は口を微かに開け、何かを言いかけるように吐息
を漏らすが、何も言わず、ただ頬を染め九条の言葉を肯定してみせた。九条の目には、自分が先程の
言葉に羞恥しつつも、言葉の様にして欲しいと哀願しているように――こう行動して欲しいと思った通り
に、うつっているのだろう。現に満足そうに笑んで、柔らかい口付けを繰り返している。触るぞ、と言い、
下着の下の隙間から指先を差し入れられる。指先を立てて、膨らみを形に添って一撫でする。直接ふれ
られ、先程とは違う強い刺激にあまやかな息をついた。結奈のその反応を楽しんでから、上着を脱がせ
片手を背中にまわしホックを外すと、形のいい乳房がふるりとこぼれ出た。
微かな刺激を与えていただけであったが、乳房の頂にある突起は、もう濃い桃色に充血して立ち上がっ
ている。九条は頂を指先でかすめるように触れ、いきなり乳首を口に含む。
予告も無い突然の行為に、びくりと体が震えた。
唇で挟んで先端を舌先で舐める。もう片方の乳首は親指の腹で、ある程度の刺激になるような強さで
押しつぶすように捏ねた。ゆるく乳房全体を揉みしだきながら、円形の乳輪に沿って舌を這わせ、乳首
を舐め上げ転がす。片方をその方法でじっくり愛撫すると、放っておかれたもう片方にその動作を移す。
執拗に繰り返される胸への愛撫に、堪らず結奈は声をあげた。
「…っあ…!」
その甘い声に動きを止め、九条は目を細めて結奈の顔を見つめる。続けられた愛撫が突然止まり、結奈
はいぶかしんで行為の間閉じていた瞼をあけた。が、目線とあう寸前のところで彼の瞳は閉じられ、深く
唇を合わせ、貪る様に口内を蹂躙される。
息もつけぬほどの口付けが終わり、結奈が何かを言おうと口を開くが、九条の手がスカートの中に入り、
ショーツの上から秘部をなぞられると、言葉を紡げず、唇から漏れたのは微かな息だけだった。
布の上から形を探るように、うっすらと浮き出る突起を指でたどる。布越しなのに、胸への執拗な愛撫の
所為で十分濡れているのか、結奈の秘部を触る毎に九条の指先が湿っていく。
「…結、腰あげて」
九条の言葉に、意図を理解した結奈はこくりと頷くと、言われたとおりに腰を上げる。手を太股から丸み
をつたって腰にやると、スカートのホックを外して緩め、愛液と汗で張り付いていたショーツと共にゆっくり
と脱がせていく。全てを脱がせ終わると、ようやく結奈は生まれたままの姿になった。横たわるその裸体
は、薄暗い部屋の中でさえはっきりと美しく見える。九条は少し息をついて、閉じられた秘部の方に目線
を向ける。
両膝に手をかけられると、結奈は黙って股を開いた。膝から足の付け根の方に目線を動かすと、淡い茂み
が見える。下半身の疼きは先程から感じていたが、もうそこはぐっしょりと濡れそぼっていた。
九条は秘部に顔を近づけ、その様子を見て息をはく。それは只の吐息で意図してした事ではないのだが
、剥き出された秘部にはその息さえ刺激になった。じわりと愛液が滲み出す。
「…いやらしいな、結」
煽るその言葉に、思わず反論しようとして結奈が半身を起こそうと腹に力を入れる。しかし、突然頂点で
肥大した肉芽を舌で舐め上げられ、強烈な快感が全身を巡る。
「っっはぁ…!ああぁっ…」
腹から力が抜け、再び机上に横たわることになった結奈を落ち着かせるように足を撫でてから、肉芽から
一旦舌を離し、秘裂へと移していく。強烈な刺激を与えた事を宥める様に優しく舌でたどる動きに、悦楽
の声をあげながらも、思考の片隅で思う。
明らかに、結奈の快感を引き出すと同時に体をいたわるやり方だった。以前までは只ひたすら己本位に
悦楽を求め、結奈の苦痛など無視していたのに。
「う…んぅ、は…あぁっ」
膣内に指が差し込まれる。指を増やしながら中を緩々と掻き回されて、身を捩った。舌での愛撫も忘れず
、秘裂を舐め、舌で襞をたどり、最も敏感な肉芽をつつく。
「…ひっ…ああぁ…ん、んんぅ…だめ、だめ…!」
膣内と肉芽への同時の刺激はすさまじく、意識が追いついていかない。目の前にちかちかと光るものが
見えた。無意識に、体の横で握り締めた手のひらを、九条の長い髪に絡ませ、己の秘部へ押し付ける。
直後、九条は肉芽の包皮を剥き、晒されたそこを指で摘み上げた
「ああぁっ……っっ!!」
一際大きい声をあげ、結奈は体を大きく跳ねさせた。
まだ痙攣している体を落ち着けるため、結奈は何度も大きく深呼吸した。それを助けるように、細い肩を
さすりながら、九条は結奈の額や頬に唇を落としている。目をやると、口付けを止めた九条と今度こそ
目があった。
先程の――自分の声に胸への愛撫を止め、見つめていた――視線は、こんな感じだったのだろうか。
何て顔をしているのだろう――酷く切ない顔を。私はあなたの只の道具じゃなかったの。
ずっと見つめていると照れたように笑み、唇に軽く口付けてから、結奈の体に再び圧し掛かった。既に
熱く勃起していた自身を秘裂にあて、体重をかけて膣内に押し入っていく。
「…んっ…ふうっ…」
内を押し広げられる圧迫感に、眉をひそめた。息をはいて、九条を楽に受け止められるようにする。
九条は結奈が落ち着くまで、きつい締め付けに耐えるように呼吸を浅い繰り返していたが、体から力が
抜けたのを見ると同時に、奥深くまで突き入れた。
「ひぁ…っ!」
突然奥まで突き入れられ、思わず悲鳴をあげ、体がずり上がる。辛さに涙を溢すと、九条はごめんと
呟き、すぐに腰の動きを緩慢なものに変えた。ゆっくりと抜き差しされる感覚は、体に心地よかった。
あまやかな吐息を吐きつつ、程よい快楽に身を任せる。
ふと見上げると、九条が目を固く閉じながら身動きしていた。結奈の体に負担をかけないように、内に秘
めている激しい性衝動を抑えているのだろう。とても、いたわられている事を感じた。愛おしんでもらって
いる。
――やっとここまできた。
愉悦に唇が緩みそうになったが、気取られてはいけないので、どうにか押さえ込む。男の諸肌出した背
中に手をやり、自分の方に引き寄せた。
「…結?」
目を開け、訝しげに自分を見る九条の唇を塞ぎ、細く長い足を、彼の腰に絡める。途端、九条に奥を貫
かれる衝撃に息がとまるが、苦痛ではないのでどうにか耐える。深く絡めあった唇を離すと、「来て」と
艶やかに微笑みかけた。
情事の後の倦怠感に冷たい床に臥せっていると、横に腰を下ろした九条に、ほつれて顔にかかった髪
を優しくかき上げられた。額に触れる指の感触がくすぐったくて、笑みに体を震わせていると、九条は
あどけない自分の様子を見、幸せそうに笑った。
先程も思ったけれど、と笑いながら結奈は思う。
目の前の男は、私を愛してしまったのだ。
最初は、性欲の捌け口として見なしていただけだったのに。私がどれだけ泣きながら拒もうと、上に立つ
もの故の傲慢を振りかざし、犯していただけだったのに。
今は己の悦楽を放っておいても、自分を感じさせるために行為をしている。
その微笑みを見たいが為に、興味を引きたい為に、優しく振舞ってくる。
――九条が哀れで惨めで、愛しさが込み上げてくる。
臥せっていた体を起こすと、九条の肩に手をかけ、そっと組み敷いた。
「…どうしたんだ?」
眉をひそめる彼に、優しく微笑む。それを見て、男は表情を一変させ、口元を緩めた。――あなたは私の
この表情が本当に好きなのね。
「もう一度、してくれませんか?
…それだけで良いんです、私はそれ以外何も望まないから」
無邪気に言うと、九条の表情が憮然とした。それを見ない振りをして無視し、更に言葉を続ける。
「私、綾人様とこうしているのが一番好きなんです。綾人様もそうですよね…去年の夏からずっと、こうし
続けているんだから」
言い終わって男の顔を見ると、固く強張っていた。圧し掛かって唇を寄せると、苦痛と切なさを堪えた顔
で口付けに応えている。その表情を見、可笑しさに喉が低く鳴った。
とてもとても好きで尊敬していた相手に、只の道具だと冷たい目を向けられた悲しさを、あなたは知らない
でしょう。死んでしまいたいほど惨めで、涙を流し続けていた私をあなたは知らないでしょう。
――手に入れただけでは、許さない。後悔と恋情。二つの感情の間で、もっとさ迷うといい。
九条の性器に手を添え、結奈はゆっくりと腰を落としていく。先程の情事の名残の所為か、苦しむことも
無く全てを挿入できた。背筋を駆け上る快感に、ああ、と息をつくと、男が自分の腰に手をやり、突き上
げてきた。
快楽で霞む頭の片隅で、ふと先程の自分の感情の答えに辿り着いた。
どうして自分は、藤に嫌悪感を抱かなかったのだろうかと。
それは多分、藤に似ているからだ。
寄り添う相手から光を奪い、挙句締め付けて朽ちさせる花に。自分が。