いつからだろう、彼の事がこんなにも気にかかるようになったのは。  
草凪八雲――最初はまた変な奴が増えた、と思っただけだった。だってそうでしょう?  
いつも笑っていて、あの三人組で可笑しな事をしでかしては周りに止められていた。  
由紀や光ともすぐに打ち解けて、往年の友人のように、そう「普通の人間」と同じように暮らしていた。  
けれどもそれは私にまで及んできて。  
SGコースの者達はともかく周りとは一線を画していた私にも、彼は普通に接してきた。  
こんな無愛想な私といて何が楽しいのか、何が面白いのか。なのにいつも笑って話しかけてきた。  
そんな奴だから戦いの場面でも役に立たないと思っていたが、その考えは一蹴される。  
武器の性能からか先陣を切って向かっていったかと思えば、常に皆の状況を観察して援護して様々な立ち回りをする。  
とても合理的とは言えないが、その強さ頼もしさに皆の信頼を得ていった。  
挙句にはあの昴生とも肩を並べて戦い、いつの間にかこの二人の先陣が私達の戦い方になっていった。  
そして重要な場面では必ず彼が真っ先に決心をする。白面との戦いも、天照郷の地下に乗り込む時も。  
不思議とそれに反対するなどとは考えなかった。どこか人を惹き付ける雰囲気が存在していた。  
夕が羅生に斬られた時は、今までに見せたことのない怒りで羅生を浄化した。  
その時は不謹慎にも夕の立場を羨ましく思ってしまった。  
彼と並んで戦うことはとても安心できて、およそ戦いの場とは思えないほど心地良いものだった。  
だから天照郷の地下で離れ離れになったあと、額に汗を流して駆け付けてきてくれた時はとても嬉しかったのだ。  
こんな私でも心配してくれるのか。口ではともかく本音はとても頼もしかったのだ。  
天魔との戦いの中では彼の信頼を得て、共通の居場所に居られる優越感があった。  
誰にも踏み込ませたくない場所。普通の女の子としての生活を諦めてまで手に入れることが出来た大切な場所。  
だから言ってしまった。  
「私達と、あなた達の間には大きな溝がある。それは簡単に埋められるようなことじゃない。  
 理解出来るなんて簡単に言わないでよ!」  
それは嫉妬からだったのだろうか。何も知らない由紀と彼とが接しているだけで胸が痛くなる。  
知らないというだけで由紀は普通の女の子として彼とおしゃべりをしたり、どこかに行くことが出来る。  
いや、本当は怖かっただけなのかもしれない。  
もしかしたら由紀がこちら側にも来るのではないのか、と。  
彼との大切な居場所を踏み滲んでくるのではないかという恐怖。全て奪われるのではないかという恐怖。  
だから言ってしまった。  
自分が、嫌になる。いやこれも自業自得か。  
普通の人間の庇護者として奢っていた罰なのだろう。自分の信念が揺らぐ。  
皆を守る、仲間を守る、彼を守る。――いや、彼に守られたい?  
そんな思考を逡巡させながらでは今、この場を守る事などできない。  
ほら見なさい。天魔の牙がこんなにも目の前に。他人にバカバカ言っていた自分に苦笑する。  
バカは自分だ――。  
 
初めて彼女に会った人は大抵同じ事を言うだろう。  
「素っ気無い人」「冷たそうな人」  
それが彼女―天草理緒を取り巻く人の感想だろう。亮と道文とて、最低限の付き合いしかしてなかったらしい。  
だけど自分には分かってしまった。彼女が本当は優しく、心寂しい人物なのだと。  
親の顔も知らず、他人に育てられた自分にはどうにも人を観察出来る眼が備わっているようだ。  
心を許せる人間以外にはどうしてもその人に合わせて行動してしまう。  
打算的な人間だと自分でも思う。でもそのほうが生きていくには便利だろう?  
だけど彼女に会った時、その内面に少なからずの共感を覚えた。少し、似ている、と。  
他人に合わせてきた自分、他人とは合わせない彼女。正反対のようで、でもその大元は同じだった。  
幼い頃の孤独――  
それは味わった人間にしか分からない恐怖。たとえ亮にでもこの気持ちは分からない。  
それでも多くの人たちによって自分は助けられてきた。けれども彼女にはそんな人がいなかったのだろうか?  
同情でも、好奇心でもない。ただ純粋に彼女の事を知りたいと思うようになっていった。  
時折見せる寂しげな表情が自分にとっても嫌だった。その表情は良く知っていたから。  
だからいつも笑って話しかけた。呆られながら、照れながら、それでも少しずつ彼女は笑うようになっていった。  
何でそこまでしたのかって?  
僕にも彼女の「声」が聞こえた気がしたからなんだと思う。心の底から響く泣き声が。  
そんな話を本人にしたらきっと叩かれるだろうけど、あれは紛れも泣く彼女の声だった。  
そんな事はないんだよ、と安心させるために迷惑だろうと思いつつも色々引っ張り回した。  
友人に頼られて照れること、虫が苦手なこと、お化けが苦手なこと。  
多くは自分しか知らないが、それはとても気分のいいものだった。  
いつしか皆と普通に付き合う彼女を見ても、本当の素顔を知っているのが自分だけだと思うと少し嬉しくなった。  
だからあんな事を言わないでほしい。  
「私達と、あなた達の間には大きな溝がある。それは簡単に埋められるようなことじゃない。  
 理解出来るなんて簡単に言わないでよ!」  
僕達の立っている場所に溝なんかないんだ。君は普通の生活を諦めなくていいんだ。  
たとえ天魔と、鬼王と戦うことがあっても僕達は、それ以外は普通の人間と変わりないのだから。  
守ってあげるなんて言わない。君は強い女性だから。  
僕が君を守るように、君にも僕を守ってもらいたい。――だけど、  
何かに怯えているなら言ってくれ。君の力になることを惜しみはしない。  
だからあんな事を言わないでほしい。  
何も捨てる必要なんてない。何も諦める必要なんてない。  
あの時々見せる素敵な表情を封じ込めないでくれ。その表情が見たくて僕は今、戦っているようなものだから。  
君のあの照れてはにかみながら笑う顔が誰よりも好きだから。  
だからそんなに怯えないでくれ――。  
 
ザグシュッ!!  
肉になにかが食い込む不快な音で理緒はようやく我に返り、今の状況を振り返る。  
四方からの天魔の強襲。それに駆り出されていた中であんな事を考えるなんて、と理緒は自責する。  
しかし自分の体に痛みはない。何が起きたのかと、戦いの最中愚かにもつぶっていた目を開けてみる。  
「大……丈夫のようだね。ふぅ…何とか間に合った」  
目の前には共にこの場で戦っていた、そして考え事の当人の草凪八雲がいた。  
「草…凪…?っ!?アンタ、腕!」  
助けてもらったのだと嬉しくも思ったが、眼前の状況が理緒の顔から血の気を引かせる。  
八雲は牙を剥いた天魔の口から直接木刀を腕ごと突き入れていた。  
無論、天魔はその一撃によって絶命していたが、八雲も勢いづいた牙によって腕から血が流れ落ちていたのだった。  
「ちょっとタイミングがずれたみたいだ。まぁでも理緒を守った名誉の負傷だよね」  
絶命した天魔が昇華するのを確認してから、笑いながら理緒を見る。  
納得出来ない。  
(どうしてこんな時まで笑えるのよっ!?)  
「バカッ!!早く腕を見せなさいよ!毒でも入ってたりしたら――」  
「毒はないみたい。それにそんな暇はないみたいだ。昴生が他の所に救援に行っている間だってのにまだあれだけいるんだし」  
未だに状況は好転しない。他の所も同じのようだ。  
「だったら尚更状態は万全にしないと!これ以上怪我なんかしたら!……草凪?」  
理緒の言葉にどこか納得したような八雲に、不安が混じる。  
「…そうか、今は傷を治療してくれる理緒がいるんだったね。ならギリギリまで耐えてから治してもらったほうが効率がいいな。  
 うん、これならこの場はとりあえず大丈夫になる」  
不安が増幅して理緒の背筋に悪寒が走る。  
「アンタ、何言って…」  
「理緒、離れてて。ちょっとだけ危ないから」  
まるでちょっとした用事でも済ませるかのように軽く言い払う。  
そして八雲の魂神が召喚され、辺りに神々しいまでの暴力的な力が吹き荒れていく。  
「ちょっとだけなら…休めると思うから。ぐうっ!?その後、傷、診てくれると助かる。頼むね」  
そう言って天魔の群れへ駆け出す。普段の剣術で薙ぎ払うのではなく、魂神の力で強引に朽ち倒していく。  
これではまるで暴走しているよう――!?  
その考えに辿りついた時、更に理緒の顔から血の気が引いていく。  
意図的な暴走。八雲は今まさにそれをしながら戦っているのだ。  
自分達にも突発的な暴走は時折起こる。  
それは味方をも巻き込みかねないとても危険極まりない代物であるし、体力も験力も枯渇しかねない。  
それを自分達より一層強力な魂神を従える八雲が行えば結果は明らかである。  
死に至るかもしれない。  
「やめて!やめてぇっ!!草凪!」  
届かぬ声を張り上げる。こんな所で失いたくなどない。  
だがそんな想いすらあざ笑うかのように、声はかき消され、天魔の悲鳴だけが木霊していた。  
 
「ひゃー、うんめぇ!!レトルトもんがこんなにうまいなんて知らなかったぜ!」  
「おい、少しは落ち着いて食べろよ。あ、こら、僕の分まで取ろうとするな!」  
天魔達の強襲が一息ついた後の学長室。ようやくの休息に各自、食事を取り、少しでも疲れを取ろうとする。  
みな、余程疲れたのか雑談はほとんどない。声を出す力さえ浪費したくないかのように。  
理緒もフラフラと少しずつだが食事を口に入れる。傷は殆どないが体が重い。  
あの後は酷い有様だった。一人で殆どを全滅させた八雲は傷を多数作り、  
そして暴走の反動からか傷口は治癒の術を何度か試みてようやく塞ぐことが出来た程度だった。  
それ故、その後もあちこちを駆けずり回れば傷が治るなどありえなかった。  
今はようやく夕と操の三人がかりで多少まともになったようなものだった。  
「八雲くん…全然手をつけてないけど…大丈夫?」  
由紀の声に反射的にそちらを向いてしまう。  
「大丈夫、あんまりお腹減ってないだけだから。昨日ちょっと食べ過ぎたせいかな」  
また笑って答える。  
「…うん、僕はまず見回りに行ってくる。このパンだけもらってくから。じゃ」  
皆が止める間もなくこの場から姿を消していく。  
(大丈夫な訳ないじゃない、あのバカ!)  
「あれ…?理緒もどうしたの?」  
「………ちょっと汗、拭いてくる」  
誰にも意図を気付かれぬよう、扉を開け、そして追いかける。  
アイツは皆に苦しむ姿を見せないようあそこから姿を消したのだ。絶対、そうに決まっている!  
 
体が重い。頭はガンガンと割鐘を叩いてるかのようだ。  
「やっぱり無茶が過ぎたかな……うぅっ!?げほっごほっ!」  
持ってきたパンを一かじり飲み込んだ所で強烈な吐き気が襲ってくる。  
皆の前では平然としてみたものの、やはり暴走の代償は半端なものではなかった。  
(無茶をする。命の保証だけはしたが、分かっていてこうするなど命知らずにも程がある)  
「生きてれば、何とか出来るとは思ったんだけどね…でも伊吹のお陰で守る事が出来たんだ。  
 皆には心配かけたくないし、なに、ここでしばらくこうしてたら回復するよ」  
そう言ってズルズルと空き教室に座り込む。いや倒れこむと言ったほうが正解か。  
そして考える。異変のことではなく理緒の事を。  
あの時はどこか変だった。昴生がよそに救援に行き、二人で守ることになった時から、動きにキレがなくなっていた。  
最初は疲れのせいかとも思った。だが近付きその顔を見たとき、それが違っていることに気付く。  
いつも時折見せていた寂しげな表情。それがくっきりと表れていた。  
思えばその表情が減ったと思い、また増えてきたのは月詠祭のあの夜を境にしてからの気がする。  
「…僕の…せいなのかな……」  
ポツリと呟いたすぐあと、ガラリと勢い良く教室のドアが開けられる。自分の状態を隠す時間などない。  
「草凪!?アンタ、やっぱり…!」  
一番見られたくない人に見つかってしまった。  
「何やってるのよ!全然大丈夫なんかじゃないじゃない!なに痩せ我慢してるのよ!」  
思い切り説教を喰らう。少し元気が戻ったかな、と場違いな感想を思いついてしまう。  
「…傷のほうは大丈夫みたいね。ほら、休みなさい。アンタ、誰よりも頑張ったんだから」  
「え?あれ?」  
 
何か言う暇もなく体を横たわらせられる。しかもこの態勢は俗に言う膝枕か。  
「あ、あの理緒?これは?」  
「こ、このほうが休みやすいからよ!ほ、ほら枕みたいなのがあったほうが寝やすいじゃない!」  
自分でも似合わぬとでも思っているのか、横を向いて悪態をつく。  
もうこれが照れ隠しなのだと分かっているからこそ、思わず口から笑いが出てしまう。  
「な、なによ、なに笑ってるのよ」  
「はは、ごめん。ちょっと、ね。ははは…」  
「…どうして笑ってられるのよ」  
そんな呟きが聞こえて、顔を見上げる。  
「理緒…?」  
「ううん、何でもない。ほら早く休みなさいよ。…これから何があるか分からないんだし」  
頭を振るい、今の台詞をなかったことにしようとする。  
「それともまさか子守唄でもないと眠れない?ふふ、まさかね」  
「あ、それいいかも」  
理緒の冗談に乗ってみる。こういう時でないとこんな機会はないのかもしれない。  
「理緒の唄声、聞いてみたいなぁ。そうすれば眠れそうな気がするなぁ」  
「なっ、なっ、なーっ!?」  
ああ、こんな表情も出来るんだなとそのアタフタとした顔を見上げる。ちょっと悪戯が過ぎたかと思い、  
「ごめんごめん、そんなのしなく――」  
「い、いいわよ。してあげるわよ。…それで眠れるっていうなら。…元々私のせいなんだし」  
何を言ってるんだ、彼女は?  
「…誰もいないわよね。ほ、ほら早く目を瞑ってよ!そうじゃないと唄わないわよ!」  
「は、はい!」  
まるで戦闘に臨むかのような気迫に言う通りにしてしまう。  
暗闇に包まれて、しばらくしてからコホン!という音が聞こえたあと、唄声が響いた。  
 
Lay down My dear brothers Lay down and take your rest  
Oh won't you lay your head Upon your Savior's breast  
 
清廉な澄んだ水のような声。慈愛に満ちた天使のような唄声。  
回復の術をかけられてるかのように穏やかで、安らぎが全身に染み渡っていく。  
 
I love you  
 
歌詞の一部であるはずのそれが、まるで自分に向かって言っているような気さえもする。  
 
Oh but Jesus loves you the best  
And I bid you goodnight,goodnight,goodnight  
 
髪を優しく撫でられて母に抱かれてるような心地良さの中、意識は穏やかに暗闇に沈んでいった。  
 
「素敵な唄声。とてもじゃないけど、これは邪魔は出来ないわね」  
「ふわ〜、なんだかわたしも眠くなってきたよ〜」  
「こら、光、僕にもたれかかるなよ」  
「まるで理緒さんの想いが伝わってくるようです」  
亮と昴生を除いた面々がそっと開いたドアの隙間から覗きを敢行する。  
「お前らなぁ…休めと言ったのに出歯亀かよ。…いい趣味してるぜ」  
「そういう教官こそ、止めもせずにいるのだから同罪ですよ」  
「こんな時にのんびり出来るお前らが羨ましいぜ。こっちは戦闘以外でも胃が痛いってのに」  
「いいじゃないですか。こういう時だからこそ僕達だけでも平然としていないと」  
「はっ!ホントにお前ら、バカか大物かどちらかだな」  
「それにしても本当にいい唄です…。これ、何ていう唄ですか?」  
「聴いたことあるんだけど、ちょっと違うな…」  
「知らんのも無理ないな。かなり昔…俺が生まれるより前のだ。元唄は忘れたが『goodnight』。  
 まぁ…確かに子守唄だな。渋い趣味してるねぇ、理緒の奴」  
 
 
「彼を鬼王・大嶽丸に差し出すという選択肢もあります」  
天照館からの援軍が届いたあとの月詠の学長室。そこには未だに希望は見えていなかった。  
「…ふざけんなよ、おっさん。俺らの身代わりに八雲を差し出せってのかよ!」  
「やめろ、結崎」  
今にも鷹取に飛びかからんとする結崎を京羅樹が制する。  
この結界を解いてほしければ草凪八雲を差し出せ――  
それが鬼王の提案であり、そして当初の計画であった。  
験力のある者だけであったのならば、端からこんな話し合いなどはしない。  
しかしここには力のない普通の人間が大勢、しかも命の危険に晒されている。一人の犠牲か、多数の犠牲か――  
沈黙が皆を支配するなか、ガチャリとドアが開く音に皆が振り向く。  
「…どうも僕がいないほうが議論が進みそうですね。見張りに行って席を外しますので決めておいて下さい。  
 大丈夫、まだ勝手に消えたりしませんから。では」  
居心地が悪かったのか、皆に気を使ったのか八雲は一人姿を消す。それを止められる者は誰もいなかった。  
「えっと…わたしも行ってくる!」  
こういう空気が苦手なのか、はたまた八雲から目を離してはいけないと思ったのか光もその後に続く。  
「光……八雲を行かせないようにね」  
「分かってるよ、ミッチー!待ってよー、八雲ちゃーん!」  
二人がいなくなったものの、これで簡単に結論が出るような状況ではない。  
「…僕は反対ですよ。仲間を、友人を裏切る真似なんてしたくありませんから」  
「俺も反対だ。選択肢として存在するだけで、そちらを選ぶなど有り得ない」  
館脇と昴生までもが反対の意見を出す。  
「そうです。それに鬼王が約束を守るとお思いですか?それに例え助かったとしても彼の犠牲の上でなんて…」  
南宮の言葉に、しかし鷹取は感情を交えず冷静に反論する。  
「では貴方がたはもしもの時、生徒達全員の命を背負う覚悟はありますか。  
 自分達のエゴの為に何も知らない彼らが死に逝くのを見ていられますか。  
 それだけの責任を貴方達は持てるというのですか?………私にはありません」  
意見は繰り交わされる。子供達の反対の意見、そして可能性を考える大人達の意見。  
しかしただ一人、言葉を発していない者がいた。  
「……けないでよ」  
「理緒?」  
今まで聞こえなかった声に皆がそちらを向く。  
「ふざけないでよ!何でみんな、そんなに簡単に話せるのよ!差し出すだの、差し出さないだの…。  
 アイツの命をそんなに簡単に扱わないで!この部屋を出る時も笑ってた…みんなを守る時も笑ってた。  
 その笑顔にみんな頼ってきたくせに、こんな話し合いがアイツを苦しませてることに何で気付かないのよ!?  
 やめて…やめてよ!これ以上、笑いながら泣いてるアイツを苦しませないで!!」  
そう言ってそのまま理緒も部屋を飛び出して行く。  
涙を浮かべ訴える彼女を追える者はなく、皆が言葉を発せずにいた。  
 
 
「よし…もう大丈夫」  
もう涙を浮かべていない事を確認して、理緒は時計塔の階段を上る。  
「光、交代の時間だよ。…休んできていいよ」  
そして二人きりになる。気恥ずかしさと気まずさが互いを喋らせない。八雲はただ遠くを見ている。  
「…何も聞かないんだね。話し合いがどうなったとか」  
その背中に語りかける。少し震えて見えるのは気のせいか。  
「聞いた所でどうにもなるものでもないしね。しかし僕が神の器ねぇ…。  
 理緒に最初に会った時に言われた『特別なんだ』って、あれ当たってたね。ハハハ…」  
溝が出来てしまった。彼を理解出来ていなかったのは自分のほうではないのか。  
無理矢理な笑顔が痛々しくて堪らない。それを見てるのが苦しくて理緒の感情が爆発する。  
「お願いだからもうやめて!もうそんな壊れた笑顔を見せるのはやめてよ!私を気遣わなくていいの!  
 皆を守ろうとしないでいいの!そんなんじゃ…本当のアンタが見えなくなる!」  
八雲の背中に頭を預ける。  
「草凪は優しすぎるよ。どうせ結論を聞かずに一人で行く気だったんでしょ?」  
「それでみんなが助かるなら。その力があるならやらなきゃいけない……僕はそう思う。  
 最後の最後まで悪あがきはしてみるけどね」  
その発言に理緒の怒りがこみあげてくる。八雲を振り向かせて、  
パシィンッ…  
「なによ…結局私達のこと信頼してなかったんじゃない。自分だけで片を付けようなんて…。  
 あれだけ私達を振り回しておいて、結局は仲間だなんて思ってなかったわけ!?」  
「違う…違うんだ」  
「何が違うってのよ!?」  
そこで気付く。八雲の顔から笑みが消えている事に。  
「好きだから、大好きだから。傷ついてほしく…ないんだよっ!!」  
己を隠さずに出した言葉。悲痛な叫び。  
八雲の手を握り、今度は優しく語りかける。  
「やっぱり優しすぎるよ、アンタは…。それを自分一人で背負う必要なんて――」  
「それも違うよ…僕はそこまで寛大な人間じゃないよ。僕はただ、今だけは、理緒だけが傷ついてほしくないと思っている。  
 理緒だけを守ってあげたい。そんな傲慢な人間だよ。仲間の事なんて…何も、考えてやしないっ…!」  
涙を流して心情を吐露する。  
「見損なっただろ?そんな浅はかな人間なんだよ、僕は」  
飾らない言葉での告白。だがそれに驚く事無く、優しく微笑んで答える。  
「…ううん、凄く嬉しい。こんな私なのに女の子として見てくれてたの?」  
「当たり前だろ!?照れて恥ずかしがって、照れてビンタしたり、でも時々寂しげな顔をする。  
 その寂しげな顔を消したくて、理緒の笑顔が見たくて…叩かれてもいつも一緒にいたんだよ」  
「…なんか、それじゃ私、いっつも照れ隠しにビンタしてるように聞こえるんだけど」  
「え?あ、いや、そういう意味じゃなくって…」  
途端にしどろもどろになるのを見て堪らなくなり吹き出してしまう。  
それはやがて八雲にも伝染し、ここ最近聞こえなかった笑い声が木霊する。  
「ふふっ、やっぱりアンタはそういう笑った顔じゃないとダメ。心の底から笑ってよ。  
 そういう笑顔をする草凪だから、私も好きになったんだから」  
「…ありがとう。少し気が楽になったかな。…駄目だな、僕も。  
 通じ合ったと分かった途端、もう理緒と離れたくないよ」  
「いいじゃない、それで。…私も絶対行かせたりしないんだから」  
「うん、頑張ってみようか。どんな結論であれ、もう二人で一緒なのは決まったんだからね」  
「そ、それじゃ、少し…女の子みたいなこと…言っていい?」  
顔を真っ赤にして手をもじもじとさせる。自分では柄でもないと思いながら。  
「証を…ちょうだい。これから先も、アンタと一緒にいられるっていう証を」  
時計塔の壁を背に理緒はこれから起こる事を予想して、少し顔を上げて目を瞑る。  
触れ合うだけの、キス。  
しかしそこには沢山の想いが込められていて。  
「…もう、泣いてないね」  
「僕が?」  
「ずっと聞こえてたんだから、アンタの泣き声。…でも、もう聞こえない」  
「…そうだね。今はもう、幸せな気分しかないよ」  
もう一度、キス。  
 
触れ合うだけのキスから互いを求め合う情熱のキスへ移っていく。  
舌を潜り込ませた瞬間、理緒の体が少し震えたが拒む様子は見せない。それどころかおずおずと自らの舌も絡ませてくる。  
理緒の舌を、歯を、口腔をなぞり、溜まった唾液を流し込む。  
音を立てて飲み込むのを確認してから、少し寂しいが唇を離していく。  
絡み合った舌が最後まで求め合っていて、糸を引きながらようやく離れていく。  
「はぁ…はぁ…やく、もぉ…」  
蕩けたように目の焦点が合っていない理緒。あまりに艶っぽい様子に理性が少し弾け飛ぶ。  
「はぁ…はぁ……ひんっ!?や、だぁ…だめっ…んんっ!?」  
首筋をなぞり口付けながら、制服の上から胸を揉む。水着の時から見えていた形のよい胸は弾力がある。  
「んああっ…だめぇ、ちからが…はいらなく、あんっ!なるっ…」  
自分で触った事も、触られた事もないであろう未知の感覚に戸惑いながらも、八雲に触られているという事実が理緒に抵抗をさせないでいる。  
その様子に調子に乗ったかはともかく、八雲の手の動きは止まらない。  
素早く服の下へ潜り込ませ、シャツのボタンを解き、下着の中で手を動かしていく。  
「ああっ…やくもの、てが…ちょくせつ、はいって…きゃんっ!!」  
いつの間にか呼ばれるようになった名前に、心は更に高揚していき、愛撫は激しくなっていく。  
「だめっ…!そこっ…びりびり、くるからっ…あんっ!やあっ!ひいぃっ!?」  
乳房だけでなく、存在を主張してきた乳首をコリコリと弄り、弾く。  
今まで以上の感覚に理緒の息は荒くなり、力が入らないのか体がガクガクと震えている。  
しかしここでやめるなどという選択肢はない。元より選ぶ気もないのだが。  
もう片方の手をスカートの下から侵入させ、女性の大事な部分をまさぐっていく。  
「ふああっ!?こんどは、そっちに…?ひぅっ!ああ…だ、めぇ…」  
下着の上から割れ目に沿ってなぞっていく。少し湿り気が帯びてきたようか。  
それは気のせいではなく、動きの回数が増える度に、指先の温度が温かくなっていく。  
「や、く、も…そこは、ほんとに…だめっ…ひっ!?」  
指先をさらに下着の中へ潜り込ませる。液体の感触があり、ヌチョリと小さな音がした。  
これ以上理性を抑えることなど出来ない。  
「理緒…下、脱がすね」  
濡れた下着を脱がそうと両手を添えた時、  
「……だめ…」  
「え?」  
「やっぱり……駄目ぇっ!!!」  
勢い良く体を突き飛ばされた。  
 
「どわああぁ!?」  
手すりも何も無いギリギリの所で体が止まる。少し前の興奮はどこへやら。冷や汗が出る。  
もう少しで空を飛ぶ羽目になる所だった。勃ったあそこも一気にしぼみました。  
「ご、ごめん!…大丈夫?」  
「え、あ、うん。…三途の川が脳裏に浮かびました…」  
「で、でも八雲が悪いんだからね!こんな所でいきなりパンツ脱がそうとして…」  
顔を真っ赤にしてスカートを押さえる。  
「いや、あんないい声出してたから、これは最後までやるべきかと思いまして」  
「あぅ……ま、まぁ気持ちよかったのは確かだけど…でもダメ。こんな所で、そ、その、するのは…ダメ…」  
恥ずかしいのか声のトーンをどんどん落としていきながら話す。  
「私も女の子だから…やっぱり、ベッドの上がいい…」  
最早沸騰でもしそうなほど真っ赤な顔と、目尻に涙を浮かべこちらを見上げてくる。  
「…ごめん、そこまで考えてなかった。そうだよね、最初だけでもそういう雰囲気は大事にしないとね」  
「うん…八雲がしたいのは分かるけど、やっぱりそうじゃないとイヤ……あれ?『最初だけでも』?」  
プヒューと鳴らない口笛を吹き顔を逸らす。勘付かれた!  
「アンタねぇ…そういうのを見境なしって言うのよ!?」  
「す、すみません!ほんの出来心なんですぅ!」  
「はぁー……呆れた、ホント男ってスケベなんだから」  
「返す言葉も御座いません…それが男の悲しい性でして」  
「そんな捨てられた仔犬のような目をしないでよ。…まぁ少しは考えてあげるけど」  
「ホントですか!?」  
「興奮しない!!」  
「はいぃ……」  
先ほどまでの雰囲気はどこへやら。二人の関係が如実に表れていた。  
「…だから、その為にも一緒に帰るのよ。あんな鬼達なんかぶっ飛ばして」  
「そうだね。現実に帰ってお喋りして、デートして、それから、だね」  
そしてどちらが言うでもなく二人は寄り添い唇を重ねる。  
「アンタにキスされると凄く勇気が湧いてくる。これなら私ももう大丈夫」  
「僕もだよ。理緒が傍にいてくれるだけで何でも出来る気がする。うん、頑張ろう」  
笑顔が華開く。  
「…でもやっぱり惜しかったなぁ。あれだけ理緒が乱れて、興奮してきたのになぁ」  
冗談交じりに言ってみる。このあと引っ叩かれそうな気もするが。  
「……そんなにしたいの?」  
「へ?」  
「途中で止めて少し悪い気もするし…その、するのはダメだけど、てっ、手と口で、し、してあげてもいいわよ!」  
想像だにしなかった状況に再び興奮は増していく。  
「…い、いいの…?」  
「も、勿論よ。や、やってあげようじゃないの。女にも二言はないわよ!」  
 
「ほ、ほらとっとと脱ぎなさいよ!してあげるって言ってるんだから!」  
さっきとは逆に責められる立場となり、言われるがままに、トランクス一丁になり座り込む。  
「う、うわ…パンツが持ち上がってる。す、凄いのね…」  
恥ずかしさよりも好奇心のほうが勝っているようでマジマジと感心したように見つめてくる。  
「あ、あの理緒、僕からもお願いがあるんだけど、その…いいかな?」  
「?何よ?出来ることならしてあげるけど」  
「り、理緒の胸を見ながらがいいなぁ、なんて、アハハ…」  
ボンッと音がしたかのようにまた理緒の顔が真っ赤になる。  
「ア、アンタねぇ…!」  
「いや、うそ、ごめん!言いすぎました!調子乗りすぎました!」  
ビンタされると思い、衝撃に備え目を瞑る。…が何も来ない。その代わりにシュルリと音がする。  
恐る恐る目を開けてみればその光景に思わず唾を飲み込んでしまい、目が離せなくなる。  
制服のブレザーだけを羽織り、閉じられていないところからは二つの乳房が零れ落ちている。  
日常と非日常が混ざり合ったその格好のアンバランスさに、冒涜したという思いが込められながらも興奮は倍加する。  
「こ、これでいい?クシュンッ!…まったく、まだ肌寒いってのにスケベなんだから…ん?どうしたの?」  
「いや…その…すごく綺麗だ…」  
「や、やめてよ!そういうの私には似合わないって!」  
「でも…そうとしか言えない。ホントに…綺麗だ」  
「うぁ……い、いい!?アンタにだけ特別なんだからね!?」  
「当たり前だ!!他の奴に見せてなんかやるもんか!!これは僕のだけだっ!!」  
「や、やだ…そんな風に言わないでよ。恥ずかしい……」  
恋人同士の甘い(?)会話が続いていく。  
「そ、それじゃ、するわよ。……キャッ!こ、こんなに大きいの!?」  
「いやまぁ、どうなんだろ?でも大丈夫だって!」  
「サラリと言うわね…。よ、よし!いくわよ!」  
恐る恐る勃起したペニスを手の平で優しく包んでゆく。その滑らかな肌触りと少し冷えた温度がたまらなくてビクンと震える。  
「キャッ!?ふ、震えた?震えたわよ、コレ!?そ、それにすごく熱くて硬い…えっと、このあとは…?」  
「そのまま上下に動かしてくれるかな」  
「わ、わかってるわよ、そのぐらい!………どう?痛くない?」  
壊れ物でも扱うかのようにぎこちない動きで上下に往復させる。  
「んー…もうちょっと強く握ってもらえるかな?」  
その言葉に頷くと、先程よりも圧迫感を増した動きで八雲のものをしごいていく。  
「あっ…先端から汁が…。お、男の人も濡れるのね。という事は…八雲、気持ちいいの?」  
「うん…他人に、しかも理緒にこうされてるとなると気持ちよくないわけがないよ。  
 それにおっぱいもプルプル震えて可愛いしね」  
「バ、バカ…ホントスケベなんだから。うわぁ…どんどん溢れてくる…」  
驚きと好奇の視線でペニスを見つめながら、自分の手にその液体が混ざるのも忘れて懸命に奉仕を続ける。  
そしてだんだんと熱に中てられたのか、目は潤み始め、自然に口先を近づけていく。  
ペロリ  
 
「うあああっ!?」  
あまりの感覚にはしたなく声を上げてしまう。  
「だ、大丈夫?そんなに痛くしたつもりはなかったんだけど…」  
「ち、違う…なんか、電流でもはしったかのようにビリッときて…」  
「あぁ…それ私もさっきなったから大丈夫。……続けるね」  
手の動きをやめず、より舌で全体を舐め取っていく。嫌悪感など感じず、ただ一心不乱に舌を絡めていく。  
先走りの汁を口に含み、また唾液に塗れた舌をペニスに染み渡らせようとする。  
自分が今どれだけ乱れているのかも忘れて、恋人のペニスにむしゃぶりついている。  
「はぁ…はぁ…やくもの、どんどんかたくなって、あばれてる…きもちよく、なってるんだ…」  
決して上手な奉仕とは言い難いが、ただただ愛しい人に気持ちよくなってもらいたいが為に行為を続けていく。  
そして目の前の好物に我慢しきれなくなった子供のように、口内にペニスを迎え入れる。  
「んっ、んっ、んぐ……ぷはっ、やだ…くわえきれない…んむっ、んぐっ…」  
口をすぼませ舌を絡ませ、一心に頭を揺らし、卑猥な水音が響き渡る。  
(凄い、理緒がこんなに夢中になるなんて。興奮してスイッチが入ったら止まらなくなるタイプかな?)  
と、考えを浮かべるものの、八雲のほうもあまり余裕はない。  
さらけ出した胸が揺れ、あの普段は冷静な理緒が自分の物を咥えている光景は視覚的にも感覚的にも興奮を増加させてゆく。  
「ふぐっ、むぐぅ…はぁ……すごい、あばれて…もう、だしたい?」  
トロンとした目で、口元から混ざり合った液体を垂らしながら、淫猥に微笑んでくる。  
「うん…!もう、僕もっ…限界だっ…!」  
「だして…!わたしできもちよくなって…!」  
スパートをかけたかのように動きが早くなる。手と口でペニスを圧迫し、絶頂へ持ち込もうとする。  
「理緒…!も、だめ…離して…」  
その言葉が聞こえなかったのか、はたまた聞こえない振りをしたのか。  
むしゃぶりついているペニスから一向に離れる気配はない。  
そして八雲の頭の中が白くなる。と同時に、  
「んんっ!?んむっ!ん〜…んぐっ、んぐっ、んぐっ…」  
理緒の口の中に大量の精液が出される。瞬間は驚いたものの、理緒は躊躇いもなくそれを飲み干していく。  
しかしそれよりも出される精液の量が多く、遂には口を離してしまう。  
そして八雲も自分の精液で理緒を汚していく様を見る。  
自分でも驚く量のそれは理緒の髪に、顔に。さらけ出した胸まで汚していく。  
「はぁ…こんなに、だして…わたし、やくもに、けがされちゃったね…」  
垂れる精液を舌ですくい取り、ビクッ、ビクッと震えるペニスから全てを吸い尽くそうと搾り取る。  
それを止めようともせず、ただ八雲は絶頂の余韻に浸っていた。  
 
「「……………」」  
情事のあとの二人。付着した精液を拭き取り、互いに着衣を整えるも言葉が出ない。  
何となく気まずくなり八雲のほうから先陣を切る。  
「えーっと、あの…乱れた理緒も凄く綺麗だったよ!」  
パシィンッ…  
「ア、アンタはねぇ!どうしてそこで一言多いのよ!?もうちょっと場の空気ってものを読みなさいよ!」  
行為の時の自分を思い出したのか、顔を真っ赤にしてまくしたてる。  
「ご、ごめんなさい!一応、褒めてみたつもりだったんだけど!」  
「尚更悪いわよーっ!!!」  
ドタバタと日頃よりも幾分か激しい日常が戻ってくる。  
「ハァー、ハァー…はぁ、何で私こんな奴好きになっちゃったんだろ…」  
「呆れてる!?そ、そんな殺生な!」  
「だからそんな仔犬の目をしないでよ…こっちが悪者みたいじゃない。いい?  
 二人きりだから許すけど、他の人の前では絶対、絶対に!そんな事言わないでよ!!」  
「も、勿論ですとも!サー、イエッサー!」  
まるで尻にしかれた旦那のごとく平伏低頭する。  
「…でも、二人だけの時は沢山好きとかいってもいいんだからね」  
いつもの照れ隠し。腕組みをして顔を赤くしてそっぽを向く。やっぱりそれは可愛らしくて、  
「キャッ!?」  
腕の中に抱き寄せる。  
「じゃあ今はいいよね。好きだよ、大好きだよ、愛してる、理緒」  
「バカ…もうほんとにバカなんだから。…私も好き、八雲」  
そのまま八雲の胸の中に顔をうずめる。  
「結局、好きな人の為に戦うっていう独善的な理由になっちゃったね」  
「いいんじゃない?結果的にそれがみんなを守ることや日常を守るってことに繋がるのなら。  
 でも無理はしないこと。出来ることをやっていきましょう」  
「そうだね。でもまぁ、まずは理緒を守る事ありき、なんだけどね」  
「あの時みたいな無茶はやめてよ?…もう私は八雲なしでは生きてけないんだから」  
「これは責任重大だね。大丈夫、まだ理緒を抱いてないのに死ねないよ。まだまだこんなものじゃ満足したりないよ」  
「バカ…でも嬉しい。絶対なんだからね」  
想いが通じ合った二人は約束を交わし、最後の決戦に臨んでいった。  
 
「おのれぇ…だが無為には死なぬ…。貴様らクズどもも…道連れにぃ!」  
空間が歪む。大嶽丸の力の殆どを削ぎ落とし、その身を浄化寸前にまで追い込んだ。  
しかし大嶽丸は最後の力を残った結界の収束に注ぎ、この場の全員を道連れにしようとする。  
「くそっ!大人しく死んどけってんだ!」  
「ど、どうしよ!?脱出する方法は!?」  
「駄目だ…験力も使い果たした今、どうしようもないのか…?」  
「そんな!?せっかく大嶽丸を倒したってのに!」  
「こんな、こんなのってありなのかよ!皆を、七瀬さんたちも守れると思ったのに!」  
「みなさん!諦めちゃ駄目です!」  
「でも…これは流石に何も方法が思いつかないわね…」  
無力感がみなを襲う。決心して、必死の覚悟で戦いに臨んだ結末がこれだ。絶望がヒタリ、ヒタリと近付いてくる。  
「八雲っ…!」  
ならば最後はせめて愛する人の傍に。理緒は八雲を抱き締める。  
そう、何を迷う必要がある?この人のこの怯えた顔を見たくないから戦っていたんだ。  
大丈夫、怯えないで。君を守ると約束したのだから。だから――  
光がみなを包む。神々しく、しかし今度は優しい柔らかな光が。  
理緒の体も包まれる。ただし抱き締めていた人とは離されて。  
「や、く、も……?」  
笑っている。いつもの笑顔。だからこそ不安が混じる。何よりも八雲だけが光に包まれていない。  
「やめて…やめてよ、笑ってないで、傍にいてよ!」  
不安が周りに伝染する。  
「おい…冗談やめろよ!何やってんだ、お前、ふざけんなよ!」  
「これは八雲の魂神の力……駄目だ駄目だ!きみ一人で片付けようとしないでくれ!」  
「やだよぉ…こんなのって、やだよぉ!」  
「莫迦野郎…!こうならないように、俺達はやってきたんだろうが!」  
「やめてください、八雲さん!こんなの…間違ってます!」  
「八雲ちゃん!いいからこれを解きなさい!こんな方法…誰も認めないわよ!」  
悲痛な叫びを叩きつける。光から出ようとしてもガラスのようなものに阻められ、ただ拳で叩くことしか出来ない。  
八雲は何も言わない。ただいつもの柔らかな笑顔を浮かべるだけ。  
「ふざけないでよ…!約束したじゃない!一緒に帰るって、もうあんな無茶はしないって!  
 なのにアンタはまた…!ねぇ…お願い…お願いだから傍にいてよっ!!」  
人目憚らずボロボロと大粒の涙を零す理緒に皆も言葉が出ない。  
「一緒に帰って、デートして、私を抱いてくれるって言ったじゃない!  
 何でもするから…何でもしてあげるから!八雲ぉ!!」  
理緒の光に八雲が近付く。両手を壁に付けて顔を近づける。  
その手を掴もうと理緒も必死に壁越しに手を合わせる。触れたくてたまらない。なのに触れられない。  
キスをしてほしい。あの勇気を出せるキスを。  
壁越しの触れられないキス。  
「愛してる、理緒」  
その言葉だけが聞こえた。  
「やだやだやだ!これで最後みたいな言い方しないでぇ!私も大好きだから!私も愛してるから!  
 だから置いていかないで!私を一人にしないでよっ!」  
姿がだんだんと見えなくなる。消えていくのは自分?それとも――  
「お願い伊吹!八雲を連れてかないでぇ!八雲といると寂しくないの。八雲の温もりはとっても暖かいの。  
 それを知ってしまったから、それがないともう生きていけないの!だからお願い…八雲を死なせないでぇ!!!」  
 

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