「ここが君の新しい家だよ」  
優しそうな老人が私を連れて言う。  
老人の側には私よりも3歳くらい幼い少女がいた。  
「こっちの子は迅伐と言ってね、まだ小さいがいい子でね。仲良くしてやってくれ」  
その少女――迅伐がこちらを見る。  
 
―――――これは私が始めて神社に来た時の…  
 
「私は薙刃って言うんだよ。こっちはおにー」  
「神無だ。あ〜、よろしく…」  
さっき新しく住むことになった兄妹だ。  
先ほども挨拶したが、改めて挨拶する。  
「ええ。よろしくね」  
「よろしく…」  
 
―――――嫌…これは…  
 
 
夜。虫の音と風鈴の音が綺麗に合わさる。  
「幸せ者よねぇ私達。みなしごだったのにこんな立派な神社にお世話してもらって」  
「でも修行とかめんどくさいよー」  
「あら、そんなこと言っちゃだめよ。ちゃんと修行して一人前になってみんなに恩返しなくちゃ」  
「おんがえしってなに?」  
「ありがとうの気持ちを込めてお世話になった人達に一生懸命働くことよ」  
「ふぅん」  
夜風が吹いて、また風鈴が鳴る。  
「よし!俺めちゃくちゃ恩返しするぞー!」  
「あたしもするもんーっ」  
「私も…」  
神無たちが元気良く言う。  
「うふふ。そうね」  
私は星を見上げてつぶやく。  
「ずっと…みんなで一緒に恩返ししていきましょうね」  
 
―――――嫌…嫌!これ以上…見せないで…  
 
「神主様言ってくれただろ!?ここにいていいって!俺等が必要だって!!」  
神無い言う。しかし…彼は剣の中に封じ込められてる。  
私も…他のみんなも。  
「必要だとも。だが、欲しいのはその力だけだ」  
 
「…うして…どうして…私達はただ…」  
 
 
――――――ただ、一緒にいたかっただけなのに――――――  
 
 
「……夢」  
布団からのそのそと起き上がる。  
普段ならマリエッタに起こされるのだが、今日は一人で起きた。  
夢を見た。  
昔の夢。  
封印されてる時ずっと見ていた夢。  
とても楽しくて、そして……辛い……夢。  
「起床―――!」  
マリエッタの声が響く。  
鎮紅は首を振って気分を晴らして朝の支度をした。  
 
 
朝食を食べたらパン屋の仕事である。  
今日もパン屋は人で賑わっていた。  
しかし、鎮紅は元気が無かった。朝からあんな夢を見たのだからしょうがない。  
「はい…おつりです……あっ」  
ポロリと1枚の硬貨が手から落ちてしまう。  
鎮紅は慌てて拾おうとした。が、  
「ひゃ!?」  
小銭入れに引っかかってぶちまけてしまう。  
「こら鎮紅、気をつけないと危ないぞ!」  
「ご、ごめんなさい…」  
ライルに怒られる。ここまではいつものパターンだった。  
これだけならまだ良かった。  
 
小銭を拾おうと足を踏み出した瞬間、裾に足を引っ掛けて転んでしまい、  
パンの置いてあるテーブルまでひっくり返してしまう。  
挙句の果てに、パンが入っていたかごがライルの上にあった小麦粉の袋に命中。  
そして落下。  
「…いい加減に、しろおぉぉぉぉぉ!!!!!」  
「…っ!!」  
ライルの怒声に思わずビクッとしてしまう。  
「ライル、そんなに怒鳴らなくてもいいでしょ!」  
マリエッタが割って入るがらいるは怒り続ける。  
「怒鳴らずにいられるか!パンは全部駄目になるし、小麦粉も無駄にするし!!」  
「わざとじゃないんだから、しょうがないじゃない」  
「気をつけろって言ったばかりなのに転ぶな!とりあえず鎮紅は外で待機!一歩も動くなよ!!」  
そういうと廊下に放り出されてぴしゃりと戸を閉められる。  
「………」  
確かに自分が悪いのだからしょうがない。  
鎮紅はしょうがなくそこで立っていた。  
 
「確かに鎮紅が転んだのが悪いけど、あんたはちょっと怒鳴りすぎよ」  
マリエッタがライルに言う。  
薙刃も手伝って店の片付けも大体終った。  
迅伐は昼食の支度である。  
「そうだよライル。鎮紅がかわいそうだよ」  
薙刃もマリエッタに賛同した。  
「それは…まぁ、言いすぎたとは思うけど……あいつは一番年上なんだから、  
もう少ししっかりして欲しいというか…転んで怪我でもしたら大変だし…」  
ライルは二人に睨まれて目線をそらす。  
「だからって、あんなふうに怒鳴ること無いでしょ」  
「う…むぅ……わかったよ。謝ってくる」  
「それでよしー」  
二人はイェーイとハイタッチを交わす。  
「それじゃ、早く行きなさい」  
「そうだよライル。早く早く」  
ライルはそそくさとその場から退散し廊下に出る。  
「鎮紅いるか…?」  
鎮紅は俯いたままそこに立っていた。  
「…何?」  
鎮紅は伏し目がちに尋ねてくる。  
「あー…その…なんだ。さっきは…―――」  
悪かった、と言おうとした時。  
「ライル!!喰が出たよ!!」  
「えっ…!?」  
ライルと鎮紅はそろって声を上げた。  
 
 
ここは京都からは遠く離れた地。  
「いないね…」  
「いない…」  
「…見つからない…わね」  
ライル達は深い林の中を歩き回っていた。  
高い草が生え渡り、迅伐の身長では視界をほとんど確保することができない。  
「くそ…何処にいるんだ?」  
喰の反応があってからすぐに飛んできたのだが、敵はなかなか見つからずにいた。  
喰という名の全てを喰らう魔物である。  
捜し始めてから3時間以上はたったと思う。喰を見つけられないことで焦ってしまう。  
昼食を食べてきていないのでさらに焦燥感が増す。  
「もうここにはいないのか…?」  
「ううん。近くにいるよ」  
薙刃は頭のアンテナをピコピコさせて喰の気配を感じ取る。  
「でも、どの辺りにいるかはわかんないんだよね…」  
「とにかく早く見つけないと…村にでも出たら大変だぞ…」  
早くしないと日が暮れてしまう。そうなったら見つけるのはさらに難しい。  
「…!…ライル様…」  
「迅伐、いたのか!?」  
「こくん」  
頷く迅伐。そして指を刺す。  
そこには異形のものがバリバリと樹木をかじっていた。喰である。  
さしずめ「木を喰う喰」といったところか。  
 
喰がこちらに気づいた。ライルは腰の剣を抜く。  
「気づかれたか、急ぐぞ!…薙刃!!『宿れ』!!!」  
「まっかせて!」  
次の瞬間、薙刃は剣に吸い込まれる。  
鞘に収まっていた長剣の刃となる。  
「迅伐、鎮紅、援護頼む!」  
言うなり駆け出し、一気に距離を詰め、斬撃。  
ライルの攻撃はあっさり外れた。反撃が来る。  
喰は光弾をライルに向けて放った。間一髪でそれをかわす。  
が、それは後ろにあった岩を粉々にした。  
「っ!?嘘だろ!!?あんなの受けたらひとたまりも無いじゃないか!!」  
喰はさらに小さな光弾を放つ。  
「ライルくん、下がって!!」  
鎮紅が攻撃を阻んだ。結界により弾かれ別方向へ飛んでいく。  
結界を張ったまま鎮紅が振り返る。  
「ライルくん、だいじょ―――」  
「鎮紅!後ろ!!」  
薙刃が叫んだ。  
振り向いた時にはもう遅かった。  
喰は葉やら茎やら蔓やらを飛ばしてくる。  
ぶつかり、服を引き裂き、鎮紅の体を傷つけた。  
 
「鎮紅!!」  
「くぅ…、平気…よ…」  
鎮紅が前にいたおかげでライルにはダメージは無い。  
しかし、喰はとどめとばかりに先ほどよりも巨大な光弾を放った。  
鎮紅はライルと光弾の間で結界を張る。  
「無理だ!!避けろ!!」  
そう言われて避けれる物ではない。避ける気も無い。  
(あたしが役に立つのはこのくらいだもの…)  
光弾はぶつかり、結界を粉々にする。  
そして鎮紅に直撃。吹き飛ばされる。  
「…っ!!!」  
ライルは言葉を失った。  
「ライル様…!」  
迅伐の言葉に我に帰る。迅伐の力で脚力が上がった。渾身の力をこめて駆け出す。  
「あぁぁぁぁぁ!!」  
咆哮と共に剣を突き刺す。印を貫いた。  
パリンと割れる音。そして喰は消えていった。  
 
鎮紅が目を覚ましたのは、それから少し後だった。  
全身が痛みを訴え、体を動かすことができない。額には大粒の汗をかいている。  
それをなんとか感じると、ようやく目を開く。  
そこにはライルの顔があった。  
「………ライル…くん…」  
「良かった…気がついたか…」  
ライルが心配そうに言う。大きくため息をついた。  
「どうして…どうして助けたの…?」  
「何言ってるんだ。このままにしておいたら大変じゃないか」  
「ライルくんに迷惑かけられないもの……いっそのことあの時、死んでればよかった」  
「!!お前…!!」  
「ライルくん達の側にいたって、迷惑掛けるけだもの…だから私なんていないほうが…っ!?」  
ライルは鎮紅を押さえつける。  
「馬鹿なこと言うな!いないほうがいいだって!?死んだ方がいいだって!!?」  
「そうよ…言ったじゃない……だまされて利用されるくらいなら死んだ方がマシだって……  
それに、嫌なのよ…信じた人といられなくなるのは…信じた人に疎まれるのは…!」  
信頼できる人がいなかった。信頼できる人が欲しかった。でも信じた人の言葉は嘘だった。  
たとえ真実だったとしても、嘘の言葉に奪われてしまった。殺されてしまった。  
もうあんな思いをするのは嫌だった。  
 
「だから…そうなる前に、自分から消えるのか?」  
「…私がここにいたってしょうがないもの…現にあなたを困らせてるじゃない…!  
迷惑掛けてるじゃない…!!それで嫌われるくらいなら…私は…!」  
次の言葉を言う前に口をふさがれた。  
「俺は嫌いにならない。…それも信じてくれないのか?」  
「………」  
「俺は裏切らない。…信じてくれ」  
「………」  
「…それから…」  
ライルが鎮紅を抱きしめる。  
「死ぬなんて言うな…そんな悲しいこと…絶対言うな…」  
「…うん」  
涙が溢れてくる。今の言葉が嘘でないことくらい分かる。  
それを確信できるだけ、自分は彼を知っていたのだ。  
「ライルくん…ちょっと痛い…」  
「え、あ…悪い…」  
全身傷だらけだから抱きしめられるのは痛かった。でもそれが心地よかった。彼を感じられるのだから。  
 
 
手当てを終えて、場所を変えることにした。さっきの場所はあまりよい休憩場所ではなかったからだ。  
ライルは鎮紅を背負う。鎮紅の方が少し背が高かったが、重くはなかった。  
「一つお願い…いいかしら…?」  
「なんだ…?」  
「ずっと一緒にいてくれる?一人にしないでくれる?私を…必要としてくれる?」  
「もちろん…これからも一緒にご飯食べて、遊んで笑って、お前がドジ踏んで、俺が突っ込んで助けて、  
たまにこうやって言い合ったりして、やっぱりまたご飯食べるんだ」  
ぽんぽんと頭に触れる。ライルは優しく微笑んでくれた。  
「…うん」  
 
 
それは、私が望んだ言葉。私が欲しかった言葉。  
彼は私にそれをくれた。だから、私も彼に言うのだ。  
彼が喜んでくれそうな言葉を、彼が欲してくれそうな言葉を。  
 
 
「ライルくん…」  
 
 
 
 
 
 
 
「…大好き」  
 
 

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