私こと貫井くるみには、お兄ちゃんがいる。  
最近まで不登校児で、ずっと家にいてくれた…いやいや、引きこもってやがった不肖の兄。  
最近同じクラスのとある三人組となぜかイチャイチャ…いやいや、普通の(?)交流を持ち出したお兄ちゃん。  
そんなお兄ちゃんがいるのだ。  
私の下に。現在進行形で。  
…まあ、要するにさっきからお兄ちゃんを起こそうとして上に乗ってゆさゆさし続けてるのだ。  
…が、身じろぎすらしない。  
徹夜で動画サイトを見てたらしく、この分だと何やっても昼までは起きないだろう。  
せっかくの妹と触れ合える貴重な休日を何だと思っているのだ。  
「むむむ…」  
三人組と親しげに手を振って別れた光景ーー習い事の帰りに偶然見かけたーーをなぜか思い出してしまう。  
 
なんかこう、もやーっとする。  
あの3人が嫌いとか、そういうワケではないのだけど。なぜだ。  
…匂い。そう、匂いだ。普段とは違う嗅ぎ慣れていない匂いがお兄ちゃんからするのが、なんとなーく、なーんーとーなーく、  
気になるだけだ。いや、普段からお兄ちゃんの匂いなんて嗅がないけど。  
布団に入ったら勝手に鼻に入ってくるだけなんだけど。  
それならば…。  
「私の匂いで上書きすればいいのよね、うん…うん?」  
何か変な結論な気もするけど、まあ、いっか。  
「ぎゅー…」  
取り敢えず抱きしめてみる。温かい。つい、無意識に深呼吸をしてしまう。お兄ちゃんの匂い。  
ちょっと寝苦しいのか、男性にあるまじきフローラルな香りが汗と混じって漂ってくる。私と同じボディソープを使ってるせいだ。  
しばし安心感に満たされる。ついでにもっと体をくっつけてみる。  
「…はふぅ…」  
何か、体が熱い。暑いんじゃなくて、熱い。視線をちょっと上げると目に入る唇が、無性に気になる。  
これまたなぜか気恥ずかしくなってきて、布団の中で抱きついた体勢のまま、起きないかなーと軽く揺さぶってみる。  
起きない。揺さぶりを強くする。  
起きない。若干ムキになって、熱に浮かされたような調子のまま、上下に体を擦り付けるような動きを加えたところで。  
「〜〜〜っ!?」  
びりって、きた。なに、これ?  
 
 
「…とまあ、こんな感じね。それからどんどんエスカレートしていった結果がコレ」  
そう言って、携帯のカメラで撮った写真を目の前にいるであろう少女達に、なぜか誇らしげに見せつける様子のくるみ。僕の妹である。  
「わ、わわわ…!」  
慌てているこの声は潤だろう。  
「……っ」  
ごく、と無言で唾を飲むような音は…多分、希美だと思う。  
「はむ。響にーといいんちょさん、ちゅーしてる。いいなー」  
写真の内容を懇切丁寧に説明してくれたのは間違いなくそらだ。  
 
どうやら4人は、お互いの携帯を…と言うか、携帯に保存されている写真を交換している様だ。  
問題は、その写真全部が僕を写した物らしいという事。  
で、今はくるみのターン。内容は…さっき誰かさんが解説してくれたし、割愛。  
時間が経つにつれ、出てくる写真も際どくなっているらしく、4人とも若干ハイになっていると言うか、何と言うか。  
いつの間に撮ったのだろう。いや、僕が寝ている隙に(盗)撮ったとしか考えられないのだけど…まさかくるみがここまでブラコンだったとは…。予想外だ。  
そう言えば最近、妙に朝の生理現象が起きなくなっている気がする。  
後、リトルウイングにお邪魔した時にちょいちょい眠くなって皆でお昼寝したりしてるのは、何か盛られているせいなのだろうか。  
僕は寝ている間に、一体何をどこまでされているのか。  
そしてその記録はどれだけの量携帯に保存されてしまっているのか  
…聞けるわけが無い。いやむしろ聞きたく無い。  
と言うか何でみなさん、眠ってる(フリをしている)僕に体を絡ませるようにしてお互いの携帯を見せっこしているんでしょうか。幼女の素肌があちこちに当たって、こそばゆいのに動けないこの状況、もはや拷問に近いのですが。  
しかもその事に対して、誰も特に何も言わないのは、慣れていらっしゃるからなのでしょうか。  
…一体何回目なんだろうか、この謎会合。そしてなぜ今日に限って早く目が覚めてしまったんだ僕。  
誰か助けて下さい。社会的にも倫理的にも崖っぷちなこの状況から。  
「あ、もうこんな時間。あと30分もすれば目が覚めるだろうし、最後にいつものアレやって解散しましょうか」  
あ、やっと終わるのか…助かった。しばらくしたら、何食わぬ顔で起きてこよう。そんな後ろ向きな問題解決(してない)法を選択しつつ、ほんの少し体の力を抜こうとしたのだけれど。  
……ん?なんか密着具合が上がってない?  
いや、そもそも「アレ」って何だ。お茶でも飲んで帰るとか、そう言うアレじゃ無いの?  
…猛烈に嫌な予感がする。  
そしてそれを裏付ける、人前限定で発揮されるお澄ましバージョンの妹から発せられた…。  
とどめの、宣言。  
「それじゃ兄さん、白くて濃ゆいアレ、今日も皆にごちそうしてもらうわね♪」  
…え。  
「しっ、しっ、失礼しますね、響さん…っ!」  
…ちょ、ちょっとまってください。しろい?しろってあの、あの。  
「はむはむ。お写真みてたら、響にーのヨダレもほしくなっちゃった。ちょうだい?」  
…うわぁ。  
「し、仕方無いわよね。響はシスコンなんだから、妹相手に犯罪なんて犯さないよう、きっちり処理しておかなきゃ…!」  
まずい、それは不味い!  
間違いなく人生最速でこれから起こるであろう事態をシミュレート開始、コンマ一秒、計算完了。  
結論。  
無理だ、耐え切れる気がしない。  
全身に手が、吐息が…触れて…。  
 
 
 
「〜〜〜〜っ!?」  
がばっ。ベッドから跳ね起きる。  
いつもの…明け方近くに寝た日の、昼過ぎの起床。  
「…夢、か…?」  
…当たり前だ。彼女達はまだ小学生なんだし。全部自分の妄想以外の何物でもある筈がないじゃないか…。  
どっとため息が出る。  
…欲求不満なんだろうか?だからと言って、夢の中で、しかもあんな年端のいかない少女達相手に発散しようだなんて…。  
「しばらくは、距離を置いた方がいいかも…」  
思い返すだけで恥ずかしい。  
最後の希美のセリフとか、ご都合主義にも程があるだろう。当の妹が普通に犯罪行為に混じってたし。  
…駄目だ、考えれば考える程気が滅入ってしまう。取り敢えず起きよう。カーテンを開けて、南に昇った日光を浴びながら何となく深呼吸をする。  
うん、今日もいい気温で、いい風景だ。外に出るようになってから、そう言う何でもない事が、少しだけいいなと思えるようになった。  
大通りから離れたところだから、そこら中の環境音も少しずつ重なって聞こえるのも趣がある気がする。  
部屋の中に満ちる匂いすら、何だか甘酸っぱく感じられる程だ。窓だって開けていないのに。女の子の香り、と言う謎の感想が出てきたのを全力でねじ伏せる。いい加減にするんだ自分。  
あと…賢者、という謎の単語が脳裏をよぎったけど、なんでだろう?  
まあ、いいや。さて、今日は何をしようか…。  
 

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