兼続が景虎の家臣に向かって刃を向けた。
兼続にどのような沙汰が下されるのか、景勝は鬱々とした気分で歩いていた。
「景勝殿」
後ろからよく通る声に呼び止められ、景勝は驚いて振り向いた。
呼び止めたのが今回兼続と争った家臣の主、景虎であったからだ。
「兼続のこと、お屋形さまに許していただけるようお願いしておいた」
「景虎殿・・・」
しばし沈黙したのち、景勝はゆっくりと口を開いた。
「それは・・・有り難う存じます。このところ兼続のことでは景虎殿にはご迷惑をかけてばかり、今度のことだけではなく、先の戦でも・・・」
「いや」
景虎は朗々とした声で景勝の言葉を遮った。
「先の戦のことはともかく、今度のことはこちらにも非がある。
我が家臣の景勝殿への非礼、まことに申し訳ない。兼続はよき家臣じゃ、羨ましい。
私にはそこまで忠義を尽くしてくれる家臣がはたしているかどうか・・・」
そう言ってその表情に陰りを落とす景虎を見て、そういえばこの男と二人で話すなどほとんど初めてだということに景勝は気がついた。
姉や母、養父を交えて話すことはあっても、元来寡黙な景勝がこのきらびやかで饒舌な男と合うはずもなく、酒を差し交すこともなかった。
「そういえば、」
景虎がふっとつぶやいた。
「妻から手紙が来た」
「華姫から!?」
この兄には届いていないぞ!?という内心の動揺を隠しつつも、景勝は黙って景虎の言葉の続きを待った。
「ああ、道徳丸がつかまり立ちをするようになったとか。
あの年の頃の子供はまこと成長が早いのだな。早く会いたくてならぬ」
にこにこと息子のことを語る景虎の表情にはもはや先ほどの陰りはなく、
彼がどんなにか彼の家族を愛しているかうかがい知れた。
「さ、さようですか。妹はじゃじゃ馬ゆえ、景虎殿の妻が務まるのかと案じておりましたが・・・」
「そんなことはない!」
顔の輝きをさらに増して、景虎は熱弁した。
「華ほどすばらしいおなごはいない!私は華を妻に娶ることができて本当に幸せだと思っている。景勝殿!」
がっと痛いぐらいの力で景勝の肩をつかみ、景虎がすさまじい勢いで言葉をつづけた。
「兄であるそなたが華の魅力を分かっておられないとはなんと嘆かわしい!
よかろう、今宵は私が華の良いところについてじっくりお教えしよう!!」
その言葉通り、それから三刻あまり景勝は立ったまま妹の魅力について延々語る景虎に付き合わされ、
挙句の果てには「景勝殿も早く妻を娶られよ!」と笑顔で景虎に告げられ、お船への気持ちが整理できてない心をぐさっと傷つけられた。
終わり