「お待ちなさい」  
「は、はい? …あ、ご、ごきげんよう。何か御用でしょうか」  
「呼び止めたのはあたいで、その相手はあんた。間違いなくってよ。  
 ――首巻きが曲がっていてよ。身だしなみはいつもきちんとね」  
 それが、私、凜と、学園憧れの彩女さまの初めての出会いだった。  
 
 
「ごきげんよう」  
「ごきげんよう」  
さわやかな夜の挨拶が、澄みきった夜空にこだまする。  
郷田の庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、  
背の高い門を跳び越えていく。  
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の装束。  
腰巻きは乱さないように、覆面は翻らせないように、  
素早く走るのがここでのたしなみ。  
もちろん、水際で音をたてるなどといった、はしたない生徒など  
存在していようはずもない。  
 
殿立・凛々庵 女学園。  
嘉禄三年創立のこの学園は、もとは忍の令嬢のためにつくられたという、  
伝統ある隠密系お嬢さま学校である。  
郷田領下。鎌倉の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、殿に見守られ、  
幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。  
時代は移り変わり、元号が嘉禄から二十五回も改まった長享の今日でさえ、  
十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養忍者が箱入りで出荷される、  
という仕組みが未だ残っている貴重な学園である。  
 
 
                お殿様がみてる 〜完〜  
 

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