「其方さんに恨みは御座いませんが、御命頂戴致します!」  
 
「よかろう…、参られよ!」  
 
轟とばかりに放たれる抜き打ち。  
咄嗟に交わしはしたものの、其の太刀筋は尋常ではない。  
是まで凛が見てきた剣とは、本質的に異なるものだ。  
恐れとも、焦りともつかぬ想いが胸に支える。  
 
葛城某…。  
仮にも、藩剣術指南を務めた程の男。  
賊に身を窶したりとも、其の腕、未だ錆る事なく。  
数多の罪なき血を啜ってきた刃が、凛を追い詰めてゆく。  
 
天与の才を秘めしと言えど、所詮忍之者、女たる身。  
必死に身を交わし、間合を取るのが精一杯の凛であった。  
 
”これだけの腕をもってるのに、なぜ野党ずれなんかに…”  
 
退こうにも見出す隙は無く、じわりじわりと壁際に追いやられるばかり。  
吉五郎も此方へ向かっている筈なのだが、些か先走りすぎたようだ。  
 
”しくじったかな?”  
 
身に刻んだ忍之心得さえ思い起こす事もなく、挙句の果てにこの様だ。  
策もなく、だが直も打ち合う事数合、終には忍刀を弾かれてしまう。  
 
…油断…慢心… 今更ながらの慙愧の念が脳裏を過る。  
 
刹那、峰を打たれて凛はくたりと崩折れた。  
 
 
「ふ む、如何したものか。」  
 
刀を鞘に収め、利成は足元に横たわる凛を見据える。  
見れば、未だ幼ささえ残る顔つき。  
と、通路の方から数名の足音。  
どうやら押込働きに出ていた者達が戻ったようだ。  
 
「先生!御無事でしたか!、…此者は?」  
 
真ッ先に駆けつけた武士風の身形の者が問う。利成が片腕と恃む、  
嘗ては門弟であった男だ。数石取りの貧しき出自ながら、剣の才はなかなかのもの。  
政事の諍いに巻き込まれ藩を追われた際、利成を慕い数名の門弟が共に野に下った。  
 
「始末屋だそうだ…、くく。己も甘く見られたものよ。」  
「成る程。中程にて潜んでおった者は切り捨てましたが、四方や二匹如きで仕掛けてくるとは…」  
「この年端で始末屋稼業、忍崩れであろう…。暇を潰すにはよい見世物であったが、さて。」  
 
始末屋風情にまんまと襲撃を許したは不覚であったが、  
幸い働きに出ていた子飼いの者共は難を逃れた。  
討たれた張り番などは容易に替えが効く、然して痛くもない。  
何れの差し金か、少々気には掛かるが…。  
 
利成はにやりと口の端を歪める。  
 
「芸を拝んで、此の侭御役御免も不粋。皆で心を尽くし、礼を致すが道理であろう…くくく。」  
 
忍崩れの始末屋とはまた滅多に与れぬ珍味。絶えぬ無聊の慰みに、  
じっくり責めみるとしようか。折りしも、どうやら働きの方は成果も上々の様子。  
 
今宵は、この娘の艶姿を肴に宴と参ろうか…。  
 
 
                                ―――――― 絶 筆 ――――――  
 

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