「さあて…そろそろ風呂に行こうか。」
彩女はそう言って凛を誘った。
野良仕事の後は、たっぷりとかいた汗を風呂で流すに限る。
「うん、待ってて!わたし着替え持ってくる!」
そう言って、元気よく庵の中に消える凛の背中に、彩女が慌てて声を掛けた。
「手ぬぐいも忘れるんじゃないよ!それから桶もね!」
はーい、という声が庵の中から帰って来る。
ぱたぱたと庵の中を走り回る様子に、彩女は思わず苦笑した。
この時代の風呂とは、今日で言うところのサウナ風呂の事を指す。
現在のような湯を張った形式のものは湯風呂と呼ばれ、当時としてはかなり特殊なものであった。
彩女の庵には勿論風呂などという大層なものは付いていない。
彼女の言う風呂とは露天風呂のことである。
庵から二町ほど離れた所にある河原の大岩の隙間から、温泉が湧き出ていた。
彩女はそれを利用し、自らの手で湯風呂を作ったのである。
この風呂は彩女の唯一の憩いの場であった。
忍びとしての役目を終え、庵に帰り着くと何よりも先にまずこの温泉に浸かる事が、彼女の楽しみであった。
彩女と凛は手ぬぐいと寝着を桶にいれ、仲良く手を繋いだまま温泉までの道のりを歩いた。
道すがら、彩女の胸は早鐘を打つように高鳴っていた。
このところ、いつもそうである。手を繋ぐたびに、胸の鼓動が凛に聞こえないか、心配になる。
実は、凛の裸体を観賞することが彼女の密かな楽しみになってきていたのだ。
正直なところ、彩女は凛の少女とも少年ともつかない中性的な魅力に、完全に参っていた。
彼女はその事を否定するであろうが、胸の奥底に燃える凛への思いはそうそう消えるものではない。
凛の裸体を存分に観賞した後、彼女に隠れて密かに自慰に耽った事も一度や二度ではない。
女である自分が、同じ女である凛のあられもない姿を想像しながら自慰に耽る事は、
自身をたびたび自己嫌悪に陥らせた。
しかしそれでも凛の事を頭の中に思い浮かべる度に、彼女の身体は例え様も無いくらいに熱く燃え上がり
気が付くとついつい一人、悦楽の世界を漂うことになる。
それが恋慕の情であるという事は、彩女も薄々気が付いていた。
しかし彼女の理性はそれを認める事を頑なに拒んでいた。
露天風呂に到着すると、凛は早々と着物の帯を解き、全裸になった。
彩女は自分と凛の荷物を整理する振りをしながら、それを横目で盗み見ていた。
まず何といっても最初に、彼女の乳房に目がいってしまう。
乳房と呼ぶには余りにも頼りないその膨らみの頂点に、これまた野苺のように可愛らしい乳首がちょこんと乗っている。
そこから腹部、そして臀部へと続くラインには無駄な贅肉一つ付いていない。まるで少年の裸身といっても過言ではないほどだ。
少年と違うところは、やはり股間の突起物が付いていないことであろう。そこには申し訳程度に陰毛が生え、
その隙間から、彼女の女である証が顔をのぞかせている。
四肢も驚くほど華奢で、長い。女鹿の四肢という表現が一番しっくりくる。
彩女はこの身体の虜になっていた。この世のあらゆる女の裸体の中で、最も美しい裸体の持ち主が
凛であると信じて疑わなかった。
彩女と凛は、並んで湯に浸かった。
凛のものとは明らかに違う、彩女の豊かな乳房が二つ、湯船にぷかぷかと浮かんでいる。
彩女の気持ちを知ってか知らずか、凛は彩女と腕を組んで甘えてみたり、彼女にお湯を掛けたりと無邪気に遊んでいる。
その内温泉内をすいすいと泳ぎ周り、少しのぼせたのか彩女の真向かいの岩に腰を掛けて涼み始めた。
足を閉じていないため、彼女の秘所が丸見えである。
目のやり場に困った彩女は、思わず顔を伏せてしまった。
胸が昂ぶるのが、自身にもはっきりとわかった。
―あ、あたしは女だぞ…!
彩女は心のうちでそう叫んだ。
―女同士、何故顔を伏せる必要がある!それに…相手はまだ子供だ…!
自分を叱咤し、ちらりと凛の様子を覗ってみた。
眼前の凛は、大股を開いて腿の内側を指でぽりぽりと掻いていた。
彩女は唖然とした。文字通り、口が半開きの情けない顔である。
先程の野良仕事の最中股を虫に食われたらしい。赤い小さな腫れが、そこにあった。
しかし彩女はそんな所には目も触れない。ただ一点、凛の秘所に目を奪われていた。
大股を開いているので、彼女の内部まで見えそうな勢いである。
「どうしたの彩女さん。」
彩女の視線に気が付いた凛が訊ねてきた。
不意を衝かれた彩女は、とっさに視線を逸らすだけで精一杯である。
「いや…その、蚊に食われたのか?いや…そうじゃなくて…。野良仕事のときに…。」
自分でも良くわからない奇妙な返答である。彼女は明らかに焦っていた。
だが凛は彩女の焦燥振りなど気にもしていない。
それどころか虫刺され後を彩女にもよく見えるように、股の内側を強調してきた。
「うん。そうなんだ。もう痒くって…。彩女さんは蚊に食われなかった?」
「…いや…、あたしも食われた。後で薬を塗ったほうがいいな。痒くて眠れなくなると困る。」
「そうだね。じゃあ後で塗りっこしようよ。」
凛はそう言って、無邪気ににっこりと微笑んだ。
「じゃあ、もう出ようか。」
言うよりも早く、彩女はざばりと立ち上がった。
この場に凛と二人でいることが、耐えられなかった。
「え?もう?入ったばかりだよ?」
凛が不思議そうな顔で声を掛けてくる。無理もない、風呂に到着してから現在の時間にして十分も経っていない。
「ああ、何だか今日はのぼせちまったからね、あんたは構わないから入っててもいいよ。」
そう言って早々に身体を手ぬぐいで拭き始めた。
凛は少々不満げな様子を見せたが、しぶしぶ彩女に従うことにした。
―今日の凛は目に毒だ。
身体を拭いながら彩女は思った。このまま風呂に浸かっていたら、自分は何をしでかすか分からない。
普段は自制心の塊のような彼女も、こと凛のことに関しては自身に信用が置けない。
その場から逃げ出すようにそそくさと寝着を着込むと、凛に背を向けたまま大きく息を吐いた。
背後で凛の肉体と寝着の擦れ合う音が聞こえる。
彩女はほぅと天を仰いだ。もう日が落ちかけている。自分の心同様、山が赤く燃えている。
もう一度大きく息を吐いた後、凛のほうを振り返った。
彼女はもうすっかり寝着を着込み、手櫛で髪をすいていた。彩女の心に、無念の感情と安堵の感情が同時に沸き起こった。
「また今度川海老を取ってきてやるからさ。」
庵へ帰る道すがら、罪滅ぼしもかねてそう言った。
「本当?彩女さん!やったぁ!わたし川海老大好き!」
凛のはしゃいだ声が、夕闇の中に響いた。
いつかの洞穴での約束通り、川海老の素揚げを凛に食べさせて以来、
彼女はすっかりその味の魅力に取り付かれてしまっていた。
素揚げが食卓に上がるたびに、彼女は子供のように手を叩いてはしゃぐのだ。
凛の喜ぶ顔が見たくて、彩女は何度も川に足を運んだ。
川海老を取るのは骨が折れる。連中は小さい上に、すばしっこいときているからだ。
それでも凛が嬉しそうに川海老を口に運ぶ姿を見ると、そんな苦労も吹き飛んでしまう。
「ああ、約束するよ。沢山取って来てやる。」
「うん!約束だよ!げんまん!」
凛はそう言うと彩女の胸の前に小指を立てた。
彩女は思わず苦笑した。そして凛がたまらなくいとおしくなった。
凛の小指に、自分の小指を巻きつけた。
「ゆーびきーりげーんまーんうそついたーらはりせんぼんのーます。…彩女さんも言って!」
「ゆーびきーりげーんまーん…」
もうすっかり日は落ちていた。星が瞬き始めた空に、二人の楽しげなげんまんの歌が吸い込まれていった。
〜続く〜