身体に縄を掛けられた凛が、引き摺られる様にして里の中央にある広場へと連れ出されてきた。  
舌を噛み切って自害をしないように、口には竹で作られた猿轡を噛まされている。  
彼女の後ろには屈強な男が二人付き、逃げ出さぬようにしっかりと彼女に括り付けられた  
縄を握り締めていた。  
広場には既に、複数の人間達が集まっていた。  
凛の里を急襲した者共である。  
篝火が作り出した陰影によって、彼らの表情をうかがい知る事は出来なかったが、時折ゆらゆらと揺れる  
影がまるで物の怪のように歪み、凛をあざ笑っているかのように見えた。  
―こいつらが、わたしの里を…!  
凛はの心中は怒りに燃え、夜叉の形相で襲撃者たちを睨みつけた。  
だがこの暗闇の中、その怒りが彼らに伝わったかどうかはわからない。  
彼らは時折小声で話し合ったり、下卑た笑い声を立てたりしながらただ凛を見つめているだけだ。  
 
ふと彼らの足元に目を落とすと、なにやら複数の西瓜のような物体が並べられているのが見えた。  
凛には最初、それが一体何なのかまったくわからなかった。  
暗闇の中、篝火に照らされるその物体に目を凝らすと、その物体と彼女の目が合った。  
その瞬間、凛は慄然とした。  
そこに並べられていたのは、切断された人間の頭部だったのである。  
それらが、この里の人間の物である事はすぐにわかった。  
襲撃者達は悪趣味にも殺した里の者の首をすべて切断し、広場に並べた後凛を出迎えたのである。  
凛の呼吸が荒くなった。怒りと恐怖に彼女の身体は細かく震え、今にも腰が砕けそうになる。  
それでも彼女は持ち前の気丈さで、何とか平静を保つ努力をした。  
ここで我を忘れて泣き叫べば、それこそこの憎き襲撃者達の思う壺になると思ったからである。  
 
「おやおや、凛。よく来たねぇ。」  
襲撃者達の一団の中から、突如聞き覚えのある声が彼女の耳に聞こえてきた。  
聞き間違えるはずも無い。それは凛が姉と慕う双葉のものであった。  
―双葉が生きていた!  
凛の心が僅かに躍った。しかし同時に何故双葉だけが生き残ることが出来たのかという疑念も  
彼女の心に湧き上がってくる。  
声の主が、一団の中から凛の前に歩み出てきた。  
暗闇の中、篝火の頼りない明かりの中では、その人物の輪郭を把握するだけで精一杯であるが、  
凛にはそれが間違いなく双葉であるとわかった。  
―しかし何故双葉がここに…。  
凛の頭の中では、この事態を合理的に解釈する一つ回答が導かれつつあった。  
この里の結束は固い。また里人達は皆忍術の手練でもある。そう簡単に敵の侵入を受けるものではない。  
事実、以前にも敵が何度か里への侵入を試みたことがあったが、いずれも里人達の奮戦によって撃退されている。  
―もし、敵に里への侵入を許すことがあるならば、それは里人の手引きがあったときだけだ。  
幼い頃から凛はそう言い聞かされてきた。  
 
だが今、侵入者達によって里は壊滅し、目の前には里人であった双葉がいる…。  
そのことだけでも、双葉が手引きをした事は動かしようの無い事実であることが、凛にもわかった。  
だが、彼女はその事実を受け入れることが出来なかった。  
自分の慕う女性が裏切り者であったという事など、死んでも認めたくは無い。  
この事態を何とか好意的に解釈しようと、頭を捻った。  
しかし、そんな彼女の努力も空しく、双葉は勝ち誇ったような笑みを零して言った。  
「ふふふ…いい格好だね、凛。とってもよく似合っているよ。  
 ああ、いい気味だ。あたしはずっとこの時を待っていたんだよ。  
 あんたが惨な姿を晒すこの時をね。」  
そう言うと、双葉は目の前の首を足で蹴って、凛の前に転がした。  
首は凛の二尺ばかり前のところまで転がり、虚ろな目で彼女を見つめた。  
それは権蔵の首であった。権蔵は凛の育ての親である。  
凛に忍びの術を教えたのも彼であった。  
「まあ、こいつらにはちょっとばかり気の毒な事をしたけどさ、あたしには  
 どうでもいいことだからね。こんな里がどうなったってさ。」  
 
その言葉を耳にした瞬間、凛の心中で獣が目覚めた。  
凄まじい咆哮を上げ、体中から濃厚な殺意が解き放たれた。  
彼女の豹のようにしなやかな肉体が宙を舞い、双葉の首を一閃した。  
…彼女の体が自由であったなら、そうなっていたであろう。  
しかし、いまの彼女は哀れな囚われ人である。  
双葉に飛び掛ろうとしたところを、たちまちの内に屈強な男達に取り押さえられ、うつ伏せに組み敷かれた。  
―なぜ!なぜ裏切った!!  
男達に圧し掛かられながらも、凛は叫んだ。しかし猿轡を噛まされているため、彼女の叫びは言葉の形を成す事が出来ない。  
―なぜだぁっ!!なぜ里の皆をっ!!  
声ならぬ声をあげのた打ち回る彼女の両の眦から、大粒の涙が零れた。  
里は裏切り者の双葉によって壊滅した。  
自分が尊敬し、誰よりも慕っていた女性の裏切り…それが何よりも赦せなかった。  
凛の瞳からは涙が後から後から溢れ出し、頬を伝って零れ落ち、乾いた地面を濡らした。  
 
「おやおや、そんなに泣くもんじゃないよ…。あんたにはこれからたっぷりと泣いて貰うんだからね。  
 その時まで涙を取っておきな。」  
双葉はそう言うと、凛の眼前に膝と付き、彼女の頬を伝う涙を指で拭った。  
だが凛は、猛烈な勢いで首を左右に振って、そのの指を振り払った。  
裏切り者に情けを掛けて貰うほど自分は落ちぶれてはいない。  
獣の形相で自分を睨みつける凛に向かって、双葉は邪悪な笑みを浮かべて言った。  
「これからあんたがどんな目に会うか、あたしが教えてやるよ。  
 あんたはね、ここにいる男どもの慰み者にされるのさ。あんた、まだ男を知らないんだろ?  
 よかったねぇ、ここにいる男どもはあんたみたいな餓鬼のねんねを嬲るのが  
 何よりも好きなんだ。こいつらにたっぷり可愛がって貰いな。」  
それは、凛が最も恐れていたことであった。  
まだ男を知らない彼女にとって、彼らに嬲り者にされるということは、得体の知れない未知の恐怖であり、  
ある意味殺されることよりも恐ろしいことである。  
彼女は襲撃者に生け捕りにされた時から、そういう目に合わされるであろうことは予測していたし、覚悟もしていた。  
しかしそれを面と向かって、しかもかつて自分が慕っていた女性の口から聞かされるという事は  
やはり衝撃的であった。  
 
そんな話は聞きたくないとばかり、凛は叫んだ。猿轡を噛まされているため、彼女の叫びは  
単なる呻き声にしかならなかったが、それでも彼女は叫び続けた。  
里を滅ぼされた悲しみと、裏切り者への怒りと、そしてこれから己が味わう生き地獄への恐れの叫びであった。  
そんな凛の反応を、双葉は明らかに愉しんでいた。  
彼女は嗜虐的な笑みを浮かべ、凛の髪を無造作に掴み上げるとその耳元で嫌らしく囁いた。  
「散々嬲って嬲って嬲り尽くしてあげるからね。その後、もし男どもがまだあんたに飽きていなかったら  
 まだ生かしておいてやるよ。ただし男どもの肉人形としてだけどね。あんたをあたし達の里に連れて帰って  
 そこでみんなで飼ってやる。あんたは来る日も来る日も男どもに玩具にされるんだ。どうだい?楽しみだろ。」  
その言葉に、男達が笑った。凛に何か卑猥な言葉を投げつける男もいた。  
凛は喉も張り裂けんばかりに叫んだ。たとえ猿轡に阻まれても、彼らの声と言葉をすべてかき消してしまいたかった。  
あるいは辱めを受ける前に、この場で舌を噛み切って自害してしまいたかった。  
しかし今の彼女にはそのいずれも成す事は出来ない。彼女の生殺与奪を握っているのは襲撃者達なのである。  
彼女に出来ることと言えば、ただただ涙を流し、呻き声を上げるばかりであった。  
双葉の顔が邪悪に歪んだ。それは篝火の作り出す、あやしい陰影のためだけではない。  
彼女の心底が、まさに表情に映し出されたためである。  
「もしそこでの覚えが良いんなら、男どもがあんたに飽きた後、殺さないで吉原にでも売り払ってやるよ。  
 おいたが出来ないように、手足を切り取ってね。そんな様でもこの里の奴らのように殺されないだけマシだろ?  
 ふふふ…こう見えてもあたしは優しいんだ。なにしろあんたはあたしの大事な妹分だからね。ふふふふふふ…」   
そう言って不気味な笑みを洩らす双葉と、ただただ呻き声を上げ、もがく凛の姿を、物を言わなくなった権増の瞳が  
鏡のように映し出していた。   
 
                                                    〜終〜  
 
 

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