其処は風が靡いていた。
枯れた笹の葉が舞い、黒く焦げた家々の上空を流れて、ゆっくりと空に飲み込まれていく。
「………」
家々の中で、一番高い崖の位置に建つ家の前に一人、彩女は立っていた。
其処から見える世界は、些か懐かしさと悔しさを思い出す。
「………あたい、どうして此処に…」
日も落ちぬ昼間に、黒づくめの女が、廃墟に一人でいたら、至極怪しい。
しかし、彩女を怪しむ人は此処には居なかった。居たのは、
「彩女」
物陰から姿を現す力丸のみであった。彩女は力丸の姿に目を丸くした。
「アンタ、尾いてきたのかい…無言でついてくる男は嫌われるよ?」
「…一言多いぞ」
「あたいは事実を述べただけ」
力丸は銀髪を軽く掻くと、彩女の傍に歩み寄った。
「彩女が居なかったから心配してきたのだが…無用だったようだな」
「当たり前。アンタに頼るような人柄じゃないの位、付き合い長いんだから分かるはずだろ?」
「…まぁな」
また、風が靡いていた。
今度は強く。耳元で風音がする位。
彩女は唇に塩っぽさを感じて、慌てて力丸より一歩前に出た。
どうしてだろう?
どうしてこんなに胸が軋むのだろう?
「彩女、こっちを見てみろ」
「やだね」
「…彩女」
「五月蝿いね、女の要望には応えようとしなよ…」
「いいから、見てみろ」
力丸が頑固にも言う。これはわかってて言ってる最低男なのか、全くわかっていない阿呆男なのか。彩女は振り向きざまに瞼を擦り、力丸を見遣った。
「いい加減…!?」
近い。
力丸の顔が霞んでて見づらかったが、唇から塩っぽさは無くなり、何かが触れている感触を感じ取った。
「!!」
彩女は重ね合う唇に動揺した。
慌てて力丸を突き飛ばすと、また眼下に広がる廃墟を見下ろす。
「…何するんだい、助平」
「嫌か…?」
「嫌さ」
彩女は唇を拭うと、空を眺めた。雲の向こうに、愛おしい兄様の顔が浮かぶ。もう会えない場所で、兄様は何をしているだろうか?
「龍丸を忘れられないのか…」
「…ッ!そんなこと…」
あるに決まってるだろ。
彩女は「たつまる」という言葉を聞く度、胸が苦しくなる感じがした。
「…龍丸はもういないの位わかってる…けど、あたいはまだ…」
まだ好きだった。
まだ好きでいたかった。
だから力丸を好きになれない。
そんな理由で振られる力丸が可哀想だと、振る側の彩女が思うほどだ。
それでも、いない人を想いたかった。
「まだ、好きか…」
「ああ、この想いは変わらないさ」
はっきりとした言葉に、力丸は少ししかめ面である。
「そこまで好かれる兄者が、羨ましいな…」
力丸は呆れたように溜息を吐くと、何処かヘ歩きだした。
また一人の廃墟。
風が同じように靡いていた。
「あたい…忘れたくないけど…」
ゆっくりと力丸の去っていく後ろ姿を眺める。
「忘れるときが来るんだろうな…」
力丸の背中を見ると何時も思う。
次第に龍丸の姿が霞んできていて、力丸の姿は色濃くなってきていると、彩女は感じていた。
彩女はふっと空を見遣ってから、力丸の後に続いて立ち去った。