少年は青空の下で思考した。  
何故、自分が此処に居るのだろうと。  
何の理由が有り、産まれ堕ちたのか。  
微かに世斬った記憶の断片。  
 
 
『力、御前は…彼の少女を如何思う?  
流れ逝く人を見詰める彼の少女を』  
 
『…御師匠様、自分は…』  
 
言わんとした所で突然胸の鼓動が激しく鳴ったのを少年は記憶して居た。  
未だ、其れが何か等と気付く事は皆無に等しい。  
其れを知る事無く少年は有りとあらゆる殺人術を叩き込まれ、絶える事の無い鉄錆の匂いと浴びる生温かさの中で生きて居た。  
 
何故殺さ無ければ成らない?  
 
そんな問い掛けを抱く日も有った。  
どんな悪者でも人は人で有り、動植物と同じ命なのだ。  
そう思う度少年の無垢な心は人の命を奪い去った罪悪感に苛まれ、締め付けられ、眠る事も出来ず、布団の中で独り自分を抱き抱える事が日常に成って居た。  
 
少年は今も尚、聞こえぬ声で叫びを上げ続け、見えぬ泪を流し続けて居る。  
 
そんな日々は少ならかず少年を蝕んで行き、本来の少年らしさ成る物を全て奪い去って行った。  
若しかすれば、人間らしさもごっそりと欠落したのかも知れ無い。  
 
少年は変貌を遂げた。  
 
其れは以前に、動植物を慈しみ愛でて居た少年の姿の片鱗すら視えない。  
夜叉、鬼…今の彼を表現する為らば此の様な言葉に成り得るだろう。  
だが、其の彼の変化を敏感に感じて居た者が居る。  
何時かの川辺の少女で有る。  
戦の所為で全てを喪った不運な落とし子の一人だ。  
眼も視えぬ赤子の頃に師、紫雲斎に拾われた彼とは多少勝手が違い、己の名と歳しか謂わない少女に紫雲斎は如何対処すれば善いか、心底困り果てた。  
在る日、紫雲斎は少女に一本の木刀を握らせ、足下の小石を蹴り付けた。  
紫雲斎は小石が当たると十中八九思ったが少女は其れをかわして終ったのだ。  
 
紫雲斎の行動に少女は怒り、木刀を握り直すや否や師である紫雲斎に飛び掛かり、すんでの所で少女を羽交い締めにし、紫雲斎は此の少女には天賦の才が有ると確信した。  
少女は鍛錬でも敵だと見做した為らば其れが兄弟子だろうが何だろうが容赦無く打ち振るい、大人達の舌を巻かせた。  
誰もが其の姿は羅刹、修羅と口々に言い放った。  
 
少女は一本の木刀では厭き足らず、自身で削り、長さを揃え二本に増やし、修行に臨んだ。  
腕力の差等微塵も感じぬは少女の異端成る才が開花したからで有る。  
 
彼は鮮やかな血飛沫に魅せられたのだ、と彼女はハッキリと理解って居た。  
何故なら、時を同じくして少女も魅せられて居たからだ。  
 
太刀から手、やがては全身に響く感触にえも謂われぬ何かが脳を、神経を、ジリジリと灼き焦がして逝くのを彼は快楽なのだと気付き、  
彼女は両の小太刀が骨肉を断つ感触に氣の遠く成る程の絶頂を覚えた。  
 
自慰で得られる悦からは到底比に成らない程の瞬間に二人は魅せられ、そして愛した。  
 
『此の瞬間に自分は生きて居るのだ』  
 
 
彼等は二人揃ってそう思考し、  
次第に近付き、気付いた時には血と血飛沫の中、戦場で愛を育んで居た。  
御互いが一番御互いらしく居られる瞬間が太刀で誰ぞの命を奪った其の時なのだ。  
躰に浴びた血飛沫を互いに塗りたくり、舐め遭い、味わい、まぐわうのが彼等の日常に成った。  
生と死の狭間で感覚は著しく鋭敏に成り、未だ稚拙な『人間』は其の度掻き消した。  
 
 
『此以上人間で居て傷付く成らば、我等は快楽求むる殺戮人形に成りませう』  
 
 
二人は激しく、生を感じ、性を感じずば此処に居られ無いのだ。  
 
 
「…あッ!あっあ!んん!!」  
 
彼女は木を背後の支えにして、度重なる責めに身を悩ましげに捩らせ、激しく揺さぶられる度に、声を上げた。  
 
着物を脱がず、只肌蹴させた儘で、彼は未だ膨らみきら無い彼女の乳房にむしゃぶり付く。  
 
秘部からは快楽の証で有る愛液が流れ、彼は無言の儘彼女の丸で生き物の様に蠢き締め付ける膣(なか)を自身の肉契で味わい、勢い良くなかをぐりりと抉った。  
 
 
「…ひあぁッ───!!!!」  
 
 
彼女は白銀の背中にがりりと爪を立て、盛りの付いた獣の様に動きを止めぬ彼の耳元で一際高い嬌声を上げながら絶頂へと上り詰め、肩にがくりと凭れた。  
暫く彼は動き続け、暫くすると彼女の中に灼熱を放った。  
 
 
「……ッく……」  
 
 
ごぽり…と子種を流し込まれた彼女は微かに震え、彼の着物をきゅっと掴み、囁く様に言葉を発した。  
 
 
「…んぁぁ…アツいの…アタィ…のなかに…いっぱいきちゃう…」  
 
 
情事の余韻に浸る二人は息を荒げ、彼は自身を引き抜く事も無く律動を開始した。  
 
 
終わり無き絶頂と白濁と愛液にまみれ、二人は元に戻れぬと悟った。  
もうマトモな人間では無く成ったのだ。  
一度太刀を握れば恍惚とした『彼の』甘い感覚を思い出し、思わず躰がひくりと震える。  
戦、任務が終われば、空虚成る時間が二人をぎしぎしと締め付け、とてもでは無いが平常を保て無い。  
そんな時に限って二人は人間を取り戻し、罪悪感に苛まれ、こんな事に成る前の、何も知らない、彼の幼き頃に戻りたいと心底願うので有る。  
 
もし戻れる成らば、二人は命を投げ打とう、とも言う。  
若しかしたら、命を投げ打つ事で過去に戻る事が出来るのかも知れないと二人は思い始めて病まない。  
 
二人は其れ程、過去と云う残像に囚われて居るのだ。  
 
 
さわ、さわり。  
心地良く吹き抜ける風と草の音に少年は閉じた双眼をそっと開いた。  
懐かしい山々に真っ青な空。  
少年は隣で少女が訝しげに此方を視て居るのに気付いた。  
 
少年は少女の隣に腰を下ろし、後ろに手を付き、空を仰ぐ。  
 
ふと、遠くで何かが聞こえた。  
其れはまるで歌の様で、話し声の様だ。  
二人は又目を瞑り、其れに耳を傾けた。  
 
「舎利子よ。  
この道理を悟って、この世の成立を見るならば、色あるものも形なきにひとしく、受も、想も、行も、識のはたらきすべて有ることなし。  
また、それらの本なる眼も耳も鼻も舌も身も意もあるにあらず。  
また、六根の対象たる色も声も香りも味わいも触も法もまたあることなし。  
また、眼界もなく、以て意識界もなし、無明も無ければ、従って、無明の尽くるところもなく、また、老もなく、死もなくよって老と死の尽くるところもなし、苦も、集も、滅も、道も智慧もなく、所得もなしと悟れ。  
一切心にとどむべからず、これを悟らば一切の圭礙心より去るべし。  
心に圭礙なければ、迷いも恐れも欲も生ぜず、菩提薩捶はすべからく此の空の真理を体現すべし。  
顛倒を離れてかならず涅槃を究竟つくさん。  
 
三世に住みたまえる一切の御仏は、このさとりによって因縁解脱を成就し給えり。  
この故に、解脱を求めんとする人は、すべからく、般若波羅蜜多の大神呪を知らねばならぬ。  
この大神呪は無上の呪文にして、無比の呪文なり。  
いっさいの苦厄災難を解脱る呪文にして、その威力はかり難し、すべての真理の中の真理と云うべし。  
真理であるが故に、いつの世、いかなる時においても変らず、虚偽ならず。  
その呪に説いて曰く、「空の真理を身につけて、観自在の慈悲のもと、行ぜよ、行ぜよ、ただひたすらに。あゆめばやがて行き着かん。因縁解脱の彼の岸に」  
 
 
 
【終…ッチマエ】  
 

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