「羅刹(らせつ)の涙」  
 
応仁の乱以来、150年に渡った戦国時代もようやく終わりを告げる頃、郷田領は騒乱の  
渦中にあった。  
天下盗りを狙う隠密集団「陽炎座」が、手始めに郷田領の国盗りを目論んでいたのだ。  
国盗りの手段として、昼夜を通して建造されていた巨砲搭載の大安宅船“焔口鬼(えんくき)”  
がようやく完成に漕ぎ着けた頃の事である。  
 
元は東(あずま)忍流の上忍で陽炎座を追い、奇妙な縁から陽炎座四天王の『青龍』を名乗って  
いた龍丸は、頭領である香我美から「大事な用件」があるとの呼び出しで、とある場所に  
足を進めていた。  
(来るべき郷田との戦の為のものか、それとも弟弟子達の事か…)  
篝火から弾ける松脂と、新造船特有の木の香と漆が混じった匂いのする通路を進んだ。  
 
・・・龍丸は香我美を一度追い詰めた際に崖から落ち、その時の衝撃で記憶喪失となって  
いた。彼が陽炎座に属しているのも、討たれた青龍の代わりに都合が良いという、  
それを見越した香我美の差し金であった。  
だが、その為に知らずとはいえ自らの故郷を焼き、あまつさえ師匠の東紫雲斎を殺める  
という許されざる非道を犯してしまった。  
 
“もはや、東には戻れぬ…”  
 
覚悟を決めた龍丸は香我美から、例え弟弟子―力丸や彩女―を消せという  
達しを伝えられたとしても、躊躇せずに実行する覚悟を固めていたのであった。  
 
「・・・来たか」  
指定された部屋に入るなり、龍丸は我が目を疑った。  
通された部屋は明国風の華麗な装飾を施された臥所(ふしど)であった。  
陽炎衆が根拠としている洞窟は岩肌に木材の骨組を取り付けただけの簡素なもの  
であったので、鮮やかな赤漆や漆喰、見事な装飾は余計に不釣合いに映った。  
「これは一体・・・?」  
「たまには男と臥所を共にするのも悪くないだろう」  
香我美の肌は、心なしか上気立っている風に見えた。  
「だが、今になって何故…」  
「これまでのくの一は、武士の為に敵に体を委ねなければならなかった。  
だが、これからは好いた男と思うが侭(まま)に契りを交わす事が出来る。  
これはその前祝といった所だ。  
まぁ、あの師匠では貴様がその手の事に疎いのは無理も無かろうがな」  
「なっ………」  
 
香我美の言った通り、東紫雲斎はくの一がよく使う床術や誘惑の術が苦手であった。  
その為に、女弟子の彩女にすら通常の忍びの術を教えていた程であった。  
龍丸は成す術も無く突っ立っていたが、香我美はおもむろに髷を解いた。  
「…せめて、お前の前では女で在っても良かろう?」  
香我美の頬は、肌以上に薄っすらと赤味を帯びていた。  
 
龍丸は香我美の胸当ての留め具を外そうとするが、手が震えて上手く行かなかった。  
「ふふ…、女子(おなご)の肌に触れるのは始めてか」  
香我美に茶化されながらも、やっとの事で留め金を外すと香我美の形の良い乳房が  
姿を現した。その途端に、龍丸の顔が赤く染まって動作がぎこちなくなった。  
「どうした、好きにして良いのだぞ?」  
突然、香我美は龍丸の口に自らの唇を重ねた。  
「!?………」  
「…口吸いも始めてなのか。まぁ良い、妾(わらわ)が色々と教えてやろう」  
香我美は意味深な笑みを浮かべつつ、ぺろりと唇を舐めた。  
香我美は腰巻を剥ぎ取って一糸纏わぬ姿になると、龍丸の逞しい体に馬乗り  
になった。  
「お前のモノはどうかな…?」  
慣れた手付きで龍丸の股引をまさぐるなり、いとも簡単に剛直を取り出した。  
「なっ、何をする………」  
龍丸がたじろぐのも意に介さず、香我美は剛直を口に含んで優しく、しかし舌を絡めて  
執拗に吸い始めた。  
「ん・・・、んっ・・・」  
「くぅ・・・」  
香我美の絶妙な舌技に龍丸は早くも果てそうになったが、どうにか気力を降り絞って  
早漏になる事だけはどうにか免れた。  
「良く耐えたな。まぁ、そうで無くては愉しめぬがな」  
香我美は唇を舐めると、胸の谷間に剛直を挿んで亀頭を唇で舐めだした。  
「これはどうだ、気持ちが良いであろう?」  
柔らかな乳房が掌の中で形を変え、亀頭を包む様に締め上げた。  
香我美は小悪魔のような笑みを浮かべつつ執拗に龍丸を攻め立てたが、龍丸はそれに  
必死に耐えた。  
「そう我慢せずに、精を出しても構わぬそ」  
「…そなたの美しい顔を汚すのが忍び無くてな」  
龍丸は執拗に迫り来る快楽に顔を歪めながらも、不敵に微笑んだ。  
 
「俺も奉仕されてばかりでは、漢として面目が立たぬ」  
龍丸は上体を起こすと、太い腕で香我美のほっそりとした腰を掴み、己の半身に  
重なる様にあてがった。  
「あひぃ!」  
下から逞しい剛直を突き立てられた香我美は小さく悲鳴を挙げた。  
「痛かったか?」  
心配した龍丸が剛直を引き抜こうとすると、香我美が龍丸の腰を掴んだ。  
「心配要らぬ、このままで良い」  
「そうか…」  
龍丸は香我美の腰を両手で掴むと、慎重に己の剛直で突き上げ始めた。  
「あっ・・・んっ・・・」  
香我美の唇から漏れ出る微かな嬌声と淫靡な水音が薄暗い部屋に響いた。  
乳房も突き上げられる振動に合わせ、小刻みに揺れていた。  
「・・・もっと、深くまで来て・・・」  
「わ、分かった・・・」  
龍丸は繋がったまま香我美の身体を慎重に抱えると、今度は覆い被さる格好で  
己の臀部を上下させ始めた。  
「んぁ・・・あぁ・・・あぁっ・・・」  
「ん・・・くっ・・・ぅ・・・」  
目方の重い龍丸が上になった為か、剛直は更に香我美の身体の奥深くまで沈み、  
香我美を更に喘がせた。  
 
「くっ・・・、もう限界か・・・・・・」  
龍丸が剛直を抜こうと上体を上げようとすると、香我美の両腕が龍丸の逞しい背中  
を掴み、そのまま離そうとしなかった。  
「香我美・・・、このままでは・・・」  
「・・・お前のものを、全てこの身で受け止めたい・・・」  
香我美は更に龍丸の身体を抱き寄せ、乳房を龍丸の胸に押し付けた。  
「ならば・・・止むを得ぬ・・・受け取れ!」  
「あぁ・・・来て・・・!」  
香我美は口吸いを求めると、龍丸はそれに応じて唇を重ねた。  
お互いに求め合い、激しく身体をぶつけ合ったが、遂に限界が来た。  
 
「ぐあっ!」  
 
龍丸の剛直はとうとう堪え切れず、勢い良く白濁液を吐き出した。  
香我美の身体の中で荒れ狂ったそれは、繋がった部分の隙間から溢れ出した。  
 
「あぁ・・・」  
 
香我美は自ら求めた男の精が、己の身体に注がれる快感を全身で感じた。  
 
一人の男と一人の女が固く結ばれた瞬間でもあった。  
 
「何故、俺を…?」  
まぐわいの後、龍丸は香我美に尋ねた。  
「妾もお前の全てを受け入れようと思った。それに…」  
「何だ?」  
「…これが最後になると思ったからな」  
香我美は自嘲染みた笑みをこぼした。  
「お前は記憶が戻ったのであろう。今更妾に仕える道理も無かろう…」  
そう言うなり、香我美は顔を背けた。  
 
「俺は戻らぬ」  
 
龍丸の声はその意思を象徴するかの様にはっきりとしていた。  
「前にも言っただろう。  
お前の細き身体では、全てを受け止めるには酷だからな。  
俺がお前の苦しみや悲しみを受け止める為に出会い、お屋形様  
や弟弟子達と刃を交える運命(さだめ)なのであれば、  
俺はその運命を喜んで受け入れるまでだ」  
「解せぬ…。何故、そうまでして妾に尽くす道理があると言うのだ…」  
 
「お前が望んでいる様に、俺もお前と共に在りたい」  
 
「うっ・・・く・・・うぁぁぁぁぁぁ!!」  
 
堪え切れなくなった香我美は、龍丸の逞しい胸に抱きかかえられて涙を流した。  
冷酷非情な忍びの頭領が、一人の男を愛する一人の女になった瞬間でもあった。  
 
                 *  
 
「あの女とて所詮はか弱き人に過ぎぬか。つまらぬものよ…」  
 
そう呟いたのは、陽炎衆四天王の一人である朱雀であった。  
彼は盲(めし)いているにも関わらず、包帯を巻いた顔を二人の居る方に真っ直ぐ向けていた。  
「あの女の働きで多くの血が流れた。  
だが、奴には陽炎座の頭領としてもっと血を流して貰わねばならん。  
無論、あの男にも相応に働いて貰うがな・・・」  
 
赤く染まった恋の華と共に、どす黒い悪の華が綻びつつあった。                   
  (完)  
 

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