「天誅」
「狂信集団の教祖を葬れ!!」(その1)
月の無い闇に、不気味で悪趣味な佇まいの建物が浮び上がる。
(これが……)最近、都を騒がせている『狂信者』集団の本拠地……。
彩女はそれを木蔭から見詰め、気を引き締めた。
彼女、彩女は、東忍流の皆伝を若干十四歳にして、与えられた程の実力の持ち主である。
だが、その『力』と、才能を余り意識させない、容姿をしていた。
体躯は小柄で、しなやかな猫を思わせ、顔は整った美を湛え、実際の歳よりも若く見えた。
町娘の姿をし、普通の生活をしたならば、たちまちに噂になり、
求婚相手の数人ぐらいは、名を上げる事だろう。
……もっとも、本人は、そんな事には全く興味が無いのだが…。
再び建物を見詰め、辺りを伺う。
彩女の君主である、郷田松之信。
今回、その松之信から彩女に下された任務は、城下でここ最近、勢力をつけて来た
『新興宗教』の教祖を闇に葬る事であった…。
この連中。宗教家などとは、聞こえが良いが、やっている事は野党と同じで、
殺し、盗み、果ては娘のかどわかしまで、悪行の限りを何でもこなしていた。
それも、その手口が実に巧妙で、尻尾を全く掴ませなかった。
流石に証拠も何も無しでは、奉行所も手が出せない。
が、被害は日に日に大きくなり、見過ごせない物となっていた。
そこで、闇の断罪人こと、忍びの『彩女』の力が必要になったのだ。
表で裁けない『闇』の者は、同じ『闇』で葬る…。
余り良い、選択とは云えないが、完全な『正義』など有り得ないものだ。
彩女は身を屈め、そのままの姿勢で建物へと、近付いて行った。
人の気配を察知し、更に身を低くする。
重層な造りの門の前に、門番が二人…。
彩女は、その動きを監察し、門番の一定の行動を頭に叩き込むと、一気に飛び出す。
そして、一人の背後に回り、首を掻き切った。
「っ……」断末魔の叫び声すら上げられずに、絶命する門番。
彩女はすぐさま、もう一人の背後を取り、同じ様に斬り付ける。
能楽でも舞うかの様な、洗礼された一連の動作。
それが人を殺める。と、いう行為で無く、尚且つ見物人が居たと仮定したのならば、
拍手のひとつでも、沸き起こったで有ろう。
血糊の付いた、二振りの小刀をクルクルと、器用に回すと鞘に収め
再び何事も無かったかの様に、歩を進める。
門をくぐると、すぐに左右に伸びる渡り廊下にぶつかる。
再び辺りを伺う。
どこで唱えているのか、聞き慣れぬ『経』が風に乗って聞こえてくる。
どうやら、中の構造はいくつかの棟に分かれているらしい、そこから蝋燭の
薄明かりが漏れている。
だが、目的の場所はその中には無い様だった。彩女は奥に佇む、『塔』と、
その側に有る、一際大きな建物の存在に気が付いた。
(どうやら、あそこのようだね……)
「!!」人の気配で身を屈める。
程なくして、闇の中から白い影が浮かび上がる…。
痩せ細った全裸の男…そのうえ、全身を白く塗っている。頭はつるつるに剃っていて
見た目十分な程の印象を、醸し出していた。
その男が、すり足で妙な奇声を上げて、近付いて来る。
何かの修行なのだろうか…それにしても、不気味な事このうえない。
(やり過ごすのが、吉だね…)そう思い、彩女は、そのまま身を潜めた。
「んっ?」修行僧らしき男が彩女の気配に気付く。
(ちっ!)見た目に騙されたようだ……。どうやら、馬鹿みたな修行は伊達では無かった。
その男は常人よりも、人の気を読み取る力が有るらしい。
(殺るしか無いね!!)素手とは云え、騒がれてはまずい。
彩女は物陰から踊り出て、男と間合いを詰めた。
「ほへゃ――――!!」彩女の存在に、完全に気が付いた男が体勢を整える。
ごぉっ―!!男の口から赤いモノが吐き出される。
「!!」彩女は反射的にそれを避けた。(炎?!)
相手が素手と油断した自分を責める。
腰に手を回し、『手裏剣』を、ひとつ掴んで投げつける。
「ぐっ…」相手の喉元に深深と突き刺さる。
そして、とどめの一撃。
血しぶきが、男の白い身体を赤く染めた。
(ふうっ…)自らの頬に飛び散った、返り血を拭い、彩女は深い溜息をついた。
(こりゃ、おばけ屋敷だね…)この後どんな奴が現れるのかと思うと、
期待で胸が脹らんだ。