──雪が、積もる──
──お前の上に 只、白い雪が──
─雪。しんしんと深く、夜の黒を灰色に染める。
辺り一面の冷たい灰色に、一人の女が仰向けに寝ている。
俺は、其の顔をじっと見続ける。
雪は女に積もってゆく。
──ああ、奇麗だ…。このまま凍らせてしまいたい──
俺の息はいつの間にやら荒い。
雪による低体温のせいなのか 女の屍体に興奮してなのか
──彩女──
女の名は彩女という。
俺は、彩女の……。俺の、名は……?
…何を言っている。
そうだ。この女を殺したのは俺だ。
雪よ…………!!!ああ、雪よ!いっそ俺の上に積もってくれ…!!
そのままこの女を俺の目の前から隠してしまうなら…。
俺の手は無意識のうちに、女の身体に伸びていた。
そうだ…この女は死んだばかりだ。あたたかい…。そして、やわらかい。なんと甘そうな香りか。
花は、子孫を残すために、甘い香りで虫を誘い、花粉を運んでもらうという。
俺は迷わず、その甘い肌にむしゃぶりついたへーーーーーっくしょい!!!!
───かつて、人の肌が甘い などと感じた事はあっただろうか?───
彩女は甘い。首も、頬も、胸元も唇も……。
ふと気付くと、彩女の目が少し開いていた。
遠くを、見ていた───。
「……どこを……見ている。」
俺が問いかける。 何の返事も無い……当たり前だ。
「……誰を…見ている………っ!!!!!」
ドシャアアア……ッ!
俺は抱き上げていた彩女の屍体を柔らかな雪に叩き付ける。
力無く彩女の手足は、不自然な形で止まっている。
よく見ると、彩女の身体や顔は、俺の唾液で瑞々しく光っていた。
その衝撃で、彩女の口から血がツー…ッと垂れた。
俺はそれにハッとなり、まさかまだ生きてるかも、等と浅はかな考えを起こした。すぐに彩女に近寄る。
しかし息などしてるはずもなく、身体もさっきより冷たくなっていた。
俺は悔しくなった…悔しくて彩女の胸を握った手で叩いた。
「畜生………畜生………ッ!!!!!!!!!!!!」(こいつただの基地外じゃねーか)
「なーにやってんだい。………あんた。」
いきなり俺の背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。
俺は、振り向けないで居た。
後ろからの声はなおも続く。
「さっきからこっ恥ずかしい事ばっかりして…。見てる方が恥ずかしいよ!」
俺は、振り向かないままその声の主の名を呼ぶ。
「────………彩………女……?」
「なんだい!」
ああ、いつも通りだ。彩女の、怒ってるような声。
彩女が、元気であるという証。
「……彩女……!!!俺、俺は……っ!!!」
俺は振り向いた。
──……雪。
そこには、雪しか無かった。
「………っは……はは……はははは!!」
おかしくも無いのに俺が笑う。
「なんてザマだ……この、俺が…雪の中、独り言か!」
俺は俺を笑った。
独り言に対してじゃない。俺は笑って泣いていた。(器用だな)
「バカだな……。」
ほんと…バカだな…俺。
…サクッ
背後で雪を踏む音がした。その途端、その者が喋る。
「──おい。」
聞き覚えのある、男の低い声。
俺は大して警戒もせず振り向いた。
「 ………………。」
「何してる。」
俺が無言で居ると、その男はそう問う。
「 …彩女を斬ったからか。ほめてやろう──『力丸』。」
「 …ッ!!!!!!」
その言葉を聞いた俺の体は、頭より先に動いていた。
力丸「 うあああああぁぁぁぁ━━━━━━ッ!!!!!!!!!」
ザクゥ……ッ!
俺は、その男に斬りかかった。
しかし興奮状態の俺は、その男を斬る事が出来なかった。軽くかわされる。
力丸「 ………ッ!!………『龍丸』………!!!」
男の名は龍丸。
彩女の兄弟子だった男────。
そう。お前の言う通り……この俺『力丸』は、彩女を裏切った──。
来たのは龍丸…それであっている。
すぐに龍丸は彩女の屍体を抱え上げた。
力丸「彩女に触れるな………!!!!!」
彩女を殺した俺が、こんな言葉を言ったところで説得力が無い。
龍丸「行くぞ。」
……なんて野郎だ。龍丸は、俺の言葉に聞く耳も持たぬ。
しかし、俺には何も無い…。ついていけるのは龍丸の後だけだった。
従わなければならなかった。
───某所。薄暗い部屋で、数人の人影が見えるところへ来た、力丸と龍丸。
力丸が、その人影の中の一人と目があう。
??「 ………フン」
その人物は俺の顔を見るなり、見下すように鼻で笑うと、目をそらした。
その間龍丸が、抱えていた彩女の屍体を床に下ろす。
龍丸「 ………。」
<鼻で笑った人物は鬼陰…。その奥に一人、左右に三人ずつ、人影がある。>
力丸は、目だけを動かし、室内の人物の配置を確かめた。
目の前には龍丸と、彩女の屍体がある。
<まだだ…。まだ、悟られるな、俺よ。>
彩女を殺した張本人ではあるが、力丸にはある考えがあるようだ。