女の頬を軽く叩く。反応はない。
すこし力を入れて叩くと女は形の良い眉を苦しげに寄せた。
「う、ん…」
小さな声をあげてフィシスは意識を取り戻した。ぱっと体を起こし、ベッドの上で後ずさる。
「ここは…!」
「我々の艦の中だ。逃げようなどと考えるな。無駄だ」
「なぜ私を連れてきたのですか。見殺しにするつもりだったのでしょう?」
「聞きたいことがある。素直に答えれば手荒な真似はしない。だが、抵抗するなら安全の保証は出来ない。いいな」
女は青ざめた顔で黙り込んだ。
「ナスカにいるミュウ。お前たちの仲間はあれだけか?他にいるのか?」
「…」
「艦は一隻だけか?」
フィシスは無言のままだ。その様子にキースは口元を歪めた。
「だんまりか。――やむを得んな」
キースは身を乗り出し、逃れる暇を与えず女の左手を捕まえ、指を握りこんだ。
意図を悟ってフィシスは身をよじる。
暴れるフィシスを左腕で抱きしめるように拘束し、心の中で質問を続ける。ミュウの人数、戦力、タイプブルーの能力について等々・・・。
満足のいく回答を手にしてキースは腕の中の女に目を向けた。フィシスも最初のほうこそ抵抗していたものの、今はただ、うつむいて涙を溢すだけだった。
意思に反して情報をあたえてしまった彼女自身への悔恨が手を通して痛いほど伝わってくる。
フィシスは肩を震わせて嗚咽した。
「メギド…その火でナスカを焼くのですね…」
「そうだ。お前たちは全滅する」
(私のせいだ…)
女の慟哭に哀れを誘われて、キースは握っていた手を離し、その小さな顎に軽く添えて顔を上向かせた。
涙にぬれていても、その容貌は本来の美しさを決して損なってはいなかった。
フィシスは首を振って、キースの指を振りほどき顔を伏せた。
やはりイライザに良く似ている。いや、イライザがこの女に似ているのだろうか。
腕の中の女から感じる思念はイライザよりも暖かく、清らかであった。
「お前には感謝している。私を助け、貴重な情報まで提供してくれた」
つい残酷な言葉を吐いてしまったのは、少しなりとも心を動かした自分自身への戒めだったのかもしれない。
フィシスはきっと顔を上げると、自由になった左手をキースの頬に打ち下ろした。
とっさに顔を反らして避けた手はキースの耳元をわずかにかすめた。はっとして動きを止めた女の手首をキースが掴んだ。
(ピアス・・・血?・・・サム・・・子供に還った・・・親友・・・ステーション・・・似ている・・・イライザ・・・失われた・・・セキ・レイ・シロエ・・・)
フラッシュのように通り抜けた思念に、キースは思わずフィシスを突き飛ばしていた。
表情がこわばっているのが自分でも分かった。
心を読んだのか。女と自分が同調しやすいことは知っていた。油断もあった。だが、ピアスがキースの感情に非常に近いところにあるものとはいえ、一瞬触れただけで、これ程の事をこの女は読み取るのか。
メギドのことは読まれても構わなかった。むしろ他のことを知られないようにわざと読ませた。
しかし、これは違う。
ミュウというものは悪意もなく、他人の心に土足で入り込み踏みにじっていく。
不穏な空気を感じてフィシスは後ろにさがる。
(お前たちが他人の心を弄ぶのなら、私がお前たちの女神を地に堕としてやる)
「私が誰かと聞いたな。――いいだろう、教えてやる」
身を翻して逃げようとする女の腕を捕らえて引き寄せ、背後から抱く。
胸元から手を差し込み乱暴に胸を掴んだ。
「いやっ…!」
身をよじるフィシスに構わず愛撫を続け、うつ伏せに押さえ込んで、金色の長い髪を払いのけた。背のファスナーを下ろし、白い滑らかな背中に唇を落とすと、女の体がびくりと反応する。
フィシスが逃れようと身を起こした瞬間、腰の上まで衣服を引き摺り下ろして、そのままベッドに押し倒し、暴れる腕から袖を抜いた。
女の頭上に両手をまわし、左手で押さえつけ、右手で器用に下着を外すと形の良い乳房があらわになった。片方の乳房を愛撫しながらもう一方に唇を這わすと、乳首はすぐに尖って舌の上で転がった。
「放してっ…!」
半身を起こし逃れた両手で男を押し戻そうとするが、女の力ではどうにもならず再び倒れこむ。
半裸のまま、磔のように押さえつけられたフィシスが肩で息をしながらキースを見上げる。
「抵抗しても無駄だ。大人しくした方がいい」
ひとしきりもがいた後、諦めたように身体の力を抜いた女の姿を確認し、体を起こして軍服の上着を脱ぐ。
その瞬間、すばやい動きでフィシスが飛び出した。向かうその先は――シャワールーム。
ドアに手をかけ引いた瞬間、髪を思い切り引っ張られ、押さえつけられた。
捕まえる手を振りほどこうと、とっさにフィシスがキースの腕に噛みつく。
キースは一瞬、顔をしかめ腕を引きかけたが、それでも床に引きずり女を押さえこんだ。
残忍な色が瞳に宿る。キースは嘲笑った。
「どうする。喰いちぎって逃げるか?できるものならやってみろ!」
挑発に女はぎり、と歯を噛み締める。キースも腕に力をこめ痛みに耐えた。
どれぐらいの時間がたったか。急に女の噛む力が消えた。
(私には、できない)
絶望と悲しみ。
フィシスの肩を掴んで自分のほうに体を向けさせるとその頬を平手で打った。その場に崩れ落ちた女をキースは冷ややかに見下ろす。
「抵抗し抜く覚悟もないくせに、馬鹿な女だ」
逆らう気力をなくした女の服を手早く剥ぎ取るとベッドの上に投げ出し、自分もまた衣服を脱ぎ捨てる。噛みつかれた場所にくっきりとした歯形が残り、赤く血が滲んでいた。
一糸まとわぬ姿で横たわる女の体を上から眺める。
滑らかな白い肌、細い首、すらりとした伸びやかな腕と脚、つんと張った乳房、細い華奢な腰、完璧な身体の曲線。
フィシスは羞恥に頬を染めて顔を背けた。
(確かに美しいな。タイプブルー・オリジンの女というわけか)
女に体重を預け、首筋を舌で舐めあげ耳たぶを甘がみする。耳の中に舌を這わすとフィシスは固い身を震わせて、ぎゅっと瞼を閉じた。
(声をあげず、反応しないのがせめてもの意地か)
それならば、と背後から女を抱いて、背骨に沿って唇を這わせる。手のひらで乳房を包み込むように揉みしだき、尖った乳首を指でなぞる。
フィシスは時折、びくん、と跳ねては苦痛に耐えるかのように身を縮める。
そうあるまいと努めているが、本来、感じやすい女なのだろう。触れている体を通して女の快感と焦燥が電流のように流れ込んできて、彼自身をも高揚させていく。
脚の間に指を伸ばすとそこはすでに温かい蜜にあふれていた。
指先でゆっくりと割れ目をなぞり、花芽に触れる。フィシスが大きく身をよじらせる。
一旦体を離し、女の膝を開いて脚を広げる。蜜をたたえる花弁に唇を寄せて触れた瞬間、
「あっ…いやっ…」
フィシスがはじめて小さな悲鳴をあげた。
逃げようとする女の脚を捕まえて強引に舌を絡ませる。
「…!」
女は泣きそうな顔で肩を震わせ、顎をのけぞらせる。舌を差し入れ思うさま女を味わってから体を起こすと、フィシスはベッドの上で胎児のように体を丸めた。
シーツの上に波のように広がる柔らかい金の髪。
その一房に触れると、快楽の残滓と虚しさ、思うようにならない自分の心と身体への嫌悪と悲しみがさざ波のように揺れる。
だがそこには何故か彼への憎しみは感じられなかった。
女を仰向けにすると脚の間に身体を割り込ませ、中に入る。
「…んっ」
瞬間、思いとは裏腹に女の身体は歓びに震え、肉の襞が吸い付くように彼を締めあげた。
痺れるような快感がキースの身体を走り抜ける。衝動のままに激しく女を突きあげた。
不思議だった。はじめて抱く女なのに、まるで知り尽くした身体のように肌に馴染むのは何故だろう。
女の中は暖かく湿っていて、あの、水の記憶のようにどこか懐かしかった。
女の内の理性が圧倒的な快楽の渦の中で砂の城のように脆く崩れ去っていくのが手に取るように分かる。
最後の意志を手放すまいとするかのように、フィシスの指がぎゅっと握り締められた。
(体はこんなにも感じているのに、隠しても全部伝わってしまうというのに、強情を張る――)
涙を滲ませ、きつく唇をかみ締めて堪える姿にキースは動くのをやめた。女が限界なのは明らかだった。
そっと、その頬に口付けを落とす。
「悪いのは私だ。お前のせいではない。だから、もう耐えるな」
気休めの言葉でしかないことは二人とも分かっていたけれど。
シーツを固く握り締めて震えるフィシスの指をほどいて、自分の耳に触れさせた。
肌を合わせてみてはっきりと形になった疑念がある。
ミュウでも人間でもなく、自分たちは同じ種類のものだ。
フィシスの閉じた瞼から涙がこぼれ落ちた。
キースが再びゆっくりと身体を動かし始めると、フィシスは小さく切ない喘ぎ声をあげて身体をそらせ、縋るようにその背中を抱きしめた。
後はひたすらこのひととき、嵐のような情熱に身を任せ、求められるままに溺れていく。
つながった身体から伝わる痺れるような快感は、さらに激しく酔いをまわす。
奪った男であることを忘れた。奪われた女であることを忘れた。
ただふたり、欲望のままに貪りあい、愛しあう。
男が幾度も女の体を貫けば、女は髪を乱して男を咥え受け止める。
快感と快感が共鳴し、重なり合う。力ずくで結ばれた関係であるはずなのに、その悦びは祝福の鐘のように鳴り響いた。
目の眩む愉悦の中で共に登りつめる瞬間、脳裏に映ったのは狂おしいほどに懐かしい、青く澄んだ地球の光景。
そして聞こえてくるあの曲。
男は女の中で果てた。
全てが終わった後、キースとフィシスは壊れた人形のように、ベッドの上に体を投げ出し放心していた。
湧き上がる不可思議な情、胸の痛み、苦い思い。
キースは指を伸ばし、フィシスの頬にかかる乱れた金色の髪をそっと払った。
フィシスの肩がびく、と震えた。その閉じた瞳をゆっくりとキースに向ける。
二人の唇が重なった。悲しいキスだった。