ブルーの声を最後に聞いてから、もうどれくらい経つのだろう。
フィシスはタロットをめくる手を止めて、いったいいつ、何がブルーの最後のいらえだったのか、思い出そうとした。
それ以上に、彼が彼女に触れたのはもうずっと大昔だという気がした。
熱い目で見つめられたのも。
熱い手が絡みついてきたのも。
船に連れて来られた当初、毎日のシャワーはブルーのキスで締めくくられていた。
全身の水滴はタオルではなく彼の舌で舐め取られ、幼い自分にはそれがくすぐったいだけだったと彼女は思い出す。
あれが前戯に変わったのはいつの頃だったか。
彼女は両腕を抱えた。風も吹かないのに、少し寒気がした。
ブルーは眠り続けている。いつ目覚めるのか、タロットにもまだ兆しは表れない。
自分は、どうしていればいいのだろう。
最近になってフィシスは、自らの所在について考えることが多くなった。
不安を伴うそんな考えは、ブルーが目覚めているときには無縁だった。
迷いはなく、すべての質問には彼が答えをくれていた。
その彼が眠り続けるようになり、ジョミーが天体の間を訪れることが多くなってきて、彼女の迷える日々が始まったのだ。
他愛のないことを話しながらジョミーの好意を感じるのは心地よい。
だからといって眠っているブルーを忘れて彼の好意を受け入れることも、彼女にはできなかった。
フィシスはあらためてタロットを手に取り、配置を定めて最初のカードをめくる。
―――死神。
どうして、と思わず口の中で呟いてカードを手離す。
落ちたカードは床を滑り、彼女の足元に正位置を示して止まった。
「どうしたの」
ジョミーの声がすぐ傍で聞こえた。
「何を占っていたの」足元のカードを拾い上げながらジョミーが言う。
「…何も」
カードを手渡すジョミーの熱い視線が、思い過ごしであればどんなにいいだろう。
それに応えてあげたいと思ってしまう気持ちをも、フィシスは認めてはならないと自分に言い聞かせる。
しかしその理由は、以前と違ってきていた。
自分はブルーのものだから。
ブルー以外を求めてはいけないから。
純粋にそう思えた日が懐かしい。
フィシスは手の中のカードを握り締めた。
自分には、死神のカードが付きまとっている気がする。
死神が自分を、執拗に求めている気がする。
話しかけてくるジョミーの溢れんばかりの生命力が、フィシスには眩しかった。
彼が不安を口にしたので、フィシスは立ち上がり、その頬に手を当てて微笑んでみせる。
ジョミーはたとえ悩んでいるときも、その内側に息づく輝きを失うことはない。
あなたは大丈夫だと伝えるだけで、また生き生きとした自己を取り戻すことができるのだった。
ジョミーが手のひらでフィシスの手を包み、頬擦りする。
指先にくちづけられても、フィシスは何も気づいていないふりを通した。
ジョミーが本気で求めてきたら自分は彼に従ってしまうだろうと、フィシスにはわかっている。
でもそれは今ではない。
カードを後ろ手にターフルの上へ戻しつつ、フィシスは真っ白な気持ちでジョミーの前に立っていた。
何が、一番早いだろう。
ジョミーがもう一歩踏み出してくるのと、ブルーが目覚めるのと、死神が自分をさらいに来るのと、それから自分が耐えられなくなるのとでは。
ジョミーの視線が熱かった。
身体の芯が火照り出すのを感じながら、フィシスにはどうしようもなかった。
微笑を浮かべたままそこに立ち、そして、待った。