ドアが開くと、大きな窓の前に彼が立っていた。
こちらに背を向けて、微動だにしない。
「…お前が来ると思っていた」
静かに放たれたその声に、胸が震えた。
「銃はそこにある」
白い軍服姿の彼の向こうに、月が赤く見えていた。
明るい室内の窓ガラスに、銃口を彼の背に向けるわたしの姿が映る。
問うべきことは多くあるのに、唇から出てくる言葉はなかった。
憎むべき正当な理由がわたしには許されていても、何の意味も持たないのと同じように。
力なく銃を下ろすわたしがその場にうなだれるのを、彼は見ていた。
銃をデスクの上に戻そうとすると、ゆっくりと彼が振り返った。
「気は済んだのか」
銃を置く手を掴まれた。
わたしの思念が彼に向かって流れ込む。
「…いいんだな」
腕を引き寄せられ、デスクの上に仰向けに寝かされる。
上から唇が重なってくる。差し込まれた舌が絡みつく。初めは軽く、そしてすぐに貪るように激しく。
わたしの目から涙が零れ落ちた。
(ずっと、会いたかった)
わたしと同じように、彼がそう考えていたことがわかったから。
先に軍服を脱いだ彼が、わたしの衣服に手を伸ばす。
どんなに乱暴に扱われてもかまわなかったのに、彼はゆっくりとわたしの肌があらわれる過程を楽しんだ。
肌が照明の光に晒されるたび、彼の唇が表面を滑り、強く吸われる。
わたしの身体の奥で、何かが蠢き始める。
乳房が晒された時、思わず隠そうとした腕を開かれた。
「見せてくれ」
彼の視線が、突き刺さってくるように痛かった。
彼が何かを操作して、室内の明かりが消えた。
窓から差し込む月の光だけの、薄ぼんやりとした暗がりが私たちを包む。
「寒いか」
彼の腕がわたしを抱き上げる。
熱い胸に抱き留められて、再び重ねた唇にさらに深く舌が差し込まれた。
やさしく扱われていることに半信半疑でいるお前を、私は感じる。
あれほど酷い扱いを受けたにもかかわらず、お前はまたしても私の元へ来た。
本来なら正気の沙汰ではない。
あの赤い星でも、真っ直ぐに私に近づいてきたお前。
私にはお前の行動がまったく理解できなかった。
だが今ならわかる。
腕に強く抱いたお前の身体の内側が、熱を持ち始める。
もう一度デスクに寝かせて、首筋に舌を這わせた。
顔を背けるお前の唇から、漏れ始める喘ぎ声。
その声が、聞きたかった。
もっと激しく喘ぐ声が。
月から雲が去り、その輝きに室内の明るさが増す。
ゆっくりと乳房まで舌を滑らせ、片手は柔らかい乳房の重量を楽しんだ。
乳首をとらえると身をよじるお前の仕草も、私の記憶の中そのままだ。
もっと深く分け入りたい。
お前もそれを望んでいるだろう。
お前の思念の中には、私という存在に対する執着を恋愛感情ととらえている節がある。
そしてそれゆえに引き起こされる罪悪感が、常に存在している。
お前が快楽を自分に許すまいとするのはそのためだ。
お前を解放してやる。
舌で乳首を刺激しつつ、膝の裏に腕を差し込んで、お前の身体を九十度回す。
デスクの上から足を下ろさせず、そのまま足首を持って開いた。
窓から差し込む月の光の中に、お前の美しい花びらがあらわれる。
「ああ、いや…」小声で叫びながらお前は足を閉じようとする。
「駄目だ」その膝を押さえて再び開かせる。
白く照らされた足の間で、私に向かって開くお前の花。
一歩下がり、跪いて、露を含んだ薄紅色の花びらを間近で鑑賞した。
その花から懐かしく芳しい香りが匂い立ち始め、私の鼻腔を刺激する。
あれから何度も夢見た、お前の香り。
だが夢見たよりもはるかに魅惑的なその香りに、早く酔いしれたいという思いを抑えて、私はそっと指を伸ばす。
濡れて輝く花びらに触れた途端、お前は声を上げて身体を震わせた。
露が零れ落ち、私の指を濡らす。
思わずその指を舐めた私は、もう我慢ができなかった。
舌を尖らせ、お前の花芯に突き立てる。唇を花びらに押し付けて蜜を吸う。
「ああん、ああ…」
一気に歓喜の階段を駆け上がったお前の声が、暗い室内に甘く響き渡る。
私の欲望も抑えきれなくなり、お前の足を抱えて夢中で貪った。
初めて会ったときから、お前の身体の虜だった。
それを自らに認めるまで、私には時間が必要だったが。
待ち焦がれていた花の蜜を啜る私の下半身に、最初の大きな波が押し寄せてきた。
夜は長いようでいて短い。
私は立ち上がってお前の足を両肩に掛け、花びらを散らす勢いで挿入した。
身体を二つ折りにされたお前が、喘ぎながら私のペニスを締め付ける。
互いに激しく呼吸を乱す中で、唇を吸い合った。
お前が耐えられなくなるまで突き上げる。
私の影がお前の白い身体の上で踊るのを見るのは、不思議な興奮を引き起こした。
太古の昔、人類は子孫繁栄のために月明かりの下でこうした行為に及んだことだろう。
私はペニスを引き抜き、お前の身体を裏返してデスクにうつ伏せさせた。
足を床に下ろしても、お前には立つ力が残っていない。
その腰を掴んで後ろから挿入する。
「ああっ、ああー…」お前ののどから振り絞られる声が心地よい。
私はデスクに片手を着き、身体を支えられないお前の腰を抱いて突き続けた。
「あ…ん、もう…だめ…」デスクにひじを付いて、お前は私の腕から逃れようとする。
私が圧倒的な力でお前を捉えていると知りながら。
逃れられないという絶望の中の悦びが、お前をさらなる高みに押し上げる。
私はそれをよく知っている。
お前が絶頂に達する頃合を見計らい、私自身も今夜最初の欲望を解き放って、お前の上に果てた。
ぐったりとしたお前を抱き上げて、床に横たえる。
美しくデザインされたお前の身体。
隆起する肉体の影もまた曲線を生む。
月の光の中で、陰影が織り成すさらなる造形美に、私は胸を打たれた。
この世のものとは思えない造作のお前の身体に触れると、しかしそれは作り物などではなく、温かな血の通った生き物なのだ。
私はお前の身体に被さり、その上半身を眺め下ろす。
乳房の間、薄い皮膚の下で脈打っている心臓。
お前は、生きている。
マザーが無から作り出したものの中で初期の最高傑作だったお前は、決定的な欠陥がありながら処分されることなく、この世に生まれ出た。
マザーの判断も鈍らせるほどの美しさが、温もりを持って今、私の身体の下にある。
その身体は私に抱かれるために、あまたの困難を越えて再び私の元へとやって来たのだ。
恐らくは、どんな状況においても私を探し出すべく、そうプログラムされているために。
月の光の下で白く輝く肌に、私の唇が跡を付けていく。
敏感なお前は軽く触れるだけで、小さく震えて声を立てる。
金髪に陰影が差して身体の輪郭を飾る。
今宵この場所でお前を抱くことは、偶然の悪戯でもあり、導かれた必然でもある。
あの満月が沈むまで、私はお前を放さない。
お前を何度でも悦ばせてやろう。
私とお前の明日は違うかもしれないが、今はひとつだ。
大きな月が窓から見える、暗い室内で目が覚めた。
あれは地球の月だ、わたしは地球にいるのだと思い出す。
わたしは床に横向きに寝かされ、後ろから伸びた腕にしっかりと抱き締められていた。
耳の後ろで微かな寝息が聞こえる。
彼の腕の中にいるのだ。
彼の手に、自分の手のひらを重ねる。
眠る前の夢のようなひと時を思い出すと、恥ずかしくて顔が熱くなったが、足の間に悦びがよみがえった。
同時に胸の奥がつんと痛くなる。
この星へは、ブルーと来るはずだった。
志半ばでブルーは亡くなったけれど、もしかしたらこれでよかったのかもしれない。
彼の思いを継いでジョミーに従ったわたしたちが辿り着いた地球は、わたしの記憶とは似ても似つかない、荒廃した惑星だったのだから。
でもわたしはすぐに自分のそうした考えを、頭を振って否定した。
ブルーはわたしのために、ミュウの仲間のために、力を使い果たして亡くなったのだ。
どんな現実でも、自身が願った結果なら彼は受け入れただろうに。
ブルーの壮絶な最期を思い出して、胸に鈍痛が走った。
わたしが見せていた青い星の映像に、力を得ていたブルー。
わたしは知らなかった、あれが地球ではなかっただなんて。
今わたしを腕に抱いている彼も、同じ映像を記憶として持っていた。
初めてナスカで会ったとき、あの映像を見なかったらわたしは彼に興味を持つこともなかった。
彼はあの時すでに地球の本当の姿を知っていたはずだ。
あの青い星の映像が何を意味するのか、彼に聞けば答えが得られるのかもしれない。
だがそうすることに意味があるのだろうか。
ブルーはもういない。
地球はわたしたちを待つ青い星ではない。
地球はミュウにとって、明日への道標ではないとわかったのだから。
彼の体温に包まれているのを感じながら、わたしは今更ながら自分が恐ろしくなってきた。
あんなに愛してくれたブルーから離れて、どうしようもなく彼に心が惹かれてしまったわたし。
そんなわたしを助けるために、あの兵器から帰る力を使ってしまったブルー。
わたしがブルーに見せ続けたあの青い星だって、結局は偽りだったのだから。
わたしは急に、鳥肌が立つほどの罪悪感に襲われた。
ブルーがわたしの偽りに気づいたら、どんなに傷ついたことだろう。
それでもきっとブルーはわたしを許す。
わたしはそんな人を裏切った。
涙が溢れそうになった。
その時突然肩を引き倒され、彼がわたしの上に乗ってきた。
唇が重ねられ、抱きすくめられる。
彼は目覚めて、わたしの思念を受け止めていたのだ。
「ゆるして」口から出た自分の言葉に、わたしは驚く。
わたしは、何の赦しを求めているの。
何もかもを巻き込んで、わたしは彼を選んでしまった。
何もかも自分の撒いた種だった。
彼が優しくも激しく、わたしを再び求め始める。
あっという間に足の間に挿入され、上半身を抱き起こされて、向かい合ったまま彼の足の間に座る。
快感がわたしを貫いて、頭上へ抜けていく
わたしがこんなに幸せではいけないのに。
「いいんだ」彼の声がした。
「気持ちがいいときは気持ちがいいと言え。これはどうだ」彼がわたしの腰を自分に引き寄せた。
より密着度が増して、わたしの敏感な部分が刺激された。
「どうだ」彼が問う。
「…素敵」掠れた声で答える。
彼が微笑んだ。彼がそんなふうに笑うのを、初めて見た。
彼の指がわたしの後ろの穴を刺激し始めて、わたしは羞恥のあまり立ち上がりそうになった。
押さえ込まれても堪らずに、彼から半身を反らす。すると彼は舌で乳首を狙ってきた。
「あ…ん…」わたしのあげる声が歓喜の響きを持つのが、恥ずかしかった。
彼がそのままわたしを床に押し倒し、いきなり激しく腰を打ち立て始める。
その律動に身体を合わせ、わたしは彼に征服される悦楽に酔った。
どうしても、彼に抱かれる悦びに勝てなかった。
今度は彼が先に達したが、間髪おかずに乳房を責められる。
幼子のように乳首を吸う彼が愛しかった。
指を彼の黒い髪に絡めて、頭を優しくかき抱いた。
すると彼が顔を上げて、わたしを見た。
「なに?」わたしの問いに答えず、彼はわたしの足の間に下りていく。
またしても両足が開かれ、わたしは彼の舌を震えながら受け入れた。
わたしの<弱点>が執拗に責められる。
「これは私の真珠だ」と彼が言う。
だめ、もうやめて。
肉声でも思念でもなく、魂が内側で叫ぶ。
果てしない絶頂の階段を上り続けるわたし。
彼に抱いてもらえる身体でよかった。
与えられるものを持っている女に生まれて、よかった。
わたしは罪深く、そして最高の幸せを感じる女として生を受けた自分の人生を受け入れた。
しらじらと明けゆく空を、お前と並んで見ている。
この一夜の間に、お前は私に自然な笑顔を見せるようになった。
朝が来れば私たちには決定的な別れが来るとわかっていても、お前は微笑む。
抱き寄せると私に身体を預けて、私を仰ぎ見た。
その口の端に浮かぶ笑みに心をくすぐられて、お前の頬に思わず手を添える。
お前は私の女だ。
私にとって、唯一絶対の。
だがそうお前には告げるまい。
お前にとって、この夜は通過点であればよいのだ。
お前が求めるものを、私はすべて与えたかった。
お前が自ら望んだものを得られた記憶が、お前の中に残ればよい。
私の願いはその裏で密かに叶えられたのだから。
私の母であり、母ではないお前。
お前の胎内で育たなかった私がお前の子宮に何度も達することは、この命の不条理にこだわる自身の迷いを払拭させるための儀式だった。
お前は何も知らなくていい。
腕の中で微笑むお前を愛しいと思う。
太陽がもう少し昇ったら、お前を帰さなければならないだろう。
その前にもう一度、お前を抱きたい。
私の手に頬を預けて仰ぐお前に、口づけるために顔を寄せながら、私はお前に掛けるべき最初で最後の言葉を口にする。
「愛している」、と。