思ったよりのってる。いや、食らいついてるなんてもんじゃない。  
表面上はいつもの冷静なキースだが、内心はかなり動揺してる。全身全霊で彼を愛するスウェナにはそれがよくわかる。  
「ちょっと待って、コーヒーが冷えてしまったわ。入れなおしてくるわね」  
キッチンの奥へ引っ込んだスウェナは、胸に手を置いて大きく深呼吸した。  
愛する男が今、自分の部屋にいる。展開しだいでは彼の心に深く入り込めるかもしれない。  
(しっかりするのよ、スウェナ。これはまたとないチャンスなのよ)   
ミュウの船へ招待された。といっても正味30分といなかったのだが、さも情報を掴んだとばかりに  
もったいぶってキースヘ揺さぶりをかけてみた。  
正直、彼が釣れるとは思わなかった。彼の立場なら、スウェナとは比べ物にならない程の情報を把握してるはず。  
たかだか幼馴染の逢瀬に重要性を見出してるとは思えなかったし、事実挨拶程度で再会は終わった。  
誇張して大げさにジョミーとの関係やミュウの船内について語ったが、キースにとっては底の浅い情報だろう、一蹴されるだろうと  
覚悟していた。  
それがどうだろう。国家元首ともあろう人物が一般人の部屋へ忍び、身体全体でスウェナの一言一言を聞き漏らさないよう  
緊張感を漂わせている。  
果たして何が彼の心を捉えたのだろう。自分の言葉のどこに彼は神経を震わせたのか?  
スウェナは自分の観察眼と洞察力をフルに活用して記憶を辿る。  
(ジョミー・・ではないわ。確か彼が視線をあげたのは長老たちの話題になったとき。そうだわ、彼らの中に気になる人物が  
いるんじゃないかしら)  
そのとき、あることを閃いた。まるでパズルの最後のピースをはめるように、ひとつの答えが浮び上がってきた。  
(まさか・・そんな・・)  
しかし、あまりにも荒唐無稽な自分の推理にスウェナは目眩に似た感覚を覚えた。  
馬鹿げている、あり得ない。しかしその答えはスウェナの頭の中に焼きついてしまった。  
スウェナの脳裏にある人物は、遠くからちらりと見えた髪の長い女性。その女性と、昔聞いたキースのマザー想像図が重なり合った。  
 
「彼女のこと、あんまり気にしなくても大丈夫よきっと」  
努めて冷静を装いながら、スウェナはキースの前にカップを置いた。賭けが外れはしないかと内心ドキドキしていたが  
その心配はなかった。キースはそれとわかるほど、明らかに動揺していた。  
「どういうことだ」  
「どうって・・ジョミーに訊いてみたら?」  
「君に訊いてるんだ」  
「あたしだって、ちょっと会ってお話した程度だからよく分からないわ。でも、きっとジョミーが守るんじゃないの?」  
嘘をつくのがこんなにたやすいとは・・スウェナはびっくりしていた。彼女がジョミーと、キースとどういう関わりがあるのかなんて  
見当もつかない。なんとなくジョミーとお似合いだと思ったまでだ。  
「恋人同士が醸し出す雰囲気っていうの?そういうのってあるじゃない。過去のことは忘れて上手くやってる・・そんなふうに  
感じたわ。可愛いわよね、あのふたり」  
自分でも感心するほどすらすらと嘘を重ねた。  
しかし例え問い詰められても、自分の推測だという逃げ道を確保してる。そう考えて、あくまでも強気でいこうと決めた。  
同時に何か暗い予感がスウェナの心に影を落とす。  
(今までキースの心にはサムとシロエと、周囲の部下しかいなかったのに)  
自分を飛び越してなぜあの女が気になるの?よりによってミュウの女なんかと・・。突然透けて見える何かに全身が蒼ざめる思いだ。  
「あなたも大変ね。ミュウとの戦いはあるし彼女は気になるし」  
「君には関係ない」  
「そうね。あたしが知りたいのはテラの未来のことだけ。そのために変なゴタゴタに巻き込まれたくないの」  
「巻き込みはしない。安心したまえ。あくまでも私個人の問題だ」  
そう言うとキースは腰を上げた。  
「コーヒーをありがとう。美味しかったよ」  
「待って!行かないで!」  
スウェナは思わず立ち上がる。  
「分かってるんでしょう?私の気持ち。あなたが好きよ。初めて出会った頃からずっと。全部分かってるくせに私に  
彼女を語らせるなんて酷いじゃない、ずるいわよ!」  
言わないつもりだった言葉がほとばしり出た。スウェナの目に涙が浮かぶ。  
「・・好きだって?」  
「そうよ・・あなただけを、ずっと見てきたわ」  
涙に濡れた顔をキースに向けた。  
「言えなかった。言えるはずないじゃない。エリート仲間として出会ったのにいつも突っ張って、蓮っ葉な口きいて・・  
死んでもこんなこと言うつもりじゃなかったわ!」  
ずっとキースと対等でありたいと高みを目指して頑張って、意地を張って生きてきた。  
それが・・今まで軽蔑していた女に成り下がっている。捨てられようとしているのに、すがりつくなんて。  
こんなベタな女は知らない、あたしじゃない・・はず・・。熱くなった頭の隅でぼんやり考えた。  
 
「君がそこまで追いつめられてるとは思わなかった」  
「あなたのせいよ。女のことでうろたえた姿なんか見せられて・・私・・」  
「ともかく」  
キースはスウェナに向き直り、改まった声で言った。  
「やはり私はこれで失礼しよう。そして二度と会わない」  
「どうして?迷惑はかけないわ!」  
スウェナはキースの肩にすがり付く。  
「もう二度と好きだなんて言わないわ!だからもうこれっきりだなんて言わないで、お願い!」  
自分で自分が哀れだった。自分の女心がみすぼらしい。キースもそれは感じているだろう。  
「・・君の心を背負い込むことはできない」  
「・・・・・・」  
「これ以上逢っても君に何をしてやることもできない。君から奪う一方だ」  
「もうすでに奪われてるわよ」  
スウェナは苦笑する。  
「キースアニアンという一人の男のせいで、私は人生を棒に振ったようなものよ。あなたとのとんでもなく希薄な  
関わりのせいで、私はずっと飢餓感にさいなまれてきたわ。あなたが私に与えてくれるものは実に少なかったわね。  
いいえ、ほとんどなかったといっていいかしら。時間も、愛情も、情熱も・・」  
キースの腕をぎゅっと握り締めた。  
「それでも、時々おこぼれのようにくれる優しさを待って生きてきたの。まるで蛇の生殺しのような日々を。  
あたしはいつも死ぬほど淋しかった。そんなこと、あなたは全然想像もつかないんでしょうけど」  
「それは君の問題だ。私にはどうすることもできない」  
「あなたのせいでこんな不本意な思いで生きてるっていうのに?」  
「私は自分の思うとおりに生きてきた。君が私に何を期待しているのか知らないが、今更生き方を変えるつもりはない」  
男の、無機質な喋り方にスウェナは無力感を感じて身体がすくんだ。  
 
もう、あなたって人は・・」  
「話はそれだけかね。用がないなら失礼するよ。ああ、それから取材は全て広報にまかせることにするからそのつもりで」  
「待って、まだ大切な話があるわ!」  
男のあまりの冷淡さに、スウェナは悲しみよりも怒りがこみ上げて来て、彼を帰すわけにはいかないと固く決心した。  
「話というか、取引したいことがあるの」  
「取引?」  
「そう。私、あなたにとんでもないことを喋ってしまったわ。ミュウの船に行ったこと」  
「ああ・・」  
「あなたがマザーに話したら、私は即銃殺か収容所送りね」  
「安心したまえ。誓って誰にも話さない」  
「信用できないわ」  
「・・・・・・・」  
「あなたはイザとなったら誰であろうと非情に切り捨てる人よ。だからこそ今の地位にいるんでしょうけど」  
「それで取引か」  
「ええ、私にあなたのネタを頂戴したいの」  
「・・・?」  
「ここで私を抱いてちょうだい。国家元首が一般人の部屋で女性と寝た一大スキャンダルがほしいの」  
スウェナはキースの首に腕を回して抱きついた。  
「スウェナ・・」  
「お願い、キース・・」  
二人の影が重なり、もつれ合うようにし傍らのソファへ倒れこんだ。  
 
お互いの衣服を剥ぎ取り、スウェナは男のつややかな背中に腕を巻きつけて喘いだ。  
「優しくなんかしないで。愛撫なんていらなからすぐにきて。めちゃくちゃにして」  
スウェナの腰が彼をとらえ、生き物のように彼に絡みつく。キースはスウェナの臀部をつかんで激しくかりたてた。  
「私を憎んで。憎んで憎んで痛めつけて。そのほうが嬉しいの。何も考えたくないの」  
優しさでは駄目だ。毒をもって毒を制すしか、この情熱を抑えられない。  
キースはスウェナの中で充血し、膨張し、乱暴に揺すりたてた腰は速さを増していく。  
やがて彼の肉体から白い飛沫がほとばしり出ると、力尽きたようにスウェナの上に崩れ落ちた。  
 
 
ソファにスウェナを残してキースは着替えを済ませた。  
無言でドアのノブに手をかける。  
「待って。さっきのことだけど」  
スウェナが引き止めた。これからどうなるのかわからない。終わるのか、それとも始まるのか――  
どちらにせよしこりは残したくなかった。  
「彼女の話、あれは嘘よ。本当は遠くから少し見ただけなの。私は何も知らないの」  
一時の沈黙の後、キースは出て行った。その背中から何かを読み取ろうとしたが、やはり何も分からなかった。  
 
 
 
                                  (終)  
 

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