『ねえ、いつまでこうしていなきゃならないの?』  
『---- 奴が姿を見せるまでだ。』  
『あたし、足がしびれちゃった。もう立っていい?』  
『駄目だ!身を隠している意味が無くなるだろ?!』  
初夏の陽射しがさんさんと降り注ぐ、惑星ノアの昼下がり。若葉の緑まぶしい公園の一角にある植込みの陰で、人知れずテレパシーの応酬が行われていた。  
『シールドを張って気配を消しているから、物音さえ立てなきゃツェーレンには気づかれないんだ。もう少しがまんしろ、ペスタチオ。』  
しゃがみ込む姿勢に退屈し始めた、右隣の黒髪の少女をなだめながら、赤毛の青年は目深に被った帽子の下から、鋭いまなざしを植え込みの向こうに向けていた。  
 
大切な同胞であるツェーレンの不可解な言動の原因を突き止めた、ミュウの3代目長ソルジャー・アスカこと、トォニィの取った行動は極めて迅速だった。  
素知らぬふりを決め込みながら彼女の素行を逐一チェックし、その行動パターンを分析。  
その結果、ついにツェーレンが“異変の原因”と(幾度目かの)接触をするという情報を入手した彼は、調査の協力をした他の仲間2人を伴いノアに降り立ったのだ。  
 
『でも、ツェーレン、さっきからもう30分以上待ってるよ?  
 本当に、来るのかなぁ?その人間。』  
茂った枝の間から、利発な大きい瞳をくりくりさせて、静かにたたずむ細い背中を見守っているペスタチオが心配げにトォニィを見上げた。  
『ああ、来る。絶対に来るさ。  
彼女との約束をすっぽかしやがったらただじゃすまさないからな!』  
『てゆーか、そもそも僕らがここでこうしてる必要ってあるの?  
 ツェーレンの様子を探るんなら、透視するなり思念飛ばすなりすりゃいい話じゃないか?』  
焦燥と怒りに思念を燻らせる青年の左隣では、長い待ち時間にすっかりリラックスムードになったタキオンが芝生に片肘をつき寝転がっていた。  
『他の件ならともかく、奴の姿だけは直接肉眼で確認する必要があるんだ!』   
潜伏調査中とはとても思えぬ緊張感の欠落した同胞たちに内心歯噛みしながら、若きミュウの長(しつこいですが3代目)はひたすらその時を待った。  
 
やがて、彼らが見守るオレンジ色のワンピースの背がぴくりと反応した。  
「ここよ!」  
喜びに満ちた声を明るく弾ませ、全身から眩しいほどのオーラを放ちながら少女は大きく手を振る。  
固唾をのんで待ち構える6つの目が、転がるように駆けてくる人物を捉えた。  
そしてその全身を凝視した後、最初に(テレパシーにて)口を開いたのは、ペスタチオだった。  
『------- あたし、あの人どこかで見たことある。』  
『そういえば、僕も』  
思案顔で記憶を辿る2人の間で、一瞬の思考停止状態から回復した青年は、ぼそり、と(テレパシーにて)呟いた。  
 
『なんだ、あれは。------- 人間なのか?』  
『あっ、思い出したー!  
この前アタラクシアに行ったニナがお土産に買ってきてくれた、お菓子の袋の絵にそっくりなのよ!』  
『そうそう。確か、“マシュマロの化身マシュマロマン”とかいったよな。』  
呆然とする者、繋がった記憶に納得し安堵する者たちの存在を知る由もない恋人達は、互いの名を呼び合いながら駆け寄る。  
 
「ツェーレン!会いたかった!」  
「私もよ、ヨシオ!」  
小麦色の肌をした小柄な少女と、色白の福々しい体型の青年は、2か月ぶりの熱い抱擁を交わしていた。  
 
背後に控える、えもいわれぬ色合いの思念に全く気付かないまま。  
 
「待ったかい?」  
「ううん、今来たところよ。」  
『嘘つけ!45分25秒も待ってたくせに!』  
古今東西不変の“待ち合わせデートのセオリー”通りの会話をする2人を睨み据え、トォニィはひとり唸った。  
そんな背景など露知らぬ恋人達は、会えなかった日々の様々な出来事を仲睦まじく語り合っている。  
『優しそうな人間だね。ツェーレンに悪い考えも持っていないし。』  
『いいんじゃない?一応あいつがミュウだって承知してるようだしさ。  
 ま、外見はアレだけどね。』  
“あー、心配して損した”とばかりな言葉と態度の同胞の間で、ひとりミュウの長だけが眉間のしわを増やしていた。  
『僕は納得しないぞ!  
----大体、人間とミュウが付き合ったって上手くいくわけないじゃないか…』  
盲目の元女占い師に見せていた、泣き笑いの小さな顔が脳裏に浮かび、青年の胸がちりりと痛んだ。  
-------- どんな綺麗事並べたって、結局泣く事になるのはあいつなんだ…  
そして、僕の力など何の役にも立たない。  
己の無力さをひとり噛みしめるトォニィを置いて、手を取り合う恋人達の親密度は暖かな色のオーラとなって辺りを染めた。  
それに反比例するように、すっかりシリアスモード一色になってしまったトォニィの思考がふと途切れる。  
何かが袖を引っ張る感覚に顔を向けると、少し困った表情のペスタチオがいた。  
『トォニィ…、お腹が空いた。』  
『もう少し、待ってろって!』  
『あと、トイレに行きたい。』  
『あ、僕も』  
 
 
「だから最初に済ませておけって言っただろ!?」  
「だって、こんなに長くなるなんてわからなかったもん。」  
「適当なところにテレポートして済ませればよかったじゃないか!」  
「ここ(ノア)じゃ、極力サイオン使うなって言ったのはトォニィだぜ?」  
「だめ、がまんできない」  
「ま、待て!待てったら!」  
俄かに騒がしくなった背後を振り向いた2人の前に、植え込みを折り倒しながら絡み合った3人が雪崩れてきた。  
 
「……………トイレの場所、教えてくれ。」  
跳ね跳んだ帽子から盛大にあふれ出た赤毛を枝に絡みつかせた、ミュウの長(嗚呼3代目)が赤い仏頂面でぼそりと問うた。  
 
 
初めて乗った公共バスの車窓からの風景に、瞳を輝かせている同胞たちを、小さくため息をついて見やったトォニィは、改めて目の前の2人に視線を移した。  
突然の、しかも限りなくみっともない登場をしたにも関わらず、この肉付きの良い青年の表情と思念には、彼らを嗤う色は微塵も無かった。  
“ヨシオ・サトー”と名乗った青年は、はにかみの中に誠実さをにじませながら、訥々と自己紹介を始める。  
以前、人類軍の補給部隊に属していたこと、ミュウとの和平が結ばれた後行われた人員削減を機に除隊し、現在は小さな菓子店を経営していることなど。  
彼が一つ一つ説明するごとに、隣に寄り添うツェーレンがほほ笑みながら小さくうなずくのが、妙にトォニィの癇に障った。  
「あたしと初めて会ったのが、丁度除隊する日だったんですって。」  
運命の出会いを思い出し、少女の頬が薄紅色に染まる。  
「ええ、お世話になった皆さんに召し上がってもらうケーキを運んでいる時でした。  
窓の外を何気に見たら、ハトと一緒に彼女が空を飛び回っていたんです。  
ええ、本当に楽しそうに!」  
「びっくりしたでしょ?すぐ近くにミュウがいたんだもの。」  
その時の恋人の顔を思い出したのか、ツェーレンはくすくすと楽しそうに笑った。  
「ええ、驚きましたとも!  
 でも、それ以上に空を舞う彼女がすごく綺麗で…子供の頃読んだ童話に出てくる妖精みたいだ、って思ったんです。」  
「“ティンカー・ベルだ!”って言われたから、あたし彼のところまで降りていって、訂正したのよ。  
“違うわ、あたしの名前はツェーレンよ”って!」  
きらきらと光る少女の大きな紫の瞳を眩しそうに見つめ、青年は柔和に微笑む。  
「でも、僕にとっては今も君はティンカー・ベルだよ。」  
「嬉しいわ、私のピーター・パン…」  
『------- けっ、やってらんねーぜ…!』  
ピンクのオーラを全開させる恋人達から放置状態にされたトォニィは、ひっそりと思念をささくれさせるほか術はなかった。  
隣のシートではペスタチオが、めぼしいおもちゃ屋を見つけたと無邪気な歓声を上げている。  
 
 
市内循環バスに乗り込んでから約40分後、一行が降り立ったのは、とある住宅街だった。  
無機物的な建築物が目立つ中心街より幾分くだけた、緑あふれる暖かな雰囲気の街並みに、トォニィたちは自然に肩の力を抜いていた。  
「やあ!ヨシオ!昨日はうちの家内の誕生ケーキをありがとう。おかげでパーティは大成功さ!」  
ほんの10歩進むうちに、通りかかった住人が次々と声をかけてくる。  
「サトーさん、今日はお客さんが大勢なんだね。お友達かい?」  
「今日は定休日だけど、後でケーキの予約だけしに行っていいかしら?」  
「久しぶりだね、ツェーレンちゃん!店の皆も待っていたよ。」  
「少し見ない間にまた綺麗になったねぇ。ヨシオも本当にいい子を彼女にしたもんだ!」  
初めて見る自分たちに警戒心を抱かないばかりか、知らぬうちにすっかりツェーレンと親交を深めている人々に、トォニィは驚愕を隠せなかった。  
「少し前から、ヨシオのお店を手伝っているの。とっても楽しいのよ?」  
ツェーレンが、少し恥ずかしそうに打ち明ける。  
「彼女、とてもセンスがいいんですよ。  
 店の内装とか、ラッピングデザインとか……。彼女のアドバイスのおかげで売上も伸びましたし、何より子供たちが本当に慕っていて ----」  
「子どもたち?」  
「あっ!ヨシオ兄ちゃんとツェーレンお姉ちゃんが帰ってきた!」  
丸々とした頬に笑顔を浮かべるヨシオの最後の言葉を問いただそうとしたトォニィの耳に、甲高い幼子の声が響いた。  
 
[クルミの森]という看板が掲げられた古びた木造の小さな店は、簡素な造りでありながら同時にどっしりとした暖かさをがあった。  
絵本に出てくる小人の家を思わせる小さなドアを開くと、中は思いの外広く、ガラスケースに陳列された色とりどりのケーキやパイ、クッキーにペスタチオは歓声を上げた。  
「こんにちは、ようこそいらっしゃいました!お茶をご用意しましたので、どうぞこちらへ。」  
先刻、道で声をかけた子供より幾分年上の少年に案内され、店の奥に進むと、その先には広いリビングが続いていた。  
「みんな、お客様だよ。ごあいさつをしようね。」  
少年に促され、そこで思い思いに遊んでいた、2〜3歳ほどの小さな子どもたちは、回らぬ口で歓迎の言葉を告げ、ぴょこんと頭を下げた。  
「軍を退役する時頂いた支給金を、この店舗の購入と増築にあてました。  
御覧のとおり、店より住居の方が広くなっちゃいましたけどね。」  
膝や腰にまとわりつく子どもたちの頭をなでながら、苦笑する青年の隣ではツェーレンが他の幼児の鼻水を丁寧に拭いてやっていた。  
 
「この子たち、みんなあんたの兄弟なの?」  
代わる代わる近づいて来ては、好奇心いっぱいのまなざしで見つめてくる子供たちに軽く手を振りながら、タキオンが尋ねる。  
「いいえ、僕たちは孤児なんです。」  
ヨシオの代わりに答えたのは、彼らをリビングに案内しお茶をふるまった一番の年長者らしき少年だった。  
〈マザー・コンピューター一律管理体制〉の撤廃により発生した各惑星の混乱は、結果数多くの親のない子供たちを作り出した。  
急遽設置された保護施設も、人員不足と後手後手に回る管理のまずさから増設もままならぬ状況が続いていたのだ。  
「それならばいっそ、僕が出来る限り引き取ろうと思いまして。  
 元々、子供は好きですから。」  
最初の2人が1人増え2人増え、今は10人の大所帯だと、青年は朗らかに笑った。  
 
店主ヨシオの手による、ベリーのパイやシフォンケーキの美味しさは、荒野の惑星と船上の生活しか知らなかったトォニィたちを、驚かせるに足る素晴らしいものだった。  
何度も「おかわり!」を要求するペスタチオ(と、それに便乗するタキオン)に、青年は福々しい笑顔で応え、ツェーレンもかいがいしく手助けをする。  
彼らの姿を眺めているトォニィの心に、いったん治まっていた焦燥感にも似たささくれた波が再び湧き上がってきた。  
「----- 少し、外で話しませんか?トォニィさん。」  
ヨシオはそっと立ち上がると、恋人の同胞に穏やかな表情で提案した。  
部屋の一角ではペスタチオとタキオンが子供たちの相手をし始めている。  
 
リビングの南側のドアからテラスに出ると、芝生に覆われた明るい中庭が広がっていた。  
幾度も補修や手入れをしてきたことが分かる、小さなブランコや砂場、木登りや果実採取に活躍しているであろう、穏やかな木陰を作るコケモモの樹。  
青年の心根の色合いが、そのまま表れている空間がそこにあった。  
だが、そんな光景も今のトォニィにとっては、受け入れがたいものでしかない。  
「------- で、僕に話って何だよ。」  
心の内を、ミュウでもない一介の人間に悟られた事。そしてその事態を引き起こした自分の未熟さが許しがたく、トォニィは声を尖らせる。  
「彼女のことでご心配をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。  
いずれ正式に貴方のところにご挨拶に伺うつもりでした。」  
「挨拶?何の?」  
頭を下げ、穏やかな中に真摯な色をにじませた青年の言葉をトォニィは鼻の先であしらう。  
「も・・もちろん、結婚の承諾を頂くために、です!」  
「子供、産めないぜ、あいつ。」  
丸い顔を真っ赤に染めたヨシオを冷たく見下ろし、ミュウの長は吐き捨てた。  
すべてを終わらせ、元通りにさせる決定打、と信じて。  
だが、返ってきた言葉は彼の予想を完全に打ち消すものだった。  
「ええ、知っています。------- ツェーレンが話してくれました。」  
まっすぐに見上げてくる青年のまなざしは、どこまでも真剣で誠実だった。  
「へぇ…、それで、あんたはあいつと一緒になって、幸せに暮らすんだ。」  
「はい!」  
「この店を切り盛りして、あの子供たちを養育して、毎日過ごすんだな?」  
「決して贅沢はできませんが、2人で頑張れば、きっとうまくゆくと思うんです。」  
次第に抑揚を失ってゆく、トォニィの声に気付かないまま、青年は恋人との明るい未来に思いを馳せる。  
「ふぅん、そして、あんたは先に寿命が尽きて死ぬんだ?  
 ツェーレンをひとり、置き去りにして、さ!」  
伸ばされた右手が、青年のシャツの首元を掴み、地面に叩きつける。  
「知らないとは言わせないぜ!? ミュウの寿命がお前たち人間の3倍はあるってことをな!」  
ただならぬ物音に、室内からいくつもの慌ただしい足音が飛び出してくる。  
視線の端に、ツェーレンの金の巻き毛が映ったのを振り払うように、トォニィは呆然と自分を見上げる人間の青年に向き直った。  
「いい気なもんだぜ!結局お前は自分の事しか考えてないんだ!  
 残される者、置いて行かれる者の痛みも、悲しみも知ったこっちゃないんだな!」  
記憶に浮かび上がる、かけがえのない幾多の人々の顔 ------ 今は失われた愛しい人たちの笑顔が、胸を焼く。  
「僕たちが、どれほどの犠牲を払ってここまで生き延びてきたか、お前にわかるか!?  
どれほどの血を、涙を流してきたか、分かるか!?」  
そう。だからもうこれ以上、大切な存在を失う悲しみを味あわせたくない。  
その為には、何だってやる。どんな泥だって被ってみせるさ。  
全身の皮膚が泡立つような狂気じみた高揚感が、トォニィをただ、突き動かしている。  
「こっちが我慢してやってるのをいいことに、女一人の幸せも見届けられない奴が、能天気にべらべら喋りやがって…!いっそ ---- 」  
この場で首の一つもへし折ってやろうか。  
荒れ狂う激情が、境界線を越えようとしたその時だった。  
 
「------- やめて、トォニィ………、もう、やめて。おねがいだから……」  
 
ゆっくりと振り向いたその先に、涙をいっぱいにたたえたペスタチオの瞳があった。  
「やめて、ね?みんなが、こわがってるでしょ?」  
無理に笑みを作ろうとした蒼ざめた頬に、留められなくなった大粒の涙が零れ落ちてゆく。  
その震える肩をしっかり抱いたタキオンは唇を固く引き締めたまま、澄んだ空を見上げていた。  
 
「------- いいんだよ、ペスタチオちゃん。彼の言うとおりだ。」  
静かな声と、重ねられた手の温もりが、トォニィの荒れ狂う思念を緩やかに静めてゆく。  
「貴方が経験されたご苦労と、今背負われている重責に比べれば、確かに僕など取るに足らないちっぽけな存在でしょう。」  
押しつけられた地面からトォニィを見上げる青年のまなざしには、恐れも怒りもなく、そこにはただ、静かないたわりだけがあった。  
「辛さや悲しみを一緒に乗り越えてきたからこそ、皆さんの絆は強くて深い。  
 彼女を見ているとそれがよく分かります。」  
ヨシオは丸い頬に暖かな微笑みを浮かべると、そして改めてトォニィを真っ直ぐに見詰め、重ねた手をしっかりと握りしめた。  
「トォニィさん。  
貴方の、彼女を想い大切になさりたいお気持ちにはとうてい敵わないけれど、  
僕は……、それでも僕は、ツェーレンを愛しているんです!」  
ヨシオの黒い小粒な瞳が、力強く澄んだ光を放つ。  
「お願いします!彼女の人生のほんの一部でいいんです。どうか彼女と共に生きてゆくことをお許しください!」  
「私からもお願い。トォニィ……」  
青年の肉付きの良い手に、いつしか彼らの傍らに立っていたツェーレンの華奢な手が重なった。  
恋人達が奏でる眩しい想いが手のひらを通し、トォニィの心を暖かく灯してゆく。  
「-------- こいつは、お前の半分も生きてくれない。」  
「ええ、分かってるわ。」  
「こいつがいなくなれば、お前は一人ぼっちになるんだ。」  
「平気よ。寂しくなんか、ないわ。」  
『寂しくなんか、ないわ』  
ツェーレンの微笑みに、金色の少女のそれが重なった刹那、彼の混乱を極めていた思考が、すい、と解けて一筋の道を作り上げた。  
“自分のことばかり”だったのは他でもない己自身だった、と。  
“寂しい”のは自分だった、と。  
自分の後をよちよちと必死に追っていた、“小さかった妹”は、既に別の絆を結び、別の道を歩み始めていた。  
「だいじょうぶです、心配しないでトォニィさん。ぼくたちもいっしょにいます!」  
年長の少年が、強い意志を持った利発な瞳で微笑む。  
「ぼくたちが、そしてぼくたちの子供たちが、またその子供たちが、ずっとツェーレンお姉ちゃんを守りますから!」  
『だから、なかないで?ね?』  
とことこと近づいた一人の幼子が、芝生に膝をついた青年の頭をそっと撫でた。  
「お前……」  
「ええ、その子ミュウなのよ。一緒に遊んでいて気がついたの。」  
虚を突かれたように、幼子の笑顔を見つめるトォニィに、ペスタチオが頬をぬぐいながら説明した。  
「それから、彼もそうだぜ、トォニィ。」  
タキオンに言われ、年長の少年は頬を染める。  
「“能力”っていうほどたいしたものじゃありません。その日の客足や、お天気を予想するぐらいですから。」  
「とんでもない!この子にはどれだけ助けてもらっているか…」  
「ノアの気象庁より確実だって、ご近所のお墨付きなのよ?」  
恋人達に評価され、少年の笑顔は一層輝いた。  
「--------- まったく、どいつもこいつも、勝手なことばっかり言いやがって。」  
ぼそり、と呟きながらトォニィは立ち上がる。  
ふてくされた口ぶりとは裏腹の、心の中に軽やかな風をそよがせながら。  
「あの……、僕たちのことを -------」  
「好きにすれば?」  
背に追いすがる声を邪険に扱う振りをしても、もう恋人達は騙せなかった。  
「ありがとう!トォニィ!」  
「あ…ありがとうございます!お兄さん!!」  
「誰が兄さんだ誰が!」  
マシュマロの弟なんか持った覚えはないぞ!と叫ぶ青年に、子供たちの笑い声が弾けた。  
やがて恋人達は互いの手を取り、しかと見つめ合い誓う。  
「僕と結婚してください、ツェーレン。」  
「……はい!」  
 
2人の名を呼びながら祝福する子供たちの声が、緑の中庭に響く。  
 
「-------- ところで、だ。」  
喜びの声がわき立つ中、ひとり背を向けていたミュウの長は、ふと思いついたようにくるりと向き直った。  
その一見至極真面目な表情に、全員の注目が集まった事を確認してから、彼はおもむろに口を開く。  
「ヨシオ、“そっち”の法律で、結婚が許可される最低年齢は?」  
「は…?ええ、と、18歳からですが、それが何か?」  
きょとんと応える妹の婚約者に、トォニィはにやり、と笑った。  
[ナスカの子]だけが知っている、それは[悪だくみを思いついた]同胞の典型的な笑顔だった。  
「じゃ、当分結婚はお預けだな。こいつまだ子供だし。  
 何、たいした期間じゃないさ、“ほんの”14年間待つだけだから。」  
「ト、トォニィ!」  
「口答えしないの、4歳児!  
 あ、それと婚約期間中の肉体的接触は手を繋ぐまでに限定。キスも厳禁だからな。」  
呆然とする青年と顔を真っ赤に染めて抗議する妹、「許してやれば?キスぐらい」と助け船を出すタキオン、よく分からないけれどとにかく良い方向に進んだらしいと安心するペスタチオ、など、それぞれの心模様を、初夏の青空はただ静かに見下ろしていた。  
 
 
 
「------- そうですか、安心しました。  
 でも、“決め事”は少し厳しすぎませんか?トォニィ。」  
仄かに香の漂う、その部屋の女主人はたおやかな声で、寝台に大の字で寝そべる訪問者に意見を述べた。  
「いいんだよ、人間って奴は、少しでも気を許せばすぐ増長するんだから。  
 このぐらい絞めてやった方が、あいつらの為なんだ。」  
赤毛の青年は、ふてくされたように答えた。  
「“郷に入れば郷に従え”ってあんたもよく言うじゃないか。  
 後で、ごちゃごちゃ言われない為にも、ツッコミ所は一つでも少ない方がいいんだよ。」  
ツェーレンが大切なら、出来るはずだし、万が一破ることがあったらタダじゃ済まさないしな。  
口に出さぬ、その暗く切ない思念を振り払うように、青年は大きく寝返りを打って声を上げた。  
「あー、もう、今日のことはこれでお終い!  
 帰るなり、オヤエの説教を1時間聞いて、溜まったデスクいっぱいの執務の山を、栄養ビスケットと水の夕飯とりながら片づけたんだぞ!  
だから------------- フィシス。」  
シーツに投げ出した四肢はそのまま、青年は眼差しで、彼女を求める。  
 
応える衣擦れの音が、静かに近づいて行った。  
 
 
 
 
 
白い胸に顔をうずめ、静かな寝息を立てる青年の顔は、幼い子供のようだった。  
その頬にかかる乱れ髪を、白い指でそっと梳きながら、フィシスは一人祈る。  
「どうか、見守っていてください。  
彼らの行く末に、幸多からんことを。」  
胸の奥に浮かぶ、懐かしい人々に心からの微笑みを送りながら、女神は巻き毛にそっとキスを落とした。  
 
 
「いもうとのこいびと」おしまい  
 
 
 

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