ニナは自分でも認める以上にジョミーが好きだった。  
 
ジョミーに見つめられると自分の中に炎が注ぎ込まれるような気がして、甘美な燃焼が全身を駆けめぐる。  
身体の中の血が沸騰したように熱くなり、彼への想いがさざ波のように押し寄せる。  
今もそうだ。ブリッジで皆の前に姿を現したジョミーへの愛で胸が一杯になる。  
胸の底から湧き上がって来る喜びに、為す術もなくうっとりと身をまかせているだけであった。  
 
 
数日前のこと。めずらしくジョミーが声をかけてくれた。  
「やあニナ、元気かい?髪型変えたんだね」  
「ジョミー、この髪型に変えたのはもう半年も前よ」  
「そうだっけ?」  
「香水もつけてみたの。気付いてた?」  
爪にはマニキュア。口紅は大人っぽい色に。露出の多い大胆な下着も着けている。  
意識したのはジョミー、あなたの目。でも、あたしは眼中にないの?  
「いや、ちょっと・・わからなかったな」  
「あたしが丸坊主にしても気付かないんでしょうね」  
「いや、それならわかる」  
「失礼ね!レディに向かって」  
「レディはそんな膨れっ面しないよ」  
「もう!みてらっしゃい!後悔させるくらいセクスィ〜になってみせるわよ」  
「・・・期待してます」  
「どうせあたしは子供っぽいわよ!髪も真っ直ぐじゃないし、綺麗なプラチナブロンドでもありませんからね」  
思わず棘のある声で呟いてしまい、はっとした。  
ジョミーの瞳の中の笑いが消え、少し困惑したような曖昧な表情に変わった。  
 
そこへハーレイが業務連絡を伝えに来たため、ジョミーは「じゃ」と手を上げて行ってしまった。  
 
数日、ニナは鬱々として眠れぬ夜を過ごした。  
(今度あったら・・)何度も繰り返し考える。  
まず子供みたいに拗ねたことを謝ろう。そしてもう、ほのめかしたり試したりなんかせず告白しよう。  
子供の頃から大好きで、ジョミーのような男性に出逢えて自分がどんなに嬉しいか。  
ジョミーとプライベートで親しくできて、どんなに誇らしいかを率直に言おう。  
そう決意すると急に視界が明るくなったような気がした。  
 
ジョミーは士気を高める言葉を一言二言告げたあと、さっさと奥へ引っ込んでしまった。  
ニナはジョミーの後を追うべく、席を立った。  
「おい、どこに行くんだ?」  
トキが隣の席でニナの腕を掴んだ。  
「離してよ。もう業務は終わってるわ」  
「あと5分あるよ」  
「いいでしょ。それくらい。大事な用があるのよ」  
「やめなよ」トキはニナを睨んだ。「ソルジャーは君じゃ無理だって」  
「何のこと?何の権利があってあなたそんなこと言うの?」  
ニナはキッとなってトキの手を払いのけた。  
「冗談じゃないわ。放っておいてよ。あなたに何がわかるっていうの!」  
「わかるさ。君が辛くなるだけだ・・」  
「どうしてあたしの心がわかるのよ。あなたには関係ないでしょ!余計な口出ししないで!」  
ニナは真っ赤に上気した顔でブリッジを出て行った。  
自分の後姿にトキの熱い視線を感じる。やめてよ、うっとおしい。  
いつもあたしの一挙手一投足をしつこい眼差しで追いかけるんだから。大嫌い、あんな男。  
やっぱりジョミー、貴方だけよ。ああ・・大好き! ニナは祈るような思いで駆けていた。  
 
シャングリラの庭園。空はそのまま船外の銀河を映し出していた。  
どこからか音楽が流れている。優しく、癒されるような曲調だ。  
ジョミーは一人その場で佇んでいたが、ニナを見つけるとニッコリと笑いかけた。  
「ジョミー・・」  
「ニナ、おいで」  
ジョミーは二ナの手を取る。  
「踊ろうか?」  
「・・え?踊るって・・あたし、踊れないわ」  
「僕もそうさ。いいんだよ。ただこうして抱き合ってゆらゆらしてればいいんだよ」  
ジョミーは覆うように二ナの背中に手を回し、音楽に合わせて身体を揺らし始めた。  
嬉しさと恥ずかしさで心臓が爆発しそうなニナは、おずおずとジョミーに持たれかかる。  
身体が熱い。まるで体温が一気に上昇したようだ。  
 
宇宙の闇の中、所々に庭園のライトがぼんやりと光を放つ。  
二人はしばらく抱擁したまま思念を絡ませていた。  
まるでこの船で、いや宇宙に二人っきりでいるよう・・ニナは夢見心地でジョミーを仰ぎ見る。  
ジョミーの瞳に自分を見出したとき、はっと我に返る。  
「ジョミー・・あたし、話が・・」  
「ニナ」  
ジョミーの抱擁に力が込もる。  
「ニナ、ごめん・・」  
「・・・・・・・・」  
「好きな人がいる」  
遠くからジョミーの声が響いて、二ナの視界が急に暗くなった。  
 
ジョミーは身体を離し、二ナの肩に手を置いた。すまなさそうな、哀れむような眼差しだ。  
「あたしの思念を・・読んだの?」  
「いや。誰でもすぐにわかるよ。キミがここへ息を切らして来た瞬間にわかった」  
「あたし・・わかりやすい?」  
「うん。全身で叫んでた。顔もそうだけど、身体中で感情を爆発させてた」  
ニナは小刻みに震え、全身の力が萎えていくのを感じた。  
「ジョミーの好きな人、もうわかるけど・・告白したの?」  
「いや、片思い」  
「だって・・出逢ってからもう何年もたつのに」  
「そうだね。もう何年も一方通行のままだ」  
「ジョミーの馬鹿!そんなに好きならどうしてここにいるの?さっさと彼女のもとへ行けばいいじゃない」  
二ナの表情がにわかに崩れ、大粒の涙が頬をつたっていく。  
ジョミーは困ったような表情を浮かべ「ごめん」と繰り返した。  
ひとしきり泣き終わるまで、二ナの背中をそっと抱き締める。  
ニナはしゃくりあげながら、涙で滲んだ瞳をジョミーに向けた。  
「教えて、ジョミー。あなたの想いを全部吐き出して。あたし、あなたにそれを聞く権利があるわ」  
「別に大したことじゃないよ。彼女は僕が好きじゃない。それだけだ」  
「大したことがないなら、どうしてそんなに苦しむの?」  
「それは・・その、僕が落ち込むことなんて・・ひとつひとつは実に瑣末な事ばかりさ。  
ただ、その小さな積み重ねが結構こたえるから、こうして苦しくなるのかもしれない」  
「例えば?あの人のどんな仕草に傷つくの?」  
「うーん・・」  
ジョミーは遠い目をする。  
「仕事以外の会話の声音の冷ややかさ、とかね」  
「それから?」  
「・・ソルジャーシンと呼ぶところとかな。何度も名前で呼んでくれって頼んだのにね」  
「それから?」  
「すべてが儀礼的で冷たくて・・僕の全ての好意に対してその場で礼を言うところかな。  
僕は見て見ぬ振りをしてきたけど、本当はとっくに気付いていたんだ。彼女は僕を愛していない。  
でも長としての僕を必要としている。その点僕は努力した。しかし男としては実にどうでもいい存在なんだ。  
彼女はあらゆる瞬間、それを僕に分からせようとしていた」  
ジョミーは苦しそうに眉を寄せる。  
 
「僕は一目で彼女が好きになったのに、日を重ねるごとに想いは募る一方だったのに・・・  
フィシスはそうじゃなかったんだ」  
彼の思念が震えたかと思うと、歪んだ表情を隠すように両手で顔を覆う。  
彼もまた不毛な恋に苦悩し、疲労感を覚えているのだろう。  
ニナはそう考えることによって、わずかだか慰められるような気がした。  
 
ジョミーの言葉はそのまま自分に還ってくるような気がする。  
あたしだって本当はわかってた。命がけで好きな男の心なら、手に取るようにわかる。  
こういう結果になるのは知っていた。だから・・わざとわからないように眼を曇らせていたの。  
ジョミーの柔らかな眼差しが、あの人とあたしでは全然違うことを見逃しはしなかった。  
ジョミーがあたしを振り払う仕草なら、今すぐいくつも並べる事が出来る。  
あたしは絶対にそれを認めたくなかったから、ジョミーを紳士的で礼儀正しい男性だと周囲にも  
自分にも言い含めてきた。けれど・・そう・・ジョミーはあたしを好きだけど愛してはいない・・。  
 
「ニナは強いな。羨ましいよ」  
「強い?あたしが?」  
「告白って言うのは何かをはっきりさせることだから。僕はピリオドを打つのが恐くて仕方がない」  
「そういうとこ、へなちょこジョミーね」  
「まあ、そうだね」  
「納得しないでよ。あたしだって見かけほど楽天的じゃないのよ。本当は恐かったの、怯えてたの。  
でもあたしは意気地なしであることを止めたいと思ってる。あたしでさえ努力してるのに、ソルジャーが  
臆病なんて、それはないんじゃないの?」  
「全くその通りだ。面目ない」  
二人にいつもの空気が流れ始めた。  
「女はね、強いのよ。男ほどいつまでもウジウジと引きずったりしないの。本能で別の男性を求めるものなの。  
きっと、あの方も・・だから頑張ってよ、ソルジャーシン」  
「ありがとう。僕のほうが慰められて変な感じだね」  
何だかまた泣きたくなってきた。泣いちゃおうかな・・。  
心とは裏腹に二ナの表情はふっ切れたようにサバサバしており、先程の失恋の痛手などなかったかのように  
明るくジョミーと別れた。  
ジョミーを見送ると、ニナは一種茫然とした感じでその場に立ち尽くしていた。  
 
どうやってシャングリラ船内に戻ったのか覚えていない。ふらふらと船内を歩き回り、気がつけば  
ブリッジの自分の席に座っていた。  
地球時間で夜中になるため、当直の何人かを残してブリッジはガランとしている。  
ふと、コーヒーの香りがしたかと思うとトキが後ろに立っており、そっとカップを差し出した。  
「ありがとう」  
「飲んだら早く部屋に戻るんだね。明日も激務だからね」  
「さっきはごめん。あたし、なんだか凄く嫌な感じだった」  
「いや、僕も無神経だったよ。気にしちゃいない・・けどニナ」  
「何?」  
「辛いときは、素直に泣いていいんだぜ」  
「・・・何言ってんの?あたし別に泣きたくなんかないわよ」  
「強がるなって。僕の胸を貸してあげるから」  
「イヤよ」  
「ほどよい厚みで最高だぜ。僕は落ち込んだとき、自分の胸に抱かれたいって思うけどな」  
そのときニナは、トキがジョミーの半分でも格好よければいいのに、と心底思った。  
こういうおどけ方はジョミーにこそ似合うのよね。今の冗談がジョミーの口から聞ければどんなに嬉しいかしら・・  
ニナはまたしてもたった今別れたばかりの男を思い出していた。  
「・・あたし、大丈夫だから」  
ぎこちなく微笑しながら答えた。  
「――」  
トキの瞳に痛みが走る。何か言いたげな唇を無理やり閉じ込めたように言葉を封印した。  
「そっか・・。ま、あんまり暗くなるなよ」  
そう言い残してトキは席を立った。遠ざかるその背中はひどく寂しそうに見えた。  
 
 
 
ブリッジに残ったニナは長い時間、ぼんやりと二人の男のことを考えていた。  
片思いの切なさ、哀しさは嫌というほど身に沁みている。けれど、やっぱり応えられない。  
 
 
かわいそうなジョミー。かわいそうなトキ。かわいそうなあたし。  
「どうしてこうも上手くいかないのかな・・」  
ぽつりと呟いてコーヒーを飲んだ。コーヒーはすっかり冷めていた。  
 
 
 
 
 
 
(終)  
 

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