捧げられた白い花束からは、清楚で甘く、控えめな香りがした。  
薄く繊細な花弁が幾重にも重なり、空調の微かな風にも震えるその花の様を、好ましく思った。  
「…お願いです」  
誰かが何ごとかを訴えていた。  
花束から顔を上げた彼女は、その男の激しくたぎる一途な情熱が自分を射貫いていると知った。  
 
 
「何をしている」銃を向けつつ相手の腹を蹴り上げて、キースは一喝した。  
温室の床を転がった男はあわてて起き上がり、乱れた着衣もそのままに腰を落としたまま後退る。その顔は恐怖にゆがみ、目は向けられた銃口から離れない。  
「お前は誰だ」  
「に、庭師ですっ、今週は代行でこちらに」  
「そうか。貴様のような若造がくるとは聞いていなかったが」男の腹に、さらに容赦無く蹴りを入れ続ける。「私の到着があと数秒遅かったら、貴様は今頃蜂の巣だ。二度とこの家に近づくな」  
気を失って床に延びた男から視線を外し、銃をしまいながら膝をついて彼女に両手を差し出す。  
乱れた金髪の渦の中に横たわっていた彼女がふらつきながら上体を起こし、彼の腕の中に崩れ落ちた。白いブラウスの胸元が裂け、下着が覗いている。  
「大丈夫か」キースは彼女をしっかりと胸に抱いた。  
予定外に早い帰宅が幸いした。もう少し遅かったら、彼女は男に手折られていただろう。  
彼女の身体は冷えて、小刻みに震えている。  
腕の中の彼女の弱々しい思念に、キースの胸はきりきりと痛んだ。  
迂闊だった、と激しい後悔の念に駆られる。  
温室の外の庭には隙なく警備の網が張り巡らせてあり、屋内の廊下にも監視カメラが万全に配置してある。しかし温室内は死角だった。  
彼女が静かにすすり泣き始める。怖かったのだろう、とキースは腕に力を込めた。彼女の頭に頬擦りし、金髪に口づける。  
「…何かされたのか」できるだけやさしく問い掛ける。答えを確かめずにいられなかった。  
彼女は激しく首を振り、無言で彼の身体にしがみつく。嗚咽が漏れ、彼女の怯えと悲しみが訴えるように彼の中に流れ込んだ。  
自分が仕事で家を空けている間、彼女の慰みになるだろうと温室を設けて花を揃え、庭に手を入れさせてきた。  
だが今、その温室の床に無残に踏み散らされた白い切花が数多く落ちているのを見て、キースはこれまでにも自身の胸に何度か去来していた問いを、あらためて正面から自分に投げ掛ける。  
―――この社会に彼女を連れて来たことは、果たしてよかったのだろうか。他者への悪意に満ち、自らの欲望のために他人を平気で傷つける人間が、欲望を遂げるために偽りで装う人間が、珍しくないこの社会に。  
 
彼女を抱き上げて、寝室へ運ぶ。  
彼女はキースの肩に頭を預け、ぐったりと胸に抱かれていた。  
自分も彼女と初めて出会ったときには乱暴に手折ったのだと、キースは切り込まれるような痛みと共に思い出す。  
ソルジャー・ブルーというあの男から奪いたくて、そして自分の負った精神的苦痛の復讐のために、彼女を傷つけた。短時間に何度も彼女を辱め、命まで軽率に扱った。  
だが今、彼女は彼を信頼して身も心も彼に預け、安らかな呼吸を取り戻しつつある。  
あの罪を、自分は彼女を守ることで償わなくてはならないと肝に銘じてきた。それにもかかわらず先刻彼女を危険に晒してしまったことが、彼には悔やまれてならなかった。  
彼女をベッドに横たえて、身体に毛布を掛ける。泣き濡れた彼女の頬にキスを落として、並んで横になった。  
彼女の手がそろそろと伸ばされ、彼の胸に届く。  
「なんだ」その冷えた指先を握り締めて、彼女の身体を抱き寄せる。  
自然と唇が重なる。  
いつもは温かいその唇のひんやりとした感触に、またしてもキースの胸は痛んだ。  
頬を手のひらで包むと、やはり冷たい。  
「…寒いのか」  
彼女の濡れた唇がわずかに開いた。  
「…温めて、わたしを」掠れた声が、彼に囁いた。  
 
静かな寝息を立てているフィシスの髪を掻き分けて、口づけるためにそのうなじをあらわにしたソルジャー・ブルーの、指が止まった。  
絶対に自分の思い違いではない。  
白いうなじに微かに残る痕。  
彼は胸に氷を詰め込まれたような悲しみに、息が止まりそうだった。  
本意ではなかったが、少し強い力で少女の身体を揺り起こした。  
「ただいま、フィシス。僕だよ」感情を抑えて囁いた。  
夢から覚めた彼女がブルーを認め、いつものように白い思念で彼を歓迎する。  
「お帰りなさい、ソルジャー」微笑んで、伸ばした腕をブルーの首に巻きつける。  
その思念に一点の曇りも無いことが、ブルーをさらに追い詰めた。  
「フィシス…」思い出させるだけでいいんだ、と彼は自分に言い聞かせた。  
相手が誰か分かれば、彼女から遠ざけておけばいい。  
「僕が留守の間、何をしていたの」  
「…ソルジャーがいなかったのは昨日…」  
「そう、昨日だけだよ」たった一日の空白が、ブルーを苦しめる。「何をしていたの?」  
「…ヒルマン教授のところで、子どもたちと遊びました」  
子どもか。そう思いながらも、ブルーの不安は消えない。  
「何をして遊んだの」  
「…かくれんぼとか」眠そうに、目をこすりながらフィシスは答える。「でも誰もわたしを見つけられませんでした、ソルジャー」  
「そうか、それは隠れるのが上手だったね」  
ヒルマン教授のところへ行かせるのはよそう。ブルーはフィシスを抱き寄せて、その頬に口づけた。  
「そのとき、誰かがこんなふうに君に近づいたりしたかい」  
フィシスはしばらく考えていた。  
「…そういえば、よく知らない人が」悪びれない口調でそう呟く。  
やはり大人だ。ブルーの心が凍りついた。この船に乗る仲間の中に、彼女に欲望の手を伸ばした者がいる。  
「その人はどうして君のところにきたのかな」フィシスの服を脱がせるブルーの手が震える。もっと酷い痕跡をこの眼で確かめることになるのではないかと、怯えていた。  
「…眠れないからと言っていました」  
「何?」彼女の白い肌の隅々まで視線を走らせつつ、ブルーは問い返す。「眠れないからなんだと言ったの?」  
「一度だけ、ぎゅうってさせて欲しいって。お願いされてしまったのです」  
「お願いされたのか」笑っているつもりの自分の顔は、酷く歪んでいるだろうとブルーは思っていた。「そうか、お願いか」  
誰だ、一体誰なんだ。  
怒りに錯乱して、ブルーは激しい眩暈を覚えた。仲間を疑うようなことを、いまだかつて一度もブルーは経験したことが無かった。ましてや自分がフィシスを大事にしていることは、この船の誰もが知っているはずであるのに。  
「顔を思い浮かべてごらん、その人の顔を」  
「はい」  
しかし素直に答えて差し出されたフィシスの手を取ることなく、ブルーは立ち上がった。  
「ソルジャー?」ブルーの真っ青な顔の裏にある感情が、フィシスには理解できない。  
「やめておこう…。もう、知らない人でも誰でも、あんまり近くに来させちゃいけないよ、フィシス。誰かが君に近づいていいのは、僕が一緒にいるときだけだからね」  
「はい」金髪を大きく揺らして、フィシスはうなずく。  
その人物を、引き裂いてしまうかもしれない。  
ブルーは、自身の心の奥に芽生えた仲間に対する不信の力強さに恐怖したのだった。  
どんな理由があるにせよ、そういった態度ひとつでも表すべきではなかった。  
自分はミュウの長、統率の頭、ソルジャーなのだから  
 
フィシスが小さく、くしゃみをした。  
「ごめんね、フィシス。毛布に入っていて」  
ブルーは自身も衣服を脱いで毛布に入り、フィシスに並んだ。  
無邪気な手が伸びてきて、彼の腕に絡みつく。  
彼女に向き直ってその身体を抱き締め、ブルーは今日こそ彼女を本当に自分のものにしてしまおうと思い始めていた。  
万が一にも、誰かに踏み荒らされる前に。  
ブルーはフィシスの唇にキスをする。いつものように軽く。  
フィシスがくすぐったそうに笑い声を立てる。  
その笑顔を見つめながら、ブルーは手をゆっくりと下ろしていった。  
僕のお嫁さんになるかい。  
そう問い掛けたところで、フィシスにはその意味がわからないだろう。  
わからないからこそ戯れにでも問い掛けて、答えを言わせてもよかった。  
はいソルジャー、と彼女は鸚鵡返しに答えるに違いない。  
だがブルーが求めているのはそういうことではなかった。  
たとえ今、誓約という形で彼女を繋ぎ止めておいても、いずれ時が自分を切り離すだろう、彼女から。  
そうすれば彼女には他の男を選ぶ自由がゆるされる。  
「ソルジャー?」  
フィシスの声に不安が表れていて、ブルーは躊躇した。普段の彼とは違う思念に、彼女は気づいたのだ。  
こんなことをしたら彼女が自分から離れていってしまうかもしれない。  
いや、彼女は拒まないだろう。  
何をも拒まず、受け入れるように育ててきたのは、自分のためだった。  
これは自分の罪だ。  
ブルーの手が、フィシスの細い太腿の間に分け入る。  
「あ…」驚いたフィシスの手がブルーの腕に強くしがみ付く。  
「怖がらないで、フィシス」  
ブルーは指をそっと差し入れる。  
もうずっと前からわかっていた。  
彼女の身体はおさな子のそれではなく、すっかり成長し、少女というより一人の女性として完成しつつあるということが。  
だが認めたくなかったのだ。  
緊張しているフィシスの中に、ブルーの指が深く進入していく。  
濡れていないその秘所の周辺を、他の指で軽く愛撫する。  
「あ、あ、ソルジャー…」フィシスがわずかに腰を引いた。反応している自分の身体の異変に、彼女は戸惑っていた。  
「フィシス、僕のものになってくれ」  
「わたしはいつでもソルジャーのものです」震えながらフィシスが答える。  
永遠に?そう聞きたい気持ちを飲み込んで、ブルーはフィシスの形の良い乳房を手のひらで包む。柔らかい感触を愛しむように撫で擦ると、フィシスの顔に複雑な表情が浮かび、思念が乱れた。  
 
これまでは、彼女の肌にキスをするだけでごまかしてきた。  
全身へのキスも、くすぐるように舌を這わせるのも、彼女にとってはただのスキンシップでしかない。  
だがブルーが乳首を口に含むと、フィシスの身体が大きくわなないた。  
「ソ、ソルジャー…」  
フィシスの泣き出しそうな声を、悲しい気持ちでブルーは聞いた。  
彼女はもう女として十分反応できる身体だということだった。  
「フィシス、愛しているよ」いつも何度でも浴びせてきた言葉。  
舌でその小さな乳首を絡め、舐め、吸い上げる。  
「あ、あ、ああ…」  
ブルーにとってまだ少女だったはずのフィシスの口から、誰も教えていないはずの喘ぎ声が漏れる。指を挿入していた彼女の中で、温かな液体が流れ出す。  
「ソルジャー…」  
「怖くないよ、フィシス。僕のことが好き?」  
小さくフィシスがうなずいた。  
自分に絡み付いているフィシスの腕をほどく。足をさらに開かせて、ブルーは彼女の泉に顔を寄せていった。  
「君は僕のものだよ、フィシス」小さなピンクの入り口にキスをする。舌を入れる。  
「あ、あっ…」フィシスの手が宙をさまよう。いつもならしがみつくことのできるブルーの身体がそばにないことが不安なのだ。  
混乱している、女性としてはおさないフィシスの思念をブルーは受け止めていた。  
初めて君を散らすよ、とブルーは胸の奥で呟く。  
永遠はかなわなくても、最初は僕だ。  
舌で愛撫しているうちに、泉は滾々と湧き出でて周囲を潤い満たし、ブルーはフィシスが快感を感じ始めているのを知った。  
まだ早すぎると思っていたのに、君には遅すぎたんだね。  
ブルーの気持ちは悲しかったが、身体は男として彼女に反応していた。  
彼女の泉に、奮い立ち屹立する自身を、そっと近づける。  
両足を大きく開いても、緊張している彼女の身体はなかなか彼を受け入れない。  
無理やりということをいつもブルーは好まなかったが、この場合は譲れなかった。  
「僕を信じて、フィシス。僕ともっと仲良くなりたくないかい」  
「なりたいです…ソルジャー」顔を上気させたフィシスが、小さな声で答える。  
次の瞬間、ブルーは一気に彼女の中に侵入し、彼女の花を散らした。  
驚きと痛みで悲鳴のような声を上げたフィシスの口を、彼は包み込むように自らの口で塞ぐ 。  
彼女の思念が不安と驚愕で混乱する中、ブルーは彼女の中でゆっくりと動き始めた。  
白い彼女の頬を流れ落ちた一筋の涙を、ブルーのキスが受け止める。  
「ごめんね、フィシス。君と、もっと仲良くなりたかったんだ」  
「もう、もっと仲良く、なったのですか」涙声のフィシスが尋ねる。  
「今なっているよ」動きを早めながらブルーは答えた。  
「僕を、これからはブルーと呼んで、フィシス」  
「ブルー…」呼吸荒く、フィシスが彼の名を呼ぶ。「わたし…なにか、とても…変です」  
「変じゃないよ」ブルーは微笑んで、フィシスの頬にキスをする。  
「君と僕の心が、本当に通じ合っているということだよ」  
痛みを超えて、フィシスが新しい感覚を自らの内に見出すのを、ブルーは見守る。  
これからは、今までのスキンシップが違う意味を持ち始めるだろう。  
やがて彼女の中から白くまばゆい光が満ち溢れ、二人を取り囲み始めた。  
「ソルジャーっ…」自身の変化に付いていかれないフィシスが、ブルーの肩にしがみつく。  
「ブルーだよ、フィシス」その手を離し、上からシーツに押し付けるブルーの声が光の中に響く。  
フィシスから溢れる金の光は辺りをすべて呑み込み、その鮮烈な輝きの中で、二人は互いの姿を見失った。  
 
腕の中で頬を上気させたまま眠る彼女を見ると、キースは愛しさが激しく込み上げるのを感じた。  
彼女から求めてきたのは初めてのことだった。  
彼女を悦びで満たして先刻の恐怖を忘れさせたかった。ゆっくりと優しく、彼女の望むままに抱いた。  
慎ましやかにねだる彼女が新鮮で、湧き上がる荒々しい衝動を抑えるのが難しかった。  
そして何より、いつもは受け入れるだけの彼女が今日は彼の背に指を這わせ、肩にしっかりとしがみついてきたことが嬉しかった。  
以前から、行為の際に彼女が自分の背や腰に腕を絡めてこないことが、キースの心の何処かに引っかかっていた。それゆえ今日は彼女との結びつきが一層深く、強いものになったように感じられた。  
胸に頬を摺り寄せてくる彼女を、何に代えても守りたいと思った。その一方で、もしかしたら彼女はやはりこの生活に寂しさを感じているのではないかという気がした。  
ミュウの船を降りて以来、彼女は仲間たちにも会っていない。  
彼女は彼女なりに新しい生活に馴染もうとしているのだろうと彼は思っていたが、無理をしているのかもしれなかった。  
やがてかすかに身じろぎして、彼女が目覚めた。キースの腕の中にあると気づいて、頬を赤らめる。  
朝も晩も毎日のように愛し合っているにもかかわらず、彼女が浮かべる恥じらいの表情はいつまでも初々しく、微笑ましい。  
その頬に思わず口づけて、キースは彼女を正面から見つめた。  
「今日早く帰ってきたのは、お前に知らせたいことがあったからだ」  
そのニュースを早く伝えようと、高揚した気分で帰宅した自分を思い出す。そんなニュースでもなかったら彼女の危機を救うことはできなかっただろう。偶然に感謝しないではいられなかった。  
彼女を抱き起こして、サイドテーブルの横に置いた鞄から30センチ四方のガラスの板を取り出す。1センチ弱の厚みのその板は金属で縁取られ、端のスイッチを入れると立体映像が立ち上がる仕組みになっている。  
「なに?」彼に頭を寄せて彼女が尋ねる。  
「見ていろ」キースがスイッチを入れて、板を底面とする立方体の空間に地球の映像が浮かび上がった。「今から約30時間前の地球だ」  
北極圏から南極まで、地球上空の軌道に10基の人工衛星が配置され、24時間で一周しながら地球の様子を撮影し続けている。その衛星から届けられる映像を立体に構成したものが、リアルタイムでこの板へ送られ、再現されるようにプログラムしてあった。  
「かなり海水の温度が下がったようだ。まだ青い星というわけにはいかないが…」  
地球は明らかに生物を受け入れるべく、再生の道を歩んでいた。もちろんそのスピードを速めるための様々な遠隔操作が今も継続的に行われ、それが功を奏していることも間違いない。  
数ヶ月前まで大気圏に立ち込めていた灰色の厚い水蒸気の雲が、真綿のような少量の雲に代わっていた。  
白くにごった海のあちこちに、うっすらと青色が認められるようになってきた。  
その映像に向かって伸ばされた彼女の指が、愛しいものに触れるようにそっと空間を撫でる。  
「人が住めるようになるのはいつかしら」うっとりとして静かに、彼女が言う。  
「そうだな。酸素濃度が安定するにはまだ時間が掛かるだろう。われわれの世代では難しいかもしれないが、次世代はおそらく」  
キースも手を伸ばし、空間にとどまっていた彼女の手を自らの手で包んで握り締めた。  
「…もう一つニュースがある」切り出すキースの胸には、いくらか迷いがあった。  
 
最初は遅々として進まなかったミュウの入植が、ミュウ化する人間の増加に応じて加速度的に進行してきた。今では人間とミュウが何の隔てもなく暮らす都市が珍しくない。  
それに伴い、自然出産を望む夫婦が急速に増加した。  
SD体制以前から約300年の間、医療分野の谷間といっていいほどまったく手の着けられていなかった、母体による妊娠出産に関する研究が爆発的な勢いで推し進められるようになり、その成果が連日、彼の元にも報告されていた。  
「お前の器質的な問題を、最新の技術で解決できるとわかった」  
どういうことかわからないといった表情の彼女に、キースは彼女の反応を恐れる気持ちを抑えて、言葉を続けた。  
「手術を受けなければならないが、難しいものではない。お前は妊娠できるようになる。私たちは子どもを持つことができる」  
彼女の口が微かに開いた。そしてぽろぽろと、大粒の涙をこぼし始める。だがすぐにキースの胸に飛び込んで、その首に腕を回した。  
「…本当なの?」  
彼女の声に歓喜が満ち溢れているのを聞いて、キース自身も喜びと安堵で胸が一杯になる。  
「本当だ。嬉しいか」聞くまでもない。触れている彼女の身体から、その思念がじんわりと温かく伝わり始めているのだから。  
「夢みたい…」彼女の声には感激が、小さな無数の泡のように弾けている。  
「夢ではない」首に巻きつく腕をほどいて、キースは彼女の顔を覗き込んだ。「これは夢ではないんだ」  
彼女に深く口づける。お前は私の希望だと、強く思いを込めた。  
自分たちはこの社会に証を刻み、時の流れに足跡を残して生きていくのだ。  
彼女に出会わなかったら、自分はそう考える人間ではなかったかもしれないとキースは思う。  
「あの地球の土を踏むのは、わたしたちの子どもなのね」彼女が歌うように囁く。  
「私たちの絆が、生まれ変わったあの星の上で生きるのだ。それに」とキースは彼女と指を組み合わせ、手のひらを重ねる。  
「私たちはいつでも帰れるだろう?あの星へ」  
彼女と額を合わせ、目を閉じて、同じ星に思いを馳せる。  
期待に膨らみ、喜びに弾む思念が、共鳴し合う。  
未来は、彼らの手の中で青く確かに輝いていた。  
 
 

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