ミュウの女はジョミーに手を添えられながらやってきた。  
キースはゆっくり両手を挙げて、武器など携帯していないことを証明する。  
「大丈夫かい?フィシス」  
優しく語りかけるミュウの長。女はゆっくり頷く。  
「じゃあ。僕はこれで」女を軽く抱き締める。  
その仕草がキースを苛立たせる。  
当然のように女の名を呼び、女を所有してるかのように振舞うのは理屈ぬきで許せないような気がした。  
「何も心配はいらない」  
不躾に言い放つキースに、ジョミーは少し会釈をして立ち去った。  
キースの静かな怒りが通じたのか、フィシスは小さな子供のように心細げであった。  
「会談を、受け入れてくれて…」  
そのまま言葉に詰まる。…何と言っていいのか分からない  
「とにかく、中へ入りましょう」  
キースは執務室の奥へ案内しようと、目の見えない彼女のために手を引こうとした。  
しかしフィシスはその手を恐れるように後退ったために、キースは再会の喜びを伝える機会を失ってしまった。  
 
二人はぎくしゃくした感じで、お互いの身体に触れないよう距離を保って歩き出した。  
フィシスにとって初めての場所は慎重にならざるを得ず、椅子や机にぶつかりながら何とかソファに辿りついた。  
座る際も、二人は腕や腰がぶつかっては互い当惑した表情で「すみません」「ああ、失礼」などの  
言葉を連発し、気まずい雰囲気が続いた。  
「何か、飲み物を・・」  
キースはそう言ってから、美味しくコーヒーを入れる男がもうこの世にいないことを思い出した。  
彼だけではない。長年心の支えであった親友も失ったばかりだ。  
「いいえ。何もいりません」  
フィシスは首を振り、この男と初めて会話をした。しかしそのあとは終始無言で  
ひたすら顔を俯かせたまま、頑なにキースの存在を否定してるかのようだった。  
仕方なくキースも、向かい側のソファで無言で過ぎる時間に付き合うしかない。  
 
キースは自分がひどく不器用に感じられる。自分が自分でなくなり、無能なデクノボウのようだ。  
(得体の知れない感情に流されて自分を見失うなど愚の骨頂だ。私の支配者は私でしか有り得ない。  
マザーでさえひとつの選択肢に過ぎん)  
その自分が、国家元首たる男が、女の前ではまるでトロトロと溶けていく軟体動物のようだ。  
そんなふうに自分を無様に感じさせる女をキースは憎んだ。  
 
(化け物め…)  
だがその化け物にどうしようもなく惹かれていた。惹かれるなんてものではない。  
眼前の女を抱き締めたい衝動を抑え過ぎて、血が蒼ざめる思いだ。  
憎くて憎くて、そしてその何倍も女を愛してる、とキースの魂は叫ぶのだった。  
 
 
不自然な空気が支配するなか、沈黙だけの会談は終わりを告げた。  
迎えにきたジョミーと共に、女は執務室から去っていく。  
 
キースは唇を噛み、いっそ噛みちぎりたいほどの不覚を呪った。  
 
全てが、繰り返し予想した再会の場面と異様に違っていた。  
キースはこの寡黙な男にしてはめずらしく女性へ対する労りの言葉を用意して  
静かに抱き締めながら全てを打ち明けるつもりだったのだ。  
 
共にテラのために生まれた身であること、同じ記憶と遺伝子を持っていること。  
お互いが別々のものを持っていて、お互いを補完しあうように存在したのだと。  
長い年月を経てめぐりあえた奇跡・・たくさんのことを話し、聞きたかった。  
 
人間とはなんと不器用な動物なのだろう。寂寥感に包まれながらキースは考えた。  
後悔してももう遅く、この失態を埋め合わせる時間はもうない。  
何年も待ち侘び、反芻してきた再会がこんなにあっけなく終わるとは夢にも思わなかった。  
あまりの事の成り行きに、キースはしばらく呆然と窓の外の景色を眺めるしかできなかった。  
その顔は無表情で、頭の中はいかなる電流も通じていない状態であった。  
 
どのくらい時間が経ったのだろう。夕闇に包まれた部屋には自動的にライトが点灯した。  
「閣下。よろしいでしょうか」  
机の上のモニターが光り、画面にセルジュが映し出された。  
「ああ…なんだ」  
「これよりで私が閣下の警備にあたります。ご確認を…」  
最近起こったテロ事件により、キースの警備は厳重を極めていた。  
コンピュータ管理はもちろん、更にメンバーズが交代でその任務にあたっていた。  
「うむ。………!」  
ふと、感じる。  
ある予感がキースを襲う。  
突然訪れたそれは、みるみる膨らんで確信へと変わっていった。  
「閣下…?どうなさいました?」  
「…いや、何でもない。今夜は私用で起きている。自動警備だけで結構だ」  
「しかし、あのミュウの・・」  
「その件なら長と話し合って解決済みだ。君はゆっくり休みたまえ。命令だ」  
「は…それでは…」  
キースはモニターを切る。少し時間をおいて全ての電源を切った。自動警備もオフとなる。  
 
月明かりだけが照らす室内。机の椅子に座りキースはそれを待った。  
先程の予感。なぜだが分からないが確実にそう思った。  
机で両手を合わせ、祈るような格好になって待った。  
 
そして、誰かが執務室へ向かってくる気配を感じた。  
その者はドアの前で一瞬たじろいだあと、勇を決して扉を開ける。  
キースの前に、ミュウの女が現れた。  
 
フィシスの長い金髪が月明かりにキラキラと煌く。まるで光の粒子を身に纏っているように幻想的だ。  
キースは立ち上がり、静かにフィシスの側へ移動する。  
扉を手動でロックした後、フィシスへ向き直り真っ直ぐに見た。  
女の瞳に自分が映っている。見えてはいないのだろうがそんなことはどうでもいい。  
フィシスは今にも泣きそうな、苦悶の表情を浮かべている。  
「あの…さっきは緊張して…」  
「わかっていた。お前が来ることは…」  
そうだ。前に出逢ったのは偶然ではあっても、再会は必然だ。今はそれがよく分かる。  
フィシスの目に、涙が浮かんだかと思うとみるみる溢れ出し頬をつたっていく。  
 
「何と言っていいのか…上手く言えません。胸が、しぼられるように切なくて・・」  
「上手い言葉など必要ない」  
キースがフィシスの手を握る。途端に二人の間に水中の幻影が広がった。  
「………!」  
どちらともつかぬ思念が一気に洪水のように渦巻く。  
とうていなだめることのできない激流に、二人は身をまかせる。  
あのとき、ナスカで触れた瞬間に感じた波長。全ての謎が解けていくようだ。  
とうとう言葉では伝えることができなかった想い。  
キースはこの瞬間に全て言い尽くせたような気がした。  
やっと出逢えた…  
喜びの中、ゆっくりと抱き締めあう。  
 
キースは興奮し、目眩のような、痛みのような感覚にさらされた。  
どういうわけか激しい喜びは、悲しみに似ていると思った。  
ちょうどマツカを失ったときに感じたような。女も同様なのだろう。  
フィシスがそっと顔を上げる。  
「私…本当はこうなることを望んでいました。ナスカ以来、私の心にはいつもあなたがいて…  
あなたに一目会いたいといつも願っていました」  
フィシスは自身の手を、そっとキースの頬へ当てる。キースの胸の鼓動が高鳴る。  
「テラの地に降り立ってあなたを見たとき、その場に倒れそうになりました。  
今、こうしてあなたに出会えて私がどんな思いだか――」  
そこで唐突にフィシスは言葉を切る。  
 
サム、マツカ、シロエへの切ない想いが蘇る。  
そしてそれらを圧倒するめくるめく喜びに全身を焼かれるようだった。  
キースはフィシスの手をひいて奥の部屋へ向かう。  
二人を待つベッドへ、シーツのあいだへと・・。  
「行こう」  
一言だけそう言った。  
 
先に衣服を脱いだキースが、フィシスの肩に触れて促す。  
フィシスは戸惑いながらもドレスを脱いでシーツの中へ滑り込んだ。  
キースはフィシスをゆっくり押し倒し、上から顔を覗き込む。  
男の目に身体をさらけ出すという行為に、フィシスは羞恥以上に罪深さに身体が震えた。  
 
その心を見透かしたようにキースの手が彼女の頬を撫でる。  
「恐れるな」  
「…………」  
「お前は私に属する女だ。一目でそれがわかった」  
キースはフィシスの唇に、軽く触れるだけのキスをした。  
「元々奪ったのはあの男のほうだ。私はお前を取り返そうとしたに過ぎない」  
「そんな…」  
言葉はいらない、とばかりにキースの唇がフィシスのそれを覆う。  
ついばむようなキスは、やがて貪るようなキスへと変わっていく。  
「…ん……」  
キースの舌が生き物のようにフィシスの口内に入り込む。  
舌を何度も絡めとられ、フィシスの顔が苦しそうに歪む。  
キースは執拗に口付ける。その度に二人の間で音が鳴った。  
 
フィシスのなかの、極小さな部分が焼かれたように熱くなり、ほとんど痛みと区別のつかないような  
快感へと変わっていく。  
キースの舌が唇から首筋へ、やがて乳房を求め、とうとう乳首を探しあてる。  
片方の手でもう一方の乳房を掴んだまま、周辺を舐めながら突起を口に含む。  
「う…ん」  
フィシスの唇から、溜息のような掠れ声が漏れた。  
自分の発した声に驚いて、思わず手で自分の口を押さえた。  
すぐにキースの手が伸びてきて、押さえている手を払い除ける。  
「声が聞きたい。お前の声が」  
「あ…あ…」  
「そうだ。その声だ」  
もっと甘い声が聞きたくて、キースは乳首に軽く歯を立て、舌先で先端を転がした。  
フィシスの白い肢体がピンク色に染まっていく。その様子を見ながらキースはほくそ笑む。  
フィシスの身体が反応するのが楽しくて、何度もそこを強く吸い上げ痕を残した。  
「や…っ…あっ…」  
くぐもった、甘い喘ぎ声がキースの嗜虐心に火をつけた。  
 
キースは彼女の身体をゆっくり下に移動する。  
「見たい。お前の…」  
そう囁かれて、フィシスは更に身体が熱くなる。  
キースの両手が膝裏を掴み、ゆっくりと脚を広げ、露な部分へ目を向ける。  
キースの指が、腿を付け根に向かってツツ、と撫でた。  
ピクンと体が揺れるのを見届け、綺麗に色付いているソコに舌を這わせる。  
フィシスは身を揉むような羞恥心で叫びださないために、自分の口を両手でしかっり抑え込んだ。  
(こんな…)  
初めて経験する愛撫にフィシスは言葉を失った。  
肉体の中心に加えられる小さな痛み、熱く絡みつく甘美な感覚で壊れそうになる。  
 
フィシスの様子に満足したキースの瞳に兇暴な征服欲が浮かぶ。  
それを敏感に悟ったフィシスは怯え、萎縮する。  
殺気立った大きな野生動物が獲物に襲いかかるように、キースはフィシスの乳房に噛み付いた。  
「あ・・っああっ・・!」  
恐怖で固くなった白い乳房にみるみる血が滲んでいく。  
血を見るとキースは歪んだ微笑を浮かべ、腰や下腹、大腿などを荒々しく咬んでは赤を刻んでいく。  
 
「いや…っ…やめて…もういや…!」  
まるで自分が生贄のように感じるフィシスは涙を流して懇願する  
しかし彼女の恐れがますますキースの征服欲を煽り、拍車をかけた。  
キースは自分の下半身から、怒張した分身を取り出した。  
フィシスの充分潤った熱い襞に、己のモノを当てがうと一気に腰を進める。  
身体が引き裂かれるような痛みに、フィシスはのたうちまわる。  
逃げようとしても、キースにがっちり押さえ込まれてどうすることもできない。  
キースのモノの大きさと熱さ、それに伴う痛みにフィシスは悲鳴を上げる。  
「いやっ!やめて…」  
キースは暴れるフィシスの身体を押さえ込むと、強引に口唇を貪った。  
無理やり口を開かせ、口内を舐めまわす。  
最奥まで犯される苦痛は、いつしかめくるめく興奮へと変わっていった。鳥肌が立ち、息がつまる。  
無数の痛みとも快感ともつかぬ感触が、フィシスの身体を稲妻のように走り抜ける。  
肉体を津波のように襲う甘美な衝撃で意識が混乱し、今にも失神してしまいそうだ。  
 
(私は…)  
激しい目眩のような感覚。  
(私は、まさに、このためにへ来たのだわ)  
遠のく意識の片隅でフィシスは思う。  
(こういうことをやるためにこの人へ会いにきたのだわ。こんなふうに荒々しく抱かれるために)  
フィシスは下唇を血の出るほど噛み締める。  
 
「手で触れてはいけないもの。君は・・一番大切な場所にそっとしまっておくものだよ」  
「私は壊れ物ではありませんわ」  
ブルーと私はそう言ってよく笑いあった。  
ジョミーはそれを人形を慈しむような愛、と表現した。事実そうなのだろう。  
ふんわりと、母親の胎内で眠るような安心感。  
ブルーと共に過ごした日々は、まるで夢の中で暮らしてきたような気がする。  
 
突然、目覚めの日はやってきた。  
私は自分の足で歩き、走り、自分の意思で男のもとへ向かった。  
その時は無我夢中で気付かなかったけれど、身体はたくさんの痣と傷で赤く染まっていた。  
疲れ果てて生還した私に、「裏切り者」という言葉が待っていた。  
冷たい視線の中、ジョミーだけは私を庇ってくれた。  
優しいジョミー。  
彼はそのとき、私がそのまま果てるのではないかと心配していたという。  
でもそんな心配は全く無用だった。  
例え全てのミュウが私を糾弾したとしても、何も恐くはなかった。  
生きたい。こんなに激しく願ったことはない。  
自害してもおかしくない状況であるにも係わらず、だ。  
 
ジョミーは私の出生の秘密を知っているようだった。  
あの人と何か関係があるのだろう。彼との会談を用意してくれた。  
私は喜びで地面が揺れたような感覚を覚えた。  
興奮を抑えきれない私に、ジョミーは「変わったね。フィシス」と言った。  
「強くなった。そして綺麗だ。瞳が輝いて唇が炎のように赤い。ひとりの女性として、とても綺麗だ」  
「ジョミー・・」  
 
彼は気付いただろうか。  
私が恋をするひとりの女になっていたことを…  
女神でも人形でもない。女だわ。彼に出逢ってはっきりわかった。  
もし今の私をブルーが見たらどう思うだろうか。  
穢れなき女神がメデュウサに変身したと嘆くだろうか。  
 
でも後悔はしない。  
もしも私がナスカ以前に命を落としていたら、きっと死の実感もないまま魂は宙を彷徨っていただろう。  
今はわかる。生を生きないものは死をも死ねない。  
私は・・彼を愛して生を全うしたい。  
 
 
狂気じみた愛の行為が終わった。  
フィシスは肉体の奥でくすぶる快楽の残り火に、うっとりと身をまかせていた。  
キースはフィシスの中へたくさんの放出をして、今は静かに息づいている。  
幸福感に満たされて、二人はただお互いを見つめあう。  
 
語るべきことはたくさんあった。  
キースは自分の為に彼女が受けたであろう残酷な仕打ちについて、進んで軽蔑と罵倒を  
受けたいと願っていた。それが贖罪になるとも思っていない。  
キースの何か言いたげな表情に、フィシスは「どうしたの?」と聞いた。  
「いや…」  
「………」  
「まるで子供のようにあがってしまってね。言葉がでてこない」  
「でも言葉、喋ってるわ」  
「上手い言葉がね。言うべき事はたくさんあるのだが、むしろあり過ぎて  
全てが嘘っぽく聞こえそうだ」  
「あなたはさっき言ったわ。上手い言葉など必要ないって。私もそう思うわ」  
「………」  
フィシスはそっとキースの手を握る。  
「言葉よりも・・このぬくもりが心を多く伝えてくれるわ」  
繋がれた手からフィシスの思念が入り込む。  
(ありがとう)  
「なぜ・・」  
「そう思うもの」  
「私は…恨まれても憎まれても仕方がない」  
フィシスはゆっくり首を振る。    
「憎むなんて・・」  
ふと、視線があるものに止まる。キースも気付いて視線の先を追う。  
豪華な調度品の上に花が活けられていた。細い枝に白い花がいくつも咲いている。  
「…?あの花を見てるのか?」  
「花が・・」  
「なんという花かは知らんがどこかの植星で咲いていたものだろう。どうした」  
「ひとつ、落ちてるのね」  
ぽとり、という感じで白い花がひとつ、そのままの形で床に落ちていた。  
「…私も…樹から落ちたのだわ…。今、なんとなくそう思ったの」  
「………」  
「あなたを恨んだりはしなかったけど、もうあなた以外の人を私は愛すことはできない・・  
それが分かったときは空しくて哀しかった」  
いつも暖かく見守ってくれたジョミー。かつてあんなに求めたブルーでさえも彼女の心から  
キースを追い出すことは不可能だった。  
今もそうだ。キースが彼女に授けためくるめく性愛のあとでは、どのような愛情も、二度と彼女を  
満たすことはないだろう。それをフィシスは知ってしまった。  
 
キースは返事の代わりにフィシスの掌にキスをした。  
「私もそうだ。お前に逢うまで…私はここでひとりだった」  
ここで。地球上最も豪華で頑強なこの部屋。  
人類の中心たる存在でありながら、キースは常に漂流しているような不安感をもっていた。  
数少ない友を次々に亡くした。だが、今は彼女がいる。  
最後に残ったのは希望、だっただろうか。  
 
夜が、白々と明けてくる。  
「少し眠ったらどう?キースアニアン」  
初めてフィシスは男の名を呼んだ。キースは驚きと新鮮さを感じて「もう一度」と言った。  
「眠ったらどうかしら、と言ったのよ」  
「名前のほうだ」  
「キース…」  
「もう一度」  
「キース…」  
「もう一度」  
「キー…もう、ずるいわ。あなたは私の名を呼んでくれないのに」  
「……ス」  
「え?」  
「…………フィシス・・・」  
キースはひどく気まずそうな、照れたような顔つきをしてみせた。  
その様子がおかしくて、フィシスは吹き出してしまった。  
「何がおかしい」  
キースは顔を赤らめて反抗する。この男が軽率な身ぶりをすることは滅多にない。  
フィシスは「ごめんなさい」と言いつつ、うつむいてくすくす笑った。  
「いじめてしまったようね」  
こういうとき、どういう仕草をしていいのかわからない。キースは頭上に腕を組んで不貞寝した。  
フィシスは真上からキースを覗き込む。  
「機嫌を直して、ね」  
「…………」  
キースは無言でフィシスの腕を引いた。そのままあっさりキースの胸に倒れこんだ。  
(行くな)  
「私、居るわよ。ここに」  
(行けば、もう…)  
「…………」  
答えは明白だった。二人とも、それを明らかにするのが恐くて口をつぐむ。  
 
フィシスは身体を起こして、再度キースを真上から見た。  
軽く唇へキスをして「心配しないで」と言った。  
「私たち、また逢えるわ。今までも繰り返し逢ってきたように」  
「今まで…?」  
「そう。ずっと昔から出逢ってきたような気がするわ。そう思わない?」  
「…………」  
この合理社会において、運命など真面目に論ずれば嘲笑の対象になるだけだ。  
しかしこの女の口からそう言われると、なんだか信じてしまいそうになる。  
「そうかもしれないな」  
フィシスは微笑んで、再度キースの唇へ自身のそれを重ねた。  
「ねえ、あなたのテラを見せて」  
「私の…テラ?」  
「ええ。あなたの宇宙は雄大で美しくて・・私、あなたのテラに憧れているの」  
「こうか?」キースはフィシスの手を握る。徐々に銀河のイメージが広がった。  
「素敵…」  
二人はゆるやかに宇宙の深遠をを彷徨い続ける。  
星が流れ、はるか遠くに水の星が現れる。  
フィシスが微笑む。つられてキースも微笑んだ。  
その手はしっかりと繋がれたまま、いつまでも漂いながら……  
 
 
キースは宇宙船の中にいた。どこへ向かっているのか分からない。  
船内を探して歩く。探す・・誰を?  
ある部屋へ飛び込むと、彼女がいた。みつけた。  
ミュウの女が笑っている。正しくは少女・・10歳くらいのフィシスがいた。  
その瞳ははっきり見えているらしく、きらきらと輝いていた。  
キースの手を引いて別の遊びをしようと誘う。  
どうやらキースも同じくらいの年恰好らしい。  
手を繋ぐといつも同じ記憶が蘇る。記憶のなかに自分がいた。  
サム、マツカ、シロエ、ミュウの長、伝説のオリジン…テラ…  
 
朝日のまぶしさに目を覚ます。と同時に電子音が鳴った。携帯だ。  
隣を見ると女はいなかった。  
 
「閣下、セルジュです。ご無事でしょうか」  
「ああ・・」  
昨夜、部屋の電源を切ったことを思い出した。  
ベッドから降りて電源のスイッチを入れる。扉が開きセルジュが入ってきた。  
「朝早く申し訳ありません」  
「いや、私が警備のロックを解除したまま眠ってしまったのだ。心配をかけたな」  
「いえ。そうとは思いましたが念のため・・。微妙な時期ですし」  
「迂闊だった。すまない」  
「こちらこそ。睡眠の邪魔をしてしまいまして」  
「ちょうど起きようと思っていたところだ」  
「何か飲み物でもお持ちしましょうか」  
キースは窓の外を見る。朝日に照らされた都市が霞んで見える。  
朝になってまるで魔法が解けたようだ。昨夜の出来事・・あれは現実だったのだろうか?  
まるで夢のような…夢?夢といえばさっきの…  
キースはフィシスの言葉と先程の夢を思い出す。  
 
「そうか。そういうことか…」  
「何かおっしゃいましたか?」  
「いや、何でもない。そうだな、コーヒーをいれてもらおうか」  
は…とセルジュはキースを仰ぎ見た。  
朝日が眩しくてよく見えなかったが、穏やかに微笑しているように見えた。  
 
 
 
(終わり)  
 
 
 
 

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