青の間に彼女が現れたとき、その手にはブルーの補聴器が握られていた。
「ジョミー、これをあなたに…」
僕に向かって先人の忘れ形見を差し出すその手を強く引き寄せて、彼女を胸に抱く。
「…ジョミー?」
(決めていたんだ)と僕は思念で伝えた。(ブルーが君の手を放したら、必ず僕が捕まえると)
「何を…ああ…」
ブルーが長い間横たわっていたベッドに、彼女をねじ伏せた。
「君は、ブルーの本当の遺志がわかっていないんだね」と僕は彼女の横に腰掛けて、自ら衣服を緩めながら言った。
「僕に託されたのは補聴器だけじゃない。僕にはわかっていたよ」
彼女こそが、僕に遺された忘れ形見だ。
「やめてジョミー、だってここは…」
「ソルジャーの間、だよ。これからは僕のものだ」
目の前の女は、僕の硬質でゆるぎない思念を感じ取って、震えだした。
「二人でブルーの弔いをしよう。二人だけで」静かにそう呼びかけ、僕は彼女に手を伸ばす。「君を慰めてあげる」
「だめ、ジョミー…ここは…あっ」
彼女の上に乗ってその身体をシーツに押し付けると、彼女は抗いながら涙を流した。
「やめて…」
そのふっくらとした唇に、長い間触れたかった。白く滑らかな頬に、金の光を揺らす髪に、ほっそりとした首筋に。
僕を止めるものはもはや、誰も何も存在しない。
僕は先代ソルジャーの死を悼むと共に、抑え続けてきた僕自身の純粋な恋慕を弔う。
彼女の両肩をしっかりと押さえつけ、唇をかぶせた。
髪に隠されていたうなじがあらわになり、彼女の匂いがして、僕は突風に巻き上げられるように興奮の渦に引き込まれる。
もがく身体をドレスの上から撫で回して、驚き悲しむ彼女の思念をさぐった。
その悲しみが僕への失望であったとしても、僕はもう迷わない。
彼女の思念の中で、彼女を想い慕い続けていた頃の僕が明るく微笑む顔が、記憶として何度もよみがえった。
それを他人のように感じながら、僕は彼女のドレスを脱がせていく。
急ぐ必要はなかった。
彼女にはもう、逃げ込む先が無いのだから。
もしもこれが、当初からすべてソルジャー・ブルーの仕組んだことであったなら、僕はまんまとその策略にはまったのだ。
『ようこそ、ソルジャー』
夢の始まりを告げる、あの声。
聞くものの心を震わせる涼やかで甘い響きが、夜毎僕をあの夢にいざなった。
穏やかな白い顔に笑みを浮かべ、輝く金の髪を揺らして『ソルジャー』という男に歩み寄る彼女。
甘く濃厚な香りがするあの夢の住民に、僕は毎晩魅了された。
やがてその世界は現実であると僕は知らされ、目の前に現れたブルーは僕に、ソルジャーを継ぐよう促した。
そして彼は言外に、(彼女のあの声でそう呼ばれる立場の人間に、君はなることが出来るのだよ)と示唆したのだ。
僕はその道を選んだ。
あの夢を何度も見せて、彼女を深く僕の心に刻んだのはそのためだったのだとあとから気づいた。
しかしその頃にはブルーも眠りについて、僕はもう彼女の隣に立てる立場になっていたのだ。
彼女の微笑みを実際間近にすると、僕の心は震え出して、彼女から視線が外せなかった。
そのことでリオはいつも僕をからかった。
「そんなにじっと見つめては、どんなに思念にシールドをはったところで無駄ですよ」
「そうかな」目を離すことなんて出来るものか、と多少反発を感じながら僕はいつもリオに言った。「彼女は僕の視線なんか何にも感じていないみたいだけど」
「わかっていらっしゃいますよ」彼もまた、穏やかに微笑みながら答えた。「わかっていたところで、彼女には反応できない理由があることも理解してください、ソルジャー」
…リオの言うとおりだった。
ソルジャー・ブルーは眠ったまま何もせず、なのに彼女を見えない鎖で繋いで決して放さなかった。
何年も、僕は待った。
彼女の手を取ることが許され、その手への頬擦りが日常となり、僕がその手を自分の胸に押し付けたまま時を過ごすようになるまでの間に、僕はすっかり背が伸びて、彼女と釣り合うようになっていた。
毎朝身支度を整える際に姿見の中の自分の姿を眺めると、マントを翻して立つ自分と長い金髪の彼女が並んで立つ絵が浮かんで、僕の頬は緩んだ。
「ソルジャーが何を考えているのかわかりますよ」とリオは呆れ顔で僕をたしなめた。「…あんまり想いを押し付けたら逆効果ですからね」
「そうかな」と僕は答えた。リオの言葉に、やはり反発を感じながら。
僕には、ソルジャーとして独自の計画があった。
何処かの星に降りて、足を大地につけ、ミュウがミュウとして追われる日々以外に自分たちの生活を確立すること。
そして若者の何人かが賛同してくれているように、自然出産による家族を基本とする社会を、未来のヴィジョンとして持つこと。
この船では誰もが家族であるということもできたが、僕は僕がママやパパから深い愛情を受けていたように、親と子の密接な関係が子どもの心に与える影響は大きいと考えていた。
ミュウには、精神的に脆いところがあるといわれる。それはもしかしたら、個人として愛された経験が少ないことも何か関係しているかもしれない。
血の繋がった家族を作り、その確実な関係を拠り所に互いを深く支えあいながら暮らしていくというのは、やさしいミュウたちに相応しい生き方ではないか。
僕はその考えの実現に夢中になった。若者たちの多くは賛同してくれた。
彼女にも、僕は話した。
彼女がナスカに初めて降りたあの日、僕はナスカで僕が実現したいと考えていることを彼女にすべて伝えた。夢も希望も、そして不安も。
彼女には、僕の何もかもを知って欲しかったのだ。
彼女がブルーの元を離れたあの時は、僕にチャンスが訪れたのだと思っていた。
最後に、勇気を出して言うつもりだった。
君と家族になりたい、と。
だがその瞬間は来なかった。
代わりにあの男がナスカに堕ちてきたのだ。
彼女の乳房は輝くように白かった。手の中で柔らかくその温もりを僕に伝えるその乳房を、僕は両手でゆっくりと揉みあげる。
「いや…ジョミーお願い、やめてこんなこと」
涙する彼女の顔の、なんと魅力的なことか。
ピンクの乳首を口に含むと、彼女の上体が仰け反る。
乳首を舌で押さえ、彼女の中で悦びの感覚が抑えきれなくなるのを待った。
身体をくねらせるしぐさの艶めかしさが先代の寵愛の深さを物語るようで、僕は僕の冷たい情念に火が点くのを感じる。
思い続けた彼女の身体に触れるまでに、15年の歳月がかかっていた。
足の間に手を伸ばすと、彼女が明らかに拒絶の意思を示して両足に力を込める。
それを無理にこじ開ける自分の手を、僕は我ながら頼もしく思った。
あの頃の夢の住民の秘部が、目前にある。美しい薄紅の口をかすかに開いて。
その口に唇を寄せ、挨拶のキスをする。
「ああっ…んっ…」彼女の身体がわななく。
キスを重ねた。
彼女の嘆きが、喘ぎ声と共に静かな青の間に放たれる。
彼女は僕の仕打ちに驚きながらも、僕への信頼を手放すまいとしていた。そんな健気な彼女の思念を感じて、一層彼女を傷つけたい衝動が僕の中で高まる。
両足を天井に向けてあげさせ、腰を下から支えて秘部に舌を突き立てた。
「いやっジョミー、やめて、もうやめて…」彼女はその泣き声も艶っぽい響きを帯びている。
もっと恥ずかしがればいい。もっと酷いことをして、彼女が限界まで泣き叫ぶところが見たい。彼女の身も心も、ズタズタに引き裂いてしまいたかった。
彼女を責めたいという気持ちが僕のどこから生まれているのか、僕の知る答えはひとつだけだ。
あの日、あの男の銃で僕が傷を負い、血を流しているのにもかかわらず、彼女は倒れたあの男の安否を気遣った。
『その人は死んだの?』
彼女のあの声に、僕は痛烈な胸の痛み覚えたのだった。頭部の怪我などとは比べ物にならないくらい、激しい痛みを。
だがその痛みすら、今はもう思い出せない。
彼女の知る、明るい笑顔の僕はおそらくあの時に死んだのだ。あるいは致命的な傷を負っていたのに、僕は自分でも気づかずにいたのかもしれない。
信じられないことに、彼女が一瞬であの男に心を奪われたのは明らかだった。
15年も待っていた僕の存在など、初めから心に無かったかのように。
そのときになってようやく、僕はブルーが彼女を鎖で繋いでいたのではないと気づいた。
彼女が自ら、その鎖を握って彼のそばを離れなかったのだ。
それならば初めから、僕には冷たくしてくれていればよかったものを。
小さな芽が目に入った。舌先で舐めあげると、その瞬間に彼女が全身をこわばらせて僕を撥ねつけようとした。
「いやああっ…」
だが電光のように彼女の身体に走った快感は僕にも伝わり、興奮が僕の欲望を尖らせた。
彼女の両足を引き寄せ、その足の間を一息で貫く。彼女の身体に僕自身がずぶずぶと入っていく様子を、僕は見ていた。
以前の僕が思い描いていたような幸福な瞬間ではなかった。それでも彼女からは明るい金色の光が満ち溢れ、結合部から僕の側にも歓喜の波が押し寄せた。
「ああん、やめてジョミー…」
悦びが隠せないくせに拒んでみせる、不誠実な彼女の口を唇で塞ぐ。
喘ぐ女の悦びの思念が、僕の中で響く。
僕はしっかりと目を開けて、彼女のよがる様子を見つめ続ける。
彼女に嫌われるのが怖くて何もできなかった、臆病な僕はどこにもいない。
ブルーが目覚めたら、彼女が僕に背を向けるのではないかとおびえていた僕は。
僕の腰の動きが早まるにつれ、互いの呼吸が激しくなる。
彼女の両脇の横に肘をついたまま、その乳房を上から乱暴にねじり上げた。
「あっあっ…んっ」痛みよりも快感が、彼女の内側ではっきりと自覚されていた。
彼女の濡れた頬を仰向かせ、両手で挟んで再び唇から舌をこじ入れた。
彼女の舌を追いかけて追い詰め、捕らえて、意識がなくなるくらい強くその舌を吸う。
突然僕の目の前に、ナスカで最後の日に見た、ありとあらゆる惨劇の場面が一斉に浮かび上がった。彼らの心の最期の叫びが重なって共鳴し、死の間際のどす黒い恐怖が強烈な刃となって鋭く僕に襲い掛かってくる。
僕の心は切り裂かれて深手を負い、おびただしく血を流し、痛みが感覚を通り越して、すぐに何も感じなくなる。
彼女が激しく咳き込んだ。僕は、目の前が明暗に激しく反転する眩暈の中にいた。
ナスカ以来、僕にはところかまわずよくあることだった。夜の眠りは常に浅く、短い夢はすべて悪夢で、うなされる自分の声で目が覚める。
だがこれからは、彼女が悪夢の道連れになってくれるだろう。
彼女の細い腰を抱き寄せ、破壊の衝動をもって激しく突き上げる。
もはや拒むどころではなく、歓喜に理性を奪われた女がその動きに応え始めていた。
そうだ、これからは何だってできる。
彼女と繋がっている僕の身体はどうしようもなく興奮し、動きを止める気配すらない。
彼女とこうなることを願って、幸せな夢を見ていた頃の自分を覚えていた。
背が伸びて嬉しかったのは、彼女と並んで立つと見栄えがするだろうと思ったからだった。
しかし彼女の白い身体を組み敷いている今の僕の胸には、何の感慨も浮かんでいなかった。
律動に震える彼女の身体は、夢見たとおりに美しい。
その身体をいかに穢すかということだけを考えて、僕は彼女に腰を打ちつけ続ける。
彼女が早く僕の笑顔を忘れてしまえばいい。
頭のどこかに浮かんだその思いすら、やはり他人のものであるように感じながら。
おわり