目が覚めても横にブルーがいて、フィシスは嬉しかった。  
いつもは自分が目覚める前に出て行ってしまうブルーが、目の前で穏やかな寝顔を見せている。  
銀髪の影が頬に落ちて、わずかに開かれた唇から息が漏れていた。  
起こさないようにと息を止めて近づく。  
規則正しいその息が自分の頬を撫で、まつげを揺らすのを感じると、フィシスはさらにこみ上げる喜びに自分が抑えきれなくなった。  
彼に触れたい。  
でも触れたら彼は目覚めて、自分を置いていってしまうかもしれなかった。  
(どうしよう…)  
フィシスは身を起こし、ブルーの横に座り込んで彼を見下ろした。  
彼の腕が自分に向かって伸ばされており、その指先が何かを掴むように軽く握られている。  
眠りにつく前、その指が自分の身体に深く分け入ったことを思い出して、フィシスは頬が熱くなるのを感じた。  
愛されていると感じることが快感なのだと、フィシスは最近彼との関係で知ったばかりだった。  
ブルーの腕に抱かれ、触れられ、くすぐるような囁きを耳に受ける瞬間の喜びは、それ以外の時間で感じる自分の寂しさをすべて忘れてしまうほどの力を持っていた。  
もちろん彼が自分の身体の中に入ってきて、自分の身体に満足してくれていると感じる時ほど彼を近くに感じ、自分の身体を愛しく思うこともほかには無い。  
長として重責を担い、尊敬を一身に集めているブルーが、自分の前では無防備な素顔をさらけ出し、ときには甘えるように自分を求めてくる。  
彼の愛を浴びるように受ける中で、自分も同じように彼を愛しているとフィシスは深く自覚していた。  
今はその彼が身体を休ませている貴重な時間だとわかっている。  
それでもフィシスは、彼に触れたかった。  
もう一度彼の顔に近づき、銀髪に向かってそっと息を吹きかける。  
彼は目覚めない。  
次はまぶたに吹きかけた。  
彼の寝息すら乱れなくて、フィシスは物足りなかった。  
ふと、シーツの上で渦巻いている自分の髪が目に入った。  
耳に掛かる一房を手にとってその先を摘み、刷毛のように彼の頬を撫でる。  
頬からゆっくりと唇の脇を通り、あごを過ぎてもブルーは起きなかった。  
小さくため息をつき、フィシスは居ずまいを正した。  
少し考えてから銀髪に手を伸ばし、自分が彼にそうされているように髪を掻き分けて額をさらす。  
いつもは隠されているその部分に、そっと口づけた。  
さすがにそれでも反応がないのはおかしいと、その時フィシスは気づいた。  
途端にブルーが屈託のない笑い声をあげる。伸ばされていた手が突然動いて、フィシスの腰を捉えた。  
 
「ひどい、寝たふりをして…騙していらしたのですね」  
「だからといって悪戯をしてはいけないよ、悪い子だ」目を開けたブルーは楽しげに、光を湛えた瞳をフィシスに向ける。  
「わたしは何も悪いことはしていません」  
「そうだね…あれはよかった」  
「何ですか」  
ブルーはフィシスを抱き寄せて、その耳に囁いた。「君の、髪の毛」  
そのまま横たえられたフィシスは、ブルーのキスを頬に受けて微笑む。  
「くすぐったいのは、気持ちがいいのですか」  
「それは君がよく知っているだろう」ブルーの指がフィシスの乳房を軽くつねると、フィシスは声を上げて身をよじった。  
「そんな声を上げてはいけない」ブルーの声色が、急に熱を帯びて重くなる。「…君はやっぱり悪い子だ」  
ブルーの指が力を持って、フィシスの肌に食い込み始める。  
フィシスは自分の身体にも火が点いたのがわかった。  
「ブルー…」  
唇が重なり、舌が絡まる。  
急速に自分の下半身が疼き始めたのを感じ、フィシスは羞恥でさらに熱くなった。  
その時、いつも自分のことばかりではいけない、と彼女は頭のどこかで考えた。  
「何?」フィシスの思念を読んで、ブルーが尋ねる。  
「ブルーは…どうすると気持ちがいいのですか」  
「君が気持ちがいいと僕も気持ちがいいよ」  
フィシスの腰の後ろで指を組んで抱き寄せ、ブルーはフィシスの下半身を自分に沿わせた。  
フィシスはそろそろと手を伸ばして、彼の足に触れた。  
うっ、と彼が何かをこらえた。  
「フィシス…」戸惑うようなブルーの表情の裏に、快感が隠されたことにフィシスは気づいた。  
「ブルー…くすぐってもいいですか?」  
「だめだよ、そんなことをしてはいけない」ブルーはこころなしか青ざめた様子でありながら、その赤い目は興奮にきらめいていた。  
フィシスはさらに指を進めた。  
「ああっ…フィシス」ブルーは目を閉じて、再び何かに耐えた。  
自分の触れている部分が動き出して初めて、フィシスはそこがブルーの身体のどこなのか思い当たった。  
あわてて手を引きかけて思い直し、あらためて両手を伸ばす。  
彼自身を10本の指で包み、くすぐるように表面を撫でてみる。  
目を閉じたブルーの口から短い声が漏れた。彼の思念からも同じ快感が感じ取れて、フィシスはほっとした。  
手の中で存在感を徐々に増すその部分が、心から愛しかった。  
「ブルー…キスしてもいいですか」  
答えが返ってこないうちに、フィシスは毛布の下にもぐりこんだ。  
柔らかく、力を持ち、温かなそれにキスをすると、毛布の上からブルーの手が自分を掴んだ。  
「フィシス駄目だよ、出てきて!」  
いやです、とフィシスは囁いて、その表面を舐めてみた。  
ブルーのしびれるような快感がフィシスにも伝わって、自分にも悦びが広がるのがわかった。  
さっきブルーが言ったことは、こういうことなのだろう。  
ブルーが気持ちよくいてくれれば、自分も気持ちがいいのだ。  
舌でくすぐるようにすると、ブルーの思念も震える。  
自分が主導権を握ったようで、面白かった。  
 
フィシスは口を開けてみた。  
ちょっと難しいかもしれないと思ったとおり、彼のその部分を口内に収めるには、自分の口の開き方が小さすぎるようだった。  
あきらめて、代わりに唇で先の部分をついばみ、同時に舌で舐める。  
ずいぶん大きくなった、と思うと同時に毛布をはがれて、フィシスは肩を掴まれ、引き上げられた。  
「悪い子だ…それはそんなふうに遊ぶものではないよ」  
ベッドの上に起き上がったブルーは、フィシスの足を広げて身体を跨がせる。  
「ああっん…」  
ブルーがフィシスの両足を一気に引き寄せた。  
今まで舌の先にあったものが強大な力となって自分を貫いていると感じて、フィシスの興奮が体中を駆け抜ける。  
いつの間にかフィシスの身体も、彼を受け入れるために十分に潤っていたのだった。  
ブルーは下からゆっくりと突き上げつつ、片手をフィシスの腰に回して自分の腹に押し付ける。  
「ああっ、あっ、あっ」  
繋がっている部分より少し前の、敏感な部分が刺激されてフィシスは喘ぎ声が止まらなくなった。  
「いや、ああん、んっ、んっ」  
「悪い子だ。顔をよく見せてごらん」  
そう言いながら、ブルーはもう片方の手でフィシスの乳房を撫で擦る。  
「あんっ…」  
刺激に仰け反るフィシスを、ブルーは笑って抱き起こす。  
「ほら、ちゃんとその顔を見せて、くすぐったがりやさん」  
フィシスの顔が正面に戻ってくると、ブルーはその唇に深く口づけて舌を吸った。  
喘ぎもままならず、身体は律動に刺し貫かれ、敏感な部分を常に擦られ、乳房は巧みな指遣いに弄ばれる。  
フィシスは全身を火のように熱く感じ、頭の中は沸騰しそうになった。  
自分の目から、涙が流れていた。  
(もうだめ、やめてください、ブルー)  
思念で必死に伝える。  
目の前が白くなっていく。  
いつものように自分から光が溢れているわけではないと、フィシスにはわかった。  
(だめ、おかしくなりそうです、やめて)  
(もう少し頑張れるだろう、フィシス)ブルーの思念が、余裕のある様子で伝わってくる。  
(大丈夫だよ、君は今すごく気持ちがいいと感じているんだよ)  
(違います、こんなの…だめ…)  
白い闇がどこまでも続く。  
息ができなかった。  
 
…苦しい。  
闇が反転した。  
何か重苦しいものが、闇の中から恐ろしい速さで迫ってくる。  
押し潰される、と思った瞬間、身体に冷たい感覚が走った。  
自分の身体が裂けたことに気づき、同時に強烈な痛みに襲われる。  
誰かの叫び声がした。  
自分の声だった。  
 
ジョミーは目を開けて、豊かな金の髪を白い身体にまとわせた彼女が、口元にかすかな微笑を浮かべて眠っている様子を眺めた。  
彼女の手を取って引き寄せ、その細い指を自らの指と絡ませる。  
彼女は幸福な過去の夢を見ていた。  
しばしその夢を鑑賞したあとに、ジョミーは自分の思念を彼女に少しずつ滑り込ませていった。  
彼女の穏やかな寝顔がゆっくりと蒼白になり、唇がかすかに震えだして、おびえたような声が漏れ始める。  
ジョミーがその頬を軽く叩くと、はっきりとした悲鳴を上げてフィシスは目覚めた。  
「…ジョミー」冷や汗を浮かべた蒼い顔を、彼女は自分とジョミーの組み合わされた五本の指に向ける。  
「僕の夢はどうだった?」抑揚の無い口調でそう言って、ジョミーは涙ぐんでいるフィシスの頬に口づけし、腰を抱き寄せた。「怖かっただろう?さっき見たやつなんだ。最新作だよ」  
「ジョミー、あなた眠れているの?」掠れた声でフィシスが尋ねる。  
「あんまり。僕の夢はあんなものばかりなんだ。眠れやしないよ。君はずいぶんと幸せな夢を見ていたようだけど」  
先刻の夢を覗かれていたと知って、フィシスの頬に少し赤みが差した。  
「眠りながら微笑んでいたから、あの星の夢でも見ているのかと思ったよ」  
「ジョミー、何か眠れる方法を考えましょう。…あの星を見ますか?」  
「うーん、それもいいけど」ジョミーはフィシスの身体に足を絡ませて、首筋に唇を寄せた。「…さっきの、あれ」  
「え?」  
「さっき君が夢の中でしていたやつ…あれ、僕にもやってもらおうかな」  
「あ…」さらに彼女の頬には赤みが増した。「全部、ですか…」  
「うん、全部」  
ためらっているフィシスの耳に、ジョミーは舌を差し込んだ。  
「やっ…ジョミーっ」  
「本当にくすぐったがりやだね、君は」ジョミーは自分の頬を彼女の頬にすり合わせた。「やってよ。そうしたら君が彼にしてもらったことを、僕もしてあげる」  
「わたしは」首を振ってフィシスは上体を起こし、ジョミーの顔を覗き込んだ。「わたしはいいのです。あなたが眠れるようにしてあげたい。…それで、よければ」  
虚ろな闇を抱えているジョミーの暗い瞳が、フィシスを見上げた。  
「…頼むよ」  
その目がそっと閉じられた。  
力なく自分の身体に絡まっていたジョミーの腕と指を、フィシスはゆっくりとはがしていった。  
 
 
おわり  
 
 

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