半ば誘拐のような形で、不本意にスタートしたシャングリラ生活も半年が過ぎようとしている。  
どうにかミュウ社会にも慣れて友人と呼べる仲間も増えてきた。  
が、未だに慣れないものがある。それは・・  
 
「あ、ジョミーお帰り」  
ブルーが目をこすりながら言った。  
「……何やってるんですか。あなた方は」  
青の間。ブルーとフィシスはソファで抱き合って眠っていた。  
テーブルにはワインが残されている。  
「あー・・何だか飲んでるうちに気持ちよくなっちゃって。寝込んじゃったよ」  
僕はさっきまで面倒な教育を受けてきたというのに。イライラが募る。  
「いいよなあ。みんなが汗して働いてるときに女の子と酒盛りかあ」  
僕は不快感そのままに尖って言うと、さすがのブルーも表情が曇る。  
「ああ、そうだったね。すまないジョミー」  
「そうだよ。僕なんか一日ソルジャー修行でもうヘロヘロ…」  
「うるさいわね」  
「!」  
「ソルジャーはお疲れなのです。たまの休日くらい何をしていようとあなたにどうこう言われる  
筋合いはありません」  
いつもは僕の存在などまるで無視のくせに、ブルーが絡むときだけムキになって話すのがむかつく。  
「僕はブルーに話してるんだ」  
「あなたの攻撃的な言葉はブルーには酷ですわ」  
「事実を言っただけだ。疲れて帰ってきて目の前でいちゃいちゃされたら腹が立って当然だろ」  
「だったらここを出てお行きなさい」  
「それが出来たらすぐそうしてるよ」  
僕はまだサイオンの調整が上手く出来ない。  
ブルーのシールドが必要なため、ずっとここで寝起きしている。  
フィシスもまた私室があるのだが、ブルーの看病のためほとんどここで寝泊りしている。  
奇妙な同居生活。僕は新婚家庭に紛れ込んだような違和感を抱えながら生活している。  
ほとんど拷問だ。罰ゲーム。何の因果でこんな目にあわなきゃいけないんだ。     
 
「あなたがどんな目にあったか知りませんが、ブルーへの八つ当たりは止めてください」  
「ちょっとは自重してくれって言ってんだよ。気遣いがなければ一緒には暮らせないだろう?」  
「あなたが気遣いなんて言いいますか。だったら私にも言いたいことはあります」  
「何だよ」  
「声が大きくて元気なのは結構ですが、度が過ぎるとただの迷惑です」  
「声がでかいのは生まれつきだもん。仕方ないだろ」  
「寝てるときくらい静かに過ごせないかと言ってるのです」  
「は?僕が何かした?」  
「寝言を言ったり歯軋りしたり・・昼も夜もにぎやかな人だと思いましたわ」  
これは痛烈。ぐっと僕は口ごもる。この癖はマムも言っていた。  
「それから、私物を勝手にいじるのも止めてください」  
「いじるって・・。僕が共同スペースを片付けないと誰が片付けるんだよ!」  
僕は神経質なわけじゃないし掃除が得意なわけでもない。  
しかしすぐに散らかる部屋の惨状に見るに見かねて、仕方なく掃除夫となる。  
以前はアルフレートがその役目だったらしいが、僕が来た途端ここへの出入りはなくなったという。  
どうやら彼は僕が嫌いなんだろう。フィシス絡みの理由らしいがそれも気に入らない。  
「私だって・・少しは片付けてます」  
「へえ・・その結果があのカオスなんだ」  
今度は彼女が口ごもる。みるみる顔が赤らんでいく。  
しまった・・チクリと胸が痛む。  
目の見えない彼女に言うべき言葉ではなかった。  
「もう、やめたまえ」  
ブルーの仲裁でひとまず収まったが、フィシスはわざと大仰にフンッと横を向く。  
「もう帰ります。子供の相手は疲れますわ」  
さっきの後悔、撤収。やっぱり可愛くない。  
出て行く際もブルーにだけは華のような笑顔で会釈し、僕に向ける顔はへの字口なのが癇に障る。  
「気にしないでくれ。悪気はないんだよあの子は」  
「いいよ、分かってる。お邪魔虫なのは僕のほうなんだから」  
 
この半年間、彼女との会話はいつもこんな感じだ。  
ブルーとはもうずっと前からの知己のように、すぐに親しくなれた。  
見かけは華奢だけど男気に溢れて面倒見がいい。  
優しく、強大な力をもった戦士。憧れだ。  
しかしその付属物は決して僕に慣れようとはしなかった。  
どうやら二人の空間へ割って入った僕という存在が気に入らないらしく、何かと衝突してしまう。  
実は彼女は僕の‘夢の中の憧れの女神’だったりした。が、出会ってすぐにあれは幻想だと確信した。  
彼女の二面性。ブルーとブルー以外への態度はとても同一人物だと思えない。  
腹黒で無愛想で社交性の欠片もない。  
僕の中でガラガラと夢の中の女神像が崩れていった。  
 
しかしいくら苦手な相手でも、急にいなくなると気になってしまう。  
あの日から2週間、フィシスは青の間にパッタリと姿を見せなくなってしまった。  
ブルーの体調が良くて看病がいらないことが原因らしいが、やはり僕が文句を言ったせいだろう。  
 
僕は早々に授業を終わらせると、レインをわざと天体の間の方向へ放した。  
やがて(ジョミーですね)と彼女の思念が届いた。  
「ごめん。お邪魔かな」  
「いいえ、かまいませんわ。どうぞこちらへ」  
天体の間にフィシスが立っていた。レインはちゃっかり彼女に抱っこされていた。  
「ブルーは元気ですか?」  
「会ってないの?」  
「はい。しばらくは一人でも大丈夫だと・・」  
「僕のせい・・だよね」  
「いえ。元はといえば私達が無神経だったからです」  
「え?何だかいつもと違うね」  
「これでも反省したのです。今まで気付かなくて悪かったと思ってます」  
「いいよ、そんなの。僕もあのときは言い過ぎたし・・。戻っておいでよ」  
「いいのですか?」  
「うん。僕も何だか後ろめたいからさ。二人を引き裂いたみたいで」  
彼女は嬉しそうな表情で俯いた。僕はなぜかズキンと胸が痛む。  
 
フィシスはそっとレインを床に降ろした。僕はレインを見ながら聞いてみた。  
「フィシスは本当にブルーが好きなんだね」  
「あなたもそうでしょ?あの方を嫌いな人なんていませんわ」  
「そうだけどさ、何ていうのかな。君達は特別だよ、他人には入り込めない・・何か見えないバリアが  
張ってあるんだ。バズーカ砲をぶっ放しても壊れないやつが」  
「何ですかそれは」  
「上手く言えないけど。それくらい強固な絆ってこと」  
「私にはあなたとブルーのほうが強い繋がりをもっているように感じますが」  
「僕とブルーは抱き合って眠ったりしないよ」  
「そうなんですか?」  
「当たり前だろ!」  
「私・・昔からそうして眠ってきたので・・それが特別かどうかはわからないのです」  
「そーゆー男女を一般的には恋人っていうんだよ」  
 
僕は何でこんな会話をしてるんだろう。  
話せば話すほどブルーの影が僕らを支配する。駄目だ、やっぱり駄目だ。  
あーあ。そうだよ。苦手とかなんとか言っちゃって・・実は彼女が好きだったんだ。一目惚れだ。  
認めるのは悔しいけど、どーにもなんないけど・・好きだ好きだ大好きだ!  
ラブだよラブ!くそー。あの胸に触りてー!顔を埋めたい!キスしたい!抱き締めたい!  
・・と心の中で絶叫して全身が凍りついた。  
フィシスが一瞬硬直して、顔を真っ赤にしている。  
まさか・・・・・  
 
船に来た当初、ハーレイから言われた。いの一番に覚えることは思念を遮断することだと。  
それは「扉を閉める」とか「鍵をかける」などの表現で簡単に出来る所作だった。  
匂いを嗅ぎ取るように、ミュウは心ならずも思念を読んでしまう。  
プライバシーに関わることなので、思念は厳重に鍵をかけて管理すべきことなのだ。  
それがミュウ社会で生活するための一番大切なマナーだと。  
しかし、それをすっかりそれを忘れていた結果、先程の叫びはすべて大音量で聞こえてしまった。  
・・僕は・・絶望という名の電車がゴーッと通り過ぎていく音を聞いた。  
 
僕もフィシスもついでにレインも石になったように動かなかった。  
目の前が霞みがかったようにぼんやりと薄らいでいく。  
このまま死んでしまうのかも。恥をかきすぎて人間死ぬということも有り得るのだろうか。  
しかしこのままだと最期の意志が「フィシスの胸に顔を埋めたい」じゃ格好悪すぎ・・  
なんて馬鹿なことを考えていると、何やら手に柔らかな感触を感じた。  
「??」  
自分の手を見ると、フィシスが僕の手を胸にしっかりと抱いていた。  
「フィ・・!」  
「こうでしょうか?」  
「な、なんで!?」  
「違いますか?」  
「いや、いいけど、嬉しいけど、いいの?」  
あまりに突然のことで、僕は感触を味わう余裕がない。  
ただ、身体中が沸騰したように熱い。興奮の坩堝ってやつ?  
フィシスはそっと僕の手を胸から下ろし、そのまま優しく握り締めた。  
「あの、先程の、思念・・」  
「言わないで!ごめん、悪かった!滅茶苦茶だよね。分かってる」  
「いえ、私・・嬉しかったのです」  
「!」  
「男性からそんな風に言われたことは初めてで。あの・・ありがとう」  
え?ブルーは?と真っ先に思ったが今はそれを口にするのはやめよう。  
ブルーは関係ない。今は僕だ。僕達のことを話そう。  
「好き、うん、大好きだよ。フィシス」  
「はい、私も・・」  
「本当に!?」  
「あ、あの、たぶんその、実はよく分からないのですが」  
「嫌われてるかと思った」  
「それは私のほうこそ。何だか私がいると嫌そうだったでしょ?」  
「そんなこと・・」  
何だ。お互いがお互いを警戒してすれ違っていただけなのか。  
「私、ジョミーが好きです。でもその愛かどうかは・・」  
僕は嬉しさのあまり思い切り彼女を抱き締めた。  
「いいよ、何だって。今だけの気持ちだってかまわない」  
「ジョミー・・」  
 
初めて女の子と抱き合った。  
背が同じくらいだから支えあってる感じだ。  
柔らかくて温かい。彼女の鼓動が聞こえた。僕も彼女もドキドキしてる。  
背中に手を回すと身体の量感がわかった。僕の息で金の髪が揺れた。  
今、僕はフィシスと一番近い距離にいる。それがこういう感じなんだ。覚えておこう。  
間近にあるフィシスの表情を覗いてみた。  
やっぱり後ろめたいのだろうか。戸惑っているように見える。  
(ええーい!勢いだ!)  
彼女の両肘を掴んで口付けた。唇の感触で興奮は最高潮だ。  
軽いキスのあと、今度は彼女の頬を両手で掴んでキスをした。  
無防備な彼女に舌を挿入する。舌が絡み合う。もう止まらない。  
「ンンン!」  
口を押さえられたフィシスが仰け反った。深く深く、更にキスを交わすためにのしかかる。  
この世にこんなにいいものがあるなんて知らなかった。  
僕は彼女の口内を吸い尽くす。  
 
しばらくして唇を解放した。上気してぼんやりしているフィシスをきつく抱き締めた。  
両手で彼女の背中から腰、太腿のラインをなぞる。  
彼女は小さく「きゃ」と叫んで驚いた。僕も自分の大胆さにびっくりだ。  
僕の手は意志ではどうしようもない、本能のままに彼女の身体をまさぐる。  
そして憧れの胸を触る、というか掴む。  
「あ、あの・・」  
「黙って。黙ってフィシス」  
フィシスは身体全体で僕を振り切って胸を隠そうとした。  
が、僕は少々乱暴に両腕を掴んでこちら側に向かせた。  
そのまま顔を彼女の胸まで近づける。さっき触ったことでドレスが緩んで左胸があらわになっていた。  
白い膨らみに綺麗なピンク色の突起。僕はそれに吸い付きたい衝動に駆られた。  
僕の欲望に気付いたフィシスは身をよじって抵抗した。  
「いや、ジョミー!そういうつもりじゃないの。放して!」  
「もう駄目だよ」  
やり方なんてわからない。乱暴かもしれないけどどうでもいい。  
舌先で乳首をつついたあと、乳房を口に含む。存分にその感触を確かめる。  
「あ、ああ!」  
なんていやらしい声だ。いやらしくて気持ちがいい。  
僕は全身が痺れたような感覚に酔っていた。  
 
乳首が硬くツンと上向きになっていく。  
抵抗しないように押さえつけた彼女から、力が抜けた気がする。  
感じているのか?これでいいのか?僕はちゅくちゅくと音をたてて吸った。  
「や、やめ・・て」  
眉を寄せ、身をくねらせる仕草は快感を我慢してるようにもみえる。  
「可愛いよフィシス。そそられる」  
「ジョ、ミ・・」  
フィシスが大人しくなった。もう大丈夫だろうと僕は腕を放した。  
彼女の頬を優しく両手で包んで真正面から見つめる。  
フィシスは乱れた胸の辺りを庇いつつ、何かをあきらめたように感じる。  
(いい?)  
思念を送ると、二人の思念がごちゃまぜになって僕に流れてきた。  
そのとき、二人の共通の映像が重なって、僕のなかで何かがはじけた。  
 
痛む股間を押さえて僕は座り込む。  
「?ジョミー・・?」  
「・・・・・イタタ・・」  
「ジョミー?どうしたのですか?」  
衣服を直しながら怪訝そうにフィシスが僕を窺う。  
「いいから。ちょっとあっちに行ってくれる?」  
「・・・?」  
痛い。股間もそうだけど心も痛い。  
二人のなかのブルーを見た瞬間、失いかけた自分を取り戻した。  
心のどこかでブレーキをかける僕がいる。やばいよね、やっぱり。  
良心の呵責というのかな。  
後悔するに決まってるけど。こんなチャンス、二度とこないかもしれないけど。  
だからといってこのまま突っ走れるほど僕は強くない。  
この先、ブルーの顔を見れない生活を送るなんて嫌だ。  
 
「どこか痛むのですか?」  
「大丈夫だから。ちょっと君が遠ざかってくれれば落ち着くから」  
「私が、悪いの?」  
「いや、なんていうかさ。」  
とにかく他の事を考えなきゃ。僕は目の前で呑気に毛繕いしてるレインに意識を集中する。  
(レイン・ナキネズミ・遊園地・目覚めの日・・)  
様々な雑念を考えてるうちに、僕のいきり立っていたものはどうにか収まりつつある。  
ふう、と一息つく。  
ふと見ると、フィシスは天体の間の隅に移動して、心配そうに僕を見ていた。  
微妙な空気。  
冷静になってみると、さっきの僕はとんでもないセクハラ野郎だな。  
嫌がる彼女を省みずに暴走して・・でも彼女は彼女で気まずそうだ。  
僕と抱き合いながら、他の男を思い描いたことに申し訳なさを感じているらしい。  
どっちにしてもこの空気はいたたまれない。  
僕は天体の間を出て行こうとドアの方向へ向かった。  
 
「待って!待ってくださいジョミー!」  
「フィシス?」  
彼女が走ってきて僕の腕を掴んだ。  
「今、言わないと、もう、ずっと、言えなくなりそうで・・」  
はあはあと息を切らせながら言った。  
「私たち、これからもずっとこうなのでしょうか?」  
「こう・・って?」  
「ずっと互いの中にブルーの面影をみてしまうのでしょうか?」  
「・・・・」  
「ごめんなさい。変なことを聞いて」  
「いや・・」  
「私、きっとこれからもブルーを思ってしまうわ。あの人は特別な存在なの」  
「うん、知ってる」  
「それは、あなたには屈辱的なのでしょうか」  
「どう、かなあ」  
「あなたがそれに耐えられないというなら、私にはどうしようもありません。でも・・」  
「でも?何?」  
「私・・あなたの力になりたいのです」  
彼女の手に力がこもる。  
「何ができるというわけではありませんが、私・・」  
「ありがとう。でももう言わないで」  
「・・・・」  
自然と口からこぼれた。  
嬉しいはずなのに、僕の胸はなぜかシンと冷たく沈んでしまった。  
好きな人が追いかけてきてくれたのに、僕は無性に寂しかった。理由は何となくわかってる。  
僕だ。僕という男の問題なんだ。  
僕はまだ器じゃない。あの人とは比較にならないほど小さい奴だ。  
「いつかまた、その言葉が聞けるようになりたいよ」  
「ジョミー・・」  
「ブルーを想うその心ごと、包み込めるような男になりたいんだ」  
僕は決心が揺らがないよう、彼女を見ずに後ろを向いた。  
「さっきはごめん。また青の間においでよ。前のように気軽に接してもらえれば嬉しいから」  
「はい・・」  
彼女の返事を確かめて、僕は天体の間を後にした。  
 
廊下を歩きながらもすでに、彼女の妄想が僕を捕らえて離さない。  
艶かしい姿態、掠れた声、匂い、仕草の全てが僕を悩ませる。  
僕って馬鹿、大馬鹿者だ。でもきっとこれでよかったんだ。  
(男の子は大変だね)  
「は?」  
見回しても誰もいない。レインが駆けてきて僕にまとわりついた。  
「お前か?それとも僕の心の声かな」  
レインは嬉しそうに僕の足にじゃれていた。  
 
 
 
 
 
(終わり)  
 
 

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