てるてる 最終回  
 
花びらに酔わされ、導かれた。  
いつもは決して夜更けに部屋を訪れることはない。  
ただ、今夜は春霞の三日月の夜にしては明るく、舞散る桜吹雪がこれまでの大事件の終わりを表しているようで気持ちが少なからず昂ぶっていた。  
 
また、今日の夕暮れ、左介がもってきた千代の報告書の内容が、主である御城紫信の身の安全にかかわることだったので、せめて、耳に入れておこうと思った。  
御城屋敷の広大な日本庭園には、桜が何本も植えられており春の嵐とまでは言わないまでも、ここ数日では一番強い風にその花びらが散らされていた。  
屋敷に住む女中たちによって磨き上げられ、月光をうけ黒光りのする広縁に薄い桃色の花弁がある。  
無秩序におかれたその花びらは、まるで、僕を紫信さまの元へと導いているように思えた。  
 
目的の部屋の障子が、少しだけ開いていた。  
時間も時間だし、側仕えの少女ももうお休みになるそうなので下がってきた、と言っていた。  
ただ席を外しているだけなら、良いけれど。  
うっかりこのまま眠ってしまっていたとしたら、ひどく無用心だ。  
 
「しのぶ様…?」  
 
目に飛び込んできたのは、白い肌に浮かぶ艶やかな大輪の華。  
しのぶ様は、寝間着をはだけさせ、鏡に向かっていた。  
 
あわてて飛び出し、障子を閉めた僕に、部屋の中から柔らかい声が聞こえた。  
 
「……ごめんごめん、入ってきて 才蔵」  
 
僕の気持ちを知りながら、しのぶ様は余りに無防備すぎる。  
照れたように寝間着の胸元を押さえながら微笑む姿に、僕は覚悟を決めた。  
きっと今夜、僕はしのぶ様を抱いてしまう。そんなわけのわからない確信があった。  
 
 
彼女もまた、桜に酔わされていたらしい。  
障子を開け放しておくと無用心だ、と注意すると「庭の桜が綺麗だったから。」と笑った。  
 
僕に背を向け、先ほどまで姿をうつしていた鏡に覆いを始めたしのぶ様に千代の報告書の内容を告げる。  
しのぶ様の顔が曇った。  
ユーリは母の命を奪った仇ではあるが、そのユーリの父親を奪ったのは御城だったのだから。  
 
僕はもう、どうにかなってしまったに違いない。  
彼女の表情で、彼女の心が震えている気がした。  
彼女の背の華が、震えている気がした。  
 
彼女が散ってしまわないように、僕はそっとその背に手をのばした。  
 
 
僕が背に手を触れた時、しのぶ様はなにも仰らなかった。  
ただ、大きく息をのんで苦しげに胸元を掻き合わせた。  
寝間着越しに伝わってくるぬくもりが、僕の気持ちをさらに高ぶらせた。  
きっと、2人ともわかっている。  
今、自分たちがどれほど不安定な場所にいるのかということを。  
 
どちらかがほんの少し動いただけで、僕らはきっと止まらなくなってしまうだろうということを。  
相変わらず、部屋の外では桜吹雪が起こっているのだろう。  
花びらを運んだ風は、ついでに僕らがいる部屋の障子を揺らしていった。  
どこか冷静な自分がそんな小さな物音を聞き分け、しのぶ様のぬくもりからその気持ちを窺い知ろうとしいた。  
その一方で、このぬくもりを抱きしめたい、胸の内を全て明かし、しのぶ様という華を一人締めにしたい。と熱望している自分もいた。  
ほんの、数十秒だと思う。  
僕の仲の冷静さは次第に薄れ僕の五感を支配したのは、しのぶ様という存在だけだった。  
欲しい・・・欲しい。  
心も、体も、その魂さえも、僕のものにしたかった。  
 
 
聞こえる音は、徐々に早まる鼓動だけ。  
語る言葉は、無意識に紡ぎだされた本心。  
指先は、ただ正直に襟元を摺り下ろす。  
唇は、引き寄せられるように柔らかい背の花弁を食んだ。  
背につけた額は、小さな震えを僕に伝えしのぶ様を泣かせてしまったことを気づかせた。  
 
 
「僕はこの背中ごとあなたを愛している」  
 
また、僕の我慢は水の泡になってしまう。  
胸から溢れだした気持ちが、止まることなく口から流れ出る。  
 
「あなたが好きです。」  
 
抱きしめて、胸の中に閉じこめたらこんなに大事なものは他に無い様に思えて、  
 
 
「すきです。」  
 
 
もう、二度と手放したくなくなった。  
 
 
「すきで、すきで・・・っ。」  
 
 
小さな子どもが駄々をこねるときのように、しのぶ様は身を捩った。  
もう、だめですよ。しのぶ様。  
僕たちは、もう止まれない。  
 
 
「・・・しのを殺す気っ・・・!」  
 
僕の口から溢れ出す言葉を、どうにかせき止めようとした手。  
大丈夫ですよ。しのぶ様。  
怖がらなくても、不安に思わなくても。  
 
 
「すきです」  
 
僕の口を押さえていた震える手のひらに優しく口付け、  
僕はまっすぐ彼女の目を見て、変わることのない気持ちを告げた。  
 
 
 
 

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